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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第8章 -シンギングリン奪還-】
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痛みは自らが受けるべきだ

 ビスターは焦ってはいない。勝利することは確定しているかのような自信が見える。それは同時に心の余裕を表していて、言葉の端々には恨み節が垣間見えるが頭はひどく冷静であることが分かる。

 気配のない位置転換もそうだが、音もなく距離を詰めてくる。痕跡消しの技能を高めに高めているため足音すら消えるようになっている。研究職の錬金術師が最優先で覚えるべき技能ではないところを鑑みると、ビスターは既に錬金術師として必須の技能を完全に習得していることが窺える。

「『異端審問会』を潰す。その志を持っていたんじゃないのか」

 アレウスは生命体で地面を打って跳躍し、斜め上空から着地すら考えていない攻撃姿勢を取っているビスターに問う。受けてもいいが、避ければ隙ができるはずだ。だからこそギリギリまで軌道を見極め、寸前で体を左へと跳ねさせる。

 顔から地面に突っ込むような形で落ちたビスターに最低限の足運びで接近する。だが、落下地点に男の姿はない。

「エルフの暴動でそれは叶わなくなってしまった。だからこその次の一手だと、なぜ分からない?!」

 真後ろで叫ばれ、アレウスは反射的に振り返りざまに火炎を放つ。しかしビスターは炎を浴びながらも攻撃の動作を止めず、アレウスの左腕に剣が深々と喰い込む。

「『異端』の登場に伴い、帝国は『異端審問会』どころか異界獣にすら対抗し得る力を、素質を集結できていた。だが、あの暴動だけは想定の外だ。ましてや『不死人』が切り込み隊長を務めるなどと誰が想像できる?」

 そのまま力を込められれば左腕が切り落とされてしまう。痛みに悶えている場合でもなく、意識を飛ばしかけている場合でもない。だが、切り落とすことに意識が向かっているビスターに対抗するのは得策ではない。

「アベリア!」

 だから、左腕は一時的に捨てる。本来であれば切り落とされないように暴れなければならないところを、左腕を犠牲にすることでビスターへの反撃に転じる。


 左腕が宙を舞うと同時にビスターの右大腿部に短剣が深々と刺さる。


「“大いなる(ハイ)癒やし(・ヒール)”」

 大腿部の痛みと出血により自衛が働き、足への力が薄まったことでビスターの体が傾いた。可能な限り肉を裂く形で短剣を引き抜きつつ、ビスターから離れる中で左腕を拾い上げて切断面をくっ付ける。アベリアの回復魔法が断ち切られたアレウスの腕の骨を、神経を接合し、肉と肉が重なり合わされ、皮膚が接合部位を覆い隠す。

 アレウスは獣のように荒い息を吐く。回復魔法の反動で猛烈な疲労感と倦怠感に見舞われる。

「……なんで今のは回復魔法が通ったんだ?」

 確かにアレウスはアベリアの回復魔法をアテにした。しかしそれ以上に貸し与えられた力に頼った。もしも回復魔法がリブラの法則によって阻まれても、貸し与えられた力で接合するつもりだったのだ。繋げられる確証はなかったが、ラブラとの戦いにおいてアレウスは『原初の劫火』に焼かれながらもその身を再生させて、『超越者』として覚醒できた。だったら着火している状態からなら、切り落とされても数秒の間であれば接合は決して不可能ではないと思ったのだ。

 だが、その貸し与えられた力に頼るより先に回復魔法が効果を及ぼした。


「どれだけの痛みが与えられようと」

 男の大腿部の傷が薄くなっていく。刺したという事実はあっても、重傷ではなく軽傷へと変容して行っている。回復魔法も『不死人』のような再生能力を持たずにその傷口の変化はあり得ない。

「その痛みもまた、平等でなければならない」

 波動のようなものが体を擦り抜けていった。だが魔力の炎で守られているアレウスに平均化の痛みは訪れない。アベリアやクルタニカ、エルヴァも苦しんでいる様子はない。だったらジュリアンはどうかと心配するが、彼も順調に後退を続けている。やはりリブラの平均化は内側ではなく外側から生じている。

