国
-帝国・帝城-
「父上」
「私用以外では皇帝陛下と呼べ」
「……皇帝陛下、ご報告したいことがあります」
「側近の目を盗み、頭を悩ませ、胃を痛めさせた此度の散策はいかがだったか、オウディ皇女?」
「ぐ……しかし、皇帝陛下! 我はずっと帝都の城にこもり続けているわけにもまいりません!」
「だからと言って、その身一つで外に出歩いてよい理由にはならんのだよ。お主には罰として半月以上は外を出歩くことを禁じなければならんだろうな。でなければ側近、そしてこの城で務める全ての者たちへの示しがつかんからな」
「罰は甘んじて受けます。ですが、『異端審問会』が帝国の根に深く入り込んでいることもまた事実! 我はこれまで何人も『異端審問会』の関係者を捕らえてまいりましたが、それでもまだまだ圧倒的にその数は多いのです」
「……して、それのなにが悪い?」
皇帝の言葉にオーディストラが耳を疑う。
「『異端審問会』は悪しき組織だ。滅ぶべき組織でもあろう。ああ、そうだ。いつかは必ず潰えさせなければならない」
「でしたら!」
「だが、それはもっとあとでもよかろう? 少なくとも、この戦時中に行うべきことではない。使えるものはなんでも使う。利用し、利用される関係にあり続けていれば『異端審問会』がこちらに牙を剥くこともない。その力、その知識、存分に利用し、利用し、利用し終えたあとに始末してもなんら問題はないであろう?」
「皇帝陛下は、悪をも呑み込めと申されるのですか……?」
「そうだ。正道を歩み続けることばかりが国の利益になるわけではない」
「『異端審問会』は我々にとって利益以上の不利益を与えてきております!」
「だから排除しろと? 間違いなく『異端審問会』は帝国へと牙を剥き、連合、王国と合わせてなだれ込んでくるぞ。あるいは帝国から他国へと移るやもしれんな。戦争に勝つまでは現状を維持しなければならん」
「導火線に火が点いているとしても?」
「だったら、起爆する前に戦争に勝てばいい。もしくは、『異端審問会』の存在が良い起爆剤になるやもしれんぞ」
「確実に帝国のみならず、連合や王国にも入り込んでいるはずです」
「だったら、我らはみな平等ではないか。平等に爆弾を抱え、平等にそれを相手に押し付けて、爆発させようとしている。帝国だけが爆弾を捨てるなど、戦場で武器を捨てるにも等しい」
「…………」
「オウディ、これからも『異端審問会』排除のために励め。数人捕らえ、牢獄に送り込んだところでそれは皇女のお遊び程度にしか見えはしない。『異端審問会』もそのように容易く見破られる構成員を切り捨てることができて胸を撫で下ろすことだろう」
「……皇帝陛下は、我のやっていることが、児戯であると仰るのですか?」
「私が決めること以外は全て児戯でしかない。私が決めることが、国の決定だ。そして、私は決めたぞ」
皇帝はオーディストラの横を通り過ぎる。
「戦争に冒険者を登用する」
「な……?!」
「なに、まずは帝国のそこら中にいるさして名声を挙げていない連中から登用する。当然、『教会の祝福』を維持したままだ。木端の冒険者を送り込み、死なずの兵士として前線へ赴かせる。彼らにとっても名を馳せさせるよい機会だ」
「お言葉ですが皇帝陛下! それは国家間の暗黙の了解を破ることになります!」
「連合が『変異生物』――いや、『不死人』と名乗り出したのか? それらを戦地に送り込んでいる以上、もはや連合の者たちは暗黙の了解など考えておらんよ。帝国ばかりが礼儀正しく、なにもかもを遵守し続けるわけにはいかん」
「冒険者の人生が終わるとしても、ですか?」
「兵士たちは戦場で死んでおる。特に昨今の戦争によって軍部は人材不足に陥っている。前線送りを嫌って、冒険者になりたがる者たちが急増しているせいだ。だったら冒険者ばかりに特別待遇を与えてはいかん」
「ですが!」
「案ずるな。名のある冒険者は残す。名を残せぬ者たちが名を残すために戦地に向かう。これのどこに、悪がある?」
オーディストラは皇帝の決断を覆す言葉を見つけることができず、己自身の無力さに打ちひしがれた。
-王国・王宮-
「このまま連合と帝国、その二方面と戦い続けるのは難儀だな」
男がポツリと呟く。
「ましてや新王国などとのたまう連中のせいで、南部を、それどころか背中を気にして戦わなければならんのですよ? たまったものではない」
