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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第8章 -シンギングリン奪還-】
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一時しのぎ

 小型の魔物が逃げるまで休憩を入れ、辺りが静まり返った頃に森をあとにした。合わせてオーガの亡骸からは血液を採取し、角と首飾り、髪を収集した。村では使い物にはならないだろうが、闇市があれば素材として売れる。だが、村に闇商人がやって来るとは思えないため、むしろ闇市として出店した際の売り物にした方がいいかもしれない。どちらにせよ金銭を得ることができるのならどちらの形態でも問題ない。

「ガルムからは牙と……もっと持てるなら、毛皮も剥ぎたいところだったけど」

「荷物になりすぎるのも考え物だからな」

 アレウスは地図を開き、現在地の森に丸印を付ける。リスティも付けてすぐに収集隊を向かわせはしないだろう。恐らくはアレウスが帰ってきてから現場の状況を改めて聞いてくるはずだ。忘れないために紙に過程を書き記しておく。

「……ああ、そういえば」

 ここでヴェラルドの日記を手放してしまっていたことを思い出す。故意に手放したのではなく、大切に自室に保管していたせいで手放した形になってしまった。

「あそこは中心部から逸れていたし、ひょっとしたら残っているかもな……」

 むしろ残っていてほしい。少なくともあの日記はアレウスにとっては「まぁいいか」で済ませられる物ではない。

「次は石切り場に向かう?」

「森の魔物が一斉に退避したのが石切り場だったら素直に向かうのは危険だな。行くには行くけど、遠くから数を把握したい。ガルムなんかはすぐに僕たちに気付いて襲ってくるかもしれない……森から逃げてきたガルムだけは素直にまた逃げるだけになるかもしれないけど」

「また小型との戦闘も視野に入れておかなきゃだけど、一番気を付けなきゃいけないのはオーガみたいなのが他にもいるかもってことでしょ?」

「でも石切り場では火の魔法が使える。森で戦ったほどの無茶はせずに済むと思う」

「無茶だったんだ?」

「かなり無茶をしたよ。あれはあんまり良くなかった。最善ではあったかもしれないけど最良ではなかった」

 自信は付いても、元々の真面目な性格からくる上昇志向はまだ上を求めている。

「でも、あの感じが常に引き出せればいずれ最良になる」

 そうアベリアに言って、ひとまずは安心させる。


 アレウスもアベリアも目立つ外傷はないのだ。無傷でオーガを倒せたのならこれ以上を求めるのは貪欲すぎるかもしれない。そのように自分自身に言い聞かせることで、次の戦闘における最良を求めすぎないように意識する。抑制をしておかなければ、いずれ完璧を求め始めてしまう。そんなことで気が立つようになってしまっては立ち行かなくなる。


「シンギングリンから逃げて……大変だったよ」

 石切り場に向かう最中にアベリアが吐露する。

「家族、親戚、友人……奪われたり、喪ったり……そのせいで精神がおかしくなる人も多くて……」

「そりゃ……そうだろうな」

「もう失うものがなにもない人の暴走は特に酷くて……人殺しもあったし、女の人に乱暴することもあったし……あれは、凄く……怖かった。そんなあとに戦争も始まって……悪いことばっかり続いていたけど……アレウスを見つけ出せて、ようやく私にとって良いこともあった」

 言葉の掛け方が分からない。慰めるのは違う。そして、アレウスだって大変だったんだと“大変さの押し付け合い”も違う。こういったときに気の利いたことは言えないし、言ったとしてもそれは自分の評価を高めてほしいだけの優しさになってしまう。

「これ以上、災難が続かないように祈ろう」

「……そうだね」

 反応は薄かった。もっと勇気付けてほしかったのだろう。しかし、どのような勇ましい言葉を思い浮かべても、そのどれもが誰かやなにかを(けな)さなければならなかった。所詮、アレウスの語彙など人を惹き付けられるだけの力を持っていない。口下手なのは相変わらずで、だからこれまでも言葉で問題を先送りし、行動で示してきた。行動だけが、アレウスにとって自分自身の信念を見せる唯一の方法なのだ。


 微妙な空気が流れつつも歩み続け、二人は石切り場の近くで足を止めた。

「それで……どうするか……」

 ここからでは魔物はいないように見える。

「ニィナの目が欲しいな」

 彼女の『鷹の目』であればこの距離でも目で見て判断できるはずだ。アレウスの視力では、そして『蛇の目』ではこの遠さとなると視認が難しい。そうなると気配感知に頼ることになるが、気配を消せるような魔物と遭遇した場合の対処に遅れてしまう。なにせ森から石切り場に小型の魔物が逃げてきたなら、魔物の間でも緊張感どころか緊迫感もあるはずだ。油断して、気配も消さずにのほほんとしている魔物が現れる可能性の方が低い。