 だが、それならばビスターの傷が平均化を受けて軽くなるのはどうしてだろうか。誰も平均化を受けていないのであれば、傷が浅くならないはずだ。黒焦げになったときも、恐らくは平均化によって火傷を肩代わりさせている。なのにアレウスたちは火傷の痛みも受けてはいない。

「平等を拒むか」

 リブラの秤の片方が僅かに傾く。

「それは、法則に逆らうことになる。逆賊、叛徒に等しい」

 大きく嘆いたビスターから離れた液体の生命体が地面に浸透し、鋭く尖った円錐状の針と化し、それが何十本にも折り重なるようにして押し寄せる。全部を避け切ることも逃れ切ることもできない。可能な限り、体を捩じることで致命傷になることだけを避けた結果、数本が体を拘束するように貫かれた。

「やはり精確性に欠ける。避けられてもその心臓を貫けるはずだが」

 アレウスは針に貫かれた部位を引き抜く。直後に針として硬質化していた生命体は液体に戻り、蠢かなくなった。

「“癒やして”」

「その魔法は平等ではない!」

 今度のアベリアの魔法はアレウスの体を縫合しない。血が迸り続けているため、アレウスは炎で傷口を塞ぐ。


 この傷口を塞ぐという行為も、平均化においては通用しないはずだ。なのに、通用する。


 リブラの法則には条件が厳しい点と緩い点がある。特に肉体の再生――回復阻害は条件が厳しいに違いない。

「……いや、法則の下において厳しいも緩いもない」

 平等を掲げるのであれば、リブラの法則は本当に全てが平等に違いない。ならば条件に緩い厳しいもない。なのに回復阻害だけバラつきがあるように感じるのは単純に――

「ビスターがその魔法を習得しているかいないか、その力を持っているかいないか」


 リブラの法則の外にある魔法、力は法則に干渉しない。ビスターは『ヒール』までなら習得しているが、『ハイ・ヒール』は習得していない。そして、貸し与えられた力を持っていないからアレウスの炎で傷口を塞ぐ回復を阻害できない。


「だからエルヴァの攻撃も僕の攻撃も通る。通りはしている」

 知らない攻撃――自身が振るう攻撃以外は全てが知らない攻撃なのは当然なので、これは貸し与えられた力やエルヴァの技能が上回っている云々をおいて、全員の攻撃が通る。

「あとはなにが肩代わりしている……?」

 受けた傷の平均化をアレウスたちが拒んでいるのなら、それを代わりに受けているなにかは必ずあるはずだ。


 思考が晴れる。“なにか”なら、既に見ているではないか。そして今、ビスターは小瓶を割って“それ”を腕に巻き付かせているではないか。


「小瓶から現れる生命体を倒してからビスターを攻撃するんだ」

「前衛に立つあなたはともかく、あれはさほど危険とは思えませんでしてよ?」

「僕たちが平均化を拒絶されたとき、あれにビスターは平均化の痛みを与えている」

 ただし、崩壊するタイミングが平均化を受けているタイミングとは限らない。小瓶から現れる生命体は男の言うように、“本当に不安定ですぐに崩れてしまう命”なのだ。それでも“命”であるからリブラの法則の下に置くことができる。


「多分、軟体なのは固体よりは壊れにくいから、でっ!?」

 ビスターの剣が腹部を刺し貫くギリギリで止める。かなり無茶な姿勢で止めさせられた。だから追撃を許す。男の蹴撃に脇腹を打たれ、身を崩す。

「平均化はすぐに対策を打たれると思っていた。多くの事象は外部で生じる。内部で生じていないことに気付かれれば、答えには行き着けるものだ。だから本来、ここにはアイリーンとジェーンを置くはずだった。だが、それも阻まれた。だから私はこの“小さな人”を使うしかないわけだ」

「あの双子に痛みを肩代わりさせるつもりだったと……?」

 崩れ落ちつつも声を発し、しかしながら更なる追撃を察してすぐさま逃れるために前転――とも言えない無様に地面を転がる。

「そうだ」

 前転した先で立ち上がり、態勢を立て直す。

「それが平等だと?」

「そうだ」

「等しく痛みを味わうことが、正しく平等であると?」

「そうだ」


 思わず空笑(からわら)いする。もはや失笑、更には侮蔑の意味合いも込めた笑いだった。アレウス自身も、まさか自分がここまで人をコケにするような笑い方ができてしまうのかと驚いてしまうほどだ。

