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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第0章 -Prologue-】
4/705

1-3

――生きて堕ちて、ここで死んで、死んだと分からないまま生きているような生活を繰り返す……だったな。

 異界へ続く穴に飛び込めば、吐き出される方向は分からない。穴だからと言って必ず下にあるわけではなく、真上にあったり、時には横に開いていることもある。そんな不正確な穴が素直に降ろすことはほとんど無く、上下左右のいずれかに勢いよく飛び出す。なので決して高いところから落ちたわけではないのだがヴェラルドは見事に着地に失敗し、続いてナルシェが彼の背中に降って来た。

「全ての穴がこんな風に素直だったらな」

「穴に入れば方向なんて分からなくなるんだから、綺麗に着地することなんて永遠に出来ないわよ」

 ナルシェはヴェラルドの頭をポンポンと叩いたのち、背中から降りて衣服の汚れを払う。ヴェラルドは立ち上がり、軽鎧に傷みが無いか確かめてから、腰のランタンに火を灯す。

「洞窟?」

「のようだな」

「この異界は光が無いのかしら」

「どうだろうな。ここは洞窟だから、外へ出ればあるんじゃないか?」


「構造は地下、そして洞窟」

「簡単に呼ぶなら『地底基軸』ってところか」

「センス無いわね」

「簡単に呼ぶならって言っただろ。センスはよけいだ」


 前後を確かめ、まず魔物が居ないかを確かめてから進むべき方向を決めて、ナルシェを後ろに置く。続いて鞘から剣を抜き、軽くその場で振ってみる。


「使えないな……杖はどうだ?」

「剣より長いんだから、振り回せないのは同じよ」

「となれば、短剣か……」

「そうね」

 ヴェラルドは剣を鞘に戻し、ナルシェと同様の短剣を抜く。


「後方確認は軽くしかしていない。場合によっては不意討ちを受ける」

「だからって焦って前進しないでよ。私たちは洞窟の奥へ向かうのか、それとも洞窟の外へ向かうのか、まだ分からないんだから」

「風上に向かえばある程度は予測も立つ」

 指を舌で濡らし、ヴェラルドは風の流れを調べる。ナルシェも杖先に布を結び付けて、その場に立てて風の流れを読む。

「こっちだな」

「私もそれに賛成」

 ヴェラルドたちが正面を向いている側から風が流れて来ている。なので陣形を逆にし直す手間は省けた。

 歩き出し、左右を確かめ、時に洞窟の肌を手で触れながら慎重に進む。

「洞窟探検なんて、久し振りね」

「外で何度かぐらいで、異界でやったことはないぞ」

「でもその経験が活きている」

 何事も無駄ではないのだな。そのようにヴェラルドが思ったところで、二人の足音とは明らかに違う音を耳にする。

「一匹、二匹……二匹だな」

「後ろからかしら?」

「洞窟じゃ音が反響する。前から来ているかも知れない」

「でも、作戦変更ね」

「二匹だろうとそこから増えたら命取りだ」

 ナルシェは杖を背にしまい、ヴェラルドは鞄から油瓶を取り出し、前後に撒いて、ランタンを構える。


 音が響く。小さな足音だ。ヒューマンとは異なる、異形の生物の足音である。これが人種であったならばもう少し生気というものをナルシェが感じ取る。そしてヴェラルドもまたその気配を察知するだろう。だが、二人の技能には足音の主は反応しない。


 それでも、間違って人種を焼き殺すようなことがあってはならない。だからこそ、音が後ろからしていると確信できる限界ギリギリまで引き付け、そして灯りが“それ”をヴェラルドの視界へと伝えた直後に、ランタンを力強く地面へと投げ付ける。事前に染み込ませた油に引火し、辺り一面が燃え上がる。二人はその炎の中から飛び出し、全速力で風上へと駆け出す。


 洞窟内は不利な要素が多い。ヴェラルドは持ち慣れた剣を振るえない、ナルシェは杖に魔力を込めての打撃が行えない。短剣ではどうしても“それ”――魔物との距離を詰め切る必要がある。それは同時に、魔物が反撃できる距離へと自らを差し出す形にもなる。


 だから火を放ち、進撃を思い留まらせた。だが、魔物は油の炎程度ではその身を焦がすことはっても、燃え尽きない。つまり、焼き殺せない。いずれ炎を物ともせずに追い掛けて来るだろう。


 追い掛けられ、追い付かれれば死ぬことはなくとも傷を負う可能性は拭い切れない。冒険者なのだから多少の傷は覚悟している。しかし、ここでの傷は決して負う必要のない代物だ。そんな傷をあれもこれもと負っていては、すぐに死は訪れる。

