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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第8章 -シンギングリン奪還-】
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奪い返す


「思った以上に面倒臭いことになっている」

「体の一部が物質と同化している連中はどいつもこいつも敵と考えていいんだな?」


「い……岩の狼が、喋ってる……」


「なんで異界にクソガキがいるんだ? こいつは俺が『逃がし屋』として避難させたはずだが」

「事情があって異界に堕ちた。さっさと救出したいが、シンギングリンのギルド長がリブラの尖兵になってしまっている。合わせて『審判女神の眷属』がアレウスたちを追い詰めている」

「人を殺せる冒険者になるなと言ったが、なってしまっているか?」

「半々だろうな。どうしても突破しなければならないなら殺す。そして殺したことをきっと悔やむ」

「お前とは違うな。お前は殺すことになんのためらいもなかった」

「僕と比べるな。僕には使命がある。それより御託はいんだ。さっさと力を寄越せ」

「わざわざ異界まで出向いてやっているのにその口の利き方はないんじゃないか?」

 エルヴァは握る鈍器を地面に突き立てる。


「だが、それで“天使”を殺せるのなら、構わないか。とはいえ、まずは異界から壊すところから始めるか」

 突き立てた鈍器の柄から魔力が発せられ、(はた)がたなびく。

「この異界の神を、優しく殺そうじゃないか」

 旗印を中心に『土』の魔力が地面を伝って伸び、範囲を形作っていく。エルヴァは地面から二本目の旗印を引き抜き、手元で回す。そして鎗の穂先のごとく先端をシンギングリンへと向ける。


「この界層に残る生者へと告げる。“総員、配置に付け”!」

 アレウス単体への行使ではなく、全体へ高らかに『指揮』を行使する。

「“奴らの陣形を崩せ”!!」


 速度には対応できている。打たれる拳も適切に処理できている。足運びも、どちらかと言えば自身の方が上回っている。気配消しを駆使してジェーンの真裏を取ることさえ難しくない。考慮しなければならないのは『オーガの右腕』が封じられていることで筋力への負担が大きいこと。そして持久力も低下している。考えて体力は維持しなければ、疲れ切ってから仕留められてしまう。結局のところ、魔物のような、あるいはそれに近しい人外との戦闘では持久戦などという甘い考えは捨て去らなければならないようだ。いつも通りの短期決戦だが、逆にそればかりを経験しているからこそ立ち回り方は分かっている。

 ジェーンは恐るべき速度で接近し、恐るべき速度で拳打を放ってくるが、動体視力と反射神経、そして感知の技能をもってすれば見失わない。女の『不死人』はこれよりも速く、これよりも凶悪だった。


 認めたくはないが、あの『不死人』との戦闘訓練は間違いなく今のアレウスにとって必須な経験であった。


「我の拳が当たらない?」

 疑問を抱きながら拳が届く間合いを維持される。突き放そうとしても、絶対にその距離感を見誤らない。詰め切る姿勢を崩さず、またアレウスが離れようとすれば必ず詰める。ならばとばかりに逆にアレウスから詰めてみると、短剣の間合いからは離れられる。

 間合いの取り方など全て直感だ。踏み込みだけは気を付けているが、考えるよりも先に体が動く上に、詰めるか詰めないかの判断をジェーンは取らせてはくれない。そうさせないための立ち回りだ。やはり少女も近距離での戦い方を心得ている。


 弾き、突き、弾かれ、打たれ、避け、切り返し、避けられる。呼吸を忘れてしまいそうなほどに張り詰めた命の取り合い、意地の張り合い、技の応酬。だが、肺に酸素を送らなければ踏ん張ることも力を込めて短剣を振ることもできない。

 だから、互いの攻撃の合間――数秒にも満たない間延びした時間の中で小さく呼吸を繰り返し、酸素を補給する。

 気配消しのために呼吸数を少なくすることも、小さな呼吸で最大限の酸素の供給方法も身に付けている。だから、剣戟と殴打の出し合いを続けても息切れせずにジェーンの速度に付いて行ける。


