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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第7章 -四大血統-】
374/705

平等


 クラリエはクローロン家へ訪問するため一時的にパーティを離脱し、アレウスたちは早々にエルフの森をあとにした。エルフの今後に他種族が干渉するのは良くない。


「カーネリアンはともかく、クニア様はどうして?」

「『ずっと国務ばかりに身を割いていては気が狂いそうになる』と言っていたな」

「そもそも面識があったのか」

「無い」

 カーネリアンが断言する。

「だが、クルタニカが連れて行くと良いことがあると言っていた。まさか、その良いことがエルフが泳げないという点を突くためだとは思ってもいなかったが」

 つまり、アレウスたちが窮地を脱することができたのはクルタニカのおかげということになる。


 クニアとはエルフの森を出たところで別れた。ハゥフルの女王を一人で帰らせるわけにはいかなかったのだが、まさにアレウスがお見送りをすると言い出そうとした瞬間に水で作られたカプリースの分身が現れ、彼女を半ば強引に抱えて去って行った。国務の最中に抜け出したとなれば、さすがのカプリースも拳骨ぐらいは落としそうだ。


「そもそもカーネリアンが地上にいること自体がおかしいだろ」


「私が地上にいるのは不満か? そうかそうか、お前はそんなにも私のことが嫌いだったか」

 嫌いではないが、シンギングリンを一時的に悲惨な目に遭わせた点では、たとえそれがラブラの仕業であったとしても、苦手意識を持ってしまう。

「私はこんなにもお前のことが好きなのに」


「そうやって波風立たせるようなことを言うのはやめてくれ」

 アベリアにジッと見つめられながらアレウスは答える。


 ヴェインとガラハともエルフの森からシンギングリンに帰る最中に別れた。二人とも定期の帰省である。シンギングリンで体を休めるよりも直に向かった方が向こうに着く時間も早い。


「長居はしない。クルタニカと話をしたら、また空に戻る。私にはさほど時間を与えられているわけでもないのだから」

「……ラブラの件か?」

「冒険者ギルドに言われた通りのことを私は言われたままに伝えた。それそのものが、私への罰であったし、真実を闇の中へと葬り去ることもまた私がロジックに刻まれたことだ。だが、それでもラブラ追討のためとはいえ、無断で空から降りた事実は変わらない。エーデルシュタイン家での職務もある。クルタニカに頼まれたからとはいえ、お咎め無しとはいかないだろう」

「大丈夫?」

「心配ない。大半のことは捻じ伏せる。それができなければ、まずお前たちの手助けに行こうなどとは思うまい?」

 アベリアの問いにカプリースは迷いなく答える。


 クルタニカのためなら死ねる。恐らく、カーネリアンはそう思っている。『継承者』と『超越者』の関係性は類似性がある。だったら、イプロシアとシェスの間にもなにか似たような感情があるのだろうか。とはいえ、あんな全能感を漂わせていた者に、もはや人間が抱くような感情があるのかどうかも分からない。そして、そんな危うい存在を逃がしてしまったのは大問題だ。ギルドに報告するにしても、もしかしたら罰が待っているかもしれない。


 煙の臭いが鼻を衝く。


「シンギングリンから、漂っている……?」

 ようやく安心してよく知る街で、よく知る場所で安眠できると思いきや、見えてきたシンギングリンのあちこちでは煙が立ち上っている。

「なんとも嫌な気配を感じる」

「僕が先行して見てくる。アベリアを頼む。できればシンギングリン近郊で待機していてほしい」

 あまり近付いてはいけない気がする。直感を信じ、カーネリアンに伝える。

「頼まれはするが、お前は一人で無事で済むのか?」

「無茶はしない。危険だと分かればすぐに下がる」

 アレウスは土を蹴って、走り出す。内から湧き出る魔力がそうさせるのか、それともアベリアと手を繋いでいたことで貸し与えられた力が充填されたことでなのか、エルフの森に向かったときよりもずっと速く走ることができる。着せられていた鎧を脱いだような、そんな解放感すらある。


