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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第7章 -四大血統-】
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妥協点

「少し遊びすぎたかしら」

 自身を焼いた火柱を振り払うようにして打ち消し、イプロシアは静かに呟く。

「けれど、このルートで初めての経験をすることになるなんて。まさかガルダがやって来るなんて」

 不意を突くように木の根をカーネリアンの足元から生やすが、全てを見切っているかのように薙刀を振って断ち切る。

「私に小細工が通用すると思ったか?」

 振った薙刀が起こす風は熱を帯び、その熱が高まって発火する。切っても切っても生えてくる木の根はカーネリアンの火を浴びてようやく焼けて魔力を失う。

「これはエルフの問題よ? ガルダが介入したら、報復を受けることになるわ」

 迫るクラリエの攻撃を凌ぎつつ、イプロシアが警告する。

「ガルダの血統、その全てが根絶やしになるかもしれないわね」

「エルフは空を飛べるのか?」

 黒い翼をヒラヒラと動かし、さながら挑発にも似た態度をカーネリアンは取る。

「飛べないなら、そんな脅しは怖くもない。それとも地上のガルダを殺すのか? 別に空に住まうガルダは一枚岩ではない。どこの誰かが死んだとて、エルフに復讐しようなどと声を揃えて侵攻を唱える者たちがいるとでも?」

 イプロシアは指先を動かし、刹那の熱線を放つ。カーネリアンは指が動くよりも先に薙刀を振っており、熱線をその刃の平で受け止めて弾いた。

「子供騙しだな。ガルダにそんなものが通用すると思ったか?」


 カーネリアンがエキナシアのパーツを使って刀を薙刀へと変形させているのなら、『悪酒』の状態にあるということだ。この状態のガルダは特定の範囲を自身の絶対の領域にする。『神樹』による範囲的な魔法の攻撃が行われても、彼女とエキナシアが展開している範囲に限ってのみはそれが通用しない。熱線を受け止めて弾いたのはイプロシアの一挙手一投足に目を向けていただけでなく、そういった魔力的な流れを素早く感知できる状態にあったからだ。


「エルフと戦争する覚悟があるということね?」

「覚悟? 貴様の言う覚悟とは脅しに対する覚悟か? なんとも矮小なことばかりを口にする」

 精鋭のエルフがカーネリアンに押し寄せるが、慈悲もなく薙刀で首を刎ね飛ばす。アレウスは当然のことながら、クリュプトンですら自らエルフを殺すと発言しながらも手を出し切れずにいたが、彼女には迷いがまるで見られなかった。

「そんな簡単に殺すんだ?」

「殺す。救いようがないのに、ずっと貴様の傀儡として生きるのは苦しかろう」

 カーネリアンの登場でイプロシアの注意は完全に彼女へと向いている。だからアレウスはクラリエの位置を確認しつつ、イプロシアとの間合いを瞬時に詰める。


「初めての生存の可能性に、浮かれてしまったのかもしれないわ」

 そう呟き、クラリエを片手で張った障壁で押し止め、アレウスの剣戟ももう一方の手で張った障壁で止める。

「全員を始末することができれば、後顧の憂いもなく私は私の研究に全てを注ぐことができたのに……あなたたちに生きていられると、またどこかで邪魔される。そんな気がして、常に最善を取り続けていたはずなのに……そっか、私にはもう生き延びる以外のルートがないんだ」

