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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第9章 -キングス・ファング-】
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「シンギングリンが異界に堕ちたって聞いたときにはすぐにでも駆け付けたかったんだよ。でも、エイミーだけじゃなく両親にも止められてしまって、行くことができなかった」

 明日の決闘に備えて準備をしつつヴェインは言う。


 今日の警備員の仕事はもう終わりらしい。しかしながらヴェインはガムリンからの嫌がらせか、それとも警備員として仕事場から離れることが許されていないのか、結局は吹き溜まり区画から出ず、ここに備えられた簡素な宿舎にアレウスたちは招き入れられた。同僚と思わしき人物はアレウスたちを歓迎しているようではなかったが、ヴェインが俗に言う賄賂を渡すとにこやかな表情となり、自分の部屋すらも使っていいと言うとそのまま外へと出て行ってしまった。まともな寝床を用意できないことを申し訳なさそうにしていたが、クルタニカは「冒険者がまともな寝床で休んでばかりだと思いまして?」と高らかに言い放ち、部屋に入った。とにもかくにも男女で部屋を分けることができた。壁なんてないに等しいのでこちらの声は筒抜けで、クルタニカの部屋からの音も筒抜けではあるのだが。

 そしてアレウスとガラハ、ヴェインが三人で寝るとなるともはや横になることは難しく、座ったままの休息が求められる。ヴェインには万全な状態で決闘に挑んでほしいため横になって寝てほしい(むね)を伝えたが、「寝方でどうこうなるわけもない」と言い切られてしまった。


「ヴェインは異界関係が駄目だっただろう?」

 ピスケスの一件もあって、エイミーだけでなくあの村全体が異界を毛嫌いしている雰囲気があった。彼自身も可能な限り異界に関わる依頼には参加しないことをアレウスに伝えていたはずだ。

「だから止められたって仕方がない」

「そうだけど、衝動を抑えるのはとても大変だった。今にもなにもかもを捨てて飛び出してしまいたいくらいには、あの街にお世話になったし、なにより君たちがいる場所だ。仲間の危機なんだから駆け付けないわけにはいかない……そう思ったんだ。でも、あんなにも必死に止めてくるエイミーを見たのは久し振りだったし、なによりその顔を見たときに、俺は彼女を守らなきゃいけないんだと思ってしまった。そうなったら、胸の中にあった衝動は一気に薄らいで、消えてしまったんだ」

「オレも似たようなものだ。山から出ようと思っても、オレを心配する者たちに止められる。故郷というのは、肝心なところでしがらみになる……だが、そのしがらみを愛しているがゆえに、根無し草にはなれない」

「うん、そうだと思う。だから、後ろめたい気持ちがありながらずっと故郷に留まった」

「後ろめたく思わなくていい。僕なんかそこから一年間、なんにもできなかった」

「アレウスが消息不明になったことはリスティさんから聞いたんだ。あと、何度かアベリアさんが村に訪れて君が来ていないかどうか確認しにきたこともあった」

 それからヴェインは辺りをキョロキョロと見回す。

「そういえばアベリアさんは?」

「今回は連れてきていない。リスティさんから貴族だけでなく、奴隷云々の話があったから避けさせた」

「それでクルタニカさんが?」

「クルタニカも連れてくる気はなかった。ガラハと二人で来るつもりだったんだ」


「バートハミドの悪い噂はよく耳にしていましてよ。どうせなら貴族の鼻をへし折ってやろうと思ったんですの」


 壁越しに怖ろしいことを言ってくる。

「なんにせよ、アレウスが来るならきっとアベリアさんが一緒に来るだろうと思った。ガムリンは綺麗な子には目がないからね……そこからどうにかして決闘へ話を持って行こうと考えていたんだ。予定通りにはならなかったけど、アレウスの想定外ではあってもクルタニカさんが来てくれていて助かったよ。女の話題じゃなきゃ、ガムリンは留まっちゃくれないからね」

