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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第8章 -シンギングリン奪還-】
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秤を崩せ

「でも一体、どうやって……?」

「シンギングリンにはオレの里とを繋ぐゲートがある。それを使った」

「修復されていたのか」

「随分と前にな。ただ、シンギングリン側のゲートが開いている状態になかったために、使えないままだった。それが今日、ようやっと繋がった。里長から知らせを聞いてから、オレは迷わず飛び込んだ」

 だからガラハはこの場、この瞬間にアレウスたちの救援に駆け付けることができたらしい。

「……リブラは痛みを平均化する上に、魔物に起こったことを平等に人間にも与えてくる。だから、妖精の粉を使ったガラハの爆発込みの斬撃もきっと」

「いや、それはどうだろうな」

 ガラハは三日月斧を構え直し、爆発で崩れ去ったゴーレムの内部でまだ輝きを放ち続けている核を一瞥だけして無視する。

「ゴーレムは確かに魔物だが、それを構成しているのは全て無機物。有機物ならまだしも、無機物に痛覚などあるとは思えない。だから、平等の攻撃が来るのならそれは、痛覚を持った者が起こしていること。つまり、あの物質と同化しているゴブリン……そして、人間が起こす攻撃の全てを見据えることのできているあの異界獣だけだろう」

「平等に与えてきているわけではない、と?」

「異界獣が見たことを脅威と感じ、同様の事象を発生させている。異界獣は世界に出ても尚、この周囲一帯を支配しているのだとすれば、そこで起こる様々な力の流れを認識し、制御している。だが、それには限界があるとオレは思う。現に、未だオレには爆発が返ってきていない」

 周囲にもガラハの起こした爆発に見合うだけの爆発が発生してはいない。

 そこから導き出される答えは、ビスターとの戦いの中で見つけた(ほころ)びを辿るだけだった。


「リブラが分かっていないことに対応することはできない……?」


「非常に興味のあるお話ですわ。平等の名の下に、ビスターが習得できていない回復魔法は、ビスターが回復範囲に加わっていないことも含め、平等ではないから無効化されましたわ」

 空をフラフラと飛んでいたクルタニカが降り立ち、語る。

「けれど、アベリアの『赤星』は止められてはいませんでしたわ。攻撃魔法に関してはたとえ習得していない魔法であっても無効化されることはなかった。それは自身が負う痛みを共有するため」

「傷を負わなければ痛みを平均化することはできないんじゃ」

 アベリアもゴーレムの隙を突いてアレウスの下へとやって来る。

「だからあの異界獣は痛みについては常に受け身ってことですか? 攻撃を妨害することはできず、また知らない攻撃を拒否することもできない。そして知らない攻撃に関しては、同様の事象を起こして反撃すらできない?」

 この戦場において、奇跡的にジュリアンも生きている。ただし、表情を見れば分かるが無力感に苛まれている。自身の体力や魔力と相談しての参戦であったため、死なないように立ち回ることはできても、実際にはほとんどなにもできていないのだろう。


「リブラの知らない攻撃の範疇は多分だけど、異界に引きずり込んだシンギングリンが関係している」

 アレウスはギルドにあった未達成の依頼を思い出す。

「ビスターは依頼と称して冒険者を向かわせ、リブラに喰わせている。だから、冒険者たちが持っていた魔法や技能についての知識はあるんだろう。ビスターと違って回復魔法も、『大いなる癒やし』も魔物に使ってみせている。異界に引きずり込んだシンギングリンに無かった力、魔法については通る可能性がある」

「でも『原初の劫火』も『冷獄の氷』も、どっちもリブラは似た力で反撃してきたよ?」

「それはリブラがどちらも“知っていたから”だ。異界獣たちの主張では、『原初の劫火』や『冷獄の氷』は元々、異界にあったものらしいから」

「わたくしとアベリアの無詠唱での魔法には対応可能で、詠唱した魔法に関しては“知らない”なら通るということでして? 確かに『赤星』は珍しい魔法でしてよ」

「そうなの?」

「習得条件が割と厳しめでしてよ? まさか知らないで唱えて……まぁ、アベリアならできそうな気がしてきましてよ」


「筋道を

立てるのは構わないんですが、いつまでも話していると周囲への負担が大きくなってしまいます……あの、僕が言うのもなんなのですが」

 ジュリアンに急かされる。こんな敵地のど真ん中で作戦会議という名の長話をしているのは、言われてみれば自ら死にに行っているようなものだ。

「僕は言われた通りにします。多分、その方が足を引っ張らないと思いますから」


 リブラによる空間の震動が激しくなる。爆発によって吹き飛んだゴーレムの核だったものが導かれるように一ヶ所に集まり、周囲の瓦礫を物凄い勢いで取り込んでいき、その内部で発火が起こる。その熱量は想像以上で、核を覆う瓦礫が炎の熱によって溶けてしまうほどだった。

