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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第8章 -シンギングリン奪還-】
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その道を行くのなら

「異界と比べて『指揮』の効果は薄い。これだけでどうにかなるとは思わないことだ。僕自身の消費もあるが、異界から脱出したせいでもある」

「『指揮』は信仰心の薄い者にほど強化の恩恵が強くあります。異界には神が存在しないことで、人々の信仰心が自然と薄らいでいたことでアレウスさんのような特定の人に限らず、全体的に効果が高まっていました」

「世界には神が存在する、ということになっている。実際、存在するのかどうかは誰も知らないが、誰しもが心なしか神を信仰している」

 だから『指揮』はアレウスですら異界で感じたほどの効果を感じられないらしい。

「それに私も補佐はしましたけど、エルヴァたちの『指揮』に比べたら劣っています。これ以上の強化を期待はしないでください」


 冒険者たちがリブラへと攻撃を仕掛け始める様を見つつ、アレウスは二人の話を聞き終える。


 あの巨大な天秤という物体にも近しい異界獣に勇猛果敢にも挑んでいる冒険者たちには悪いが、まだ攻めるタイミングにない。できれば観察をしておきたい。ただし、『指揮』の効果が完全に切れる前にはリブラに決定打を与えたい。観察か、それとも突撃か。相反する二つの戦略を同時並行的に考えるせいで、思考にまとまりがおきない。


「疲れ切っているところ悪いが、エルヴァ」

「なんだ? 戦いに参加しろと言われても、僕は命を繋ぐために拒否するぞ」

「このどこにでもある短剣に代わる短剣が欲しい。さっきの戦いでもう刃こぼれしてしまって、使い物にならなくなった」

 粗製の短剣をエルヴァはその場に捨てる。

「ビスターが起き上がる前にリブラを仕留めるには、どうしてももう一本は短剣が欲しい」

「今、この場における最良の武器ということだな?」

「ああ、今だけで構わない」

「だったら用意してやる」

 エルヴァは地面に手を当て、そこから岩石を引き抜く。彼の手元で自然と岩石は形を変えて、岩の短剣となる。

「役目を終えたらぶっ壊れる。この戦いが終わったあとも使えると思うな」

 そう言って岩の短剣をアレウスに投げて寄越す。

「ありがとう」


 得物は揃った。あとは仕掛けるタイミングだけだ。攻め寄せられているリブラが今、なにをするか。まずその動向を探ってからでも遅くない。


 痛みの平均化はまだ小範囲的に発動していると考えられ、死の平等はリブラ自身に死を与えない限りは思考の外に置いていい。その二つだけでリブラが成り立っているのなら、このまま冒険者の決死行によって討ち果たすことができる。


――魂の価値が平等ではない。


 なにやら脳内に言葉が響く。


――魂の価値に合わせて、平等なる兵士を。


 リブラの秤の片方に白い輝きが、もう一方に黒い輝きが灯る。そして今、その白い輝きに天秤は傾いている。

 しかし、支点となる中央の柱の近くで空間の歪みが生じ、ボロボロと瓦礫や石材、木材といった物質が地面に落ちる。秤の中の白い輝きが一つ、二つ、三つと明滅を繰り返しながら放たれて、物質の中に消える。すると周辺の物質で体を構成し、ゴーレムが次から次へと生成されていく。ゴーレムになり切れなかったものは地面に落ちてそのまま形を変え、ゴブリンに変わる。


「こっちの数に合わせて魔物を呼んだ?」

「数に合わせたんじゃありませんわ。魂の価値に合わせたんでしてよ」

 アベリアの疑問にクルタニカが答える。

「こちらの強さに釣り合うように、向こうが数で釣り合わせてきたのです。だから、リブラの秤を越える力を出さなければわたくしたちと魔物たちで相討ちになるようになっているはずです」

 飛翔してクルタニカは上空に氷晶の鎗を何本も生み出し、魔物たちへと降らせる。しかし、ゴブリンはともかくゴーレムは直撃したところでものともせず、冒険者たちへと押し寄せていく。