「そんなに女好きなんですの……」

(たら)すんじゃなく、権力と財力で侍らせているだけだよ。女性側が愛しているなんて、考えられないな。あるとしてもガムリンじゃなく、その裏にあるお金を愛しているだけだと思う。まぁ……そうやって考えれば、愛情に飢えすぎて偽りの愛にしか目を向けることのできないかわいそうな男とも言えるんだけど」

「それはかわいそうとは言いませんわ。惨め、と言いますの。自分自身で女性を惹かせる努力をしようとせず、努力の代わりに莫大な財力で(まかな)っているだけでしてよ。『物事は全てお金で解決できる』……これはまさしく真理に近しいと思いますが、人の心が加われば一気に遠ざかりましてよ」

「俺もそう思います。だから、ここに来ることになった際にエイミーを条件に提示されたときは憤怒に駆られて、ガムリンをぶん殴ってしまいそうになったんだけど、立場的にはそうはいかなかった」

「村の人々を受け入れさせなきゃならなかったのか?」

「ああ。それと、エイミーは父親を誰かに殺されて、祖父が天寿を全うしている。喪失感が強く、精神的にも参っていたのが目に見えて分かった。彼女には自分自身だけでなく母親も守らなきゃならない。だったら、断るわけにはいかないんだよ。ガムリンはきっとその辺りも全部、分かっていたんじゃないかな。ひょっとすると彼女の父親を襲ったのもガムリンの手先……かもしれない。いや、これは考えすぎだろう。俺は少なからず憎しみの感情を抱いてしまっているから、そうやってガムリンに責任を押し付けようとしている。醜い感情だよ」

「どこが? 許嫁のためならば、あの男に憎悪を抱くのは当然。恥じることではない」

「ありがとう」

 ガラハの気遣いにヴェインは感謝を伝える。


「警備員って仕事を任せてきたのは、明らかな嫌がらせだったね。エイミーの傍に俺がいたから、遠ざけたかったんだろう。でも、そんなことで俺たちの繋がりが切れることはない」

 口笛を鳴らすと窓から伝書鳩が入ってきてヴェインの肩に止まる。

「村の伝書鳩を連れてきたかったんだけど、許してくれなくてね。小さい頃から面倒を見ていたから、きっと野生に帰ることもできなかったと思う」

 悔しそうに呟く。

「でも、新しくバートハミドで飼い始めた。育て親の調教がとても上手かったみたいで、懐いてもらうのには苦労したけど、この子はバートハミドのどこにでも行ける。とはいえ、まずエイミーをこの子は知らなかったから、足に括り付けた手紙がちゃんと届いたのは何十回目だったかな……」

「失敗してガムリンに見つかることは考慮しなかったのか?」

「考えてはいた。でもガムリンは鳩が敷地に入ってきたって自分でどうこうしないから。いつだって使用人任せさ。趣味で狩りをしているわけでもなさそうだったし、失敗はしても手紙を見つけられることはないと思ったんだ」

 かなり危ない橋を渡っているが、結果的にそれが上手く行っている。アレウスならもっと手堅く行くところだが、ヴェインはエイミーのためならここまで大胆な策に出られるのかと感心する。

「で、運良くエイミーに手紙が渡って、エイミーからも手紙が来た。この子はエイミーをすぐに気に入ってくれたみたいで、二度目からはほぼ失敗せずに手紙でのやり取りができるようになったよ。そこで俺は彼女と文字で話し合った。俺はこの区画の内情を語り、彼女はヒッチヤード家の内情を語った。そこで、両者の状況を利用して決闘する方向で話を決めた」

「決闘に拘りましたの?」

「貴族のやることを覆せるのは決闘しかなかった。それでしかエイミーは取り戻せない。だから俺はそこからガムリンに決闘を申し込むために必要な準備を始めた。まずこの区画の人々と交友を行い、力任せで弾圧するだけでしかなかった警備員という存在のイメージを変えさせること。別に完全に警備員と分かり合ってもらう必要はないんだ。俺との関係だけ良好な状態ならそれでいい。そして、貴族への根回し。警備員はこの区画にずっといなきゃいけないわけじゃないから、休みの日は外に出て、少しずつ少しずつ、ヒッチヤード家に不満――どちらかというとガムリンっていう人物に不満を持つ者たちと交渉していった。これはね、アレウスの交渉強さを真似したつもりだ」