「幼体のラヴァゴーレムだな。放っておくと街一つ溶かし切るほど巨大になり、終末固体となれば山をも溶かすらしい。里長からの受け売りだがな」

 咆哮には生物的なものは込められておらず、ただ“吠えている”のを真似た無機物の奇声が耳を障る。


「アベリアとクルタニカが戦えば、その分だけの反撃と防御が行われる。だとしたら、あれを止められるのは僕たち三人だけだ」

「粉砕するだけならオレだけでも十分だが?」

「それは駄目だ。ガラハの一撃はリブラにぶつけたい」

「だからってアレウスが止めに行くのも、こちらとしては大きな痛手になりましてよ」

「……ああもう、だったら消去法で僕しかいないじゃないですか!」

 若干の自暴自棄も含めたような物言いをしつつジュリアンが前に出る。

「わたくしはなにもそんな意地の悪いことを言っているんじゃありませんでしてよ。わたくしたちで、リブラの平等の力を行使されずに止める手立てを考えるのが得策ですわ」

「リブラの知らない魔法なら、まだ届く」

「けれど、それらは全てもしもの話ですよね? もし、アベリアさんの魔法を“知っていても無視していた”のなら? ここで唱えさせて、反撃で一網打尽にするつもりだったらどうしますか? もう目も当てられないですよ。そんなもしもに僕は命を懸けられません」

 そう、あくまでリブラが“知らなかった魔法だから”というのは、アレウスたちの仮定であり願望だ。こんな状況でもジュリアンは冷静に物事を見据えられている。

「やっぱり僕たちが、」

「言いましたよね? 消去法で僕がやる、と。でも、多分ですけど倒し切ることはできません。ただ確実に動きを止められます」

「確実に?」

 アベリアの問いにジュリアンが強く肯く。

「ですので、ラヴァゴーレムを止めている間にお二人が全力でリブラに一撃を与えてください」


「一撃か。あの大きさの建造物を一撃で破壊したことは今までないな」

 ガラハは天秤――リブラを眺めながら呟く。

「だが、中立と平等を司っているというのなら、その中立性を壊せたなら」

「秤の片方を壊す、か?」

「あの秤を吊っている縄……縄なのかも怪しいが」

「金属の縄かもしれない。でも、あそこが一番脆い部分だろうな」

 リブラの他の部位はどこも金属質で、中身も詰まっているように見え、破壊することは困難だ。だが、縄状になっているあの部分だけはひょっとしたら断ち切れるかもしれない。ここから見てもそれぐらいの太さにある。ただし、他の部位に比べて脆そうに見えるだけで、これといった確証はない。


「スティンガーの粉と、三日月斧の斬撃……これだけではまだ足りないな」

「なら僕が続いて着火させるか?」

「できれば秤を吊っている四本の縄か鎖か、とにかくその内の二本は切りたい。一本だけでは凌がれてしまいかねないが、二本なら確実に秤から物は落ちる」

 アレウスとガラハがそれぞれ一本ずつ切る。彼は脳内でその構想を立てているらしい。だがそれは実現可能だろうか。

「……ねぇ、私がガラハに魔法で火属性を付与して、クルタニカがアレウスに氷属性を付与するのは?」

「できる……のか?」

「貸し与えられた力を片方の短剣に集中させれば、わたくしの付与魔法も共存可能なはずですわ。だってわたくしも『冷獄の氷』を持つ者なのですから。問題はアレウスがそれをもう一本の短剣に維持させ続けられるかに掛かってきますわね」

 そのように問題提起をしてくるが、彼女の中ではもはやアレウスができるものという認識であるようで、強い信頼感の込められた眼差しを向けられている。


「もう話は終わりにしてください」

 ジュリアンの緊張に染まった声音を聞いて、一刻の猶予もないことを知る。なにせラヴァゴーレムは更に膨張を続けて、もう見上げなければならないほどに大きくなっており、その魔物との距離も限界ギリギリのところだった。


「切るなら白い方か? それとも黒い方か?」

「白は切るな。あっちから魔物が生み出されていた。だから、切るなら黒い方だ。白い方を切ったら、秤に乗せられていた白い輝きの数だけ魔物が発生する」

「分かった」


「“火よ(ファイア)()力を貸して(ウェイク)”!」

 ガラハの三日月斧にアベリアの唱えた火属性の付与魔法が備わり、刃が赤熱化する。続いてアレウスは貸し与えられた力をずっと使い続けてきた短剣に収束させ、炎の煌きを宿らせる。

