今度こそ
-地獄は神が、魔物が作るのではない。
人が、人を、地獄へ導くのだ。
それを理解して、
なにゆえ『勇者』になろうと思った?
傲慢なる人間よ。-
素人の動きではない。相応に護衛術を叩き込まれた人間の動きをしている。避けられはするが、半端に避けようとすれば痛みに呻き、続けての連打で昏倒させられる。メイドが騒ぎを大きくしてか、続々と他のメイドと執事も加勢にやってくる。
武器は刃物ではなく拳だ。彼ら彼女らを無力化させるには気絶させるか拳を使えなくさせるために腕を折ったり肩を外させるしかない。だが、そのような痛みを加えさせることが果たして正しいことなのだろうか。
「止まってください!」
アレウスは声を張り上げる。
「僕はアレウリス・ノ―ルード。エイラと話がしたい」
「一年前にお嬢様をお見捨てになられたあなたを、お通しすることはできません」
言葉は通じない。
「なら、ジュリアンだけでも通していただけませんか?」
「なりません! その方は、この地獄へお嬢様を堕としになられた方! それを今更、助けに来たなどと! 誰が信じられますか!」
「ジュリアン、話しが違うぞ?」
アレウスは打撃を避けながら問う。
「違います! 僕が堕としたんじゃない! 僕は、あの子に心無いことを言ってしまっただけです……! いえ、それが、あの子にとっては刃物のように鋭かった……!」
「きっと嘘ですよ。この方を信じてはなりません!」
「嘘じゃない! 僕は本当に、うぁ!」
メイドの打撃を受け、ジュリアンがバランスを崩す。そこから一気に追い詰められて、後ろ手に拘束されてしまった。
「信じてください……僕は、酷いことを言った……でもそれだけで、彼女を、堕としたわけじゃないんです」
「ではお嬢様が嘘を仰っていると? あなたに言われて堕ちてきたと、仰られているのですよ、エイラお嬢様は!」
「うるさい」
アベリアが杖術で自身に向かってくる執事を打ち倒す。
「嘘だとか嘘じゃないだとか、そういうのはどうでも良い」
「どっちが嘘と決め付けることはしない。どっちかだけを選ぶこともしない。さっきのは確認だ。ジュリアンが嘘をついていないことはそこでハッキリと分かった」
彼女に続き、アレウスも打撃を避けてメイドの背後を取って地面へと突き倒す。
「だから、両方の意見を信じる。お互いの間で誤解が生じているなら、それを正す。それと、あなたは“一年”と言った。自身がもう死んでいることを理解されているということでよろしいですか?」
肩書きだけで『至高』を目指しているわけではない。だから、冒険者でもないメイドや執事といった護衛に後れを取るようなことはない。
圧倒的な強者の気配。
それをアレウスは周囲へと漂わせ、メイドたちの戦意を一気に削ぐ。
「……おやめなさい」
ジュリアンを拘束しているメイドが告げる。その場にいた者たちが戦闘態勢を解除する。
「お嬢様を連れ戻しに来られたのでしょう? 分かっております……ええ、だって私はもう、死んでいる」
メイドは悲しげに呟く。
「もう、お嬢様をお守りすることも、できない」
拘束が弱まり、ジュリアンがメイドの様子を窺いながらゆっくりと離れた。
「成長したお姿を……心より、待ち侘びて……あぁ、本当に、本当に……心技体、全てを兼ね備えた殿方に娶られるそのときまで……お世話すると、決めていたのに……ご主人様だって、命を捨てて守り抜く覚悟であったというのに……私は、こんなにも、弱く……もはやなにもして差し上げることすら、できないなんて」
膝から崩れ落ち、メイドは涙を流す。
「ああ、でも、私の悲しみ以上にご主人様と奥様には、より一層の悲しみが……だって、これからあなた方は、お嬢様をお連れになられる……それは永劫の、別れ……舞い戻ったささやかなる幸せも、泡沫のごとく儚い……」
「この人たちは私が見ておくから、アレウスとジュリアンはエイラを探して」
肯き、その場をアベリアに任せて二人は邸宅の庭へと入る。
「どこでエイラを見た?」
「こっちです」
ジュリアンは迷わず走り、アレウスはその後ろを付いて行く。
