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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第9章 -キングス・ファング-】
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愛こそ全て

 どんなに栄えた街でも隠し切れない闇がある。輝いている人生の隣りには影に隠れて苦しんでいる人生がある。貴族の人生が輝いているかは定かではないが、輝いているように見せかけているのなら、そのしわ寄せは必ず起こる。

 治安の悪い区域。そのようにギルド関係者は言っていたが、実際は貴族に歯向かう者たちから歯向かう力を奪い、押し込んだ区域だ。この区域に入る門は街に一つしかなく、街門ほどではないが強固にできている。警備員を務めているヴェインを入り口で見つけられるかと思ったが、どうやら時間ごとに担当箇所が変わるらしく、姿を見かけることはできなかった。なのでギルドで受け取った冒険者証明書を警備員に見せることで中に入り、同時にヴェインが今どこで働いているかを聞き出し、そこに向かう。

「臭うな」

 ガラハが率直な感想を述べる。

「社会の吹き溜まりはなかなか、衛生環境が整わないことが多いんでしてよ。行動制限を掛けられているとすれば、よりまともな衛生環境にはなりませんわ」

「洗濯や入浴まで制限があると?」

「どちらも水を必要としますわ。命を繋ぎ止めるためにも水は必須。生きるために水を飲む以上、洗濯や入浴に水を使う余裕はないと思いましてよ」

 どこか納得の行っていないガラハだったが、それを言葉にすることができず悩んでいる。

「水源があるなら、飲み水以外に使ってもいいと僕は思うけど」

 なのでアレウスがその悩みを代わりに言葉としてクルタニカにぶつける。

「歯向かう牙を抜かれ、落ちぶれた者たちの溜まり場。未だ権力に拘り続ける者たちが集うのなら、わたくしの予想では……」

 ほら、と言わんばかりに吹き溜まり区画の唯一の水源と思わしき井戸へ視線を向けるように促してくる。

「水を我が物顔で掌握し、実質的に管理下に置くことでこの場所のトップに立つ。どんなところでも生きる上で必要な物、そして燃料といった物は生産し、管理し、販売している側が絶対的に優位です」

 井戸を男たちが守るようにして囲っている。人が近付くことを拒み、飲み水を汲みにやってきた者には金銭を要求する。


 そんな、劣悪な場所において劣悪な状況が完成してしまっている。しかも守っているのはただの男たちではない。身なりからして門を守っていた者と同じ警備員だ。


「ヴェイン」

 更に驚くべきは、そこにヴェインの姿があったことだ。

「……アレウス? あぁ、アレウス! まさか、本当にアレウスなのかい?」

 そう言って近付くヴェインは(よど)み切った瞳に、驚くほどの煌きを宿す。

「もう二度と会えないと思っていたんだ……生きているなんて、良かった……」

「それより、井戸を利用を制限しているように見えたけど」

 再会の喜びよりもアレウスはヴェインの行動とは思えない対応について尋ねる。

「……ああ、そのことかい? 貴族に言われているんだよ。飲み水を利用する者からはお金を取るように、と。飲み水は生活において必要不可欠。反抗の意思を削るにはまず生活能力を失わせることだからね。喉が渇いている者が突然、暴れ出したって抑えるのは難しくない。隠し持っている資金を飲み水で支払わせることで、武器や防具を買えなくすることもできる」

「いや……どうして貴族の言うことに従っているんだ?」

「そりゃ、貴族がこの街では全てを取り仕切っているからね。歯向かうことなんてできないよ。いや、一度歯向かったからここでこんな仕事に就いているんだけど」


「エイミーについて、思うところはありませんの?」


「無いよ」

 即答にクルタニカは驚き、沈黙する。

「この世界じゃ強い者が絶対に正義だ。正義に反する行いをすれば痛い目を見る。だからエイミーには貴族に嫁いでもらう方向で話をつけたんだ」

「なんだ、それ?」

 怒りが沸々と湧いて出る。

「なんだよそれ!! お前たちは村では、」

「その話はよしてくれ! 聞きたくない!」

 アレウスの怒声を抑え込むようにヴェインは叫ぶ。その強さに、次に続く言葉を見失ってアレウスは虚空を仰ぐ。


「貴族について話してくれ」

 深い沈黙を破ってガラハがヴェインに問う。

「なに、文句を言いに行くわけではない。貴族の神経を逆撫ですれば冒険者もタダでは済まなそうな雰囲気だ。楯突かないようにあらかじめ、注意しておいた方がいい貴族を知っておきたい」

