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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第8章 -シンギングリン奪還-】
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ヘタレた夜と、貴族領

-『勇者顕現計画

ここに入る者、一切の望みを捨てよ』-

 部屋に帰りこそしたが、酒臭さと料理の匂いが服にこびり付いてしまっていたので、酔い醒ましついでに宿屋の裏で水浴びをした。水浴びできる量を確保するためには井戸と宿屋の裏を何度か往復することになったのだが、数回ほど酔いのせいでフラついて井戸に落ちそうになった。そんな冒険者らしくない死を迎えそうになりつつも、体を拭いて衣服も水洗いだけして干した。着替えを持ってきてはいなかったが、宿屋で借りることができた。しかし、盗難防止のためか質が良いものではない。

 それでも湯浴みを済まして良い香りを放つアベリアに、あんな臭いが移ってはならない。積極的に水浴びをしようと思ったのもその一心によるものだ。


 臭いは取った。酔いもかなり醒めた。水を被って火照った体も冷えてくれた。入念に歯も磨いた。しかしなぜだろうか、これからなにかをする前段階の準備をしているかのような錯覚があった。そんな気はないが、まだ酒が抜け切れていないせいか妄想が加速する。


 その妄想が激しく脳内を駆け巡る前にアレウスは二人に酒場で聞いた一切を伝えた。

「貴族領……こんなことになっていても、まだ階級は機能しているんですね」

「両親に保護されたなら、一安心?」

「いいえ、あの子の両親は貴族領ごとリブラの異界に巻き込まれています。決して安全とは言い切れません……が、魔物に襲われて死ぬなどという最悪の事態は避けられているようで……良かったです」

 ジュリアンが瞼を擦る。泣いているのではなく、眠いのだろう。

「しかし、どうしたらいいのでしょう。あの子が異界に堕ちたのは恐らく、両親に会うため。危険よりも家族愛を選んだ。そんなあの子を、連れ戻すことが……僕たちにできるんでしょうか」


「それがリブラの狙いだよ」

 アレウスは濡れた髪を拭きながら語る。

「全ての異界獣は人を異界に堕とすための罠を仕込んでいるのは知っているな? リブラの罠は『繋がり』なんだ」

「……会いたいという気持ちを利用している?」

「恐らくだけど、親、兄弟、子供、或いは恋人、愛人、もしかすると犬や猫、果てには家畜。そういった大切な人を堕とすことで、世界に残った者も自らの意思で堕ちてもらう」

「リブラの再誕はシンギングリンの八割を消し去りました。アレウスさんの話だと、四割や五割程度になるのでは? あとの半分は勝手に堕ちてくるとリブラが仮定したのなら、ですけど」

「そこを私たちは勘違いしているのかもしれない。リブラはすぐにシンギングリンにいた八割の命を欲したわけじゃないのかも」

 うーん、と三人揃って唸る。

「今日は調査はエイラの居場所を中心だったからな。リブラについては調べていないからなんとも言えないな」

「明日は貴族領に行くし、リブラについてはまた調べられないよ?」

「知る方法は多分、ギルドにしかないだろ。街の人々は魔物の話すらしていなかったんだ」

 冒険者ギルドという魔物討伐を中心に依頼を受けていた場所にしか、今やこの異界には魔物についても異界獣についても情報はないのではないか。

「……どうだろ……まだ、言い切れないけど……教会は? 副神官さんがもし異界に巻き込まれているのなら、なにか知っているかも」

 アベリアは不確かながらも教会に訪れることを提案する。

「でも、エイラが無事かどうかが先だけど」

 緊急性について薄いことをそう付け加えて示す。

「貴族領の侵入路は知らないですし、調べていません。行き当たりばったりで突入は、しませんよね?」

 二人ならやりかねないと疑われているようなので深く肯いておく。

「では、お二人もお疲れでしょうから今日はもう寝ましょう」

「そんな話の切り方があるか」

「だって僕、もう眠いですし。不思議ですよね、昨日あれだけ眠ったのに……やはりこの異界の特徴なんでしょうか」

「寝不足だったのもあるだろうけど、今日はただ単純にサイクル的に夜だから眠いだけだ」

 前日のそれとは異なり、異界の時間の流れに体が馴染んだ。だから日が沈んだら睡眠欲が強まった。それだけだろう。

「もう寝ますのでお二人は部屋に戻ってもらえますか?」

 かなり強引にジュリアンは話を切って、アレウスたちを部屋から追い出す。

「あ、アレウスさん」

 追い出したクセに彼はアレウスを呼び止める。

「壁に耳を当てて聞く気はありませんので、安心してください」

 年上を弄んでいて腹が立つ。しかしそれは、ジュリアンの中にある寂しさの裏返しだったり不安を誤魔化すための精一杯の日常感なのだと思うと、そういうことをするなとは言えない。


