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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第8章 -シンギングリン奪還-】
375/705

世界が動く

---


「連合が動いたか」

「シェス・ジュグリーズ――いや、シェス・エリュトロンの『神樹』への接触を後押ししたように思える」

「『賢者』の暴挙は止められなかったか」

「好きにさせてもらっておきながら、肝心の者を殺すに至らなかった」

「いや、良い。君が戻ってきたのなら、なにも言いはしない。『賢者』は『異端審問会』を利用していた。もうこれ以上、利用されないのならプラスと考えることもできる」

「……『異端審問会』のやり口を認めたわけではない。だが、私の正義は貴様の生き方に沿っていた方が遂行しやすいと考えた。これもひょっとすると、貴様を利用している形になるのやもしれない」

「構わない。君は俺たちを利用し、俺は君を利用する。もうしばらくはその関係を続けよう」

「それで……連合についてはどう出る?」

「これまでのように『異端審問会』の活動ついでに俺たちが個人的な活動を取ることは難しいだろう。しばらくは言う通りにしていよう。こちらには『聖痕』持ちも二人いる。連合はむしろ、『異端審問会』に協力を求めてくるかもしれないな」


「戻ったよ」

 『魔眼収集家』が扉を開き、男へ近付く。


「シンギングリンはどうなった?」

「八割が消し飛んだ。それと『不死人』がエルフの暴動を後押ししつつも、自分たちが危険視していた輩を殺し回っていたよ」

「やはり、な。あそこのギルド長は異界獣を飼っていた。そいつが死ねば、解き放たれた異界獣が相応の方法で甦るのは想像できる。連合どもの頭の悪さでは想像できなかったようだが」

「はははっ、そりゃ奴らに考えるだけの知能は無いからね……いや? 戦うだけの知能はあるのか」

「天秤――『(はか)り知る者』のリブラが甦ったか。できれば甦り切る前に始末しておきたかったが、こっちはこっちで『異端審問会』の本部が動いていてそれどころではなかったな。こっそりとそんな遠くまで足を運べる状況じゃなかった」

「黒騎士もついでに拾ってきたよ。なんかイプロシアにロジックを書き換えられているみたいで、前後の記憶がないらしいから『賢者』がどこに逃げたかも分かんないみたいだけど、それ以上にちょっと拍子抜けかな。もうちょっと戦えると思っていたのに」

「そう言うな。まだ入って間もない。俺が与えた瘴気に自身がまだ馴染んでいないんだろう」


「準備が整いましたよ」

 骸骨のように痩せ細った神官が告げる。

「『聖痕』の神官をこのたび、私たちの管轄下に置かれることとなりました」


 『黒鷹』の紋章を刻まれた黒い外套に包まれた神官が現れる。

「これからよろしく頼む」

 男は言いつつ席を立ち、歩き出す。そんな彼に付いて行くように『人狩り』と『魔眼収集家』、そして部屋の外で待っていた『魂喰い』と痩せ細った神官が続く。


「私の信じる神のために、忠を尽くします。“白のアリス”」

 そう告げた彼女に即座に振り返り、男が剣を投擲する。ただし、剣が突き刺さったのは彼女ではなくその背後に立っていた別の女である。


「なーんだ、バレちゃったか」

「失せろ」

「言われなくても、もう失せる気でいるし。563番目だけじゃなくイプロシアの居所も探れるかなと思ったけど、なーんにも分かっていないんじゃ、探っている意味もないし」

 女の体は水と化して、溶けるようにして消えていく。

「この魔法、結構好きなんだよ。ハゥフルの国に寄ったときに見て、学んじゃった。イプロシアの残滓ほどの自由さはないけど、『もたらされた水圏』の『超越者』よりは使える自信があるわ」

 言うだけ言って、女は完全に水となって消え去った。


「今のは……?」

「……リゾラベート・シンストウ。“魔の女”だ。常に復讐のために動いている。あの言い方だとハゥフルの国で見つけた563番目にも逃げられたようだな」

「逃げられたのですか?」

「死ぬ寸前に意識を飛ばして、別のテッド・ミラーの肉体を奪い取った。563番目だけがそうやって生き続けている。ヘイロン・カスピアーナと同様に、ロジックを持つ者を蝕む寄生虫のような奴らだ」

 男はそこまで言って、きびすを返す。

「しかし、彼女は本気で探す気があるのかどうか、怪しいところだな。ここに『ヘイロン』の寄生虫と仲間だった神官がいたことにも気付かないとは……いや、つまらない話をしてしまったな。少し早足気味に行くとしよう」