「僕はそんなに交渉が上手じゃないぞ」

「どんな状況でも交渉の余地を引きずり出す。ドワーフの里に始まり、エルフのキトリノスとの交渉。これを見ていた経験が活きたと俺は思っているよ」

 あれもかなり無茶な方法である。ヴェインにはどうやらアレウスのあまり良くない部分を学ばせてしまっているようだ。

「そして、エイミーにはヒッチヤード家の使用人や従者を懐柔してもらったんですの?」

「女性は金でどうこうできるけど、男性はそうもいかない。不当な扱いを受けている者もいたようだから、そこをエイミーには突いてもらった。村長補佐、村長代理として難しい話に彼女はよく出ていたから、やっぱり人をまとめ上げる力は別格だった。現状を話すと同情してくれる人も多かったみたいだ。それで、今日のあのときまで俺たちは耐え続けたんだ」

「僕と戦うときに鉄棍じゃなく薙刀だったのは察してもらうためか?」

「ガラハは俺が薙刀を背負っている時点で察してくれたんだけど、どうにもアレウスはそうじゃなかった。だから耳打ちしなきゃ駄目なんだろうなって」

 一年振りに再会して、まず背負っている薙刀に目が向くわけがなく、そこにどのような意味が含まれているかも分かるわけがない。だが、ガラハはそこで察していたのだから、アレウスはもっと他人の状態、心情について意識して考える力を伸ばさなければならないらしい。


 対峙する相手――特に魔物の考えそうなことばかりを想像し、有利な状況を作り出すことばかりでは人の心まで掴めはしないらしい。


「けれど、ヴェイン? あの貴族が対等な条件で戦ってくれると思いまして?」

「多少の不利、無茶苦茶な条件は飲むつもりだよ」

「本気でして?」

「今、俺が最も怖れていることはガムリンの気が変わることなんだ。要は家柄、プライドを捨てて決闘を断ったことにされてしまうと、なにもかもが回らない。ガムリンがそれらに拘っていてくれないと、なにもかもが無駄になってしまうんだ」

「それは、毒を差し出されたら毒を飲む……と等しいことでしてよ?」

「構わない」

「構わなくはありません。それであなたが負けてしまえば許嫁を取り戻すことさえできないんでしてよ?」

「ない」

 ヴェインは断言する。

「取り戻せないことなんて、絶対にない」


「……アレウスとは違う方向で真っ直ぐすぎて、呆れてしまいますわ。でも、そのように愛してもらえるのはとても……ええ、とても幸せなことなのでしょう」

 クルタニカが折れる。

「そうとなれば、わたくしたちがすべきことがなにかは分かりますわね?」

 そうアレウスとガラハに訊ねてくる。

「可能な限り、ヴェインの決闘を後押しする。僕たちとヴェインの関係を彼らはまだ知らないから」

「あの貴族にとって都合の良いことを不都合へと変えてしまえばいい。偶然を装って、想定や策を崩す」

「それこそ、決闘場所を偵察し、工作を目撃したからたまたま追い払うとか、そんなところか」

「ですわね。わたくしはガムリンの見えるところにいた方がよいでしょう。わたくしの存在をヴェインが利用するためには正体も伏せておいた方がよろしいでしょう。とはいえ、わたくしは色々なところで『御霊送り』をしているので、バレてしまうのも時間の問題かもしれませんが」