 だが、アレウスの心情や肉体の変化とは裏腹に、シンギングリンに近付けば近付くほど事態は(かんば)しくないことを五感で知る。肉の焼ける臭い――特にこれは、人が焼ける臭いだ。血生臭さも混じっている。そして街門は入る前から分かるように、完全に破壊されてしまっている。


「一体どうして」

 左右から強い気配を感知する。同時にアレウスは気配を消して、壊れた街門を潜り抜けて街中の物陰へと身を隠す。


 エルフたちが集結し、なにやら話し合ったのち、散開した。

「全員、木の芽が生えていたな……」

 共通の特徴を発見しつつも、嫌なことを思い出す。


 イプロシアはロジックを書き換えた際に、なにか言っていた。“この場だけではない”と、言っていなかっただろうか。

「あれは、森の中にいるエルフ全てのロジックを書き換えたことだと思っていたけど」

 『神樹』を信仰するエルフたち。イプロシアが植え付けた種が芽吹き、彼女に従う尖兵とするための号令。それがあのとき、ロジックを書き換えた際に行ったことだと判断していたのだが、どうやら違うらしい。

 皮肉にも、クラリエたちが『衣』を燃やして書き換えられた部分を焼き払ったことで、イプロシアのロジックの書き換えが大した影響を与えるものではなかったと思い込んでしまった。

「まさか……森だけじゃないのか? あのとき書き換えたのは……世界、全土……の、エルフのロジックなのか……?!」

 そんなことが、できると言うのか。たった一人で、それも複数のロジックを同時に、あのたった数分で。


 あり得ない。人智を超えているどころか、もはや人ではない。だが、見たものが現実であるのなら受け入れなければならない。


 気配を消したままギルドを目指す。まずはギルド長の指示を仰ぐべきだ。そしてそこで街がどうなっているかも把握することができる。

 木の芽を生やしたエルフたちは様々な魔法を唱えてはいるものの、感知の技能は乏しいのかアレウスを捕捉することはほとんどない。更に人目を避ける道を選べば、ほぼ隠密は可能な状態だ。ただし、エルフが魔力を感知できないわけがないため、泳がされているのかもしれない。だが、泳がされているのならその間に冒険者たちと合流してしまえばいい。手を取り合い、協力すれば街の人々を守ることに繋がる。

 見えてきた建物にアレウスは一足飛びで駆け込んだ。

「シンギングリンでなにが起こって、」

 言葉に詰まる。


 ギルド内部は荒らされ、人の気配がほとんどない。気配を辿っても、そこにあるのは息も絶え絶えの死にかけの冒険者や担当者ばかりだ。どこもかしこも争った跡ばかりがあり、鮮血に満ち溢れ、椅子やテーブルは刃物で傷付けられている。一ヶ所に集められているところから、障害物として利用していたのだろう。


「リスティさんは……リスティさんは、どこに……?」

 自分の担当者も同じような目に遭っているのか。そう思うだけで寒気が走る。アレウスはロビーからギルドの奥へと進み、血溜まりや死体を飛び越えて、ギルド長の部屋の扉に手を掛ける。が、既に扉は打ち破られていた。

 室内は信じられないほどに荒れ果てており、もはや部屋と呼べるのかどうかも怪しい。この建物の中で一番崩落の危機があるのではと思うほどだ。


 血溜まりの中、ギルド長は立ったまま死んでいた。死んでいるかどうかは見れば分かる。

 首が無いのだから。


「ぁ…………あ?」

 なんだこの景色は。本当にここはアレウスの知るシンギングリンか。もしかして悪夢でも見させられているのだろうか。


他愛(たわい)ない。人間とは実に儚く、脆い生き物だ」

 背後から声がした。

「最期まで抵抗の意思を示しておったが、位置の転換、基点の決定。気配の押し付け……どれもこれもテクニカルではあったが、それが戦闘において強く効果的ではなかったな。ロジックを“ノックする”のは面白かった。でも、それまでといったところか」

 振り返りながら短剣を抜き、怒りのままに剣戟を放つ。

「よくも!!」

 貸し与えられた力を解放し、着火しつつ更に背中付近を爆発させ、その勢いのままに無理やり短剣を押し付けながら共に壁を打ち破りながらギルドの外へと出る。


 これだけの勢い、そして怒りに任せてはいたものの炎を宿した短剣で振るった剣戟を声の主は防いでいる上に、その防御を崩せる気がまるでしない。しかも防いでいるのが長く伸びた爪だ。武器でもなんでもなく、肉体に備わっている武器だけで防がれている。