「どうして笑っている?」

「笑いもする。なんで笑われないと思うのか分からない」

 散々に笑ってから、短剣を右手から左手に握り直して理由を語る。

「自分自身が負うべき痛みに向き合わず、他者に押し付けて『これが私の感じた痛みなのだ』と吹聴して回るなんて、滑稽で仕方がない。僕が見ていたギルド長とは掛け離れた臆病者じゃないか」


 音速の接近、有無を言わさない腹部への殴打。しかしそれを受けても尚、アレウスは笑みを崩さない。


「僕は、僕たちはこの“痛み”を、自分が受けた痛みを、しっかりと受け止めている!」

 ビスターの腕を『オーガの右腕』による筋力補正を受けた右手で掴み、乱暴に投げ飛ばす。

「“冷氷(マジック)()礫撃(アロー)”」

 投げ飛ばした男を守るように展開する生命体を、ここぞとばかりに冷気で空気中の水分を固めて作られた氷のつぶてが降り注ぐ。ただのつぶてをぶつけるだけでなく、受けた部位から生命体が凍て付いていく。

「今ですわ!」

 エルヴァが岩の鈍器を持って生命体を叩こうと迫る。だが凍った生命体の上に立ったビスターが鈍器を素手で受け止める。

「狙いはいいが、」

「僕は囮だよ」

 鈍器をビスターに受け止められたまま手放し、エルヴァが下がる。


「“赤星(あかぼし)”!」

 アベリアの頭上に赤々と輝く大火球が現れ、ビスターへと向かう。

「それを受けたところで私は痛みを平均化するだけだ。平均化し、“小さな人”には犠牲になってもらう」

「無理」

 『赤星』はイプロシアの唱えた『火星』と異なり、塊として落ちるのではない。対象を前にして弾け、無数の火球となって降り注ぐ魔法だ。『一』ではなく『群』。さながら流星のように降り注ぐ火球の雨は、通常の『火球』を連続で唱えて生じさせる数よりも圧倒的に多く、そして一塊は弾けながらにして一定の大きさを保つ。

 そのため、凍り付いたビスターだけに火球が降り注ぐのではなく、凍り付いた生命体にも降り注ぐ。男の言うところの『平等』に。そうなると、ビスターの痛みを押し付けられ、更に自身も受けることになる火球によって生命体は早々に息絶えて――

「あなたに正しく痛みが届く!」


 火球の『群』をビスターと生命体に落ちる。数度の爆発が起き、数本の火柱が煙を巻き上げ、数度の爆風によって辺り一面の焼け野原を晒す。


「なぜだ……なぜ」

 あれだけの火球を浴びながらもビスターはまだ生きている。深い火傷を負っているようにも見えるが、だからといって死んではいない。それどころか動けない様子は微塵もない。

「これは平等ではない。正しく(なら)さなければ、等しく不幸も、等しく幸福も訪れない」

「それでいい」

 断言し、アレウスはビスターに迫る。

「僕は、自分が受けた不幸を等しく誰かに押し付けたくなんてない。等しく誰かに傷付いてほしいなんて思っちゃいない」


 不敵に笑ったビスターが剣を取り、走る。アレウスは正面で受けて、短剣で喉元を貫く。


「僕は復讐する。でも、冒険者になったからには人々が感じる幸福と平和を守りたい。その人たちの幸福が、僕にとっての幸福になんてなりはしないけど」

「……戯言だな」

 喉を貫いておきながら男は声を発する。


 男は小瓶を落として割る。中から蠢く生命体が跳ねたためアレウスが短剣を引き抜いて下がる。喉元に生命体が張り付き、火傷も覆い、そして伸びた触手が男の左胸部を貫き、脈動する。


「そんなことを言う酔狂さと、言い切った自分に酔い痴れているから私は死に損なった。それを分からせなければならない」


 人ではないなにか。それに成り果ててしまいそうな男は、リブラの祝福を受けながら尚もアレウスたちの前に立ちはだかる。

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