「物理的に破壊は難しいですわね。やはり凍らせる方向で攻めた方がよさそうでしてよ」

 そう言ってクルタニカが魔物たちの方へと飛ぼうとするが、彼女の滞空する位置より更に上空より、魔物たちへと降り注がせた氷晶の鎗と同数の鋭利な氷柱が降ってくる。

「まさかこれも平均化すると言うんですの?」

 咄嗟に彼女は辺り一帯の上空を覆うほどの薄氷の障壁を作り出し、氷柱を妨げる。

「ですが、こうして守れば……!」

 悔しそうに呟くクルタニカの想像通り、魔物たちを覆うように薄氷の障壁が生じる。


 ゴーレムやゴブリンを守るように作られた障壁によって冒険者は近付けず、またその氷を破壊することもできない。


「私の炎で溶かすこともできるけど」

「溶かしたらこっちの障壁も溶ける」

「でも溶かさないと僕たちの攻撃は通りませんよ? 氷柱ならアベリアさんに溶かし切ってもらえば」

 アベリアとジュリアンに交互に言われる。

「……氷の鎗が降ったという事象はリブラの中で処理されている。だから僕たちに氷柱を降らせる事象を平等に起こす。氷柱を溶かすような炎を発したら、それと同等の炎が僕たちを襲ってしまう」

 そうなると氷柱だけでなく炎もまた反撃の一手に変わる。

「先手を打てば、逆に不利になるってことですか? なら、後手に回ればいいんですか? でも、相手には平均化も平等も作用しないんじゃ、僕たちが後手に回っても不利になるんじゃ」


 そんな後ろ向きなことを考えて異界獣を討てるわけがない。


「どこまでも前向きに、どこまでも前を向いて、突き進む」

 もう観察は終わった。思考もまとまった。

「相手が平等を押し付けてくるのなら、どこまでも平均を求めてくるのなら、短期での消耗戦だ。互いに戦力を溶かし合った果てで、リブラを討つ」

 削り合う中で力尽きることがあったとしても、その果てで誰かが異界獣を討ってくれるのならそれで構わない。

「違うよ」

 アレウスの心を読んだかのようにアベリアが呟く。

「みんなが無事に生き残れるとは思わない。だけど、自分自身が生き残ることも考えて突き進む。アレウスはずっと、そうやって来たでしょう? 私たちには祝福があっても、アレウスにはないんだから……絶対に死んじゃ駄目」

 その通りだ。自分が力尽きても、などという考え方は後先を考えずに突っ込む死にたがりの台詞だ。少なくともアレウスは、死にたくないと思っている。


 ならば死にたくないなりに、死なないように立ち回る。


「行こう!!」

 決心したのち、アレウスを中心とした者たちの戦意を上げるために強く言い放つ。


 魔物の群れへと飛び込み、世界のためにと短剣を振るう。

 その時間はとてもではないが耐え難いほどに長く、苦しく、果てしなかった。魔物に魔法を放てば、それに等しい力が冒険者たちに襲い掛かり、人に魔法を唱えればそれに等しい力が魔物に備わる。魔物を傷付ければ、その痛みが人を傷付け、それでもまた人が魔物を傷付ける。

 魔物が傷付き、人が傷付き、魔物が死に、人が力尽きる。終わりのない連鎖が続き、身も心も凄まじい速度で疲弊していく。

 仲間の心配をしている余裕はなかった。ジュリアンの魔力の糸や、クルタニカの冷風、アベリアの火炎などを幾度となく見ていたため、なんとなく生きているんだろうという感覚しか頼らなかった。少しでも気を抜けば、命を落とす。落とさないために、自分のためだけに戦い続け、ただひたすらに前だけを見続けた。


 視野が狭まっていく。どれほどの時間が経ったのか。いや、そんなにも長い時間は経っていないはずだ。それこそ二十分、三十分程度だろう。そんな短時間に、命が果ててしまいそうな激戦が行われていたなどと誰が思うだろうか。


 リブラの平等はどこまでの平等だ。魂の価値という言葉の通り、魔物が倒れれば冒険者が倒れる。魔物の方を多く蹴散らしているように見えても、数で合わされているため結局のところ、どちらの戦力も均等に削られているだけなのだ。