「我らが推し測った頃、『異端』はまだ我らに届くようには見えなかった」

 呟きながら放たれる蹴撃(しゅうげき)をアレウスは擦れ擦れで避ける。

「どうして我に付いて来られる?!」

「人は成長する」

 自分が成長しているかはちっとも分からないが、アレウスは口を開く。

「ひょっとしたら測り方を間違えたのかもしれないけど」

「我らが間違える? あり得ない」

 ジェーンが地面を踏み締め、割る。生じる震動に足を取られた。

「考えられるとすれば、我らの特性だ。だとしても、我が『異端』に負けるわけがない」

 姿勢を立て直し、後ろに跳ねるが先読みしたジェーンが拳を溜めて構えている。

 身を回転させながら、がむしゃらに短剣を振ってジェーンの拳とぶつかり、弾き飛ばされる。短剣を弾かれたことで立て直した姿勢が再び崩れた。

「死ね、『異端』!」

 アレウスの腹部に狙いを定め、ジェーンが力強く踏み込んでくる。


『“総員、配置に付け”!』


 着地すると共に関節の柔軟性が上がり、絶対に避けられないと思っていたジェーンの拳を体を思い切りねじるようにして左に避け切る。

「なんだと?!」


『“奴らの陣形を崩せ”!!』


 続く『指揮』によって筋肉に蓄積されていた疲労感が緩和され、自身でも信じられない速度で手にした小石をジェーンへと投擲する。当てることはできなかったが、注意を逸らすことはできた。おかげで接近するのに時間は掛からない。

得物(えもの)も持たずに!」

 アレウスは二本目の短剣を抜き放ち、そのままジェーンに突き立てる。

「がっ……!!」

「さっきのは間に合わせの方だ。こっちが本命」

 最初に握るのは一番信頼を置いている武器。生き残る上で当たり前の常識をアレウスは非常識で包み隠した。だから、ジェーンに突き刺した短剣こそがヴェラルドから譲り受けた本命の短剣である。


 大きな悲鳴にも似た叫びを上げ、ジェーンが暴れてアレウスは短剣ごと強引に引き剥がされる。


「急所には刺せなかったか」

「我に急所があると思うか?」

 流れる血はすぐに止まり、彼女の傷はすぐに見えなくなる。保持している魔力で回復魔法と同等の治療を行ったのだろう。ただ、この行動でジェーンは“傷を治す必要のある体”を持っていることが分かる。血を流すことも極力、控えたいらしい。


 先ほどよりも更に加速したジェーンの足運びに決して攪乱されることなく読み切り、彼女の到達点に短剣を添える。しかし、捉えたはずの彼女の姿が掻き消える。

「残像か」

 気配を残して、本人は一瞬のみ気配を消して移動する。瞬間的な移動を繰り返しているように見えるのではなく、確実にそこにあった気配に完全に乗せられた。


 だとすればジェーンが次に取る位置、取る行動を読む。アレウスは彼女が残した気配の方へと勢いよく転がり込んだ。


 真後ろで少女の舌打ちが聞こえる。

「相変わらず、想定通りに動かない」

 判断は間違っていなかった。彼女は残像の後ろに身構えておらず、アレウスの真裏を取っていたために打った拳は空振りに終わった。しかし、拳から放たれた圧は強く、当たりこそしなかったが掠めるだけでも皮膚が焼け裂けてしまいそうだった。拳圧がこれほど強いと、間合いにも気を付けなければならない。さっきまでは問題なかった距離でも、拳圧で延伸されてしまって届きかねない。

 油断はしない。手は抜かない。攻撃距離が延伸しただろう可能性も考慮しても手数を減らすことも様子見もしない。ここで下がる選択肢もない。ひたすら前に、ただひたすらに前に踏み込む。でなければ封じられた物を取り返すことすらできない。


 右横を取るが、それもまた残像だった。今度は左横を取られるが、反撃すべく残像の奥へと短剣を振るう。見当違いのところに剣戟を放ったが、ジェーンもまたアレウスが踏み出すだろうと先読みした位置に放った拳を空振った。

 空振りも加わった、互いの位置の読み合いも、隙の奪い合いも激化する。


「“審判の制約”!」

 光の鎗が地面からアレウスへと放たれる。

「それは信仰心を狙った束縛だろう?」

 アレウスを光の鎗に貫かれるが、拘束には至らない。

「僕は神を信じていない」

 妨害魔法の中でも拘束する魔法は“束縛”を基礎とする。“制約”は祓魔の術に分類されるのなら詠唱先は魔物か悪魔のような特効対象。人に使用するなら参照する能力値は恐らく信仰心。高ければ高いほど拘束時間が長引く。