 待たせていた者たちの視線を受けつつ、男は冷笑を浮かべながら(おの)が道を歩く。


~~~


1) イプロシアが復活を果たしたその日、木の芽を生やしたエルフが世界中で蜂起し、暴動を起こす。連合国を除いたほぼ全ての国は内乱や内戦に発展したエルフの暴動を止めるべく、軍隊の派遣を決定する。



2) 全国的な暴動は、やがて木の芽を生やしたエルフたちを一致団結させる。以降、『神樹の民』を名乗り、最東端のエルフの森の一部を活動拠点とし、他のエルフと一線を画し、あらゆる国への武力行使を散発的に始める。



3) これに伴い、全国的に軍隊は暴動の終結、内乱の阻止、内戦処理へと回され、国境や前線の警備が手薄となる。板挟みに合っていた連合は動きはしなかったが、各地に『不死人』の確認が取れたために帝国と王国が睨みを利かせている状態であった。



4) 一ヶ月後、突如として狂ったように笑う一人の王国軍が帝国側へと矢を放つ。この一本の矢を皮切りに、帝国軍は王国軍に戦争の意思有りとその場で判断。帝国と王国は領土内での争いを鎮められない泥沼状態のまま開戦することとなる。尚、このときに狂った軍人のロジックを開いたところ、『563』の数字と『ヘイロン』の文字が刻まれていることが判明する。



5) 連合は帝国と王国が戦争状態に移ったことで、長らく侵攻できていなかった連邦へと食指を伸ばす。エネルギー革命により生み出した兵器、及び『不死人』の投入により連邦は敗戦に次ぐ敗戦となり、その領土のほとんどを手放し、多くの小国が潰えることとなる。



6) 王国は領土内に配備していた国王の子供たちを呼び戻し各地の軍隊の指揮権を与える。継承権争いをしていた子供たちだったが、国王からの勅命を拒むことはできず、またその顔に泥を塗るような暗殺や諜報活動を行うことができず、表向きの協力関係を築きながらの帝国への応戦を開始する。



7) 帝国もまた帝王が直々に開戦を宣言。帝都から多くの軍人候補生が誕生し、各地より集められた軍人は隊を成し、王国の侵攻を阻止すべく前線へと送られる。



8) 新王国はクールクース・ワナギルカンの采配により、領土維持のみに集中。侵攻を行わず防衛のみに努める。



9) 開戦に伴い、全国的に冒険者ギルドの休止が決定される。『教会の祝福』による制限を受けている冒険者は軍人になることはできず、個別の依頼ではなく、ギルドからの依頼のみを行っていた冒険者の多くが廃業。唯一、帝国のみが元冒険者だけで構成される『緑角』の軍隊を保有していたため、冒険者を辞めて軍人の道を歩む者もいた。新たな仕事を見つけられない者は路頭に迷い、山賊や海賊、盗賊に身を落とす。

 これを問題視し、王国もまた帝国の『緑角』と同様の元冒険者たちで構成された軍隊を編成する。



10) 激動の一年が過ぎるも、シンギングリンの廃墟化は進み、復興の目途は未だ立っていない。



~~~



*アレウリス・ノ―ルード

 シンギングリンでエルフの暴動及び、『不死人』の侵略を知るも、異界獣の再誕に出くわす。逃走を試みるも、その後の消息は不明。



*アベリア・アナリーゼ 

 シンギングリンでの暴動を知るも一足遅く、アレウスの所在を見失う。街の八割が消えた廃墟でアレウスを懸命に探し続けるが、飲まず喰わずで三日が過ぎた頃、クルタニカに回収される。彼女は最後までアレウスを探し続けると抵抗を続けていたがリスティに気絶させられ、その後はギルドの生存者と合流し、シンギングリンをあとにする。



*ヴェイナード・カタラクシオ

 故郷の村に帰還後、シンギングリンの惨状を知り、急いで旅立ちの準備に入るもののエイミーに止められ、村での生活を余儀なくされる。その後、内戦の余波とエイミーの父親の逝去に伴い村を放棄し、難民として帝国領の街へと受け入れられる。



*ガラハ&スティンガー

 故郷に帰還後、シンギングリンでの事態を知る。世界全土があまりにも危険な状態であるため里長からの留まることを提案され承諾。守り人としての仕事に復帰する。



*クラリェット・ナーツェ

 失意の中、クローロン家へ訪ねている最中にエレスィの伝令によってシンギングリンの崩壊を知る。すぐに森を発とうとするものの、クローロン家にしばらく残ってほしいと言われ、仕方なく滞在するも一週間後、森を出る。シンギングリンから逃げ延びたギルド関係者と合流する。



*リスティーナ・クリスタリア

 クルタニカと共にシンギングリンを脱出。その後、アレウスと離れ離れになってしまって彼を探し続けていたアベリアを回収する。逃げ延びたギルド関係者と共に、一時的であれ活動拠点とできそうな街へと向かう。



*クルタニカ・カルメン

 リスティと共にシンギングリンを脱出。その後、カーネリアンと共に上空から動静を窺うもエルフ勢力が強く、とてもではないが取り返せる状況にはないことを知る。アベリアを回収後は逃げ延びた者たちと近場の街に身を寄せるも、厄介者扱いを受け続けたため、厄介者だけが集ったコミュニティによる村へと移り住む。