 ジュリアンのせいで意識してしまう。アベリアから直接、許可をもらったわけでもないのに気持ちが勝手にそっちに傾いている。それでもなんとか自制心を保つ。酒場に行く前、浮かれた自分に釘を刺したのだ。決して、欲に溺れてはならない。


「アレウスもベッドで寝るよね?」

 壁に張り付いて、アベリアから距離を取った。

「なにしているの?」

「なにも……?」

「一つのベッドに二人で寝るの、初めてじゃないんだし」

 アベリアはベッドに腰掛け、アレウスを手招きする。

「寝よ? お昼寝したけど、私、まだ眠いんだ」

 彼女はアレウスやジュリアンと違って夜通し異界で活動していた。その疲れは二時間の昼寝ぐらいでは到底、取れるものではない。確実な睡眠不足を表すように、彼女は小さな欠伸を見せる。

「別に僕は床でも」

「アレウス?」

 とんでもないほどに男心をくすぐる表情をする。

「一緒に寝よ?」

 どうしようもないほどの誘惑にアレウスは生唾を飲んだ。その下品な音が彼女に届いていないことを祈りつつ、隣に腰掛けた。

「ふふっ」

「なんで笑う?」

「アレウスがいるから…………これ、夢じゃないんだなって……」

「一年は……長かったよな。あのとき、『不死人』に捕まりさえしなければ……」

 寂しい思いも、辛い思いもさせないで済んだ。ひょっとしたらエイラだって異界に堕ちるのを阻止できていたかもしれない。

「でも生きていてくれたから、それだけで許しちゃう」

 甘い、甘い言葉。そしてアベリアはベッドに横たわる。

「アレウスは、私のことを嫌いになった?」

「なってない」

「ならなんで頭を撫でたりしてくれないの?」

「だって君の方が背が高いし……」

「背が高いだけ?」

「…………いや、そうじゃなくて。アベリアは、この一年で大人になったから……僕なんかが触れていいものかどうか」

「アレウスじゃなきゃ嫌だよ?」

「……いや、でも」


「アレウスがいい」

 アベリアがアレウスの腕を掴み、引き寄せられる。勢いが強く、抵抗しなかったせいもあって簡単にベッドに引き倒された。

「私、まだ怖い。でも、アレウスがまたいなくなることの方がもっと怖い」

 顔が近い。近すぎて、近い。瞳に意識が吸い込まれていく。

「ふふっ、アレウス」

 アベリアがまた無邪気に笑う。

「アレウスは……したい?」


「した……い、けど、も。したくないわけが、ない……けど、も」

 しどろもどろになってしまった。男らしさなど皆無で、答えてから言葉の意味を反芻するかのように理解し直して恥ずかしくなる。頬どころか耳まで熱くなっていく。

「まだ怖い、なら……それ、は、我慢すること、だと、思う」


「頭、撫でて?」

 触れていいのか。本当に、触れていいのか。このガラス細工のように繊細な彼女に、アレウスが触れていいのだろうか。

 触れたら割れて、砕けて、壊れて、二度と触れられなくなってしまうのではないか。神聖性が強く、ためらわれてしまう。


 一年前は当たり前に触れていた彼女は、あまりにも美しく、溜め息が出てしまうほどに綺麗だ。だから髪に触れ、頭を撫でたとき、とんでもないほどの興奮に下半身が暴れ出す。


 それはこの美しい女性に触れられるのは自分自身だけだという独占欲から来るものだ。なんなら、全部を自分の物にしたいという支配欲まで生じている。なにより、彼女がアレウス以外に触れられることを拒んでくれるという所有欲まで満たしてくれている。


