僧侶
翌朝、寝ぼけ眼でアレウスとアベリアはほぼ同じようなサイクルで支度を済ませ、書簡が届いたために装備を整えて、ギルドへと足を運んだ。
「お待ちしておりましたカタラクシオさん、こちらに」
ギルドの受付から出て来て、資料を片手にリスティがアレウスたちを空いている席へと案内し、一人の男もまたやって来る。
壮健な男で、手はゴツゴツしており、体躯もアレウスよりずっと良い。戦士ではないかと見紛うが、服装はアレウスの軽装よりも更に軽いローブを着ている。魔法職は防御力よりも魔力を優先する。詠唱によって体内の魔力を外へと現出させるため「重装備よりも柔らかい服装の方が放出しやすい」とアベリアは言っていた。魔力効率の問題であるのなら、それを流しやすい装備さえあれば重装備でも問題無いのではと疑問に思ったのだが、「そんな物はない」と一蹴されてしまった。いつか提案すれば誰かが作ってくれないものかと密かに考えているが、そのような繋がりはまだないため、アレウスの野望が叶えられるのはずっと先になりそうである。
「それでは順に紹介させて頂きます。職業は猟兵のアレウリス・ノールードさんです。担当である私と主なクエストの相談等を行うため、実質のリーダーと考えて下さい。そして、こちらがアベリア・アナリーゼさん……フードは脱いで頂けますか?」
リスティに促されてアベリアはフードを脱ぐ。目の前の男はその容貌を見て、僅かに驚いてはいたが見惚れた様子はまるでなかった。
「職業は術士。回復も攻撃もこなせます。そして、お二人にご紹介を。こちらが、ヴェイナード・カタラクシオさんです。職業は僧侶……ではありますが以前は戦士としての経験があります。事前に隠さずに話して良いと了承を得ていますので、ご報告させて頂きました」
「元は戦士……?」
「ああ、少し俺の心に問題があったんだ。だから、戦士の職は辞することにした」
「よろしく」とヴェイナードは手を伸ばして来る。断る道理が見当たらないため、アレウスも同じように手を伸ばし握手を交わす。
「アレウリス……いや、パーティを組んでいる間だけでも良い。アレウスと呼んでも? 俺のこともヴェインと呼んでくれて構わないよ」
アリスと呼ばれなかった。自身の名前を愛称で呼ぼうとする者たちは大抵が『アリス』と呼びたがる。ルーファスもそうであったため、ヴェイナード――ヴェインも恐らくはそう呼ぶのだろうと決めて掛かって、即座に否定できるように言葉としての準備を整えていたが、拍子抜けである。
「別に構わな……構いませんけど」
「あんまり緊張はしないで欲しい。出来ればもっと気楽に。俺もあんまり丁寧な口調は得意ではないし遣われたくはないんだ」
「そうですか……じゃなくて、そうか」
「それに、期待されても期待以下の働きしか出来ないかも知れないから」
「……随分と後ろ向きな発言だな」
「あまり、良い結果を残せて来ていないんだ。だからこうして、一人で悩んでいるんだよ」
ガタイの割に、物腰が柔らかい。好印象を持たせるためにわざとやっているのかとも思ったが、どうにもこれが素に近いらしい。リスティがアレウスのことを知り尽くしているのならば、対立するような性格の持ち主とは引き合わせないという点も加味するなら、それは確信に変わる。
「そちらのアベリアさん……御免。女性には『さん』を付けないと落ち着かない性分でね。すまないけど呼び捨てには出来そうにない。とにかく、アベリアさんもよろしく」
「よろしくお願いします」
アベリアはペコリとお辞儀をする。
「女性慣れしていないとか?」
「いや、そういうわけではなくてね……」
ヴェインはチラリとリスティを見る。
「え、私から仰ってもよろしいんですか?」
「俺から言うと真実味が失せるから」
「……カタラクシオさ――ヴェインさんは、故郷に将来を約束した許嫁がいらっしゃいます」
口をあんぐりと開けて、アレウスはヴェインを見る。
「許嫁が怖くてね、どうにも女性を怒らせてしまわないかといつもヒヤヒヤしている。冒険者だから女性と仲良くするのも致し方ない。けれど、それ以上の関係になるようなことがあれば俺の家系は村八分にされかねないんだ」
「なんでそんな怖い女性を許嫁に?」