 ならばアレウスにはなんの問題もない。更に『オーガの右腕』を封印されていることで、彼女たちにとっての特効対象がアレウスのロジックには存在していない。


 祓魔の拘束をものともせず、激闘へと身を投じるアレウスがジェーンを徐々に徐々に押し始める。


「我が『異端』に越えられる、だと?!」

 アレウスの剣劇は少しずつジェーンを裂いていく。

「あり得ない。たった一年で、我らを越えるなど、あり得ない」

 呟きながら拳を振るう。速度は以前、下がらない。気を抜けば打ち抜かれる。打点を逸らせば済む話ではなく、一撃必殺ほどの気迫と気力が込められ始めている。当たってはいけない。避け続けなければならない。

「『異端』がなぜ、我らに『共振』することができている?!」

 踏み込めば地面が割れ、空振った拳は圧を放って空気を分かつ。どの一撃も地面、枯れ木、倒木、岩を瞬く間に破壊し、少女の足運びは人外なる速度で高まっていく。


 付いて行けているのはエルヴァの『指揮』によるものが大きい。だとしても、筋力や柔軟性以外が『指揮』で高められているわけではない。読みを成功させているのは常にアレウスの思考と判断だ。


 気配を消し、気配を発し、再度、気配を消す。繰り返し、繰り返し、繰り返す。


「どこに行って……っ!」

 右に、左に、体を揺らしながら駆け回り、攪乱する。そうして彼女の拳が遂にアレウスの気配を追い切れなくなった瞬間、間合いを詰める。

「真裏!!」


「横だよ」


 ジェーンが真後ろへ振り返る動きに合わせてアレウスも移動し、彼女の真横を取り、脇腹に短剣を深々と突き刺した。


「……人に刃を突き立てるのは、楽しいか?」

 彼女は口から血を吐き、アレウスがここまで引き裂いてきた全身の傷から血が止め処なく溢れる。

「亜人を殺したことがある。人ではなく魔物だったから殺した。君もそういった類の魔物なんだろう?」

「楽しいか?」

「楽しくはない。だから、もう立ち上がらないでほしい」

「これを、我らの実力と、思うな。我らは繋がり合わなければ、本領を発揮できない」

「力を二つに分けて、君は戦闘特化じゃなく時間稼ぎの方ってことだろ。分かっているよ、そんなことぐらいは」

 実のところは分かっていない。彼女の言葉からの推測でしかない。だが、あながち間違ってもいないだろう。シンギングリンに残っているジェーンの方が強い。ここにいるジェーンはアレウスの力を封じることに力を使っている分、弱体化している。

「……一つ面白いことを言っておこう。我は産まれながらに死んでいる」

「情報の攪乱か?」

「そう思うならそう思えばいい。だが、『異端』に思考を乱す一石を投じることができると我は考えている」

 少女は嘲るように言い放つ。


「産まれながらに死んでいる我が言うのだ、間違いない。貴様も、産まれながらに死んでいたはずだ」

「僕は生きている」

「我の知識として残されている『超越者』になるための条件は一度死ぬことだ。死んでもいないのに『種火』を使えるなど、あり得ない。貴様に死んだときの記憶がないのなら、やはりそれは産まれながらに死んでいるとしか言えない。ガルダの氷でも貴様は死なず、生きていた。それは単に死にかけただけで、死んだわけではない。あり得ない」

 少女はうつ伏せに倒れる。

「我の言葉を、深く考えていけ。考えに考え、溺れていけ」

「……悪いけど、そんな情報は僕の思考を乱すに至らない」

 アレウスはジェーンの言葉に耳を貸さない。

「だって異界の外――世界に産まれたときから僕は“別の世界で死んでいるんだ”から」

 その言葉に耳を疑うように顔を上げるも、もはや力を残していないジェーンの瞳からは輝きが失われ、やがて動かなくなる。そして、その体から流れ出した血が一ヶ所に収束し、血の塊でできた鍵となった。

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