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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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新たな依頼

【歴史的、文化的価値について】

エルフは森を、ドワーフは自らの里の歴史を(たっと)ぶところがあるが、ヒューマンに関して言えばあらゆる土地、あらゆるところに足を運んでいるのでやや歴史に疎い。遺跡や墳墓などには歴史的にも文化的にも重要となる埋蔵品が眠っていることは承知しているが、それらが眠る場所の大半は魔物の棲み処となってしまっているため、基本的にそれらの埋蔵品には商人が価値を付けない。なので盗掘される心配が無い。

ヒューマンは自身が生きている数十年の歴史に価値を抱き、それ以外の時代に対しての拘りは薄い。興味を持っても、それは冒険者の物語や英雄の物語に登場することだけである。

それもこれも、魔物が棲息していること、国家間での闘争が続いていることが挙げられる。この二つが解消されるまで、歴史研究はずっと足踏みをしていることになる。

ただし、魔物やその棲み処についての情報は街や村で代々、警告として伝えられている。


 二日ほど経って、アレウスはアベリアと共にギルドを訪れる。ニィナからの食料という名の報酬が入って来たことの報告と、次に受けるべき依頼を探すためだ。

「お待たせしました」

「先日、仰っていた僧侶の方は?」

「あいにく、連絡が取れていません。とは言え、担当者の方で感知出来ているので異界に堕ちたわけでもないでしょう」

「そうですか」

「こちらにいらしたなら、依頼ですね?」

「はい」


「ダンジョンの探索は経験がありますか?」

「ダンジョン?」

 アレウスは素直に首を傾げる。


「迷宮、墳墓、遺跡、洞窟など色々とありますが、異界から現れた魔物が群れを越えて、集まって生活をしている場所の総称となります」


「宝、とかはあるんですか?」

「宝? そのような物はありませんが」

「……はい?」

「ダンジョンは魔物の集落みたいなものだから、あるわけない」

 アベリアがまるで見て来たかのように言い出す。


「いやでも、墳墓や遺跡は誰かが造った大切な遺産なのでは?」

 壁の装飾、そして墳墓であるなら偉大なる者のためにと献上された品々が所々に眠っているはずだ。

「過去にどのような偉業を成し遂げて亡くなられていたとしても、そこが魔物の集落になってしまっているのであれば、私たちとしては迷惑な場所となっている以外、特に思うこともありませんが」

「歴史の品々があるかも知れませんよ? それを売れば、お金になるかも知れません」


「骨董品に価値を付ける者は居ません。私たちは与えられた仕事をこなし、報酬を受け取る。冒険者も与えられた依頼をこなし、報酬を受け取る。それが仕事であり、稼業などと呼ばれるものです。実際、依頼を達成すればお金が入ります。そのお金で冒険者が様々な品を購入するのであれば、経済は回ります。そもそも、冒険者以外にも働き口がある中で、どうして歴史の遺産にまで手を付けなければならないのでしょうか? 第一、どれだけの遺産であろうと現状は魔物の住処になってしまっている。そんなところからくすねて、なんになると言うのです?」

 歴史に対し、この世界のヒューマンはあまりにも無頓着であることを痛感する。


「それとも、盗掘でもなさるおつもりですか? 盗掘したところで、どこに売りに出しても買い手は見つかりませんが」

「この世界の盗賊ってなにをもって生業としているんですか?」

「そんなことを生業にされても困りますが……盗賊はその名の通り、人々の金品を漁る者たちです。それは家に置いてある物であったり、肌身離さず持ち歩いている財布であったり……それらは裏、闇のルートで取引されることが多いようですね。考えても見て下さい? 遺品、遺産、どれもこれも言葉にしてしまえばきっと高価であると、そのように受け取れます。ですが、教会の祝福すら受けていない盗賊の方々が死ぬ気で魔物の住処から盗掘をして、その苦労に見合うだけの価値があっては困るじゃないですか。だから、商人は歴史の産物に手を触れません。今、この世界で流通している品々を運ぶことの方が安全で儲かるからです」

 確かに死ぬ気で墳墓に侵入し、そこから価値ある物を見つけ出しても魔物に殺されれば、それは死んだ者にとってはすぐに無価値な物へと成り果てる。そして、それらがお金になると分かれば盗賊ではなく冒険者が盗掘行為を始める。


 ()んでいる魔物全てを始末して、それらを手に入れ、そこに価値を与えてしまってはやはり冒険者が盗掘を始めてしまう。歴史の保存、管理は出来ないが、同時にそこに遺産、遺品は残り続ける。良いか悪いか、そのどちらでもない。歯切れの悪い話である。


 だが、考えてみればアレウスが読んだ冒険譚にも英雄譚にも、ダンジョンと呼ばれる場所において宝を持ち帰ったという内容はどこにも書かれていなかった。詰まる所、歴史に価値を見出す以上に、魔物と国家を巻き込んだ闘争が先決なのだ。歴史について調査を始めるのは、それらが全て解決してからか沈静化してからということになる。


「有名な歴史学者を連れての調査とかは?」

「それは何度か依頼として出されたことがあります。発掘調査の護衛という名目で、冒険者を雇いたいという内容でした。発掘品は国に献上する旨の契約が成されていたらしいので、出回っていることはないと思いますが」