「クルタニカさんの正体がバレたところで問題はありませんよ。そこに俺との繋がりがあると思われないことが大事なんです」

 そこまで言ったところでヴェインがアレウスに目配せするので、その合図の通りに窓の外へと飛び出して聞き耳を立てていた女を取り押さえる。


「ガムリンの使いの者か? 盗み聞きをしていたのならそうなのだろう? だったら悪いが、明日の決闘が終わるまで拘束させてもらう」

「ああいや……すまない。ギルドの方で面白い話を聞いたので、その者たちは今どこにいるのか聞いて、ここに足を運んだだけなんだ」

「そんな嘘が通じるとでも?」

「嘘ではない……が、偶然にも大切な話を聞いてしまったことは申し訳ない。なにかと金を求めてくる連中に金を払ってようやくあなたたちの居場所を突き止めたというのに、なんとも間が悪いことになってしまった」


「そういえばヴェイン? この宿舎は壁が視線を遮る以外で機能していないが、他の警備員たちにもこの話はしているのか?」

「ああ、しまった……そこまでは気が回っていなかった」

 ガラハの問いに、再会して初めてヴェインのやってしまったという表情を作る。

「だったらこの人みたいにすぐにでも全員を縛りに行くしかないな」

 アレウスは女を押さえるのをクルタニカに変わってもらい、すぐにでも走り出せる意思を示す。


「それは気にしなくて構わない。どいつもこいつも私が金で出払ってもらった」

「だからそんな話を誰が信じる?」

「信じる信じないの前に、こう捉えることもできないか? 私もあなたたち以外の誰にも聞かれたくない話をするつもりだったと。だから周囲の者たちを遠ざけさせた、と」


「その女が言うように、この宿舎にはオレたち以外は誰もいないぞ」

「だとしても、いつ頃からいなくなったかが分かりませんわ。わたくしたちがヴェインに宿舎に招かれたところを目撃されていれば、それまででしてよ」


「全員に結構な金を握らせている。他言無用にせよとも言っている。話はしないさ。もし話すようなら――ああいや、今のは聞かなかったことにしてくれ」

 逃げる素振りを見せないためクルタニカは押さえることをやめ、彼女から離れる。衣服の汚れを正しながら女は立ち上がり、乱暴な扱いをしたアレウスたちを咎めるような顔を向けることもなく、状況に似つかわしくないほどに落ち着いている。

「私も他言無用しない。生き様に懸けてもいい」

 この世界で言うところの『生き様に懸ける』はロジックだけでなく、特別な意味合いがある。聖職者が口にする『神に誓って』が近いだろうか。

「そこまで言うのなら、あなたの言うことを信じましょう」

「本当に良いのか、ヴェイン?」

「逆境を越えなければならないのはもう決まっていることだ。この一件が引き起こす波紋も無視できないなら、決闘にすら負ける」


 アレウスは抜きそうになった短剣を鞘に納め、殺意を(しず)める。


「その者の言葉で、私に向ける感情を抑えると?」

「こうして相対してみても、あなたからは悪意を感じ取ることができない。聞き耳を立てていたこと自体も悪意があってのことじゃない。ならなんで聞き耳を立てていたんだって話になるけど、その顔をみると話す気はないのが分かる。そうなると、僕たちはなんにもできない。ここであなたを拘束すること自体がガムリンの策略で、犯罪者として僕たちを捕まえる気だとしたら、やっぱり手は出せない」

「いやはや、非は私にある。それならば、明日まで私を見張ってみるか?」

「その誘いには応じられない」

 なにがガムリンの策なのか分からない。現状を維持する。誰の知り合いでもない女の言うことにこれ以上、掻き乱されるわけにもいかない。

「ふむ……浅慮だったのは私の方だ。今日、こう相対してみて分かることもあった。このまま立ち去らせてもらえるなら、そうさせてもらおう」

 女の向けた背に、本来であれば奇襲を仕掛けたいところであるのだが、どうにか抑え込む。

「それでは、また明日」

「また明日?」

 ヴェインは首を傾げる。

「なに、案ずるな。どうせ明日、私とあなた方は同じところで巡り合う。決闘では良い物を見させてもらいたい」

 言い残し、女は闇夜の中、宿舎を立ち去った。

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