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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第8章 -シンギングリン奪還-】
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迷うな

「どこに……」

 アベリアが呟く。

「今まで一体どこに?」

「そんな驚くような話でもありませんよ。僕は『逃がし屋』に助けてもらって、命からがらシンギングリンを脱出することができました。その一時間後にはシンギングリンは消し飛んでしまいましたが」

 ジュリアンはアレウスの後方から迫ってくるゴーレムを見つつ、二人を中に通して扉を閉める。

「本当に……なにが起こったか、すぐには分かりませんでした。なにせエルフに襲われて、僕は死にかけていましたから」

「……エイラは?」

 重い雰囲気の中、アレウスはジュリアンに問う。

「まぁ、それはあとで話します。とにかく再会を喜び……いいえ、やっぱり素直には喜べません」

 その答えにアレウスは言いようのないものを感じ、うつむく。


「アレウスさん?」

 不意にジュリアンの殺意がアレウスに向く。彼の魔力で編み込まれた糸がアレウスの胸の中心部を刺す。

「アベリアさんたちの話は風の噂で聞くこともありました。ですが、あなたの話は一切、耳にすることがありませんでした。まさかとは思いますが……シンギングリンが危機に陥っていたとき、あなたは誰よりも先に逃げていたのでは?」


「異界に巻き込まれないように逃げたのは事実だけど、異変をそのままにして逃げてはいない」

「だったら! どうしてあなたはシンギングリンの危機に立ち上がらなかったのですか?!」

 引き寄せられ、体勢を立て直そうとするとジュリアンが放った複数の糸に足を絡め取られる。

「僕は、あなたならシンギングリンの問題も解決できると! 勝手ながらに、そう思っていたのに!」

 絡め取られたままアレウスは引き寄せられ、顔と顔が触れるか触れないかの間際まで接する。

「あなたはずっと現れなかった! それでようやっと僕の前に現れた。でも遅いんですよ、なにもかもが!」


「シンギングリンが異界に呑み込まれたのは、僕には止めようのない事象だった。エルフの暴動も、僕に関係なしにいつかは起こる事象だった。だから、全ての責任が僕にあるわけじゃない」

「でも、あなただったら!」

「僕にだってできないことはある」

「…………くそ」

 ジュリアンはアレウスを突き飛ばし、糸から解放する。

「分かっていますよ、こんなことを言っても仕方がないことだってことは……! あれはあなたが起こしたことじゃない。あなたに責任があるわけじゃない。でも、言わずにはいられなかった。言わないと僕の気が済まなかった」

「アレウスはずっと動ける状態じゃなかった」

「重傷を負っていたってことですか? “癒し”の魔法でどうとでもなったんじゃないんですか?」

「そうじゃなくて、『不死人』に捕まっていたの」

 聞く耳持たずの姿勢だったジュリアンが顔に困惑を乗せる。

「捕まっていたって、どのくらいですか?」

「つい最近まで……脱出したのは、おおよそだけど一週間ぐらい前になる」

「え……あ……いや……それで、生きていた、ってこと、ですか?」

「でなきゃ、ここに戻ってない」

 アレウスとしてはジュリアンの主張に対し、反論することができない。事実を事実のまま伝える。

「ただ、捕まらないように立ち回ることができていたなら、こんな風にジュリアンを待たせることもなかった」


「……ええ、そうでしょうね。僕が待つことも、あの子が待つこともきっとなかった」

 納得できなくとも無理やり自身を納得させたときのような、歯痒さと不服感を混ぜ合わせた表情を露わにしつつ、ジュリアンは言葉を紡ぐ。

「エイラが異界に堕ちました」

「どうして!」

 アベリアが大きな声を上げる。

「あの子は親も、そして自身を守ってくれていた執事や給仕を喪いました。喪うものが多すぎました。そのせいで塞ぎ込み、逃げた先で与えられた部屋から一歩も出なくなりました。僕はそんなあの子を気にしつつも、『逃がし屋』が色々と工面してくれていた上に、塞ぎ込んでいるのなら出歩くこともないだろうと考えて、個人的にシンギングリンの調査を行っていたんです。その拠点がまさにここだったわけです」

