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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第8章 -シンギングリン奪還-】
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この糸は個性なのか

-愛される魂と愛されない魂、そこに価値の差はあるのか?

魂の価値は平等ではないのか?


真の平等とはなんだ?


貧富の差をなくすことか?


いいや、同じ日を繰り返させることだ。


同じ日を繰り返せば、やがて魂は平等になる。

いくら貧しくとも、それ以上貧しくはならず、

いくら富があっても、それ以上の富は得られない。

貧富の概念は消え、やがて誰もが気付く。


平等に、自由などないのだと。


だから平等のため、私は自由を奪う。-

 ジュリアンも名前だけは聞いたことがある。遠目に見たことも数回ある。

 『神愛』のアニマート・ハルモニア。シンギングリンの教会全てを束ねる大神官にして、『上級』の冒険者。彼女の詠唱は一度で六度の効果を及ぼす。称号の通り、“神に愛されし者”。

 ただし、体調不良のためにここ数年は活動を控え、副神官に権限を与え、第三位のクルタニカ・カルメンに浄化や『御霊送り』を任せていたはずだ。だから、聞いただけで遠目で眺めたことがあるだけなのだ。ジュリアンはアニマートの力量を知らない。そもそも、ここ最近は姿を見ていなかった。遠目で眺めることすら珍しかったというのに、あるときから完全にシンギングリンから姿を消していたはずだ。依頼を受けて帝国の首都へ向かったのではと噂はあった。


 なのに、どうしてこの人はシンギングリンの、そして異界にいるのか。


「『蜜眼』が暴れる……抑えられない」

 包帯でほとんど隠れている顔の中で、唯一無二と言わんばかりに『蜜眼』――『魔眼』が存在を主張している。六角形――もしくは六芒星。彼女の瞳はあまりにも自己主張が強い。

「くっ……『衰弱』状態から回復できていないのに、この魔力……!」

 少女が足掻き、左腕を光の鎗から引き抜く。そこから体に刺さっている光の鎗を次々と引き抜きながらアニマートへと投擲する。

「“盾となれ”」

 彼女の体に張り巡らされる魔力の障壁は光の鎗を受けて弾けるが、その下にはまだ障壁が残っている。少女の投げた五本の光の鎗を受けても尚、障壁が残る。しかし、アニマートが攻勢に出てこないため、少女はすぐさま地面を蹴って、距離を詰めると同時に強烈な拳打(けんだ)を放つ。

 障壁は弾ける。しかし彼女の肉体に衝撃までは届かず、アニマートはゆらめきながら槌の杖を振るって少女を打ち飛ばす。


「っ?! っ!?」

 少女は自身に届いた打撃にひどく混乱している。少ない動きで最大限の一撃を受けたことを素直に信じられないらしい。

「なぜ、これほどに……?」


「そこの見習いと一緒にしないでください。私はあなたと『共振』できている。こんなにも簡単なことを、私ができないと思っているなら随分とおめでたい頭をしていらっしゃいます」

 その簡単と口にしている『共振』をジュリアンはできていない。加えて暗に小馬鹿にされた気もする。

「傍観していないで協力してくださいますか? 私だけ働く気は微塵もありませんよ?」

 急かされ、ジュリアンは安堵の息をつく暇もなく気を引き締め直す。

「あぁ……もう、本当に……本当に、頭をかち割って……狂ってしまいたい」

 アニマートは片手を頭に当て、苦しげだ。少女はそれを隙と捉え、臆せず間合いを詰めてくる。


「“盾と……”」

 痛みに表情を険しくし、詠唱が止まる。

「“審判の制約”」

 見逃さず、少女は冷静に打撃ではなく魔法を唱え、アニマートに光の鎗を突き立て拘束する。

「仲間の元へ行け、アニマート・ハルモニア!」

 見事なまでに型に入った正拳突きを少女は打つ。同時にアニマートは目を見開く。貫いていた光の鎗は溶けるように消え去り、正拳突きを紙一重でかわすと、真横から再び槌の杖を今度は脳天目掛けて振り抜いた。

 頭上からの一撃で少女は顔から地面に全身を打ち付け、小さな痙攣を起こす。

「魔力をくれてありがとうございます」

 この場には不似合いな朗らかさで感謝の意を示し、地面に這いつくばる少女に杖で追撃を浴びせて打ち飛ばす。

「“制限”は祓魔の術の中でも相手の動きを止める魔法。殺傷能力はほとんどなく、身を貫かれたところで人間はさほどの痛みもない。退けがたい力ではあるけれど、私にとってはこの身に触れる祓魔の力はどれもこれも大好物の魔力でしかない。『蜜眼』に油断しすぎじゃありませんか? これでも一応は『魔眼』。あなたの想像の外にある代物ですよ?」

