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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第8章 -シンギングリン奪還-】
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楽をしてきたわけじゃない

 エルヴァがビスターを蹴り飛ばしたことでアレウスたちにもほぼ等しいだけの衝撃が襲い、ジュリアンはもう立っているだけで限界に見える。体力差もあるだろうが、さっきの発言からしてシンギングリンにいたジェーンと戦ったのは彼だ。恐らくだが倒せた――もしくは何者かの力を借りて倒してもらったと見えるが、そこで大量の魔力を消費したに違いない。その魔力は世界に帰ってきてからも尚、万全ではなく、そして杖を文字通り、杖代わりにして体を支えていた時点で体力の消耗も激しかったのだ。ならば、ジュリアンをこれ以上、戦いに参加させるのは危険だ。

「後退しつつ、ジュリアンは自分の身を守ることだけに集中してくれ」

 そのため、戦線離脱をアレウスは告げる。しかし、簡単に離脱することは不可能であるためジュリアンには徐々に後退してもらう。また、ビスターやリブラへの攻撃は控え、魔法は全て自分自身を守るために使ってもらう。そこまでして、ようやく助かるか助からないかの話になってくる。弱っている彼をビスターが逃さず殺すことに拘るのであれば、チャンスではあるが確実にアレウスたちは彼の命を守り切れない。


 非常に危ういラインである。ビスターが今、なにを考えているかが重要だ。正直なところ、ジュリアンの生殺与奪の権利が未だビスターの手から零れ落ちていない。それをどうにかして阻止し、安全なラインまで彼を下がらせる。エルヴァはきっと、彼のことなど考えずに攻撃の手を休めることはないのだから。

「“盾となれ(シールド)”」

 こちらの意図は汲み取ってもらえたようで、ジュリアンは自身に魔力の盾を張る。あれにどれだけの防御力が備わっているかは不明だが、リブラによる平均化は内部ではなく外部から起こるものであるため、エルヴァが無茶なことをしない限りは致命傷となる痛みが彼の体を襲うことはないだろう。

「人にやられて嫌なことを、まさにやり返されるとは思ってもみませんでした」

 この言葉の真意については分からないが、訓戒しつつも彼はビスターの動向を探りつつ後退を開始した。


「私と貴様たちで一体なにが違う? 私の方が世界を愛し、私の方が世界を救いたいと願った。なのにどうして、私には世界を守る力も資格も与えられはしなかった?! 神はどうして、私に力を授けてはくださらなかった!?」

 叫びながら小瓶を叩き割り、溢れた液体がスライムのように蠢いてビスターの体に纏わりつく。先ほどと同様、ビスターの攻撃に合わせて鞭のようにしなり、時には鎗のように鋭く伸びて刺突を繰り出すはずだ。“小さな人”――生命体は男の命令を言葉ではなく行動で察して追撃を行う。

 果敢に攻め立てていたエルヴァの足が止まり、一旦ではあるが距離を置いた。恐らく、エルヴァはあの生命体も加わったビスターとの戦闘を嫌っている。それ以前に極限の命のやり取りをしていた。そこに生命体が加わると分が悪くなると判断したためだ。


「魔法を使える者は魔力で全身を保護するんでしてよ。アレウス? あなたもできまして?」

「一応は」

 着火すればアレウスの体は魔力の炎を纏う。それは同時に魔力の鎧だ。アベリアだって『原初の劫火』の力を用いれば魔力を纏える。クルタニカは『冷獄の氷』を用いずとも風の魔法を身に纏える。だから実際のところ、リブラの平均化のカラクリが分かった時点で脅威度は大幅に下がっている。

 だが、全体としての脅威度は依然として高い。要するに、範囲を指定できる。これがアレウスたちを限定したものではなく、シンギングリンとその近郊に至るまで範囲を広げるようなことがあれば、アレウスたちの攻撃はビスターを傷付けるだけに留まらず街の人々と、彼らを救い出そうとしている元冒険者たち、そしてリスティのような担当者にまで及んでしまう。