「ガラハは相変わらず、話が早くて助かるよ」

「察しが良いのはアレウスの役割だ。オレばかりに任せるな。それで、注意すべきは誰だ?」

「ガムリン・ヒッチヤード様。この街で一番の貴族――の息子さ。当主のリッチモンド・ヒッチヤード様は帝都まで商談に行っている。接待も受けているんじゃないかな。でも、明後日にはきっと帰ってくるよ」

「ギルドやクルタニカから聞いた話では、帝都で名を挙げられなかった貴族が流れ着いた街と聞いているが」

「ヒッチヤード家は流れじゃない。自分でバートハミドにやって来たと聞いているよ。だからだろうね。どんな貴族よりも圧倒的な権力を持っている。リッチモンド様はこの街の行政全てに関わっていると言っても過言じゃないよ。勿論、それに応じただけの資金の投入も行っているみたいだ」

「明後日に帰ってくるという確固たる理由は?」

「明後日はガムリン様の結婚式だからだよ。そう、ガムリン様とエイミーの結婚式だ」


「自分で言っていて、頭がおかしいと思ったりはしませんの?」


「別に? 素晴らしいことじゃないか。エイミーも貴族に貰われれば一生に困らない。確かにガムリン様には沢山の悪い噂があるけれど、そんなのはヒッチヤード家に不満を持つ者たちが好き勝手に吹いたホラ話に過ぎないんだ」

「『強気な女を屈服させること』が趣味だと聞きましたわよ?」

「ううん、どうだろうな。ガムリン様は何人も女性を囲っているから、それが変に伝わったのかもしれないね。まぁちょっと性の乱れはあるかもしれない。何人か妊娠させてしまった上に捨てたこともあるそうだし」

「そこに嫁がせることが幸せなんでして?」

「ああ。一生に困らないからね」

 ふざけている。誰がヴェインにこんなことを言わせているんだ。ロジックを開いて、なにもかもを元通りに書き直してやろうか。

 アレウスは感情のままに動こうとしたが、同時に感情のせいで動けなくなる。


 もしロジックを開いて、どこにも書き換えられた形跡がなかったら? 全てがヴェインの本心であったら?


 そんな事実を目にしたとき、アレウスは現実を直視することがきっとできないだろう。

 怖い。ロジックを開くことが、とても怖い。


「ああ、そうだ。ちょっとこっちに耳を貸して」

 ヴェインは呆然としているアレウスの腕を掴み、強引に引き寄せる。

「俺と一戦交えてほしい」

 そう耳打ちをされ、正気かと顔を見る。

「そのときに――」

 続けて耳元で語られる内容に、アレウスは信じられないといった具合で彼から離れ、再び虚空を仰ぐ。


「なにか騒がしいようだけど、井戸はちゃんと守れているのかい?」

 ハンカチで口元を覆って、頭から足の先まで高そうな衣服と靴を身に纏った男が従者を引き連れながらヴェインに訊ねてきた。

「ガムリン様」

 ヴェインは頭を下げる。

「申し訳ありません。この余所者がこの区画におけるルールに従えないと反抗しておりまして」

「なんとそれは、困ったことだ。ちゃんと対処はできるのかね?」

「はい、なにも問題はありません。この俺が、あなた様の前でこの者を叩きのめしてみせましょう」

「いや、わざわざ見せる必要はない。貴様が勝つことは見なくても分かる」

「よろしいのですか? この者を打ちのめしたのち、そこの女と話を付けるつもりでしたが。彼女もガムリン様の魅力を知れば、すぐにでも(かしず)くことでしょう」

 あろうことかヴェインはクルタニカまでも差し出そうとしている。


「おお、とても美しい女性ではないか。実に、実に綺麗だ。明日では我慢できないな。今日にでも欲しい。今日の夜から(たの)しませてもらいたい」

「そんなのはお断りでしてよ!」

「よいぞよいぞ。そのように強気の女を侍らせるのは、私の趣味に合っている」

「この女性がガムリン様の下へ行くか否か。それを賭けて一戦、この者と交えようという話なのです。この者が俺に負けるところを見れば、女性も彼に幻滅し、ガムリン様の下へ行くことを決めるでしょう」