 つまり、この人物はただの人間ではない。

「面白い! 人間ながらに、人ならざる者の気配を漂わせておるではないか!」

 爪を振るわれ、押し飛ばされる。勢いを殺して着地するも、人物は既にアレウスの傍まで距離を詰めている。数歩下がって爪撃を凌ぎ、反撃とばかりに剣戟を二度、三度と繰り出す。

 グンッと体をあり得ないほどに曲げながら剣戟を避け、人物は反撃からの反撃を行い、アレウスの肩に傷を作る。一秒も掛けずに火で焼いて傷口を塞ぎ、更には攻撃を受けたことさえ無視したことでアレウスの短剣はようやく人物の腕を裂く。

「先の争いで消耗し過ぎてしまった。万全であればお主がワラワに傷を付けることなどできんはずだが」

 クニアと同じような口調だが、どう見てもクニアではない。ハゥフルよりも獣人に似ているだろうか。それでも、ノックスやセレナを知っていれば“この女”を獣人と判断することもできない。

 人でもなく、ハゥフルでもなく、獣人でもない。勿論、ガルダやエルフやドワーフでもない。

「シンギングリンになにをした?!」


「始めたのはエルフだ。『神樹』より種を植え付けられたエルフが動き、ワラワたちはそれを後押ししているだけに過ぎない」

 爪撃を短剣で受け止めるも、衝撃を吸収し切れずに後ろに飛ぶ。

「随分と調子に乗っているようだからな、帝国は」

 アレウスが腕に傷付けた青白い肌は血を流すこともなく塞がっていく。血に濡れた爪を舐め、地面に着くほどに伸び切った黒い髪が僅かに揺れる程度に首を動かし、艶やかに女は笑う。

「お灸を据えることも必要じゃろう? 最近の帝国は常軌を逸しているのだから」

「なにを言っている?」

 炎を噴かせながら、アレウスは怒気を発しながら問う。

「帝国がなにをしていようと、人々を襲う理由がどこにあると言うんだ?」

 跳ねて、斜め上から女へと攻撃する。両手の爪を振るって放たれる飛刃をものともせず、火炎の飛刃を放ちながら落ちて行き、接触する瞬間に切り払う。

「お主、ただの人間ではないとは思っておったが、この街を守っていた冒険者の誰よりも強いのではないか? いや、一番に強かったのはそこで死んでおる者だが」

 自身の右手首が切り落とされたことを認識しつつも痛みの声を上げることなく、女は落ちた右手を拾って傷口同士を擦り合わせる。たったそれだけで、女の右手首は繋がり、再生する。

「まさかワラワたちと同じか?」

「ふざけるな!」

「そうだろうな。ワラワたちは『不死者(イモータル)』。お主からはまだ命の輝きが感じられる」

 女は目をあり得ないほどに見開いて、口が裂けるほどに笑って鋭い犬歯を剥き出しにする。

「命をぞんざいに扱えないのは虚しいな、人間。どれだけ強くなろうとも、所詮は人間の範疇を超えられない」

 女の移動速度が上がる。黒髪の流れを読み解けば移動先は予測できるが、爪撃も加速しているため反射神経に頼らないと防ぎ切れない。

「コロール・ポートを襲おうとしたのはお前たちだな?!」

「あれはワラワがやったのではないが、獣人の姫どもに阻まれてしまったな」

「懲りずに今度はシンギングリンを襲おうと言うのか!」

「襲おうとではない、もう襲ったあとだ」

 気配を消しつつ、そして時に放ちつつの移動を繰り返して女の真横に付いたが、全てを読んだ上で放たれた女の爪撃を受けてアレウスは吹っ飛ぶ。

「見渡せば見渡すほどに地獄だろう? ワラワたちは帝国に見せつけなければならなかった。連合国は、いつでもどこでもお前たちの知らない内に領土内へと侵入し、前線でも国境でもない場所からお前たちの大切な拠点を奪えるのだ、と。震え上がれば帝国の動きも鈍ろう。そして、エルフが暴動を起こしたとなれば領土内で起こる内戦の数々を放置することもできはしない。これはどこの国も同じだがな」