「“氷よ(アイス)()力を貸しなさい(ウェイク)”!」

 エルヴァが作った岩の短剣に氷属性が付与され、刃が青白く変色する。しかし、それだけには留まらずアレウスの左手すらも凍て付かさんとするほどの冷気が刃から流れてくる。


 一時的に火と氷。その両方を、文字通りに握り締めているようなものだ。貸し与えられた力で火傷はしないが、凍傷ばかりは目を瞑らなければならない。ここで力のバランスを崩すと、どちらか一方の力が一時的に消失してしまう。


「“束縛”!」

 ジュリアンが、もう今にも襲い掛からんとしているラヴァゴーレム目掛けて魔力の糸を飛ばし、繋げる。その魔法を号令としてアレウスとガラハが全速力で走り出す。

 ラヴァゴーレムはジュリアンの魔法など無視して脇を抜けようとするアレウスたちへと拳を振り下ろさんとする。

「ここまでは誰もが知っていそうな一般的な魔法ですけど、ここからは違います」

 魔力の糸をジュリアンは握り締め、繋いだ先がラヴァゴーレムの胸部ではなく振り上げられた拳へと移る。そして、込められた魔力の質が変化する。

「“さよならを(アスタ・ラ)告げる(・ビスタ)”!!」


 アレウスたちに直撃しかけた拳は先端から、繊維質の衣服のようにほつれて、ほどけ、込められていた熱量や溶けた瓦礫すらもまとめて(ほど)けて行く。ラヴァゴーレムが唸ったような奇声を上げ、更なる攻撃を仕掛けようとするが、ジュリアンが糸を引くことでラヴァゴーレムのバランスが崩れ、追撃を阻む。


 リブラの前に大量のゴーレムとゴブリンが集う。

「全部無視しろ。なにも考えるな、ガラハ!」

「この一撃をこんな奴らに振るうものか!」

 絶対的な速度。魔物たちには備わっていない俊敏性と軽やかさをもって、集団に入り込みながらも決して包囲されず、その隙間を縫って突破する。


「“軽やか”」

 アベリアの重量軽減の魔法も受けて、ガラハが信じられない高さまで跳躍する。アレウスもまた貸し与えられた力を足裏で爆発させることで、常人を越えた跳躍を可能とする。


 ガラハの三日月斧が縄へと振るわれる。しかし斬撃によって生じた音色は金属音。やはり植物由来の縄ではなく金属製の鎖であるらしい。だが、構わずにガラハは斬撃を振るい切るために全身全霊を込めている。

 アレウスもまた別の鎖へと短剣を振り抜く。冷気が鎖へと注ぎ込まれ、凍結していくが、それだけでは断ち切ることができそうにない。


 このあとに反撃が来るかどうかは考えない。そんなものはあとからでも考えられる。今、考えることは諦めないことと目的を遂行すること。失敗は許されない。ここで失敗すれば全体の士気が下がるだけでなく、その後の戦闘に大きく響く。ここで流れを変える。

「二度と……!!」

 ガラハが叫ぶ。

「友の期待を裏切りたくなど!!」

 三日月斧と接していた鎖が妖精の粉によって爆ぜる。爆炎の中でも尚、ガラハはただただ振り抜くことだけに全てを注いでいる。

「ないのだ!!」

 二度、三度、四度の爆発に晒されながらも瞳から決して光は消え去らず、そして込められた力もまた消え去らない。炎の熱が鎖を少しずつ溶かし、切れ目の入ったところに五度目の爆発が生じて遂に鎖が断ち切られる。


 それを見せつけられたアレウスは、呼応するかのように己の右腕を引き寄せて冷気の短剣に炎の短剣を重ねるようにして剣戟を叩き付ける。


 灼熱と凍気。燃えて冷やされ、燃えて冷やされる。右腕が熱で悲鳴を上げ始めた。やはり、片側の冷気へ対抗しようとして貸し与えられた力の制御が不安定になっている。普段は火属性の魔法に耐性があるのだが、痛烈に右手の平が痛い。左腕はもう肘まで凍て付きそうだ。

 それでも尚、諦めない。


 ガラハが現れて、可能性が生じた。霞んでいた視界が一気に晴れた。

 あの瞬間、あの高揚感、そしてなによりも未だ残っていた友情に心が(ふる)えた。


(こた)えなきゃならない!」

 ガラハがやり遂げたのだ。だったらアレウスもやり遂げる。

 痛みを思考の外に。ひたすらに力を込める。ひたすらに、この鎖を断つことだけを考える。

「僕を友と呼んだ、仲間のために!」


 冷やされて、熱せられ、冷やされて、熱せられる。その繰り返しは鎖を徐々に脆弱にさせ、亀裂が走る。そのたった一筋の亀裂が入った直後、凄まじい勢いで短剣を当てていた鎖全体がひび割れて、激しく砕け散った。


 二人で二本の鎖を断ち切り、ガラハは爆炎に、アレウスは冷気と炎に包まれながら地面へと落下した。

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