 外であったなら教会の祝福がある。死んだところで甦る。死の感覚など、そう何度も味わいたくはないものだが、とにかく生き返る保障がある。


 だが、異界に教会の祝福は無い。死ねば、そこで全ては終わりを迎える。


「付いて来れているか、ナルシェ?」

「あなたに追い付けないんじゃもうとっくの昔に死んでいるわよ。それより前」

「……出口か!」

 光が見えた。二人は決して気を緩ませることなくその光の先へと身を投じる。世界と変わらない異界の光を浴びて、立ち眩むもののすぐに翻ってヴェラルドは剣を抜く。


 炎で身を焦がしながら、四足歩行の獣が二匹。牙を涎で濡らしながら、こちらを見つめている。どうやら外に出たところで追い付かれてしまったようだ。それでも最悪の事態からは脱している。


「ハウンドか? それともワイルドキャットか?」

「そのどちらでもない感じね。顔は犬っぽいけど」

「ならガルムだな」

 ナルシェも杖を構えて、臨戦態勢に入っている。こうなれば、もう死ぬことはない。安堵で気を緩ませてはならない。まだ魔物の強さを測れてはいないのだ。


 まず一匹、迷わず飛び掛かって来る。なんの変哲もない襲撃の仕方だ。意思は獣とそう変わらないらしい。だからこそ、噛まれれば相当の深手を負うことは想像に容易い。一片の油断も、迷いもなく、ヴェラルドは魔物を一太刀で切り伏せる。

 次にもう一匹。横を抜けてナルシェへ向かっている。倒した魔物から剣を引き抜きながらナルシェを見て、そのタイミングで彼女は杖で魔物を打ち飛ばす。地面を転がり、体勢を立て直す前に剣を突き立て、ヴェラルドが息の根を止める。


「この程度なら問題は無さそうだな。それほどこの界層の魔物は強くない」

「倍だったらどうしようもなかったでしょ。強がりは言わない」

「確かに四匹だったら逃げていた」

 手数で負ける。手数が足りない。それは魔物との戦いにおいては絶対に許してはならない。数の暴力を理解するだけの頭脳を持つ魔物も存在する。先ほどのように獣の本能だけならばまだしも、群れの意味を知り、狩りの仕方を知っていたならば恐らくはこんなにも容易く倒せはしなかっただろう。

「ともかく、まだ運が良い」

「そうね」

 どこまでツキが回っているかは二人には分からないが、この魔物を難なく仕留めることが出来たのだから見離されてはいないだろう。


 魔物の素材はヒューマンの街では無価値だが、行商に来ているエルフやドワーフに持ち込めば換金できる。たまに高価な素材も安値で買い取ろうとして来る悪徳商人も居るが、ともかくは路銀には変わる。だが、この異界には人探しに来ている面も多いので、全てを回収しても荷物が重くなってしまう。なので取ったのは牙と爪。それ以外は全て洞窟内へと転がした。臭いに敏感な魔物が外にまで飛び出さないようにという配慮だが、倒したのは洞窟の外であるのでもしかしたらそこまで出て来てしまうかも知れない。同胞の死体を見て、素直に引いてくれるならありがたい。


 油瓶はまだ余裕がある。しかしランタンを失った。ナルシェがランタンを持っているが、一つだけでは心もとない。出来ることならば、どこかで調達するか、それか適当な木々を見つけて松明代わりにしたいところである。

「外に出たは良いが……夜か?」


「洞窟よりはマシだからなんとか外には出られたけど」


 夕方を越えた、息の詰まりそうな薄暗さ。


 異界に世界の法則は通用しない。異界には異界の法則がある。だから、“夜”は無いかも知れない。逆に夜はあっても朝や昼というものが無いかも知れない。時間の感覚は持って来ている懐中時計でどうにかなるが、法則を見つけるまでは断定は出来ない。

 確実であるのは異界の住人に訊ねることだ。魔物ではない、ヒューマンかエルフ、そしてドワーフに絞られるが、滅多なことでドワーフは異界に堕ちることはないためヒューマンとエルフを探すべきだろう。

「それにしても、洞窟を出たら洞窟だったっていう感覚は初めてよ」

 ナルシェが天井を見上げて、深く息を零す。


 薄暗くも広く、しかし彼方まで見えるわけでもない。遠方には岩壁が見え、それもどこにも切れ目が無い。そしてその岩壁を見上げて行ってもどこにも頂上と呼べるようなところはなく、なだらかに、曲線を描きながら天井に至る。四方八方を半球状の岩壁に閉ざされた異界で、その頂点――全ての岩壁が収束する場所からほんのりとした薄明かりだけがこの異界に降り注いでいる。あれがこの先、更に光を強めるのかそれとも弱めるのか、そのどちらでもないのか。現時点では判断のしようがないのだが、少しばかり意識しておいた方が良いだろう。