「そうか、ならば見物させてもらおう」

「だからわたくしはそんなこと!」

「二人が決めたことだ。逆らわずに見届けるのが筋だろう」

 クルタニカの言い分をガラハが封殺する。


 全てがヴェインの言葉の通りに進み、ガムリン・ヒッチヤードの従者たちによって井戸に群がっていた者たちが押し退けられ、戦えるだけの空間が出来上がる。


「ガムリン様? 結婚式の準備は進んでおられるのでしょうか?」

「滞りなく進んでいるぞ。貴様の助力のおかげだな。しかし、手を出せんのはなかなかに困ったものだ」

「俺のたった一つの約束を守っていただいているのですね」

「貴様はとても頼りになる男だからな。飲み水代で稼いだお金は全て私の下へと届けてくれるばかりか、こういった輩に誰一人として負けず、しっかりと牢獄にぶち込んでくれている。それに、愉しみは後回しになればなるほど興奮が高まるというもの。それに、明後日になればあの肢体を拝める。一晩中、休ませずに可愛がってやる。そのときには貴様にも見届けてもらおうか。あんなにも私好みの女性を差し出してくれた褒美としてな」

「嬉しい限りです。では、期待に応えてこの者も黙らせてみせましょう」


 一通りの話を終えてヴェインが薙刀を構えてアレウスに向き合う。


「……薙刀?」

「なにを気にしていらっしゃる?」

 先ほど顔を合わせたときとは打って変わって、あからさまな他人行儀にアレウスは少しばかり混乱する。

 が、耳打ちされた限りではこれでいいはずだ。


 逆に、薙刀を見てアレウスはあの耳打ちこそがヴェインの本心であるという確信に至った。


「人々のための水を奪うなんて、僕は絶対に許せない!」

 だったらアレウスもヴェインに言われた通りに、その演目の通りに踊るだけだ。


 短剣を引き抜きながらヴェインに近付き、剣戟を放つがすぐさま薙刀で押さえられる。数歩下がって距離を置いて、再び飛び込もうとしたが薙刀を十全に振り回し、鍛え上げられた肉体から繰り出される高速の斬撃は気を少しでも抜けば腕を、足を切り落とさんばかりの威力を宿す。

 それだけではない。ヴェインは恐らく、風魔法で加速を行っている。でなければただの一振りが地面を抉るものか。そして薙刀がそんな腕力で振るわれて刃が砕けないのもおかしい。

「どれだけ逃げ回っても無駄だよ」

 下がりに下がってもヴェインは間合いを丁寧に詰めて来る。かと言ってアレウスが接近すれば間合いを離す。薙刀や鎗において絶対の距離。短剣では決して届かない空間の管理。以前にも増して足運びも安定している。

 気配を消して、隙を狙って足を蹴ろうと試みる。だが、ヴェインは足を蹴られて体勢を崩されたところで数歩のよろめきだけで立て直す。体幹も成長している。なによりアレウスの気配消しの技能に付いて来た。魔力感知か気配感知の技能をこの一年の間に習得している。ただの気配感知では自身を追うのは不可能だとアレウスは自負しているため、習得しているのなら職業的にも魔力感知だろう。