 ジュリアンは話を続けるためにアレウスたちに椅子に座ることを促してくる。断る理由もないため、二人とも腰を下ろし、彼もまた椅子に腰掛けた。

「水は汚染されておらず、人々の魂が呪いや霊体となってさまようこともない。あとは食料ですが、一週間に一度、避難した先で補充して、また戻るのを繰り返していました。たまに野生動物も見えたので、肉の調達も行いました。そんな風に、自給自足とまでは言いませんがなんとかはなっていました」

「ここはゴーレムが歩き回っているだろう? よく気付かれずに済んでいたな」

「あれは魔力を辿る魔物です。僕は常に魔力を垂れ流していて、それに詠唱を合わせると無意識と有意識の両方で魔力の糸を形成するのはご存じですね?」

 アレウスは首を縦に振る。

「要は辺り一帯にその糸を張り巡らせることで、ゴーレムを攪乱していました。蜘蛛の巣のように張った僕の糸をゴーレムはなにも考えずに辿り続け、ずっと同じようにさまよい続けるんです。僕自身に辿り着かせないように張り巡らせた糸と僕自身は切り離してあります。ゴーレムは魔力こそ取り込もうとしますが、僕の魔力の糸を食そうとはしていませんでした。そんなわけで、半永久的にゴーレムは魔力の糸を辿り続けているわけです」

「なんでジュリアンの魔力を食べないの? 私たちを見つけたときはすぐに集まってきたけど」

「僕の糸は取り込んだ相手と一時的に繋がる状態になります。その糸を僕は断ち切ると、ゴーレムに問わず糸で繋がれた相手はダメージを負います。糸が魔力の源を辿るわけです。ゴーレムの場合はそれが核で、致命傷になり得ます」

「そっか、だからジュリアン自身を食そうとするために残滓である糸を辿るんだけど、あなたと街に張り巡らせた糸は切り離されているから」

「ええ、結果的にいつまでも僕を見つけられずにいるわけです。特にここはゴーレムの行動範囲のギリギリのところです。シンギングリンの外れにあるのが功を奏して、確実に僕という存在を認識できる状態にならないとゴーレムは追い掛けてきません。まぁ、追い掛けてきたらここから離れて別のところを拠点にするまでですが」

 言われ、アレウスは立ち上がって扉を少しだけ開き、外の様子を窺う。アレウスたちをゆっくりと追い掛けていたはずのゴーレムの姿は見当たらない。

「この家に魔法陣でも敷いているか? 感知系の魔法陣は最終的に敷くつもりだったけど」

「はい。かなり早期に、魔法陣は敷かせていただきました。効果は感知の中でも魔力を辿れないものとなっています」

「誰から教わった?」

「『逃がし屋』からです」

 あの『逃がし屋』は体術だけでなく魔法、そして陣の形成についても詳しいらしい。

「優秀過ぎないか?」

「元王国の冒険者です。僕はともかくあなたたちよりもずっと経験が豊富なはずです。優秀でないと逆に困ります」

「どうしてそこまでして手を貸してくれた?」

「僕があの人にそう要求したからです。付いて来てくれたわけでもなんでもなく、そのときに蓄えていたお金を全て渡すことで要求を呑んでくれました……まぁ、そのお金も、大半を返してくれたのですが」