その男に礼儀を重んじるように、また一人の男が言葉を紡ぐ。
「それもこれも、あの女――クールクースのせいですわ! 私たちが与えた恩義を、仇で返すなんて!」
扇で口元を隠しながら女が声高に叫ぶ。
「いやいや、それはあまりにも妄想が過ぎるだろ。俺たちは一度たりともあの女と顔を合わせたことなどない」
それを諫めるように三人目の男が発声する。
「そうだ。恩義など与えていないのに、恨まれている。叛乱を抑えられず、華々しく戦って散った気でいる、あの御大層な叔父上のせいで、こんなことになっている」
最初に発言した男が頭に手を置き、悩みを見せる。
「叔父上は戦狂いだったからな。クールクースにわざと叛乱を起こさせ、そこで己が力で討つつもりだったのだろう。逆に討たれては、笑うに笑えないが」
三人目の男が明らかに罵倒の意味を込めた声音で語る。
「腹が立ちますわね。後ろを気にして戦争をしているなどと帝国、連合に知られれば一気に攻め寄せられてしまいますわ」
女は扇を閉じ、現状を吐露する。
「義弟にはこのまま、クールクースの動向を監視してもらう。手薄になったと知られれば、領土拡大とばかりに奴らは動いてくる」
一人目の男が四人目の男へ視線を向けながら指示を出す。
「それは構いませんが、このままでは帝国と連合との前線を下げる必要も出てきましょう」
四人目の男は粛々と命じられたことを受け入れるも、不安を口にする。
「どちらかと言えば、前線を伸ばし過ぎた。緩衝地帯まで下げてしまった方がいい」
王国の駒を一人目の男が大きく下がらせる。
「分かりました! そのままこちら側の領土へと引き込むおつもりなのですね? 義兄様」
二人目の女が目をキラキラと輝かせ、幼い風貌に正しき盛り上がりを見せる。
「いいや、帝国も連合も頭が良い。むしろ罠だと考え、前線を維持し続ける」
「ではどうして?」
自身の予想が外れ、落ち込み気味に二人目の女は一人目の男に問う。
「前線を維持し続ける……ここが隙だ。私たちは仕方なく前線を下げるが、奴らはそれが罠だと思って前線を伸ばさない。だったら、安全に私たちは下がることができる。そして、」
取り出した別の駒を一人目の男は地図上に置き、動かす。
「ここに『同一人物』を投入する」
「待ってください、義兄上。それは暗黙の了解を破るということに他なりません。それに、テッド・ミラーとヘイロン・カスピアーナの件をお忘れですか?」
二人目の男が止めに入る。
「あれは王国最大の恥ですのよ?! それをまた、義兄様は世に晒すと言うんですの!?」
一人目の女も素っ頓狂な声を上げる。
「もはや体裁など保ててはいられんのだ。連合が『不死人』を出している以上、こちらもそれに対応できる兵隊を用意しなければならない。全ては連合が始めたことだ。連合が始めなければ、全ては始まらなかった。奴らを黙らせるために、私たちは持ちうる限りの戦力を投入する」
「このときのために実験を続けていたようなものだな。しかし、父上――国王陛下に知られれば、主犯格のお義兄さんは首を吊ることになるやもしれないぜ?」
三人目の男が覚悟を問う。
「構わん。私は王国をこの世に残すために戦っている。戦争を終わらせて罰を受ける。国が残るのなら、この命など軽く捨ててみせよう」
「……まったく、敵わんね、お義兄さんには」
もはや言葉での説得は叶わないと知り、三人目の男はそのまま黙り込んだ。
「義理、正式問わずに揃った兄弟姉妹会議だ。ともかくも討つべきは連合。帝国との争いの中で私たちもまた争いを再開しようではないか。互いの利益、互いの王位継承権争いなどひとまず忘れ、まずは前線が下がるのを待て。そして、世界に王威を知らしめることにしよう」
王族のマントを翻し、一人目の男が高らかに宣言した。
-連合国・議会場-
「ですから、あまねく全てのことを聖女様に任せればよいのです。深くお考えになる必要はございません。実際、あなた方に聖女様は多くをお与えになられたではありませんか。恩義を感じているのであれば、なにも怖れる必要はありません。そう、その恐怖すらも聖女様は救済してくださるのですから」
「戦場を知らない肩書きだけの連中を丸め込む方法にしては、少々、無茶が過ぎるように思うのじゃが」
「貴様の発言は許可していない。ただでさえ疑惑、疑念が貴様には掛けられている」