「まだ名乗っていなかったね。我が名はヴェイナード・カタラクシオ! カタラクシオ家の後継者にして、魔を祓う術を持つ者!」

 アレウスは応じない。応じずにヴェインとの戦いに身を投じる。

「世界に名立たる者よ! 我は貴様の罪を問う! その身に一切の罪深さが無いと言うならば、我が言葉に応じよ!」

 やはりアレウスは答えない。


 間合いの詰め方を変える。真正面からは難しい。気配消しで距離を詰め切ることができたとしても、すぐに対応されてしまう。

 だから、逆に正面を狙う。正面からは狙ってこないだろうというヴェインの決め付けを狙う。位置もヴェインが調節している。むしろ正面から狙わない理由がない。


「我は天より加護を与えたもう全知全能の神に、この御言葉を捧げる!」

 薙刀を振った隙を突いて、距離を詰め切る。短剣でヴェインの手を切り裂く。手袋が千切れ、血に濡れ、手から滑り落ちるのをヴェインは掴み、アレウス目掛けて投げ付ける。

「我が語る汝の罪! 全てが世迷言であるというのなら! 神の見つめるその日、その時において、我の前にして証明せよ!」


 投げられた手袋に気を取られて後ろを向いたところを、ヴェインは薙刀の峰でアレウスの背中を打って、倒す。


「く、そ……!」

 アレウスは悔しそうに声を零す。


「そこまで! もう勝負はあったであろう。この私が決めた。ヴェイナード・カタラクシオの勝ちだ」

 そう宣言し、血に濡れた手袋をガムリンは拾う。

 その後ろで従者が止めようとしていたことを、倒れ伏したままのアレウスは見ていた。

「なんとも薄汚れた生地よ。こんな使い古した手袋よりも、貴様にはもう少しまともな物を支給してやってもよいぞ?」


「拾ったな?」

 ゾワッと、言葉だけでアレウスは鳥肌を立てる。

「拾ったな? ガムリン・ヒッチヤード?」

「そ、それがなんだと言う? それよりもその態度はなんだ?!」

「ガムリン様」

「お主たちもどうした? どうしてそんなに顔を蒼褪めておる?!」

「投げられた手袋を拾うことは、決闘を意味しております……」

「決闘? しかし決闘には正式な過程が」

「ですから、今、戦っている中でヴェイナードは済ませております……その、ガムリン様が仰る正式な過程を……いえ、正式とは言えないものではありますが、決闘を意味した言葉を連ねております。そう、決闘裁判という形にするにはあまりにも正式なものではありませんが……」

「あれは、あの者へ向けたものだっただろう!?」


「アレウスは一言も俺の言葉に応じていない。俺は戦っている中で、お前に向けて決闘を申し込んだんだ」

 ヴェインは手の傷を『癒やし』の魔法で治しながらガムリンに近付く。

「ガムリン・ヒッチヤード? 手袋を拾った以上、決闘に応じた事実は覆らない。それとも、無かったことにするか? 天下のヒッチヤード家の、その後継者が? たかが余所からやってきた村の男からの決闘に怯えて、無かったことにすると?」

「だ、黙れ黙れ黙れ! 貴様たちも見ておっただろう!? ヴェイナードはこの者と戦っていた! 戦っていただろう?!」


「知らねぇなぁ」「俺は見たぜ? 手袋を拾うところを」「ああ、ヒッチヤードの息子が確かに手袋を拾っていた」「まさか貴族のクセに決闘の礼儀も知らないのか?」「俺ですら知っていることだぜ? なんなら地方によっては投げ付けられた手袋を拾っただけで決闘が成立するくらいだ」「ヴェインはしっかりと、過程を踏んでいたな。ちょっと分かり辛いが、手袋を投げたところで俺も分かった」「笑って手袋を蹴飛ばせば良かったんだよ」「それか完全に無視すればよかった」「従者たちが慌てて処理しようとするところを、お前はなんにも考えずに拾ったんだろ」「形式や格式に拘る貴族が、まさか自分の手で拾った手袋を、その決闘を、無かったことにするなんて」「それはもう、ここからでも聞こえる大声で吹聴して回るしかないよなぁ」


「き、貴様ら……!」

「そんなに決闘が嫌だと言うのなら、やめてあげても構いませんよ?」

 ヴェインは鬼気(きき)迫るほどの殺意を放ちながら言う。

「ただ、あなたがただの余所者からの決闘を断った事実……帰ってきたリッチモンド様が知ったら、どうなるのでしょうね?」

「ふ、ふざけ…………よぅし、分かった。明日だ! 明日ならば父も帰ってこない! 明日、私が貴様を決闘によって倒し! 明後日の祝いの門出としよう! 無論、貴様には明日は来ようとも明後日は来んぞ!!」

「御受けしたと受け取ってよろしいですか?」

「そう言ったであろう?!」

「誓約書がないから、無かったことに、とはできませんよ。俺たちの生き様はロジックが全て知っている。どちらかの言い分に齟齬が生じた際は、ロジックを開けば真実が現れる。あなたの口から、受けたという事実はあなたのロジックに刻まれた」