 人情で動くような人間ではなかったと思う。なのにジュリアンにこだわりがあったのは、師匠と勝手に思われていた時期も悪くなかったからだろうか。


「アレウス」

「そうだな……『逃がし屋』よりもエイラだ。塞ぎ込んでいたエイラがどうして異界に堕ちた?」

「これは完全に僕のミスです。僕が食料を補充しに街へ寄って、それからここにまた戻ろうとしたとき、あの子は僕の乗っていた馬を使って街を出たのです」

 ジュリアンは指を固く組み、悔しそうに語る。

「あの子に、そこまでの行動力はないだろう……そんな風に思っていたせいで、あの子に馬という足を与えてしまいました。僕は急いで別の馬を借りて、あの子のあとを追いました。幸い、馬の足跡が残っていましたし、あの子の行く先なんてここしかないと踏んでいたのですぐに見つけることはできたのですが……追い詰めたつもりも、追い詰めるつもりも、なかったのに…………あの子はこの家の、すぐ近くの崖で足を滑らせて落ちてしまった」

「崖なんてあったっけ……ああ、そっか。異界が地面を(えぐ)ったから、崖になってしまったところがあるんだ……」

「落下死なんてさせるわけにはいきませんから、アレウリスさんにしたように魔力の糸を伸ばしてあの子の体を掴みました。でも、ここから見える“穴”は彼女を捉え、蠢き、口を大きく開き……僕の糸を断ち切って、あの子を異界へと堕としたのです」

「ここの“穴”は留まり続けているって話だけど」

「はい。シンギングリンを呑み込んですぐに“穴”が出来たんですが、人の接近を知るとその“穴”はさながら渦のように広がって、人を呑み込むんです。一定の距離――それこそシンギングリンを呑み込んだ範囲に足を踏み入れなければ反応はしませんが、ずっと“穴”は残り続けている。まるで、シンギングリンの人々がやって来るのを待っているかのように」

「それはいつのことだ?」

「一週間前です」


「絶望的、でもないか」

「まだあんなに小さいんですよ?」

「でもあれぐらいのときに生き残っていた子供もいる。最長で五年間、生き続けていた」

「そんなこと……あるんですか?」

「あった。だから、まだ間に合う……間に合うけど、すぐに僕たちは動けない」

 アレウスは自分たちの置かれた状況に苛立つ。

「リスティさんに頼まれていることをまず終わらせないと……それに、準備だって全然できていない。最低でも、リスティさんからの依頼を済ませないと」

 しかし、それを終わらせてもアレウスたちが異界を調査する算段が付かない。仲間どころか人手も資金も足りない。

「行こうよ」

 苦悩するアレウスにアベリアが呟く。

「リスティさんに報告して、すぐにここに戻って異界を調査する。一週間も経っているし、間に合うか間に合わないかなんて分からないけど、行かないで後悔するより行って後悔した方がいいよ」

「……でも」

「ヴェインのときのことを思い出してよ。あのとき、アレウスは脇目も触れず、準備だってほとんどままならないままに助けに行くことだけを決意して私と一緒に異界へと堕ちた。ヴェインだって、アレウスを守るために自己犠牲で異界に堕ちた。そのときのアレウスは、今みたいに悩んだりなんかしていなかったよ?」

「そう……だな、そうだった」

 無茶を承知で飛び込むのが異界だ。どれだけ準備をしていたって、異界の中がどうなっているかで全ての準備が無駄になることだってある。


 異界を渡るとはつまり、そういったあらゆる理不尽を跳ね除けて生き残ることではないだろうか。


「アレウリスさんたちが行くなら、僕も行きます。あれから、回復魔法も練習を続けてきました。頼りにならない後衛ですけど、使い物にならないと思ったなら捨ててくれたって構いません。でも、あの子がまだ魂の虜囚になっていないのならどうか……助けてください」


「ここからすぐにリスティのところへと帰って、戻ってくるとしてどれだけ早くても二日か三日は掛かる。それまで先走らずに待っていてくれるか?」

「今日に至るまで待ち続けたんですよ? それくらい、待てないと思っているんですか?」


 良くない方針転換だ。選択としては間違っていないが、生き方としては間違っている。


 しかし、どれだけ否定的なことを浴びせられることが想定されていても、もうアレウスに迷いはなかった。

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