「ワラワが収容施設から特定の人物を逃がした、などというワケの分からん疑惑か?」
「現に二名――特別に警戒しなければならない人物が逃げてしまった」
「逃げた二人に、同じ数で回収に行ったのではないか? あぁ、そうだったな。負けて、死んでしもうたんじゃったか?」
煽るようなことを言った女の腹部を男の腕が貫く。
「おお、怖い怖い」
「我をこれ以上、愚弄するな。同じ『不死人』であれ、許せなくなる」
男が腕を引き抜くとぽっかりと空いた女の腹部の穴はたちまち、塞がっていく。
「不死同士で殺し合っても決着などつかんよ。ワラワにいらん疑惑を掛けておる暇があるのなら、まずはその怒ると周りが見えなくなり、途端に動きがなまるところを直すべきじゃ」
「夢の中でしか引き分けに持ち込むことのできない女が偉そうに」
男がもう一人やって来る。
「技術だなんだとお前は言うが、そんなもんは俺様たちにゃ必要ねぇんだよ。好きなようにやって好きなように殺し、好きなように死んで、好きなように生き返る。それでなんでもかんでも解決だ。難しいことを考えずに、ただひたすらに死んでも甦って、目の前の敵という敵を殺し続けりゃいいだけの話だ」
「それで負けおったんじゃろう?」
「うるせぇ、あのときは調子が出なかっただけだ。次は殺してやる」
「我らは死んで覚える。奴らはそれができないのだから、いつかは我らが勝つ」
「そういうことだ」
「つまらんのう。ほんに、つまらんのう……」
呆れて、女は遠くを見やる。
「今すぐに誰もかれもを奴隷にするわけではありません。当然のことながら地位によって、奴隷になるならないの差別は行います。奴隷には飼い主がつきものです。飼い主までもが奴隷になっては本末転倒なのです。連合に有象無象と転がる命たちを、ただ命として扱うのではなく奴隷という戦力として投入する。なんの問題がありましょう? 奴隷市場が潤えば国庫も潤います。国力とは国庫に余裕があるかないか。武器や防具だけでなく、情報を買うにしても、そしてあらゆる権利を買うためにもお金は必要不可欠なのです。聖女様の照らす世界を作り出すためにも、この計画は推し進めなければなりません」
「あれは何番目のテッド・ミラーじゃ?」
「さぁな。何番目でもいい。聖女様と手を組むにしてはあまりにもロジックが汚らしいが、連合の戦力を向上させるためには奴らの手を借りるしかねぇんだよ」
「それが思わぬ弱点になりそうでワラワは怖い」
「ふっ、貴様に怖いものがあるなど笑えるな」
「奴も所詮は人間じゃ。しかし、お主たちはその人間に負けておるではないか。だからワラワは人間が怖い。ゆえに、殺したい。最もワラワを恐怖へと陥れる人間を殺し、安心したい。それのどこが悪いのじゃ?」
「国家で奴隷を用いた経済を容認する。たったそれだけで、なにもかもが上手く回り始めるのです。奴隷とは聞こえこそ悪いですが、死ねと言えば死に、殺せと言えば殺す、そんな最高の兵士に調教し育てることが可能なのです。ええ、彼らのことを奴隷ではなく『狂戦士』と呼ぶ日も近いことでしょう」
「前線は俺様たちに任せりゃいいのに、なんでまた奴隷なのかねぇ」
「連合には『兵器』もある。帝国にも王国にも負けないだけの戦力はあるはずだ」
「その『兵器』を使う者のことを考えたことはないのかえ? 『兵器』を持たせることは簡単じゃが、突如として叛旗を翻されてはたまらんじゃろう? だからこそ、従属させて決して歯向かわない奴隷に『兵器』を扱わせる。そして、ワラワたちが『兵器』を運用せず、前に出られるというわけじゃ」
「帝国は冒険者、王国は『同一人物』。これらを戦地に投入する日も近い。禁忌戦役は再び現実のものとなるのです。『不死人』という、人ではない兵士を先んじて投入したことで、彼らは同様に“禁忌”を破って襲い掛かってくることでしょう。もはや待つ時間すら惜しい。この日、このときをもって、国民総奴隷化計画を始めましょう。勿論、宣言せずに内密に進めます。こんなことを国民が知れば、逃げてしまいますからね」
「聖女様が連合のトップに立つ日も近い」
「そんなもん、俺様は興味ねぇよ」
「ワラワは興味があるぞ? 聖女様の目指す世界のためには、きっと途方もないほどの闘争があるはずじゃ。そこで夢を見て、血を吸い、ワラワはもっと人間らしく、生きていく」