 それでも、ごく少数ではあるものの歴史には価値があると思う変わり者も居るらしい。発掘調査が環境破壊に該当するのであれば、魔物が墳墓に棲息することはそれ以上の歴史的建造物の破壊にならないのだろうかと疑問にも思うのだが、世界的にこうである以上はアレウスも納得するしかない。

「それで、僕たちは墳墓の魔物退治ですか?」

「依頼では多くても十匹程度だろうとのことです。出て来るのは、虫ですが」

「虫……」

「昆虫や節足動物に耐性はありますか? 私はありません」

「別にリスティさんの耐性については聞いちゃいないんですが」

「アベリアさんは問題ありませんか?」

「……えっと」

「目が泳いでいますが」

「大丈夫です」

 物乞いであった頃でさえアベリアは虫には手を付けはしなかった。アレウスだって虫を食べるなどということをしたことはないし考えたこともない。要するに、好きか嫌いかで言えば味云々ではなく存在そのものが嫌いな方である。

「僕も虫の耐性はさほど無いんですが、依頼である以上は拒めません」

「では、クエストを発行しますね……おや?」

「どうかしました?」

「これ、受領されていますね。でも、どうしてクエストボードに貼ったままに……ちょっと待って下さいね?」


 リスティが退席したので、アレウスは気を楽にする。


「話すと疲れる」

「良い人なのに?」

「良い人だからよけいに疲れるんだ」

「それは……そうなのかも」

「ニィナぐらいのちょっと頭の悪い部分があったり、ちょっとこっちの頭の悪さを馬鹿にして来る部分があった方が、接しやすい」

「よく分かんない言い方」

「同列に立っていた方が話はしやすいってことだ」

 おお、とアベリアは肯いた。


「お待たせしました。確認を取ったところ、固定パーティではなく一時的なパーティでの活動希望ということで、依頼は受領後に保留になっていたようです」


「僕たちみたいな、同じ依頼を受ける冒険者を待っていたと?」

「このクエスト自体、一昨日から出ているものなのでそれほど長い間、待っていたわけではありませんよ。それと、これは朗報でもありました」

「朗報?」

「ヴェイナード・カタラクシオさんが受領しています。三人での墳墓調査というわけですね。互いの性格を知り、相性の良い悪いを確かめて下さい」

「殴れる僧侶が?」

「殴れる僧侶であっても、一人で達成するのは難しいですからね。先輩とも話をして、了承は得ております。どうされますか?」

 アベリアと顔を見合わせる。

「是非とは言い難いですが、良い機会であることには変わりないので、お願いします」


「分かりました。追加受領ということで、クエストを発行します」

 リスティはいつものように指で黒と赤のインクを使い分けて、クエストの発行を宣言する。

「思うんですけど、それって毎回やらないと駄目なんですか?」

「毎回やらないと駄目です。これらのインクはどこにでもあるインクではありませんから」


 ギルドにはギルドの効率の良い方法があるらしい。冒険者のアレウスが知ったところで、なんの得にもならなそうなので深くは訊ねないことにした。


「それで、カタラクシオさんはいつ帰って来るんでしょうか?」

「それはちょっと、こちらでも分かりかねますね。なにが言いたいか分かりますか?」

「ギルドの連絡が来るまで家で待機していろ」

「やはり理解が早くて助かりますね、アレウスさんは」

 それならそれで作り笑いでも浮かべれば良いのだが、リスティはちっともそんな表情を見せはしないのだ。堅苦しくて、アレウスは気が滅入りそうになる。


「ヴェイナード・カタラクシオには自身の素性について多くは語らないようにして下さい」


 席を立とうとしたところで、リスティがスッとカウンター越しに顔を寄せて来てそう囁いて来る。

「どういう意味ですか?」

 アレウスは声量を限りなく落として訊ねる。

「過去に一度、こちらで把握していない神官と組んでいます。もしかするとロジックを書き換えられているかも知れません。なので、隙を見てロジックを覗いて下さい。あなたでもアベリアさんでも構いません。とにかく、手を加えられていないかを確かめて下さい。これは担当者の私からのお願いですので、余裕があればで結構です。生き様を盗み見るなど、心苦しいかとは思いますが、身を守ると思って耐えて下さい」

「僕はともかく、アベリアにまで危険が及ぶとなれば、そんなに心苦しくは思いませんけどね」

「もし、余裕があってロジックを開き、テキストになにか書き加えられているような形跡があるならば……この方と、あなた方を組ませるのは今回で終わらせます」

「分かりました。忠告、ありがとうございます」

 リスティは何事も無かったかのようにアレウスから顔を離し、椅子に座る。


「髪に埃が付いていたので、取らせて頂きました。話している時、ずっと気になっていたんですよ」

 これは嘘である。リスティは一切の表情の変化を見せずに嘘を通し、顔を近付かせたことへの理由付けを周囲に聞こえるように行う。念には念を入れただけに過ぎないが、小さなことから綻びが生じるのであれば、彼女のやったことは決して無駄にはならない。


「なにか話をしてた?」

「埃を取ってもらっていただけだよ」

 アベリアの手を一際、強く握って言葉ではなく触感で意図を伝える。彼女は静かに肯き、アレウスの手を離して先にギルドから出て行った。

「それじゃ、家で素直に待っていますね」

「手間を掛けさせてしまって申し訳ありません」

 アレウスは一言、去り際に残してギルドを出た。

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