 冒険者の攻撃が、守るべき人々に向けられ、それが死への引き金になることなどあってはならない。リブラの所業ということにはなるが、与える痛みは全てアレウスたち由来のものになってしまう。生命体が活動限界に至り、水のように溶けるまで攻めてはいないものの、果たしてエルヴァはそこのところまで気付いているのだろうか。

「出し惜しみしている場合じゃないよ。私たちが相手にしているのは、異界獣なんだから」

 着火を迷っていたが、アベリアに諭される。

「私たちが倒さなきゃ、この異界獣はまた異界に隠れて力を蓄え、再び世界に危害を及ぼす。そうなったら、今度はシンギングリンだけじゃすまない」

「……だな」

 決意を力に変えるとばかりにアレウスは貸し与えられた力を着火させる。


 人々のことを考えれば考えるほど動けなくなってしまう。被害を最小限にしようだとか、できる限り人々の避難が完了するまで粘ろうとか、そんな出来もしないことばかりを考えて、肝心の“戦うこと”を放棄しようとしている。

 考えないようにする。全てが終わってから考える。


 懺悔しよう、祈りもしよう。だから今、この瞬間だけは神すらも敵に回すつもりで刃を振るおう。


「君に任せていいのか?」

 エルヴァが下がり、アレウスが前に出る。この入れ替わりのさなかに問い掛けられたが、返事もせず、そして首を縦にも横にも振りはしなかった。


「それが神に授けられた力か。随分と優遇されているじゃないか」

「神に優遇されていたのなら、僕はもっと楽に生きたかった」

 短剣に炎が宿る。加熱された金属は赤々と煌くが、溶けず魔力を宿し続ける。ビスターは様子を窺う姿勢を見せていたが、アレウスが攻めてこないために堪え切れず、生命体を鞭として振るい、先手を取った。

 弾き、蒸発させつつ足元に炎を集めて、爆発させる。軽やかかつ迅速な接近、爆発の加速力も乗せた鋭い剣戟をビスターは片腕に握る剣で受け止める。乗せられた威力を踏ん張り、力だけで捻じ伏せ、アレウスを短剣ごと右へと薙ぎ払う。

 空中で回転しているところを再び生命体が鞭と化して襲いかかってくるが、自身を守る炎が一切合切を寄せ付けない。ビスターの投げた小瓶が頭上で割れて、中に入っていた液体が金属化し、降り注ぐ。


 アベリアがアレウスの僅か上へと跳ねて、炎の杖で薙ぐ。降り注ぐはずだった金属の全てが溶け、更に薙いだことで生じた風圧によってビスターへと舞い戻る。溶けた金属を避け、体勢を整えているところにアレウスが接近し切って、炎の短剣を振るう。


 視線と視線の交錯。ビスターに焦りの色はない。それを表すかのように男の体に纏わりついていた生命体がアレウスの剣戟を防いで、蒸発した。小瓶を更にビスターは取り出してアレウスの足元で割る。

 無味無臭ながらに小瓶を割った意味をアレウスはすぐに理解し、息を止める。すぐさまアベリアが近付き、手を繋ぎ合わせて辺り一帯に炎を放ち切る。

「炎を吐き切って、混ざった毒を払ったか」

 先ほどの小瓶はやはりビスターが製造した毒液。それが加熱されることで気化し、アレウスの肉体を内部から壊す算段だったらしい。

「だが、それでは周囲に放った炎に毒が混ざったままだ」

「わたくしがいることをお忘れではなくて?」


 毒を乗せた炎は、クルタニカが放つ風魔法が一ヶ所に纏め、『冷獄の氷』として放った冷風によって鎮火される。


「『原初の劫火』、『冷獄の氷』……どちらも、私の気を狂わせる!」

 心底、恨めしそうに、そして憎たらしそうに言い放ち、炎を纏い直したアレウスを雷光のように速い刺突で突き飛ばす。防ぎはしたが、手を繋いだアベリアと一緒に吹っ飛んでしまった。後方に炎を放った衝撃を和らげ、静かに着地するものの、やはり信じられない速度で追いついたビスターの凶刃が首の真横を掠める。