「この先は……」
記憶の通りなら、蒸し風呂があったはずだ。そこに隠れているのなら、もう彼女は逃げられない。しかし、感知の技能を用いてみても気配はない。
せめてエイラの気配がどれか分かれば別なのだが、一年前の彼女から感じ取った気配はどこにもない。当たり前だが、一年前に記憶した気配ではさすがに辿れない。
「エイラ! 僕だ、出てきてくれ!」
ジュリアンが声を掛ける。その声にアレウスの感知に引っ掛かっている気配が一つだけ反応を示した。
すぐに駆け出し、邸宅の影に息を潜めて隠れていたエイラを見つけ出す。
「見つけた」
一年前も少女だったが、一年後も変わらず彼女は幼さを残していた。ただし、目付きは以前よりもずっと刺々しい。そして感情の起伏が薄くなっている。
「アレ……ウス」
「エイラ」
「……! なんでジュリアンがアレウスを連れてきているの?! なんで! なんでなんで! なんで今更……今更!!」
エイラがアレウスの胸をヒステリーのごとく何度も何度も叩いてくる。
子供の力で叩かれたところで痛くもなんともないが、心にその衝撃は響く。
「あのとき、アレウスがいてくれたら!! お父様もお母様も!! 死なずに済んだのに!!」
「いや、エイラ。あのエルフの暴動はアレウスさんだけでは到底、」
「嘘、嘘よ!! あなたは私に嘘ばっかり!! 嘘ばっかり言って、私を傷付ける!! 私が異界に堕ちたのだって、あなたが“ああ”言ったから!」
「本当に堕ちに行くとは思わなかったんだ」
「なにを言った?」
「『そんなに両親に会いたいなら、強くなって異界に会いに行くんだな』。僕は、部屋に引きこもって出てこようとしないこの子に、発破を掛けたかっただけだったんです」
「……ジュリアン、それは発破を掛けることにはならない。大切な人を喪う悲しさは、君だって分かっているはずだ」
そしてエイラは負けず嫌いだ。ジュリアンにそう言われたら、もはや感情と衝動は理性で抑えることができなかったのだろう。
「でも……大切な人を喪っているからこそ、ウジウジとしていたエイラを見るのが耐えられなかった。だから、言ってしまった。その気持ちも分かる」
自分が経験し、生きる方向へと立ち直れているのだから彼女もきっと立ち直ることができるだろう。そのようにジュリアンは思い、彼女に言葉を掛けた。しかしそれは優しさが半分しかない、無理やり奮い立たせる言葉で、エイラにとっては耐えられないほどの強い痛みを伴った。
だから自暴自棄になった。そして、彼の言うように両親を求めて異界に堕ちた。
「大切な……人?」
だが、彼がエイラを気遣わずに言葉を発したわけではない。
「ジュリアンは、」
「それは言わないでください」
「いいや、聞いてもらった方がいい。でないと君の言葉に優しさが半分あるかすらエイラは分からないままだ」
止めに入ったジュリアンがアレウスの言葉を聞き、うつむいた。
「彼は過去に親戚のお姉さんをヴォーパルバニーに殺されている。幼いながらに恋心を抱くほどに想っていた相手だ。もうずっと前のことだが、夢にまで出てきて目を覚ますことを後悔することもあるらしい」
その前提を知っていなければ、ジュリアンの言葉の真意に気付かない。
過去に喪った者たちとの思い出に追いかけられながら、今を生きるために強くなれ。こんな遠回しな真意には絶対に気付かない。
「……さっきアレウスさんが言ったことは忘れてくれていい。全面的に僕が悪いんだ。ごめん、許してほしい。この通りだ」
ジュリアンがこれまで見たこともないほどに深々と頭を下げる。
「いや、『許してくれ』は傲慢だな。許さなくていいから、アレウスさんの言うことを聞いてほしい」
「……私は、馬鹿でワガママでお調子者で、お父様とお母様がいないと、なんにもできないくらい無力で……なのに、一丁前に……反抗心だけ強くて……いつまでも、私の部屋の前まで来て、愚痴や文句を言うあなたが大嫌いだった」
でも、とエイラは呟く。