「リスティさんからの事前情報だと、ガルムとゴブリンは当たり前だけど、ハウンドやワイルドキャットも住み着いている可能性があるって」

「獣型が多いのか?」

「分かんない。現にオークやオーガもいたし……ゴブリンがいたのにコボルトが見えないのもおかしいし、なんならピジョンみたいに空から私たちを見ている魔物もいるかもしれない」

 そう言われてアレウスは無意識に空を見た。失念していたが、鳥型の魔物もいるのだった。偵察として見られていたら、どれだけ隠れ潜んでいても奇襲すらできない。

「気配はどう?」

「それが」

 アレウスは首を少しだけ傾げる。

「妙なんだよな。あれだけの魔物が動いたならもう引っ掛かってもいいはずなのに、全くその気配がない」

「……じゃぁ、人の気配は?」

「人の気配?」

「もしかしたら石切り場の……ほら、あそこに坑道が見えるでしょ?」

「あれって坑道なのか? 洞窟とか洞穴だと思っていた」

「原理は採掘と一緒だよ。採石場なんだから掘り進めて石材を採集するんだよ。え、知らなかった?」

「知ってはいたけど、あんな感じで掘るとは思わなかった」

 見える範囲の石を切って、運びやすいように加工する場所。名称から勝手にそう思い込んでいた。採掘場を知っていながら採石場の仕組みを理解できていなかったのは思わぬ知識の偏りだった。

「ああいうところが盗賊の寝床になっていたりするんだって。特に放棄されているところだと人もあんまり寄り付かないから」

 だが同時に魔物の襲撃に常々に怯えることになる。だが、考えてみれば村や街に暮らしていても魔物の脅威には怯えなければならないのだから、盗賊連中からしてみればどっちも同じような感覚であってもおかしくはない。

「じゃぁ、あそこに隠れている盗賊が魔物を全部追い払ったってことか?」

「可能性としてはあるってこと。それで、私たちがやらなきゃいけないのは」

「盗賊を追い出さなきゃならない」

 そうなると、盗賊と戦うことになる。それはつまり、殺人に関わる。しかし、石材の確保を考えるなら石切り場は避けては通れない。


 感知の方針を人間の方へと切り替える。


「……人の気配なら沢山あるな」

 そして、アレウスはビクリと反射的に身を動かす。

「捉えられたな……先に気配を消しておくべきだった」

 アレウスの感知の技能に向こう側も感知の技能で返してきた。気配消しを行っていればアベリアは捕捉されてもアレウスが捕捉されることはなかった。そうすれば相手はこちらを一人と油断したはずだ。

「今からじゃ駄目なの?」

「捉えられてから消したって、アベリアに訊ねてくるだけだ」

 こうなると正面突破か正攻法でしか石切り場には向かえない。

「弓矢に気を付けて進もう」

 アレウスはアベリアに注意を促し、石切り場に少しずつ近付いていく。


 気持ちが鬱々としてくる。人を殺さなければならないのかもしれないのだ。これで気持ちよく歩いていたら狂人だ。


 遠距離武器による攻撃はない。アレウスはいつでも反応できるように最新の注意を払いつつ、石切り場の坑道前に着く。これから加工される予定だったのだろう切り出されたままの石、そして加工されて真四角に整えられた石材が辺りに見える。


「アレウス、あっち」

 アベリアが指差した方を見る。ガルムとゴブリンの死体が見える。オークも一匹、死んでいる。恐らくだがアレウスたちが休憩している内に石切り場の盗賊が押し寄せてきた魔物たちを追い払ったのだろう。逃げ惑う魔物は仲間が何匹か殺される様を見て、ここも危険と思って別のところへと逃げて行った。

「……これじゃ、僕たちは魔物にとっての魔物だな……」

 こんな風に攻め立てて、追いやって、傷付けて、殺す。魔物だからといってこのような弾圧的な行いが許されるのか問いたくもなるが、この世界に住み着かずに異界から出てこなければいいだけの話なのだ。なのに外の魔力を求めて異界の穴から這い出してくる。

「言葉で分かり合えるんなら、まだやりようもあるんだろうけどな」

 人々を襲い、蹂躙し、喰らう。それは絶対に許されてはいけない。その前提があるから今、アレウスは魔物たちを討伐している。その前提が無いなら、もっと違ったのだろうが前提がある以上は冒険者が絶対的に正しい。


「なんの御用ですか?」


 坑道から現れた男――鎧を着た兵士がアレウスに問い掛けてきた。

「あなたたちは盗賊ですか?」

 回りくどいことは言わなくていい。

「いえ……我々は、そのようなことは……」

 怯えている、そしてアレウスたちに武器も持たずに姿をさらしている。これが盗賊のやることだろうか。罠にしては、仲間を売るような行為だ。

「我々は……国から、逃げてきた者です」

「国から……?」

 坑道から次々と人々が姿を現す。兵士の格好をした人物が特に多く、握っている武器にはどれもこれも魔物の血が付いている。ここに来た魔物を追い払ったのは兵士たちのようだ。