 そうなると、この戦いはいよいよもってリブラに到達する前に、リブラだけを残して両者ともに全滅する。そこだけが平等ではない。異界獣が生き残ってしまえば、アレウスたちの負けなのだ。

 つまり、この平等、平均、均衡という概念にリブラは含まれていない。リブラは常に傍観者であり『図り知る者』なのだ。こちらの目的を実現しようと工夫することをさながら知っているかのごとく、似たような力、事象を引き起こして中立を取るだけで、自身をその判定から外している。


 だからリブラを叩けば、リブラだけが傷付く。そこまでは分かる。だが、この魔物の群れをどれだけ倒したところでリブラを叩けるところまでは届かない。空を飛んでいるクルタニカですら至れていないのだ。恐らくは、自身が起こす魔法の数々が同様に彼女を襲い、同様にリブラと魔物を守るように展開している。自分自身の引き起こした魔法の効果を、自分自身で打破しなければならず、またアベリアや他の冒険者がこれに加わってもやはり平等にリブラが手助けされる。


 先手を打ったことでリブラは絶対の防御と絶対の反撃能力を得た。一言で言ってしまえばそれまでだが、しかしながらリブラが一切合切、こちらに攻撃を仕掛けてこなければどうやったって後手を取ることは叶わない。


 いつかは終わる。いつかはチャンスが巡る。そう思い続けて、ひたすらに隙を窺い続けて、ゴーレムの攻撃を受け流し、ゴブリンを切り裂き、ありとあらゆる平等の力と平均化の痛みに耐えてきた。だが、どれだけ粘ってみても、いつまで経っても、リブラを叩ける道筋が見えない。描けない。


 視野が更に狭まる。辺りに靄でも発生したのかと思うほどに、暗闇に自分自身が飲まれて行っているような、そんな肌寒さすらも感じる心の冷たさ――絶望に呑まれそうになる。



 空気が、音が、爆ぜる。



「情けない話だ。故郷に錦を飾るつもりで出奔したというのに、恩義を返せないままに故郷に帰ることしかできなかった」

 アレウスを押し潰さんとして四方八方に集まっていた全てのゴーレムは戦斧によって一体が打ち飛ばされ、同時に引き起こされた爆発によって全てが吹き飛んだ。

「それどころか、エルフの森では友に大切な者を守るようにと頼まれたというのに、その者は危うく人攫(ひとさら)いの手に落ちかけ……肝心の戦いにすら、挑むことさえ叶わなかった。なんと薄情で役立たずなドワーフであっただろうか」

 妖精がアレウスの前をチカチカと点滅し、ヒラヒラと踊る。

「オレはオレが情けなくて仕方がない」

 再び振るった戦斧と接触したゴーレムが爆ぜて、粉々になる。戦斧の刃は爆発によって砕け散り、ドワーフは背負っていた予備の一本を引き抜く。

「そして今も、友の窮地に駆け付けることにさえ遅れてしまった。こんなにも友が傷付き、終わりのない戦いに身を投じていたというのに、どうしてもっと早く気付くことができなかったのかと悔やむばかりだ」

 再度振るった戦斧が引き起こす爆発で、アレウスを包囲していたゴーレムたちは完全に吹き飛んだ。

「ガラ……ハ?」


「まだオレを仲間と思ってくれるだろうか、アレウス? そうであれば、オレはどれだけ嬉しいか。お前と共に旅をしたほんの僅かな時間……それを味わい、感じ、そして思った。お前が語る『至高』の冒険者を、お前が見る『至高』の景色を、オレはその隣で見たいのだ、と」

 ボロボロになった戦斧を捨て去って、ガラハは最後の一本――特製の三日月斧を手にする。

「まだあの家の倉庫に置いたままにされていて助かった。これでなくては、スティンガーの妖精の粉による着火と爆発には耐えられないからな」

 言って、ガラハはアレウスの返事を待っている。


 狭まっていた視野が一気に広がっていく。薄れつつあった世界の色が元の色を取り戻していく。


「これからもずっと頼りにしている」

「それはオレの台詞だ」

 ガラハは奮起し、覇気を込めた雄叫びを上げて魔物の群れへ突撃した。

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