「そんなあなたの前に出て、反論の一つも言えず、部屋から出ようともしなかった自分自身が一番大嫌いだった。あなたの馬を奪って、あなたの制止を振り切ってまで異界に堕ちて……ようやく、分かったの。私は、あなたのことをなにも見ようとしていなかったし、私はまだ“生きている”んだ、って」
届けたいことは届けられたのだろうか。アレウスにはこれ以上、二人のいざこざやわだかまりも、取り除く方法がない。二人がどう思い、どう考え、どう納得するか。特にエイラの心の成長が強く望まれる。きっとこの子はアレウスやジュリアンのように奮い立つことはできないのだから。
「エイラ、どこにいるんだい? かくれんぼはもうやめにしよう」
ジュリアンの後ろにエイラが隠れる。もう彼女の中ではアレウスよりもジュリアンの方が信頼できる人物のようだ。
「お父さんじゃないのか? どうして隠れるんだ? って言うか、なんでエイラは家の中ではなく外に?」
あの声は聞き覚えがある。エイラの父親であるなら、ジュリアンの後ろに隠れる
「……お父様が、変なの。最初は、嬉しさがあったけど……もう、怖い。お父様は別人みたいで……私を家から出してくれなくて……今日、お母様が手を貸してくれてやっと外に抜け出すことができたの」
「肉親に恐怖を覚えるのは普通じゃありませんよね?」
「叱られたり怒られて怖がるならまだしも、別人と言っているからな」
しかし、気配で探ってみても家の中にある気配に違和感はない。
「エイラをアベリアのところまで連れて行ってくれ。僕はこのまま父親の様子を探る」
戸惑うエイラの手をジュリアンが握り、それが勇気となったのかそのまま二人で走り出した。
「……生き様は違っても、昔の僕を見ているようだったな。エイラとの関係性で悩むんじゃないかな」
少し先の未来の面白そうな景色を思い描きつつ、庭から邸宅の窓を覗き込む。
「そんな風にムキになって隠れないでおくれ。私もムキになってしまうよ」
廊下をエイラの父親が歩いている。その姿に、どこも不思議な点は――
「探すのを手伝ってくれないか、アレウリス君」
可能な限り窓からは顔をさらさないようにしていたアレウスに気付き、振り向いて、父親は荒々しく靴音を立てながら廊下を歩き、躊躇いもなく窓ガラスを割った。
「僕がいることに気付いていたんですか?」
どうにも普通じゃないのは理解したが、それ以上にどうしてアレウスがこの場にいることを知っているのかが不可解でならない。邸宅の入り口で起こった騒ぎを聞きつけたとも考えたが、そんなことなど気にも留めずにエイラを探すことに夢中になっていたのであれば、メイドからアレウスの存在を聞いている可能性は低い。
「アレウリス君、愛娘を探すのを手伝ってはくれないか? どうにも最近、ワガママが過ぎて困っている。反抗期というやつなのかもしれないね」
ジュリアンですら訪れているか微妙で、エイラにはまだ先のことだ。
「エイラがどこに行ったか知らないかい? 知っているなら教えておくれ。教えてくれないなら、無理やりにでも聞き出さないとならないが」
こんなことを言う人物ではなかった。
「あなたは誰だ?」
「私? 私はエイラの父だよ」
「その窓ガラスを割った腕をどう説明するつもりだ?」
エイラの父親の腕は大量の瓦礫の破片で覆い尽くされており、窓ガラスを素手で割ったにも関わらず破片が突き刺さりもせず、そして怪我の一つすらしていない。そして、さながらその腕を隠していたかのような割れたガラスに皮膚の切れ端が引っ掛かっている。
「そう詮索はしないでおくれ。私はただ、ようやく会えた愛娘との大切な時間を過ごしたいだけなんだ」
話は平行線である。説明する気がないのではなく、説明できないのかもしれない。
アレウスは話を切り上げて、その場から全速力で走り、邸宅の正面まで戻る。
「エイラのお父さんは?」
「その話はあとだ。とにかく一旦、ここから離れる」
事情を説明するのは後回しにすることをアベリアに告げる。
「二人も、まずは宿屋まで戻る。エイラ、構わないか?」
「お母様が……」