「アベリア!」

 彼女を押し倒し、見下ろす。


 見たい。意識するまでは当たり前のように見ていた彼女の柔肌を、布で隠されている白く艶めかしいその肢体を、間近でしっかりと見てみたい。

 このまま事を進めても、許してくれるのではないだろうか。むしろ許さないわけがない。彼女は全てを受け入れてくれる。

 思い込み、胸に手を伸ばそうとしたとき、固く瞼を閉じ、微かに震えている彼女を自身の瞳が映す。


 欲に抗い、彼女を見下ろしながら深呼吸を繰り返す。行き場を失った手はそっと彼女の頬を撫でる。

「我慢するって言ったのにな……御免」

「ん……」

「寝よう。僕もアベリアと再会したとき、よく眠れたんだ」

 体を彼女の上から横へとゆっくりと移す。

「でも勢いとか、薄い感情で君を襲おうとしたわけじゃないから。前みたいに、誰かと一緒になってほしいとか思ってないから」


 決意が足りないせいか、自分が幸せにする――とまでは言えなかった。


「お休み、アベリア」

 アレウスはどうにか欲望に打ち勝つも、未だ落ち着きを取り戻さない下半身のせいですぐには眠れそうにない。だが、最大の山場は越えた。興奮のせいでよく眠れないかもしれないが、これで良かったはずだ。


 翌日、アレウスが目を覚ますとアベリアは既にベッドにはおらず、部屋から出ていた。

「…………もう駄目かと思った」

 ヘタレた。ビビった。肝心なところで勇気が出なかった。

「絶対、呆れられた。終わった……終わった、終わった」


「ねぇ」

 アベリアが部屋に帰ってきた。

「昨日のことなんだけど」

「え、あ、はい」

 なぜか敬語になる。

「憶えてる?」

「ナニヲデスカ」

 片言になる。

「アレウスが我慢してくれたあとの、こと」

「あと……? いや、別に」

「……そっか、なら良い。ジュリアンの部屋で待ってるから」

 アベリアは素っ気なく言って、再び部屋を出て行った。

「……あと?」


 そういえば、


 興奮のせいで眠り切れずにいたところに、アベリアの手が這って――


「違う、気のせいだ。気のせい……気のせいだから」

 アレウスは枕に顔をうずめる。しかしそれはアベリアの匂いを思い切り嗅ぐことを意味して、激しく取り乱す。少なくとも、こんな様をジュリアンには見せられない。

「意思が弱い……意思が弱いんだ、僕は……いや、強いところは強いのに、なんで」

 浮ついた話に身を投じるなと釘を刺したが無駄となった。なのに欲望だけは制御し切った。ちぐはぐな意思である。

「…………絶対に、守る」

 起こってしまい、過ぎてしまったことは仕方がない。上手く気持ちを切り替えるしかない。切り替えられないなら、死ぬだけだ。


 アレウスは部屋で寝癖を直し、衣服を整えてジュリアンの部屋に行く。


「あ、遅いですよ。さっきまで物凄く面白かったのに」

「おはよう、ジュリアン。面白かったってなにが?」

「聞いてくださいよ。アベリアさん、朝から凄く機嫌が良くて表情が、」

「ジュリアン!」

「……睨まれているので、黙っています」

 よほど怖いのだろう。アレウスはアベリアの顔を見ようとしたが、恥ずかしさからかそっぽを向かれた。とはいえ、こんなのは昨日の余韻が残っている間だけだ。彼女もアレウスより遅れるが、その内にいつも通りを取り戻すだろう。

「朝食を摂ったら、支度を済ませて貴族領に行くぞ」

 昨日は酒場に赴いたアレウスだけが夕食を摂り損ねていたが、この宿屋は朝食と夕食を質素ではあるが料理を提供してくれる。三人で宿屋付きの食堂に向かい、しっかりと栄養補給を行う。


 睡眠と食事。三大欲求の二つを満足させて、アレウスたちは宿屋を出て貴族領に向かう。

 所々の街並みという名の思い出が、時間が経てば経つほど心を押し潰そうとしてくる。


「僕は運が良かっただけなんです。あのとき、『逃がし屋』が助けてくれていなければ僕もここの住人になっていたことでしょう」

「助かったことを後悔しているか?」

「ほんの少し……でも、楽になりたかったわけではありませんので、生きていて良かったとは思えていますよ」

 年下で、まだまだ子供であることを忘れそうになってしまうほどにジュリアンは大人びた思考力を持っている。だが、やはりそれは心が纏う武装でしかない。剥がされることがあれば、年相応の弱さをさらけ出すことになる。