*ニィナリィ・テイルズワース

 エルフの暴動による余波は大きく、間もなくして村が崩壊。消息不明。



*カーネリアン・エーデルシュタイン

 シンギングリン崩壊の知らせを聞き、空へ戻ることを延期し、逃げ延びたクルタニカと共に何度かシンギングリンを上空から監視していたが、エルフ勢力を崩す方法が見出せないままシンギングリン奪還作戦は断念。クルタニカと今後について話し合ったのち、空へと帰る。



*ジュリアンとエイラ

 元逃がし屋によってシンギングリンを脱出。リスティのグループと合流したのち、街へと流れる。エイラは両親を喪ったショックにより塞ぎ込む。



*元逃がし屋

 二人をシンギングリンから脱出させたのち、逃げ延びた者たちを帝国や他国の村や街へと逃がす仕事に就く。



*シエラ

 シンギングリンの崩壊、そしてリブラの魔力に呑まれ消息不明。ただし、死亡とされているだけで遺体は見つかっていない。



*ルーファス・アームルダッド

 『魔剣』がアレウスと接触したものの、本人の生死は不明。



*アニマート・ハルモニア

 甦ったのち、廃人化。リブラの魔力に呑まれ消息不明。遺体は見つかっていない。



*『影踏』

 イプロシア・ナーツェとの戦闘後、クリュプトンの呪いを浴びて蘇生不能となり死亡。



*デルハルト・ウェイワルド

 “裏”に全国で指名手配。しかしながら、消息不明。エルフの暴動が起こるよりも以前より彼の愛馬がシンギングリンより姿を消していることが確認されている。



*シンギングリンのギルド長

 全ての冒険者とギルド関係者をシンギングリンから脱出させるために奔走するものの、エルフの勢力に弱まりが見えず、また連合から入り込んでいた不死人の襲撃に遭い死亡。アイリーンとジェーンと契約していたが、死亡により破棄。リブラが再誕する。



*アイリーン&ジェーン

 シンギングリンのギルド長死亡に伴い、契約が解除。人間としての肉体を捨て、『図り通す者』のリブラとして君臨。シンギングリンの八割を吸収し、自身の異界へと消える。



*エルヴァージュ・セルストー

 『異端審問会』との戦闘後、消息不明。元逃がし屋が情報屋を雇いつつ、その居場所を探っている。



*クニア・コロルとカプリース・カプリッチオ

 自国の立て直しのため、やむなくシンギングリンへの助力を諦める。カプリースはクニアの帰国後、自身の魔力を用いて世界各国の動静を探る。



*キングス・ファング

 世界が大戦へと移り行く中、獣人を集結させての活動を活発化。エルフより追われた森の奪取を企む。



*ノクターン・ファング

 父親の命に従い、群れの一部を統率する。シンギングリンから血の匂いを感じ取りはしたものの、無断での遠出をしていたため群れから離れることができないままでいる。事態を群れの一員から聞かされたのち、アレウスの生死ばかりが気掛かりとなっている。



*セレナーデ・ファング

 父親の命に従い、姉の補佐を務める。シンギングリンの動静を気にしつつも、父親の機嫌をこれ以上損ねるわけには行かないため、群れから離れられないままでいる。群れの一員からシンギングリンの崩壊を聞かされ、アベリアがどこにいるのかを気にしている。



*アイシャ・シーイング

 『聖痕』の持ち主と判明し、帝都へと送られる最中に『不死人』の襲撃に遭う。エルヴァージュだけでなくルーファスらの警護も破った『異端審問会』の手に落ちる。



*リゾラベート・シンストウ

 アレウスとシンギングリンで会ったのち、足取り不明。



*563番目のテッド・ミラー

 コロール・ポートでの戦闘後、消息不明。563番目と思われる死体は発見されたが、判別不能。



*連合のシスター

 シェスに接触し、『神樹』を焼き払うようにと焚き付けた張本人。イプロシアの復活後、森から即座に行方をくらませた。


「明日で丁度一年じゃな」

 床に付くほど長い黒髪を揺らし、女は呟く。

「このままでは連合に処刑されてしまうぞ? 都合上、ワラワが見届け人となる。なにか策はあるのかのう?」

 表情には軽い笑みがある。

「異界という地獄を生き抜き、今度は一年、この世で地獄を見た。連合の『不死人』と戦い続け、なんとしてもお主をこちら側に招き入れたい一心だったようじゃが……ただお主が強くなるだけで、連合としてはなんにも得られるものはなかったのう……? 明日、なにもせず死ぬと言うのなら死ね」

 靴で床を叩き、音が響く。

「もはやどこにもない(いただき)を未だ目指すと言うのなら、その可能性をワラワに見せてみよ。“黒のアリス”」

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