彼女の話では、母親は抜け出すのを手伝ってくれた。つまり、父親は異質だったが母親はまだ正常な可能性がある。
「まだお別れもしていないの」
「お父さんはお母さんに暴力を振るっていたか?」
「ううん……ここで再会してから、一度もそんなところは見てない。そもそも、喧嘩だって……生きていた頃にも、一度も見てない」
「まだ猶予はあります。アレウスさんが上手く忍び込むことができれば、彼女の母親も連れ出すことが、」
「やーっぱ、『異端』だったか」
邸宅に近付いてきた冒険者の集団の気配は掴んではいたものの、まさか立ち止まるとは思わなかった。
「すれ違ったとき、どうも面影があるよなぁって思っていたんだよな。一年ぐらいじゃ、成長していても変わらないところもある。そのふてぶてしいところや、忍び込みながらもコソコソとせず堂々と歩けてしまうところとかな」
「買い被りすぎだろ」
アレウスは短剣に手を掛ける。
「よく聞いてほしい、エイラ。お母さんを連れ出すのは、もう一度出直したときだ」
「うん」
「素直すぎないか? 僕にそこまで素直だったことはないだろ」
ジュリアンが呆れるように言う。
「だって、自分がどういう状況にあるか分かるから。ワガママで振り回すことができるかできないかぐらいは、分かるから」
「誰の許可も得ずに貴族領に侵入した罪を! その血で償え!!」
冒険者の腕や足から岩、瓦礫、木材の破片が服の袖と裾、更には皮膚を破って飛び出して鋭利な刃物や鈍器と化す。
明らかに普通ではない。エイラの父親と同様に異常な状態にある。しかし、感知の技能にはこの異常が引っ掛かることはなかった。エイラの父親でさえ、気配が膨れ上がることすらなかったのだ。
「ここは私たちが」
メイドと執事が冒険者の前に立ちはだかる。
「お嬢様を連れて、お逃げください。私たちは死んでいる身……ここで張る命など安いものです」
一瞬、エイラを見る。
「お嬢様? 幸せに、なるのですよ?」
肯いた彼女を見て満足し、メイドたちが冒険者へと突撃する。
「こっち」
アベリアの先導でどうにか集団戦闘の脇を抜ける。
「逃がすか!!」
エイラを狙った冒険者が自身の体に生えている瓦礫の破片を投擲した。アレウスが翻り、すぐさま打ち落としにかかるが、その必要がないとでも言わんばかりにジュリアンが素手で打ち落とした。
「三度目はない。もう無力な自分では居続けたくないんです!」
怒涛のように男二人が逃げるアレウスたちに攻め寄せてくるが、最後尾にいるジュリアンが二人を相手取っても全く崩れない。巧みな足運びで男を翻弄しつつ石を拾い、それを握り込んだ拳で額を打ち付けて昏倒させる。しかし、もう一方の男はその瞬間を待っていたとばかりに背後を取った。
ジュリアンの垂れ流していた魔力の糸が男と繋がり、無意識のまま引き寄せる。万全の体勢ではなく、引き寄せられたことでバランスを崩した一撃はジュリアンを掠めこそしたが仕留めることはない。そこをアレウスが加勢して、短剣の鞘で思い切り頭を叩いて気絶させる。
「手は大丈夫か?」
叩き落とし、そして拳として使った右手は拉げていた。
「“癒しを”」
その拳は彼自身が唱えた回復魔法によって骨が接合され、傷口が縫合される。
「杖があったならもう少し早く治せますけど、走っている内に回復します。なにも問題ありません」
「……やるじゃないか。走れ」
ジュリアンの背中を叩いて称賛し、急かすようにして先を行かせる。
「警備のいる通路を使う?」
「正面突破は厳しすぎる。侵入した方法で脱出する」
「私たちは大丈夫だけど、エイラが」
人を足場にして塀を登るには訓練と技術が必要になる。ジュリアンはできていたが、彼よりも幼いエイラができるかどうかをアベリアは不安視している。
「塀を登る。エイラ、できそうか?」
アレウスは後ろから声を掛ける。
「やる、やってみる。できなかったときは、できなかったときに考える」
「その言葉、異界に堕ちる前に聞いてみたかったよ」
相変わらずジュリアンがグチグチと言っているが、顔は綻んでいる。だが、心の喜びが顔に出ていることには気付いていないらしい。