「くそぅ……! 明日の決闘を終えたら、この区画の井戸の料金は値上げしてやる……!」

「ああ、井戸の利用代ですけれど、ここの者たちからは受け取っておりませんよ?」

「なんだって?!」

「全て私の懐からあなたの元へと届いております。どこにそんなお金が、と聞きたそうですから答えますが、ヒッチヤード家を失墜させるためと他の貴族に掛け合ったら皆、投資とばかりにお金を出してくださいました。よっぽど嫌われているようですね……いいえ、リッチモンド様ではなく、ガムリン様と付け加えたら最初は肯かなかった貴族も肯いたので、あなたが嫌われているだけでしょうか」


「リッチモンド様は商談で外遊することが多いからな」「バートハミドに戻るのも年に数回あるかどうか」「商談で得たお金はバートハミドに落としてくれる」「ガムリン様に比べたらリッチモンド様への怒りなど薄れるというものだ」


 ガムリンは暴言を吐き散らしながら従者に抑えられつつ、吹き溜まり区画を去って行く。


「すまないね、損な役回りだけでなく再会して早々に滅茶苦茶なことをしてしまって」

 ヴェインが倒れたままのアレウスに手を差し伸べる。

「なにぶん、もう時間がなかったんだ。アレウスが来た瞬間に、全てが上手く回り始めると思ったよ。なにせ今日は月に一度、あのガムリンがこの区画で働いている俺を見に来るところだったんだから」

「いや、僕やお前はいいけど……エイミーは大丈夫なのか?」

「エイミーと俺の間柄については黙ったままだからね。俺への嫌がらせにエイミーになにか危害を及ぼしはしないさ。いや……きっと出来ないんじゃないかな」

「その根拠は?」

「ガムリンはああ言っていたけど、エイミーを持て余しているんだよ。気の強い性格については肯けるけど、それ以上に武芸があるからね。卑劣な感情でエイミーに近付いても返り討ちさ。そして従者はどちらかと言うとエイミー寄り。それもこれもヒッチヤード家内部でエイミーが懐柔してくれているからなんだけど」

「通りで手袋をどうにかしようとする素振りは見せても、動きが遅いと思った」

「クルタニカさんも申し訳ありません。あなたの美貌を餌にすれば、すぐに立ち去るガムリンを留められると思ったんです」

「わたくし……餌にされたんでして? それならちゃんとわたくしに事情を説明すれば」

「説明したらクルタニカさんの演技は嘘臭くなりますので。知らないからこその演技ではない迫真さが出るというもの。ガムリンが喰い付いたのは確かなんですから」

「……ガラハは知っていましたの?」

「会ってすぐに、こいつはなにかをやろうとしていると分かった」

「僕は耳打ちされなきゃ分かんなかったよ」

「そこは年季が違う」


「ずっとリスティさんには伝えていたんだけどね。どうにも良い返事はしてくれなくて、困り果てていた。だけど俺は諦めなかったよ。そう、明後日に期限が迫っていようとも、絶対に諦めなかった。きっと明日になっても、いや明後日になっても諦めていないだろうさ。まぁ、やり方は今日みたいな方法じゃなくて、かなり無茶苦茶になっていただろうけど」

 いつものヴェインが見せる朗らかな笑みに、アレウスは懐かしい安らぎを感じる。

「この仕掛けのために奔走して、実はまだ一つ二つあるにはあるんだ。でもその前に」

 ヴェインが振り返って、吹き溜まり区画の者たちに頭を下げる。

「この俺の独りよがりの行いに協力してくれて、本当にありがとう」


「いやぁ、最初にあんたが警備員として来たときはどうなるかと思ったよ」「何人か牢屋行きしたからなぁ」「でも、徐々に状況が変わっていった」「井戸の利用料を払わずに済むようになったんだよな」「おかげでなんとか、生きるには困らない」「俺ぁ、この日のために入浴せずにいたんだ」「あんたはいっつもその臭いだろうが」「ま、ギルドの人が身なりをボロい物にしろって連絡してきたときには、遂に来たかと思ったな」


「ギルドから……? どこまで根回ししていたんだ?」

「なにを驚いているんだい?」

 ヴェインは表情を明るくさせたまま答える。

「愛する者を守り、救うためだ。なんだってする。そこに理由なんてない。そうさ、なんだってするよ。君だってそうじゃないのかい?」

「……カプリースといい、なんでこう、愛に生きる男は交渉が上手いんだ」

「愛している者を守りたい、愛している者に愛されたい。そのために、したくないことなんて一つだってないだろう? いつだって全力だよ。全身全霊で、愛することが愛されるための全てだよ」

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