「あそこ」

 アベリアが呟き、注意を前方へと向け直す。

「警備の人だけじゃなくて……冒険者じゃない? 服装が違うし」

 貴族領の入り口にいるのは警備兵だけではなく。この異界ではもはや便利屋と呼んで差し支えなさそうだが、身なりが冒険者然とした男たちが集まっていた。

「冒険者に守らせるほど治安が悪いとも思えないんだが」

 むしろ世界にあった頃よりも異界は平和に満ちている。この状況なら警備兵はいらない。

「どうします? 少数だったなら、僕が注意を惹き付けている間にお二人を忍び込ませることもできましたけど」


「そういう囮作戦はジュリアンじゃなく僕の役割だ。でも、冒険者を相手にする場合は得策じゃない」

 辺りを見回す。貴族領に入るためには警備の前を絶対に通らなければならない。しかし、それはあくまで正攻法。邪道でも許されるなら、いくらでも侵入経路は思い付く。

「どこの入り口も警備と冒険者が見張っているんなら、そこを通らなきゃいい」

 普通に入ろうとすれば通らなければならない道だが、普通に入ろうとしないなら無視できる。

「ただ、問題は警備はあそこだけじゃないだろうなってことだ」


 エイラには何人ものお抱えの執事や給仕、護衛がついていた。エイラの父親も同様だ。それが貴族の常識なら、貴族領内は相当な数の護衛と警備が練り歩いているだろう。一人にでも見つかれば、逃げ切れるか怪しい。逃げ切っても顔を覚えられてしまえば街中もまともに歩けなくなってしまう。


「なにを迷っているんですか?」

 ジュリアンは軽く言う。

「僕たち、貴族領からエイラを連れて出て行くんですよ? 不法侵入を気にしていたって仕方がなくないですか?」

 的を射てはいるものの大胆が過ぎる。

「なるようになれ、だな」

 ゴチャゴチャと考えるのはやめて、その場から移動する。貴族領は塀で囲われているが、まさにその塀の真下に立って内側の様子を窺う。気配で言えば数十人単位なのだが、その中でも冒険者と呼べるような強い生命力に溢れた気配はそれほど多くない。その次に気にするべきは護衛だが、こちらの気配は街の人々とあまり変わりなく、目で見なければ見分けはつきそうにない。

「僕が二人の足場になる。両手と肩を踏んで、一気に登れ」

 塀に背を付けて、アレウスが足場となって助走をつけたアベリアとジュリアンを送り込む。自身は塀の傍に見つけた木材を足場に、そして塀に面している貴族領の外の建物の壁を蹴って、塀の上へ跳び乗りつつ一時的に気配消しを行う。既に貴族領の中へと入った二人の近くに降りて、物陰へと隠れた。

「エイラの家がどこか知っていますか?」

「アレウスは一回、お邪魔したことがあるよね?」

「ああ、家の方角も建物の特徴もおぼろげに憶えている。近くを通れば分かる」

 こういった記憶は歩いていれば自然と思い出す。

「隠れながら進むのは困難だ。堂々としよう」

「ちょっと、大丈夫なんですか?」

「冒険者が何人か貴族領の中にもいる。だから僕たちもそれに従えばいい」

 ジュリアンは見習いだが、それはまだ認められていないだけで実力の面では十分なものがある。そして冒険者が貴族領の街中を歩けているのなら、アレウスたちも冒険者という肩書きを持っているのだから堂々とすればいい。