 アニマートは杖を引きずりながら自らが打ち飛ばした少女へと近付いていく。

「動けないフリはおよしなさい。私は油断も同情も、憐れむことすら致しません」

 それを聞いて、少女は信じられない速度で立ち上がりアニマートを拳で打つ。詠唱が間に合わず、杖で防いではいたが衝撃で吹き飛ぶ。


「魔法は使えない。使えば吸われてしまうのなら、体術に魔力を振るまで」

 少女の気迫が、更なる空間の震撼をもたらし、額から胸、左肩から右肩へと十字を切る。。

「父と子と聖霊の御名において……アーメン」

 収束する祓魔の力が少女の手から空高くへと昇り、太陽の日差しのように少女の体へと聖なる光が降り注ぐ。


「古より悪魔を祓う聖言があるのですが」

 アニマートは何事もなかったかのようにジュリアンの傍まで戻ってくる。

「彼女はそれを応用し、自らへの祝福へと変えたようです。いわゆる補助魔法――肉体強化系の魔法と同義でしょう。気掛かりなのは、私たちの魔法のように解けた直後に負荷が掛かるのか、そもそも解けることがないのか、そしてどれぐらいの強化をもたらしているのか」

 ジュリアンより前には立つが、彼女からは自身を守ってくれるような雰囲気は感じ取れない。

「試金石になっていただきますよ? さすがに、二度も言わなければならないとは思いませんでした。傍観するだけなら獣にだってできるのです。働かないのであれば試金石にするどころか、生贄にさえしてしまいますよ?」

 ゾッとする。これが神官長の発する言葉だろうか。神々しさと同程度の邪気を伴っているようにしか思えない。


 だが、確かにジュリアンにとって傍観者で居続けることは心苦しいどころか過去を抉られてしまうことだ。ここで動けなければ、また過去の繰り返しだ。断ち切るためには勇ましく前へと進まなければならない。

「僕が死んでも、あなたがあのリブラの眷属を倒してくれると約束してくれますか?」

「約束は苦手なんですよ。したところで、叶うことなどほとんどないと思い知りましたから」

「だったら、約束しなくていいです。あなたの中にある神官としての部分――人間の善性を信じて、僕は死に物狂いで挑みます。どうかあの眷属を仕留め、この貴族領に残る生者を救出してください」

 協力は難しい。ジュリアンとアニマートでは実力に差がありすぎる。自身が正しいと思ったサポートがこの人にとっては邪魔になってしまうかもしれない。余計なことをすれば、二対一であっても窮地に立たされる。

 重要なのはアニマートを守り抜くこと。やはりジュリアンでは少女には歯が立たない。少女を倒す可能性を持っているのはアニマートだけ。それを知っているから少女はジュリアンを視界の外に置いている。どうせ大した攻撃はしてこないだろうと思われている。


 だから、ジュリアンは全力でアニマートを守り、少女は全力でアニマートを殺しにくる。


 少女が跳躍する。

「“制約を課す”」

 中空にいる少女へと地面から突き出た複数の光の鎗が一気に射出される。向かってくる光の鎗を掴み、投げ、そして手の甲で弾き飛ばしながら少女はアニマートの頭上で一回転してからのかかと落としを放つ。右側へと大きく逃れるも、かかと落としは地面を割り、大地を揺らし、石のつぶてが辺り一帯に飛ぶ。ジュリアンはつぶてに打たれながら少女の後方に回る。

「“審判の制約”」

 邪魔だとばかりにジュリアンの動きを制するために、見ることもせずに詠唱し、二本の光の鎗がジュリアンの足を貫いて逃さない。鎗の本数から見て、魔力自体も絞っている。使うべき力のほとんどをアニマートへと集中させるためだ。

「“束縛せよ(バインド)”」

 足は動かずとも口は動く。ジュリアンの杖から魔力の糸が伸び、少女の背中へと接続される。そこから杖を一気に後ろへと引いた。

「笑わせるな」

 糸は児戯にも等しい少女の些細な動きで引き千切られてしまう。アニマートはその隙に少女の真横を取って杖を振るう。だが、すぐさま少女は対応し杖を手で受け止め、鋭い前蹴りによってアニマートが吹き飛んだ。

「……手応えがない。知らない間にまた障壁を張っていたか」

 公園のモニュメントに背中を打ち付けながらも、アニマートはやはり顔色一つ変えることなく揺らめき、ゆっくりと少女へと接近する。歩幅は小さく、次第に速く、そして大きく変えて、少女の持つ距離感を狂わせようと試みているが、『聖拳』の称号を持ち、『拳闘士』として近接格闘術を極めている少女がその程度で距離感どころか間合いを測り間違えることはなく、杖と拳による激しい打ち合いに転じる。