 張った障壁が衝撃波に変わり、アレウスとクラリエが吹き飛ばされる。

「全てのエルフを敵に回してでも、私を討つというのね?」

 二人の処理を終えて、イプロシアは真正面から来たカーネリアンの斬撃を両手で張った障壁で押し留める。


「私は、クルタニカのためなら世界の全てを敵に回しても構わない」

 カーネリアンは冷静に答えつつ、薙刀を断続的に振るい続ける。

「あの子が心配していた者に手助けをする。私にそれ以外の大切で重要なことがあると思う?」

 僅かに見せた女らしさとは裏腹に、何者をも寄せ付けないほどの斬撃が続き、遂にイプロシアの障壁が破れる。


 カーネリアンの後方で、再展開を終えたクリュプトンの黒い矢が光る。


「死ね!!」

 放たれた黒い矢に巻き込まれないようにカーネリアンが飛翔する。

「そんな魔力ごときに!」

 自身に迫る黒い矢を複数の障壁を展開して阻む。一枚、二枚、三枚と障壁が次から次へと破れていくが黒い矢の勢いが落ちない。

「私が貫かれる未来など、ありはしない!」

「『逝きて還りて』は使わせないで!!」

 クラリエが叫ぶ。


 だが、クリュプトンには彼女の言っている『逝きて還りて』がなんなのか分からない。そして発動条件も分かっていない。黒い矢はただひたすらに突き進み、イプロシアの胸部へ突き進んでいる。


 横から割って入るようにして現れ出でた『影踏』が腕を伸ばす。その手が矢尻に触れて――触れた箇所から肉が崩れていくが構わず触れ続け、軌道を僅かばかり逸らす。

 そのほんの僅かが、イプロシアの命を奪う軌道から変化した。左胸部ではなく、右腹部を貫き、彼女の体に大きな穴を空ける。

 本来であれば、この程度の軌道の修正をクリュプトンなら行える。彼女の『衣』は対象を追尾するのだ。その様をアレウスは何度だって見ている。だが、この土壇場においてその選択を取らなかったのはクラリエが叫んだからだ。叫んだ言葉の真意も意味も分からないが、クリュプトンはその叫びに込められた彼女の強さを信じた。

「“大いなる癒し”」

 血を吐きながらイプロシアは回復魔法を唱える。だが、穴の空いた腹部の回復はとても遅い。

「…………まったく…………ロゼ家の異端児の魔力は、私ととことん……相性が悪い。ナーツェを殺す。呪術も加えて、高め上げたことで……こんなにも回復が遅い。でも……一番の驚きは、デストラ? あなたが生きていたこと。このルートを一度やり直したけど、私は確かにあなたがゴーシュに殺されるところを見届けた……はずなのに」

 両腕を失い、もはや助かる見込みもない『影踏』に言葉を零す。

「死んだふり……ではなく、空蝉の術……だったかしら? 死んだと思わせて、実は死んでいなかった……ゴーシュにも、その秘術を伝えておけば、良かったのに」

「俺はここで死ぬ。ゴーシュが俺を刺した瞬間に、ここを死に場所と決めた。だから最期は、貴様に大きな痛手を負わせることのできればと、待ち望んでいた」


「ふ、ふふふふ……『逝きて還りて』は、ちょっと色々と条件があって、これじゃ発動できない。殺さない選択肢を取らせた……のは、イタズラに産んでしまった娘のせい、ね。興味が湧いて、長居しすぎた。本当は、すぐにでもここから離れればいいのに……」

 木の根がイプロシアの空いた腹部を補うよう絡み付き、同時に土気色になっていた表情に艶が戻り始める。

「でも、あなたたちは本当に生き残れるのかしら? この神域に、種を植え付けたエルフは未だ集い続けている、神域から起こった火の手は消えず、燃え広がっている。それに、私の開いたロジックがこの場にいる者たちを対象にしていたと思ったら、大間違い」