 さも、貴族に命じられてこの領内を警備するために歩いていますよ、と。そんな顔をして、平然と歩く。

「私たちが声を掛けられても、エイラに命じられたって説明すれば見逃されるかも」

「ああ。だけど僕は彼女の父親の名前を書面でしか知らない」

 そしてエイラは一年間行方知れずだった貴族の娘という扱いになっているはずだ。冒険者を雇うわけがないと思われれば、看破されてしまう。


 つまり、声を掛けられればそれまで。堂々とはやっているが、かなり危ない橋を渡っている。


「ここを曲がって、次のところを左だ」

 呟き、二人に行く先を伝えつつ歩幅は一定のまま崩さない。

 冒険者が正面を歩いてくる。鼓動は高まるが、臆さない。護衛とはもう何人ともすれ違っているが、バレていない。だからなにも問題ない。


「おい」

 しかし、すれ違ってから声を掛けられた。

「なんだ?」

 振り返って訊ねる。

「そっちの二人がフードを被っているのはどうしてだ? ちょっと顔を見せてくれないか」

 アレウスは二人に視線を送り、フードを脱いでもらう。


「これまたすっげぇ美女と美少女だな。薄茶色の髪と、“金髪”か。“銀髪”には気を付けろと言われていたが、違うみたいだな」

「貴族に用事があるそうだ。詳しいことは……言わなくとも分かるだろう?」

「……あぁ、なるほど。貴族が高級娼婦を買ったのか。縁があったら俺も買ってみたいところだね」

「高いぞ? 俺たちが冒険者をやり続けている限り、絶対に買えやしない」

「だろうな。まぁ、あとでどんなことを貴族がやらせたのかぐらい聞かせてくれ」

「俺に秘匿義務さえなければ、そうしたいけどな」


 会話を交わして冒険者は満足し、アレウスに別れを告げて道を曲がっていなくなった。


「美少女……僕が……? 許せないです」

「それよりアベリア?」

 どうして金髪に? と聞く前に彼女は髪色を金から銀に戻し、フードを被った。

「クラリエがエウカリスさんについて教えてくれて、それで咄嗟に真似した。あとちょっと、話が続いていたら大変だった」

 エウカリスは『灰銀』だったが、銀髪を隠すために魔法で金髪にさせていた。それを咄嗟に自分なりに方法で、そして無詠唱で使ったのだ。だが、教えてもらってもおらず、今まで一度も使ったことすらない魔法だったために一分も維持できていなかった。

「多分だけど、もう一度って言われてもできない」

 そして物にもしていないため、二度はない。

「アベリアに注意しろって言われているみたいだな」

 言いつつ止めていた足を動かす。

「なんでアベリアさんなんですか? 銀髪の方なら他にもいらっしゃると思いますけど」

「『灰銀』のエルフに気を付けろってことと、あとはアベリアは冒険者の間じゃ銀髪の美少女で実力もあって有名だった。だから冒険者の間でもアベリアを憶えている奴は少なくない」

「私は一年間、このシンギングリンにいないから完全に外部の冒険者って分かるんだよ。でもそれってつまり、誰かが冒険者を“外部”と“内部”で分けているんじゃ」

「ああ、間違いなくな。そうなると『灰銀』じゃなくアベリアに気を付けろってことで確定だろう」

 顔をよく知っていても、特徴的な銀髪でないなら判断が鈍る。だからこそアベリアの機転はまさに絶妙だった。

「僕が美少女って呼ばれるのは癪なんですが……」

 納得の行っていないジュリアンだったが、それこそアレウスのように本能で顔から見るか胸から見るかで判別するようなことがない限りは初見で彼を男と判断するのは難しいだろう。


 滞りなくとはいかなかったが、最悪の事態を避けてエイラの邸宅に着く。

「さて、どうやってエイラを呼び出したものか……」

 訪問という形式を取っても相手をされるかどうか。

「あ」

 ジュリアンが極端に短い声を発し、続いて無闇にも走り出そうとしたので慌てて後ろから羽交い絞めにする。

「さっき、エイラが見えたんです」

「そうだとしてもなんにも考えずに走り出すな」

「ですが、すぐに見えなくなってしまって」

 走らないと約束したジュリアンを解放する。

「アレウス? もしかしてだけど、ジュリアンの顔を見て逃げたんじゃ」

「なんで逃げる? 異界から助け出しにきているのに」

「だからエイラは助けられたいと思っていないんじゃ」


「ジュリアン・カインド! 誰の許可を得てここにいる?」

 メイドが声を荒げて近付いてくる。

「エイラお嬢様を苦しめるのであれば、排除いたします」

 そう言いつつ、近接格闘の構えを取り、争う姿勢を見せた。

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