「草木が生い茂っていないおかげだな。見晴らしは良い。だから、どこかに灯りさえ見えれば……そこに誰かは居るということだ」

「知性を持つ魔物の集落ってことも考えられるけど」

「そんなのは経験で乗り越えられるだろ」

 ヒューマンやエルフが生み出した灯りだと思って意気揚々と近付いたら、直前で魔物の集落だったと気付き、冷や汗を垂らしながら撤退したことなら五回。その後も数回ほど遠くから目視で確認したことがある。ナルシェもヴェラルドが重々に理解していると分かっていても、注意せざるを得ないのだ。


 冒険者が集落や洞窟の中で暮らす魔物を刺激し、そして死んだとして、果たして魔物がそのまま大人しく集落や洞窟内に残るとは限らない。危険を感じたのだから群れで活動しているのなら、群れ単位で移動を開始するかも知れない。人種の住まう街にこれまで決して接して来なかった魔物が、その刺激によって活発化し、一斉に街を襲いに来るかも知れない。


 冒険者は最終的な防衛ラインでなければならない。探索に行き、軽く命を落として、甦っている間に近くの街が滅んでしまったとなっては、ヴェラルドは立ち直れない。街の人も等しく祝福は受けている。だがそれは教会の祝福ではなく、神官の祝福である。即ち、ロジックを開けるようにするための処置に過ぎず、死んで甦ることが出来るわけではない。


 どれもこれも、外の世界での経験である。死ねば全てが終わる異界において、「冒険者は死ねば甦るのだから躊躇なく進め」などという言葉は誰一人として口にしない。


「ここまで近付いて、悪臭が漂っていないならまだ可能性はあるかしら」

「人種特有の臭いはして来ない」

「それこそ、異界じゃ通用しないことでしょ。人種の臭いだって曖昧なんだから」

 異界で人種に臭いを求めてはならない。それは先輩の冒険者兼『異界渡り』から教わったことだ。異界の住人には、生者に比べて死者が圧倒的に多い。


「生きて堕ちて、ここで死んで、死んだと分からないまま生きているような生活を繰り返す……だったな」


 前の異界は純粋に魔物しか住んでいなかったため、それを失念し掛けていた。結局、異界獣も討伐することが出来ないまま界層を調査して、すぐさま脱出した。長く留まれば留まるほど、溢れるほどの魔物に取り囲まれてしまいかねないほど危険な異界だったからだ。


 過去の経験と先達者の教え。それらを胸に刻み直しつつ進み、見えて来た灯りは粗末な物ではあったが、そこには確かに人種の姿があった。ヴェラルドとナルシェは顔を合わせて、第一段階を突破した喜びを肯き合って噛み締める。


「すみません、ここは一体どういったところでしょうか?」

 ヴェラルドは酒を煽って、良い具合に酔っ払っている男性に声を掛ける。問答無用でナルシェにロジックを開けてもらうのも手ではあったが、訊ねた人の口からそのまま知りたいのが本音としてある。


「なんだぁ、見掛けねぇ顔だなぁおい」

 男性はフラ付きながら立ち上がり、ヴェラルドとナルシェを一、二度見つめる。

「男ぁ、労働力だ。鉱石掘ってりゃ一日の飯には有り付ける。女はそうだな……」

「ここは、逃げた方が良いかも」

 ナルシェは小さく呟き、既に逃走の構えを見せている。身の危険を本能的に感じたのだ。

「女は女で違うところで働いてもらってんだ。そっちは鉱石の目利きだな。選別が出来るなら、それで喰って行ける。出来ないなら、喰えなくて死んじまうってところかぁ?」

「……それだけ?」

「それだけとはなんだ? 女にそれ以上の価値でもあんのか? 今日は俺んところの洞窟が大当たりでなぁ、いやぁ儲かった儲かった」

 酔っ払いはそれだけ言うと椅子に座り直して、再び酒を煽る。


「なんだろうな……いや、これが普通であることが正しいんだが」

「過酷な環境であればあるほど、差別が生まれるはずよね……男が労働力、でも女は例外を除いて、力では男に敵わない。そうなると、もっとこう……別の仕事をやらされるはず、なんだけど……死ぬ? その話が出ないままに、死んでしまう?」


 その別の仕事というものがどんなものかはナルシェが口にせずともヴェラルドはなんとなく把握している。実際、異界の外であってもそのような酷な状況が生じているところは少なくとも存在している。一日を生き抜くために、明日を生き抜くために、自らの体を売るという最終手段。外より過酷な異界で、その話が酔っ払って気を良くしている男から零れ出ないのはどうにも、腑に落ちないところがあるのだ。身の安全は確保出来ていても、ナルシェとしては引っ掛かりが取れないでいるようだった。

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