「取ったと思ったが、取れないか」

 アレウスも取られたと思った。だが取られなかった。貸し与えられた力に守られたのではなく、手を繋いだままだったアベリアに引っ張られたからだ。そのおかげでビスターが先読みすらしていた刺突の軌道から逃れられた。

「私とアレウスは二人で一人。そうでしょ?」

 言ってのけるアベリアを引き寄せ、ビスターの正面へと出す。

「“魔炎の弓箭”!」

 真正面の防ぐことすらできない炎の矢がビスターの腹部を貫く。

「それが、どうした!?」

 炎に焦がされたビスターの腹部はみるみると再生し、アベリアへと剣戟が飛ぶ。今度はアベリアがアレウスを引き寄せ、位置を交代して短剣で剣戟を防ぐ。繋いでいた手を放し、彼女が遠ざかるのを気配で感じ取りつつ、凄まじいまでの剣戟を短剣一本で凌ぐ。

「どれほどの痛みを与えられようと、その痛みは貴様たちに等しく与えられる! 平等に傷付き、平等に息絶える! それこそが、真なる等しさに違いない!」

「僕はあなたをそんな人だとは思っていなかった」

「ならば貴様に私はどう映った?」

「世界のために、冒険者のために、強くあろうとする者であると!」


「そうだ」

 ビスターが正面から消える。消えるというより、肉体が瓦解した。

「私は“強くあろうとしているだけ”の人間だった」

 右斜め後方に気配を感じ、振り返るとそこで崩れた肉体が再構築され、ビスターとなって襲いかかってくる。


 これはリスティの言っていた位置の転換だ。ビスターが決めた基点から、気配を移す位置を共有する。共有できるのは有機物無機物関係なく、勿論、生物と無生物も関係がない。ただの気配消しと異なるのは位置の転換が行われると、さながら気配の移った者や物の“中から出てくる”ように見える点だ。そして、気配消しは決して瞬間移動を可能とはしないがビスターのこれは“ほぼ”瞬間的な移動が行われているように錯覚する。アレウスが気配を消したり発したりを繰り返すことで残像を残しているかのように見せかける手法に似ている。

 それでも“残像”なのか“瞬間”の差は大きい。現にアレウスは反応こそできたが、反撃には出られずビスターの剣戟を受けて弾き飛ばされてしまう。


「“魔炎の”、っ!」

 すぐさまアベリアが援護に入ろうとしたが、詠唱途中でビスターの投げた金属の破片が妨害する。纏っていた衣服の先の皮膚と肉すら裂いて、微かに血を流す。

「炎の隙間を狙われた?!」

 『原初の劫火』を解放しているアベリアは炎で絶対的に守られている。その炎の防御を金属の破片は擦り抜けた。彼女の言うように、アレウスと剣戟で弾き飛ばしつつ、炎の隙間を狙ってビスターは投げたのだ。


「貴様たちとは違う。なにも持っていない者であるがゆえに、持っている者になろうと努力し、その努力に溺れた」

 金属の破片を尚も投げ続けるため、クルタニカがアベリアを守るために風を放ち、ビスターへと舞い戻らせる。自身に戻ってくる金属の破片をビスターは生命体に捕らえさせ、それを内包した状態でアレウスへと鞭として繰り出す。

「くっ!!」

 刃物を持った鞭――それも尋常ではないほどのしなりを加えているため、接触してはならない。ただの打撃でも受け止められるものではないが、この一撃は受け止めた場合、自身に生命体が内包した金属の破片が突き刺さってしまう。

 跳躍して避け、空中にいるところにビスターも同じく跳躍して接近してくる。

「神の力を持ってしても、その程度か?」

 剣戟が来る。想定して守りに入ったが、アレウスを襲ったのは剣ではなく蹴撃。それも空中で一回転しながら打たれた。剣戟ならば弾き飛ばされてもたかが知れている。ビスターが剣に込める力は魔物の腕力やドワーフの腕力に比べればさほど大きくない。だから、弾き飛ばされても着地までに対応が間に合う。だが、蹴り飛ばされたとなればこの衝撃は空中では殺し切れない上に、着地すらままならない。