「くそ……」

 ジュリアンは光の鎗を手で引き抜こうとするが、注がれている魔力が強すぎて手の平が炎のごとき熱で焼かれる。

「“束縛”」

「無駄だ」

 再度の魔力の糸も繋がっても、すぐに千切れてしまう。アニマートは未だに少女の拳と打ち合っているが、手数から考えて分が悪すぎる。なんとかして阻まなければ、いつか必殺の拳があの人の体を貫いてしまう。


「糸は繋がる……繋がるんだ」

 尚も光の鎗を引き抜こうとしながら、ジュリアンは自身を冷静にさせるべく事実だけを呟く。『束縛』の魔法は高めれば高めるほど相手を拘束することができる。ただ、他の人の『束縛』なら数十分の縄のようなもので全身を包み込むことすらできるというのに自身の『束縛』の魔法はどれだけ詠唱速度、妨害魔法の知識を高めても糸を一本だけ繋ぐだけ。

 『逃がし屋』はそれをジュリアンの個性だと言っていた。しかし、言い換えればただ才能が無いだけなのではないだろうか。

 ならばどうして自身の垂れ流す魔力は糸を成すのか。どうして無意識の内に、意識している人物とを繋ぐことさえあるのだろうか。

「後ろ向きなことは考えるな、事実だけを捉えろ」

 マイナスな思考になれば動きが鈍る。力が入らなくなる。光の鎗すら引き抜くことをやめてしまいたくなってしまう。そうならないためにも、前向きな思考への転換を求める。


 糸が繋がる。極々、当たり前のように呟いたが、どうして糸が繋がるのだろうか。

 彼女は『リブラの眷属』。空間を震撼させるほどの気配を持ち、今や魔力によって祝福を浴びて肉体を強化している。なのにどうしてジュリアンの『束縛』は――糸は一瞬であれ少女と繋がるのか。

「特別なこと、なんじゃないのか?」

 どんな魔力だって跳ね除けそうな中でジュリアンの魔法だけが一瞬、繋がる。そこに意味を見出すしかない。

「“束縛”」

 ジュリアンは諦めず、魔力の糸を少女と繋ぐ。


「そんな妨害魔法で私が……」

 少女が片手を反射的に下げ、もう一方の腕で防御の姿勢を取る。本能的に手に受けた傷を守るべく体が動いた。しかし、打ち合いの中でまだアニマートは少女の手を打ち抜いてはいなかった。少女すら理解できない思わぬ挙動によって、仕方なくだろうか。アニマートの杖を腕で受け止めてしまう。少女はほぼ無傷ではあるものの跳んで後退した。

「あなたのそれは感覚に(さわ)る。ひどく邪魔臭い!」

 糸が千切れる。


「……ははっ」

 途端に理解する。少女はジュリアンが光の鎗を抜こうとして、手の平を熱で焼いたことによる火傷(やけど)の痛みで片手を下げたのだ。

「忘れていた。痛みを与えることはできるんだった」

 そして、少女はジュリアンの妨害魔法を弾けない。必ず一度、糸で繋げられる。そして繋がれば、痛みを分かち合うことができる。そしてどういうわけか、この痛覚の共有は魔力による祝福を貫通する。

「アニマートさん、どうしようもないと思ったら僕を即死しない程度に傷付けてください」

 光の鎗をようやっと引き抜き、続けざまに二本目も引き抜いた。

「僕に与えた痛みの分だけ、そこの『リブラの眷属』に痛みを与えることができます」


 そして痛みは、肉体に思わぬ反応をもたらす。反射的に痛みを感じた部位をいたわるために力を抜いたり、これ以上の痛みを感じないように守ろうとする。少女はその高められた無意識――反射神経によって隙を作ってしまう。加えて、その原因を作るジュリアンの魔法は“不可避”である。


「味方に傷付けることを求めるとは、冒険者になりたい者の考え方ではないな」

「“癒やしを”」

 少女のボヤきを無視して手の火傷を回復魔法で治し、つぶての中から鋭利な物を拾う。

「意地の張り合いをしよう。僕が先に痛みに根を上げるか、お前が先に痛みに邪魔されてアニマートさんに倒されるか。言っておくけど、僕は自分が嫌なことが相手にとって嫌がることなら喜んで実行できるくらいには性格が捻じ曲がっている」


「誇らしく言えることではありませんよ。ですが、とても似ています。あのどうしようもないほどに前を向いて進み続けようとする『異端』のアリスに」

 その言葉はジュリアンにとって最高の誉め言葉だった。

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