 瓦礫を掻き分けてアレウスは起き上がり、ほぼ真上から降ってくる女と、そして爪撃を短剣で防ぐ。

「そして連合がやがて全てを支配する。そう、全てはシスターの導きのままに」

 女は胸の近くで十字を切る。そして爪に祓魔の力が宿る。


 『不死者』が祓魔の術を用いる。似つかわしくない光景に反応が遅れる。


「死ね、とこしえに!」


「なにをしているの!!」

 爪の切っ先はアレウスの喉元で止められる。

「こんな時に、なにを、しているの……!」

 片腕を庇うように歩き、流血しているシエラが怒鳴る。

「ワラワの邪魔立てをするならば、先にお主から殺すぞ?」

「私を殺したってどうにもならないわ! どうせもうすぐ私は死ぬ……! それよりも、こんなところで争っていたら巻き添えになってしまうわよ……!」

「ワラワを乱すつもりか?」

「もう死ぬと分かっている私にとって、あなたたちの争いなんてどうでもいい。でも、死にたくないならさっさとギルドから離れなさい! 離れた場所で決着なんていくらでもつけられる! こんなところで争うべきじゃない!」

 シエラは後ろを振り返る。

「くっ……だから、ギルド長は殺してはいけないと……言ったのに」

 うつ伏せに倒れ、シエラは悔しそうに呟く。


『万物に価値を』

『至上に意味を』

『世界に価値を』

『命に意味を』


『『ここに契機を満了し、これより我らは審判に入る』』


 鐘の音が響く。『不死人』の女が苦しみ、悲鳴を上げる。

「ワラワはこの鐘の音が嫌いじゃ。大嫌いじゃ!」


『『右に、我らと契約せし者の命の重みを』』


「なん……だ?」

 徐々にギルドが崩落を始め、内部から巨大な天秤が露わになる。見上げるほどの――シンギングリンのどんな建物よりも大きな大きな天秤だ。その右の皿が大きく傾き、底を地面に付かせる。


『これより左に、右に乗せた命と等しき命の重みを』

(はかり)を均衡に保つべく、命の裁定を』


「この声は、アイリーンとジェーンか?」

「気付いても手遅れだから……早く逃げなさい。でないと……みんな」


『足りない』

『足りない』

『足りない』

『足りない』


『『命を足す。命を足す。命を足す。命を足す』』


 同じ言葉を何度も何度も何度も何度も唱え続け、やがて左の皿が重みを増したのか、ゆっくりと下がり始める。右の皿も浮き始め、互いの皿が均衡を保つ。


『『成った』』


『秤は全てにおいて平等である』

『平等とは、価値の重さである』


『命の重みとは、世界に対しての価値である』

『世界に必要な価値ほど重い』


『我らと契約せし者の命は重く、深く』

『ゆえに、命の価値を合わせなければならない』


『『シンギングリンに残る命の八割をもって、平等とする』』


 『不死人』の女がアレウスを掴み、疾走する。

「離せ!! シエラさんが!」

「あの者はもう助からん! そして、ワラワたちも助かるか分からん!」

「僕は置いて行けばいいだろう!?」

「面白い人間をこの手で殺せんのは性に合わんのだ!!」


 あまりにも巨大で強い力が爆ぜる。音すら飲み込むほどの強烈な魔力の展開が、アレウスを抱えたまま走る女の背後まで迫ってくる。


「まだ死にとうないぞ! お主だけで走れ!」

 中途で放り出されたアレウスも、『不死人』と争う以前に命の危機を強く感じ、着火した力を全力で引き出しながら街中を駆け抜けていく。


 後ろに迫る魔力は速く、遂には強い光の輝きと共に展開を終える。


 シンギングリンの約八割を真っ白な障壁で飲み込んで、それらは小さく収束して世界から消える。抉られた大地、八割を失ったシンギングリン、そして巨大な天秤は煙のように消えて行った。

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