 剣を受ける守りと打撃を受けるための守りは微妙に異なる。その差異が、アレウスを後手に回らせる。ままならない着地をしたすぐ傍にビスターが肉体を再構築したかのように現れ出でて、続けざまに蹴飛ばされる。

「貴様ではなく私がその力を持つことができていれば!」

 蹴飛ばされた先で立て直しを図るが、更に蹴り飛ばされる。

「世界は平等なる平和を得ていただろう!」

 もはやフラつくアレウスにトドメとばかりに大きく足を上げ、(かかと)を落とす。


 接触の寸前、強く炎を放ってビスターを跳ね除ける。


「等しい、平等……それが平和に繋がる。それは全て、リブラがあなたに吹き込んだことだろう」

「いいや、これは私の思想だ。死に損なったからこそ築き上げられた絶対なる価値観だ」

「平等は平和じゃない。平等は不和を生む」

「そんな世迷言を」

「世迷言を言っているのはどっちだ」

 噴き出す炎を短剣に宿し直す。

「平等なる平和は、存在しない。存在するとすれば、それは全ての生命体が等しい能力で、等しい価値観で、等しい死生観で、等しい宗教観で、等しい寿命を持ち、等しく病気になり、等しく貧しく、等しく富み……言い出せばキリがない。とにかく、ありとあらゆることが平等でなければ起こり得ない」

「だから私は平等なる場所を提供してやっただろう」

「あれのどこが平等だ。貧しい者は永遠に貧しく、富んでいる者は永遠に富んでいる? それ以上も以下もなく、毎日が全て同じ日の繰り返し? だったら、貧しさから脱却しようと努力することを無駄だと、富みを分配しようと試みる願いは無謀だと? 正義の執行を行えば、誰かにとって悪であるように、あなたの平等は誰かにとっての不平等だ。そしてあなたにとっての平和は、僕たちにとっての不和だ」

 二度ほど蹴られはしたが、まだ頭はしっかりと回る。肉体の痛みも魔力の炎によって軽減されている。

「価値観を得ても、あなたはただ価値観を押し付けているだけだ。人に自分の価値観を説くのではなく押し付けているだけで平等だとのたまって、努力ではなく支配欲に溺れただけの憐れな人間だ」

 アレウスから並々ならぬ力を感じ、ビスターが下がっている。だが、既に射程内だ。

「獣剣技!」

 真上に切り上げ、すぐさま真下に切り下げる。

「“火天の牙”」

 上下で放たれる気力の刃は炎の魔力を伴って、牙という質量を伴う。収容施設を出るために放った一撃のときは狼を模していったが、今回はいつかのときのように獅子のごとき上顎と下顎を成し、男を食い千切ろうと迫る。


 避けるでもなくビスターは真正面から火天の牙を受け、そして黒焦げに焼き尽くされながらも内部から新たな肉体を持っているかのように現れ出でて、なにもなかったかのように立つ。


「私が価値観を押し付けていることは確かだろう。だが、その価値観に対して貴様の牙は、意味を成さない。立っている“場所”が違う。覚悟の質が異なる。『超越者』だからといって、なにもかもがまかり通ると思うな」

「僕は別に『超越者』になるべくしてなったわけでも、この力を必然的に得たわけでもない。勝手に決め付けられて、なんにも努力していないように言われるのだけは我慢ならない」

 火天の牙が通用しなかったわけがない。あの位置の転換もまた平均化と同様にカラクリがあるはずだ。

「僕は努力してここに立っている。苦しみながらここに立っている。楽にあなたの前でこの力を振るっているわけじゃない」


 これまでの生き様を嘲笑うのであれば、負けてはならない。敗北してはならない。死んではならない。位置の転換を見破り、必ずビスターをくだす。そう決めた。

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