「まずアベリアを登らせる」
全員の横を走り抜け、ピタリとアレウスは塀に背中を張り付け、構える。アベリアは走る速度を落とさないままアレウスを踏み台にして塀を登って貴族領を出る。
「ジュリアン!」
やや速度を落としてジュリアンが同じようにアレウスを踏み台にして塀を登った。
「怖がらずに飛べ、エイラ。僕も下から押す!」
エイラはかなり速度を落としてアレウスの両手と肩を踏み、塀を登ろうとする。しかし速度も勢いも足りないため、塀の頂上には手を伸ばしても届かない。
だが、その手をジュリアンが掴む。
「片手だけじゃ、持ち上げ切れません」
なにより塀の上では力加減が難しい。強く引き上げてしまえば、その勢いでジュリアンはエイラごと受け身もままならないまま落ちてしまう。かといってゆっくり引き上げると彼女の肩に負担が掛かり、関節が外れかねない。下から支えようとも思ったが彼女の足に絶妙に届かない。
支えることを諦め、彼女より先に近場の壁を蹴って塀へと飛び、手を引っ掛けてよじ登る。そしてジュリアンの傍まで塀の上を走って、エイラへと手を伸ばす。もう一方の腕を精一杯に振り上げた彼女の腕を掴み、ジュリアンと呼吸を整えてバランスを崩さないように引っ張り上げる。
「一緒に降りてやってくれ」
アレウスに言われるままにジュリアンはエイラを抱き寄せ、先に降りたアベリアの示した地点――街の景観のために仕立てられた生垣へと飛び降りた。
「あんなに騒ぎになったのに、ここにはもう追ってこないのか……?」
塀の上で待ってみても、冒険者は誰一人として追ってきていない。
襲うほどに追われたのは邸宅から出て、道を曲がったところまでだった。そこからは追いかけられもせず、増援が来ることもなかった。
「もっと落ち着いて塀を登るべきだったか……?」
しかし、どこで誰が見ているとも分からない。追われなくなったからとゆっくりと逃げる。そんな馬鹿なことをしたって良いことはなにもない。
もうしばらく、様子を窺ってみたがやはり追っ手は現れない。アレウスは思考を巡らせつつ塀から飛び降りた。
「ど、ど、どこを触って」
「どこもなにも君の体で触って困るところなどないだろ」
「わ、わた、私はまだ嫁入り前の体なのに」
「君が嫁に行くのなんて何年後だよ。あと、性的な部位に触れたつもりはない」
「せ、性的とか! む、胸、触った!」
「あーもう、うるさいな! それぐらいは許してくれ」
「認めた! 認めたわ! あとで、酷い目に遭わせてあげるんだから! この痴漢、変態! お、女の子の体を触って嬉しそうにするなんて!」
「君の体を触って嬉しいと思ったことなんてない」
「じゃぁ、なんで嬉しそうなの?」
「それは……! あーもう! これだから子供の相手は嫌なんだ!」
「自分だって子供のクセに!」
「今の状況をこの二人は分かっているのか?」
「仲が良いんだから、大丈夫だよ」
「どこが?」
この二人が今後もこうやって喧嘩を続けるようなら、物理的に引き離さなきゃならなくなってくる。
「え……? あ、そっか。アレウスは分かんないんだっけ」
「その憐れんでいるような、かわいそうな子を見るような視線を向けるな」
だが、さすがのアレウスでも、ジュリアンが零す言葉が刺々しくなったことぐらいは分かる。やはりこれまでは本調子ではなかったのだろう。
「エイラは助けられたけど」
「母親も助けないとな」
たとえ魂の虜囚となっていても、エイラとの最期の別れはさせるべきだ。そして異変を起こした父親についても、調べなければならない。
「そっちは隙を見ればいくらでもチャンスはありそうだけど」
「リスティさんの頼みの方は、まだこれから」
「リブラを異界から引きずり出す。そのためには」
「エルヴァさんの到着を待つか、見つける」
「そして、ギルドで未達成以来の真実を突き止める」
アベリアとの懐かしさのある互いの目的を統一させるためのやり取りをして、深く息を吸い、そして吐いた。それはひとまずの救出に成功したことへの安堵の息だった。




