探索
馬車に揺られて一時間ほどのところで降りる。そこから歩いて一時間ほど進んだ先で、遠目で視認できる範囲で墳墓が見えて来たため軽い休憩を挟む。
「偉人の墓も、魔物が巣くえば迷惑な築造物か」
「特に偉人のお墓ってわけでもないみたいだけど」
「昔、この辺りを治めていた王の側近の墓らしいね」
「いや、それは充分に偉人だと僕は思う」
墳墓というのはそもそも、そこで大きな権力などを持っていた者たちが埋葬される際に神の奇跡によって生き還ることを信じていた過去の人々が造っている。生き還っても困らないように衣服や書物、陶器、そして身を守る武器などを棺と共に納め、周囲には心を捧げた者たちを象った土偶や焼き物が置かれる。場合によっては一緒に埋葬されることもある。死者を丁重に弔い、更には敬うことによって永遠の忠誠を誓う。墳墓の大きさが権力の大きさの象徴ともされ、大きければ大きいほど良いとされていた。そのようにアレウスはこの世界で読んだ書物で学んだ。
「お墓を荒らすと幽霊が出るとか出ないとか」
「そういう話をする人も多いね。僧侶であっても霊的な物を感じる感じないは個人差が大きい。俺はサッパリだよ。屍霊術士はきっと、その辺りが特異体質なんだろう」
「私は、少しは感じ取れるかも……アレウスは?」
「異界限定で分かる」
「何故、異界限定なんだい?」
「異界以外で見たことがないから」
「なるほど、異界の虜囚を見たことが……? 同じ初級冒険者でも経験に差があって参ってしまう。お荷物にならないか心配だ」
「その心配はしなくて良い。一人より二人、二人より三人。人数が増えれば増えるほど安全性は増す」
それに、前衛にたとえ入れないような弱虫であっても回復魔法を扱える点だけでもありがたい話なのだ。
アベリアが攻撃、ヴェインが回復を専門とすれば魔力の枯渇はほぼ無いだろう。
ポーションの即時回復は有用ではあるが、魔力による回復に比べれば微々たる物だ。だからこそ、ヴェインの魔力はアレウスがいかに攻撃を受けないかに掛かって来るため、前衛としての仕事もより重みを増す。リーダーとしての器が自身にあるかどうかは分からない。しかし、いずれはぶち当たる壁であるのだから、決してこの重圧からは逃れられない。
「逃走時の殿を決めておこう」
アレウスは水を飲み、ドライフルーツを齧りながら告げる。
「一番に逃げてもらうのはヴェイン。後方を魔物に塞がれた際に鉄棍で薙ぎ払ってもらう。自分の命が掛かっているんだ。逃げている最中なら足だって止まらないだろ。だって、そこを突破しなきゃ死ぬんだから」
「確かに……それなら出来そうな気もする」
「二番目にアベリア。前方か後方、どちらに魔物が多いかを即時に判断して、一発か二発ぐらいは魔法を撃ってもらう。それからヴェインと一緒に下がる。最後が僕。前方の魔物を攪乱しつつ、出来る限り気絶なり死に掛けまで削ってから逃げる。逃走中は魔物の絶命を考えない。追い掛けられない状態にさせて出口を目指す」
「分かった」
アベリアが立ち上がり、乾パンを食べたあとの渇きを水で潤す。ヴェインも続いて食べていた物を胃に収め終えた。そうしてアレウスたちは草原地帯を横切って、墳墓の前に辿り着く。
「王様の墓は、これよりも大きいのか……」
それでもこの世界の墳墓は、アレウスが想像していた以上の大きさを伴っていた。精々、一人や二人が入れる程度の入り口なのだろうと思っていた。狭いには狭いのだが、成人男性でも立って歩けてしまうほどの入り口があり、ランタンに火を灯して中を覗いてみても、通路はずっと奥に続いている。
ダンジョンとはよく言ったものである。
「この辺りは洞窟が多かったと聞いている。掘る手間を省ける分、地下が全体的に広いんだろう」
「王族のお墓になるとダンジョンを通り越して、ラビリンスになるのかな」
「広さの定義はよく分からないな……」
ダンジョンもラビリンスも、アレウスの中ではほぼ同一の物である。しかしアベリアの言い方であると、ダンジョン以上にラビリンスの方が構造が広いらしい。
「リスティさんは十匹程度と言っていた。通路は地下深くに続いていても、実はそこまでの広さではないのかも知れない」
ヴェインの話を聞きつつ、アレウスは松明に火を点けて、中へと放り投げる。
「入ってすぐのところに魔物が居ないかの確認か。手慣れている」
「ヴェインは探索に慣れているか?」
「固定ではなくとも、何度か冒険者としてクエストは受けているし、やろうとしていることは大体、察せられるよ」
死にたくない一心で、安全第一を学んだのだとすれば、その方針はアレウスたちと一致する。『祝福知らず』のアレウスをアベリアはいつも気に掛けるために必然的に『命を大事に』が前提なのだ。しかし、それもこれも自身のワガママによるものなので誇れない。むしろ短所である。その短所を巻き返すためには、『祝福知らず』に相応するほどの実力を伴わせなければならない上に、彼女に「大丈夫だ」と言えるくらいの強さでもって証明しなければならない。
しかし、それを目指す上で焦りは禁物である。