 それ以外には、痩せてボロボロの衣服を着た女子供と、おじいさんやおばあさんだった。盗賊とはとてもじゃないが思えない。

「どうしてここに?」


「故郷から逃げてきたんだ……ここなら、見つからない」


 アベリアの問いに兵士が答える。

「隠れ潜んでいるということですか?」

「はい」

「どうして?」


「我々は、なりたくて兵士になったわけじゃない」

 鎧を着ている者とは思えない発言をする。

「私は地方で育った……地方の小さな村で育った。その村では、警備兵が少ないからと言われ、仕方なく……そうだ、仕方なく、なった」

「だから逃げた?」

「私の仕事は村を守ることだったはずだ。村の治安を維持すること。それだけのはずだったのに……殺し合いなど、したくない」


 それはそうだ。誰だって人と人とで殺し合いなどしたくはないのだ。そのことをアレウスはコロール・ポートやエルフの森での出来事で痛いほどに分かっている。


「故郷はどうなった?」

「……もう、無い」

「だったら、それはただの言い訳だな。結局、あなたは故郷のために戦えなかった」

「君だってあの惨状を見たら分かるはずだ! 君だって!」

「分かるけど、怖くても立ち向かうのが警備兵の使命じゃないのか。あなたが戦っている間に逃げ出せた他の命もあったはずだ」

 自分の命と引き換えに複数の命を救う。その選択を取らなかった。


 いや、そんな簡単にその選択を取れる人なんて少数だ。ほとんどはこうやって、逃げ出したくなり本当に逃げ出す。それが普通で、立ち向かうことの方が異常なことに違いない。

 しかし、その異常さがなければ戦えず、守れない。冒険者は魔物を相手にするが、兵士は人を相手にする。その苦しみについては分かるが、この兵士はなりたくてなったわけでもないために、そういった覚悟が無かった。


「ここにいる人は、そうやって逃げ出した人とその家族?」

「家族もいるし、なんとか逃がせた人もいる」

 アベリアは子供たちを見て、アレウスに向く。

「このままにしておけない」


「どうか! 我々のことは見逃してください!」


「そうじゃなくて」

 悪い意味に受け取ったらしく、アベリアは慌てて否定する。

「ここにも食べ物を持ってこないと……石切り場に住んでいることは報告するけど、追い出さない」

「僕たちはここの石材を運び出したい。あなたたちはここで隠れて住んでいたい。なら、その運び出し作業を手伝ってくれるなら、収集隊の方から今後、食料や飲み物といった支給を行うことができる」

 アレウスは地図に丸印を付ける。

「とはいえこっちも余裕はない状況です。支給ばかりを頼るようになり、自給できないようでしたらあなたたちを村へ連れて行くことも視野に入れなければならない」

 食料は乏しいのだが、人手も不足している。どちらもまとめては難しい。

「僕たちの間にある関係は平等であり、そこには上下はありません。石切り場を出るのも自由、収集隊を手伝わないのも自由、村を手伝いたいと言って収集隊に付いて行くのも自由……ただし、こちらが損をするような行いをした場合はこの対等性もなくなる」

 こんな提案をする時点で既に対等性など無いに等しいのだが、こう言っておかないと好き放題されかねない。そもそも収集隊だけで資材は集める予定のはずで、石切り場にいる者たちの手伝いなど不要なのだ。そこになんとか理由を付けて、彼らを生かそうとしているのだが、これをリスティが許してくれるかどうかは曖昧だ。場合によっては彼らの期待を裏切るかもしれない。

 だが、アレウスには彼らを追い出すことも、村に無理やり連行することもできない。人の生きる場所を制限するような行いができるほど偉い立場には立っていないのだ。


「……皆と相談してからでもよろしいですか?」

「収集隊が来たときに返事をしてくれればいい。収集隊には遠くからでも分かるようなにかしらの旗印を持たせる。僕の感知に反応できた人なら、盗賊か否かが分かるはず。あとは、さしあたって旗印に書かれている物は――」

 兵士と話し合い、旗印の情報を共有する。


 話がまとまり、アレウスとアベリアは石切り場をあとにする。


「あのままでいいのかな?」

「現状維持にしておくしかない。あそこで無理に人を動かしたら、それはただの奴隷商人と一緒だ」

「でもあのままあそこに住まわせていたら、いつか死ぬかもしれない」

「そのいつかが来ないと思いたいよ。他者の意見を尊重した結果、酷いことになったら、しばらく立ち直れないから」

「そうだね……さっきのはあくまで一時しのぎだから、なんとか帰るまでに上手い方法を思い付きたい」

「ああ」


 逃げ出した命でも、生きている命である。ならば、思うことはあってもできることならなんとかして命を繋ぎ止め続けていてほしい。その気持ちをアレウスとアベリアは抱きつつ、地図に記されている水源を目指す。

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