「嫉妬深いだけで、本当はとても優しい子でね。古くからの付き合いで、いわゆる幼馴染みだ。だから俺は彼女のそういった面も受け入れられているんだけど、他の人には誤解されがちな子だから……どうしても放っておけなくて」
「ええと、何歳?」
「20歳だけど」
自分より二つ年上で、既に許嫁が居る。なんとも信じがたい話なのだが、リスティから言われたのだから事実に違いない。そして年下から愛称であれ呼び捨てにされていても、一切の邪念や苛立ちのようなものを見せない点から、かなり心の広い人物であることも窺い知れる。
「パーティを固定できないのもそこに要因が?」
「いや、それは無いよ。俺は彼女を理由にはしたくない。全ては俺の心の問題だってさっき言ったろ?」
「ヴェインさんは戦士として冒険者となりましたが、その役職を務め切ることが出来ず、悩んだ末に転職しました。その理由ですが、前衛職なのに魔物との交戦時にどうしても一歩遅れるか一歩引いてしまう。それでパーティが何度か崩壊し掛けています。だから中衛か後衛職へと立場を変えた。そこまでは良かったのですが、中途半端に上がった筋力やその壮健な体躯から僧侶としての実力を疑問視されてしまい、固定パーティを組めずにいらっしゃいます。能力値に関しましてはこちらで確認を取っていますが、僧侶としては問題無く立ち回れる数値に至っています。むしろ優秀と言っても良いほどです。それで疑われるのですから、恐らくは未だに魔物との交戦において進むか下がるかの判断に遅れが出てしまうのでしょう」
「それはつまり、えっと……」
「弱虫」
アベリアが言っては行けないことを言ったような気がして、アレウスは苦笑いを浮かべる。
「気にはしていないよ。自覚していることだから、言われたって落ち込まない。ただ、それを克服する方法をずっと探していても見つからなくて」
「冒険者をそれでも続けたいのは何故? 許嫁の居る故郷に帰ってしまえば良いのに」
「人種の危機に動き出さないわけには行かないだろう? 冒険者として認められた以上は、その務めを果たしたい。故郷に逃げ帰るのではなく自分で納得の出来るところまでやり遂げたい」
ヴェインは簡潔に告げる。
「冒険者は危険な職業だと許嫁も理解しているのか?」
「彼女は強い。逆に俺を後押ししてくれたくらいだ。たとえ死んだって、それを受け入れる度胸を持っているだろう。ただ、俺はそんな彼女を置いて一人死ぬわけには行かないとも思っている。そんな彼女の居る世界だ。魔物なんていう脅威は消し去りたい」
人柄について、語ることは特に無い。むしろアレウスは、そういった言葉を格好付けるために言うのではなく極々自然と口にするヴェインに対して非常に興味を抱いた。
「僕は異界も調査したいといつも言っている冒険者だ」
「リスティさんから聞いているよ。君がそれを望むなら、それも俺の望む道なんだろうとも考えてはいる。ただ、まずは墳墓の調査から。それと、もしも異界に関わるようなことが今後あるとしたら、『身代わりの人形』は持たせてくれ。リーダーに許可を取るのも変な話だが多少は死へ抗うこともしたい」
「それはとにもかくにも、ヴェインが言ったように墳墓の調査が終わってからだ。お互いに信じ合えるのかどうかは、そこで見極めよう」
「ああ、その通りだ」
「ヴェインさんには中衛に入ってもらいます。場合によっては前衛にも立てる僧侶……よろしいですね?」
「弱虫な俺だが、戦士としての素質は兼ね備えている。指示に対して一歩遅れることがあり、それが致命的になってしまいかねないことも分かり切っている。それでも必要としてくれるなら前衛として鉄棍を振るうこともやむなしだ」
その一歩遅れる、一歩引くという点が現状のアレウスにとっての気掛かりである。彼の言う通り、致命的であるのなら今後もパーティを組むことは難しくなる。だが、それらは指示や状況下で乗り切れるようなことであれば、また別の評価も付けられるだろう。
「自分の短所を先に言ってもらえるとは思わなかった」
「君は教えてはくれないみたいだけどね、アレウス」
「僕に短所はないから」
「性格が捻じ曲がっている」
「同感です」
異を唱えるかのようにアベリアとリスティにそう指摘され、苦い顔を見せながらも胸の中で「あとで覚えていろよ」とアレウスは思うのだった。