「油じゃ魔物は燃えないからな。虫だとしても、自分が燃えないと分かっていたら怯えずに隠れ続けているかもな」
「魔物の虫が、野生の昆虫と同じような感じなら、むしろ火に寄って来ると私は思う」
「虫の種類にも寄るね。光に寄りやすい虫、黒という色に攻撃する虫、まぁ沢山ある。でも、目の前にある炎が魔法の炎か、それとも油の炎かなんて魔物の虫は見分けられないんじゃないかな」
「虫の中でも複眼はあまり馬鹿に出来ない」
人種とはまるで見えている世界が違うらしい。
「では、このままずっとここで様子見をするかい? それとも、俺が魔法の光球を送り込もうか?」
「そうだな、念には念を入れた方が良い。それに、光球をそのまま長時間維持出来るならランタンと合わさって、かなりの範囲を照らし出せる」
「光球を出すのは私の仕事だったのに」
「二人組だったところに入ってしまって申し訳ない。けれど、アベリアさんには攻撃に必要な魔力を温存しておいてもらいたい。いざと言う時に魔物を蹴散らせるのは僧侶の魔法じゃない。前衛のアレウスに回復、補助、付与は掛けられてもそれらを唱える原因となっている魔物は倒せないから」
「……うん、分かった」
扱いが上手い。アレウスは素直にそう思った。アベリアは自身のことになれば特に頑固になるのだが、魔法の使いどころを説明することで我慢させた。嫌な言い回しをしているわけでもない。はるかに成熟した精神を持っている。それこそアレウスなどとは比べ物にならないほどだ。
「“灯れ”」
鉄棍に集まった光が球となり、ヴェインの手の動きで先行して墳墓の奥へと入って行く。それでも魔物の反応は無い。アレウスが手で合図を出し、まず最初に中へ入る。光球の下に落ちている松明を拾い上げて、上下左右を確認後、二人を中へと招き入れた。
「通路は人一人分だったのに、入ってみれば開けた場所か……」
「自然を利用して作った墳墓だから、加工もほとんどされてはいないみたいだね」
ヴェインが壁に触れつつ言い、アレウスも同じように近くの壁に触れる。人の手で加工が施された壁と洞窟としての岩肌が不規則に続いている。加工する手間を惜しんだのか、経年劣化で壁が剥がれたのかは分からない。
「洞窟利用なら、費用も掛からないか。あとは人員だけだし」
耐久度に不安がある。内部に大型の魔物が棲んでいて、暴れ出して崩れるようなことがあったら死んでしまう。『身代わりの人形』で瓦礫は弾いてくれるのだろうか。その辺りは使ったこともないので、アレウスには疑問である。しかしアイテムすらも疑ってしまっては冒険者としてはやって行けないだろう。もっと、持ち物については常に気を配らなければならない。そうであったなら、このような疑問も抱かずに済んでいるのだから。
入り口は人一人分だけの通路であったが、内部に入れば通路も僅かながらに広がっていた。それでも二人分程度なので、結局は一列に並んで進んだ方が安全ということで奥へと進んで行く。人の手で作られたのであろう階段を降り続けて、ようやくひらけた場所に出たのだが天井があまりにも高い。
「これで洞窟として維持出来ているのが不思議なんだが」
「魔物は精霊の加護が掛けられているところに寄り付くから」
アベリアが疑問に答えを返して来る。
「つまり、土の精霊が基盤を支えているってわけか」
通常の洞窟であれば、これだけがらんどうなら僅かな揺れで地上の土や木の重みで崩落する。しかし、土の精霊によって基盤を頑丈にされているこの土地には崩落するという概念が失われているのかも知れない。
ならば、アレウスが先に不安視していた崩落の危険性はほぼ無いと考えても良いだろう。
「壁画……は、余所で削った物をここに運んだのか? この壺は……心臓を入れているんだろうか」
「壺に心臓? 面白い話だ。俺は骨壺だと思ったけど」
「死んだ人間の大切な臓器を保存しているんじゃないかと思ったんだ。ほら、墳墓にあるのは大抵がミイラじゃないか?」
「へぇ? なにか文献でも読んだことでも?」
「いや、なんかそういう風に思っただけ……だ」
考え方がどうにも過去の世界の記憶に引っ張られている。
「俺はミイラの作り方を文献で読んだことがあるよ。教会の地下墓地にはそういった遺体が残されているところもある。骨だけで管理した方が場所を取らないと思うけど」
「死んだのではなく甦ると思っていたのなら、骨だけじゃ魂が戻って来ないと考えているはずだ」
「聖人のミイラなんていうのが各地に残されているのはそのためなのかな」
所々に壁画が見られ、そしてその近くには壺や価値のありそうな短剣や装飾品が並んでいる。漁ればそれなりに良い額のお宝でも発見できそうなのだが、この世界にお宝という概念がないのであれば、これらは盗ったところでどうしようもない。ただでさえ『スカベンジャー』と『死者への冒涜』が称号として刻まれており、窃盗の技能までリスティには見られているのだから、少しでもその数値が上がったり称号に変化が見られた場合は、多大な迷惑だけでなく怖ろしくなるほどの叱咤が待っているに違いない。