「“抜けろ、抜けろ、抜けろ。此度(こたび)の水を得るために、走り抜けろ”」

 上空から詠唱が耳に入る。アレウスより先に気付いてイプシロンは空を見上げる。

「まさか……空中に、自分で作った水の塊の中に?!」


「クニア様」

 ここからでは空高くから聞こえる詠唱者の姿は見えないが、イプロシアの言葉でアベリアがボソッと呟いた。

「私の精霊の戯曲にぶつけた、水の精霊の戯曲」


「“どうか、この体を満たしてはくれないか?”」

 詠唱する声は先ほどよりも近付いている。

「“ええ、こんな濡れた体でよいのならお付き合いしますわ”」


「クニア様が水の塊から水の塊へ飛び移って……落ちながら、唱えてる」


「“あなたの肌に触れることができるのなら、命の水すら差しだしましょう”」


 そしてクニアが水飛沫を上げながら神域へと着地する。


「“満たされた水(コリエンテ)()追複曲(カノン)”」

 彼女が着地した地点から水が噴き出し、天高くまで登った水の柱が全方向へと一挙に崩れる。

「安心せよ。特定の魔力を指定しておる。お主たちを流すことはないぞ!」

 ほぼ真上から水流が押し寄せてきたために身構えたが、アレウスたちは水を被ってもなお押し流されることもなく、呼吸もできている。しかし、水流に穴を空けて空へと逃げていくイプロシアはともかくとして、彼女によって種を植え付けられた精鋭のエルフのことごとくは押し流されていく。


「属性はともかく、エルフにとっては一番出会いたくない『超越者』が来てしまったわ」

 忌々しげにイプロシアが言う。そこでアレウスはクラリエと船の上で話した内容を思い出す。


 エルフは泳ぎを知らない。足が着く河川での泳ぎは経験していても、大海のごとき水量の中で泳げる者はほぼいない。ましてや、これほどの水の流れ――津波がごとき水流では、たとえ泳げたところでなんの意味も成さない。


「神域を目指す種を植え付けられた者を一掃するだけでなく、火の手すらもこの精霊の戯曲で消し去る。一挙両得の策略か」

 クリュプトンが『黒衣』を解いて、膝を折る。

「魔力を使い過ぎた……か。いや、ロジックを燃やし過ぎた、のかもしれないな」


「この辺りで手打ちにしましょう。結局、あなたたちを生かしたまま生き残ることになってしまった。もっと、やりようはあったのかもしれないけど……リルートできないんじゃ、どうしようもない。だけど」

 イプロシアの手から伸びた木の根はシェスに巻き付き、引き上げる。

「私の『超越者』は回収させてもらうわ。ジュグリーズの血統じゃないせいで、ちっとも役に立たなかったし、動かなくなってはいるけど……まぁ、その内に私の魔力が馴染んで目を覚ますでしょう。あとは、」

 そこで言葉を切り、彼女は驚きで目を見開き、彼方を見つめる。

「おのれ…………おのれぇえええええ!!」


 絶叫を上げながら、イプロシアへと“巨大な拳”の形をした橙色の魔力の塊が激突する。直前で障壁を張ったようだが、そんなものをものともせずに質量を持った拳の魔力は彼女の全身を打ち抜き、そして打ち飛ばした。

---


「どうだ?」

 土台となっていたガラハがイェネオスに訊ねる。

「……駄目です。渾身の魔力を打ちましたけど、恐らく仕留められていません」

 橙の衣で浮遊を続けつつ、問いに答える。しかし、ほぼ魔力を使い切ったため衣が解けて一気に落下する。

「スティンガーの魔力である程度は補正を掛けたつもりだが、それでもか?」

 ガラハがイェネオスを受け止め、その場に降ろす。

「目測では、補正を掛けてもらっても致命を取るには至りませんでした。跳躍するための土台にもなっていただいたのに申し訳ありません。ですが、これで良かったのかもしれません。殺し切ってはならない。そんな気がしてならなかったので」

 イェネオスはヴェインに頭を下げる。

「あなたにも、目一杯の魔力を込めていただきましたのに」

「いや……当たっただけでも凄いよ。俺も、あれだけ大きな魔力を加速させたのは初めてで、負荷がこれだけ強いことも知ることができたし……無駄じゃなかったはずだよ」

 ヴェインは深呼吸をして、全身を襲う脱力感と戦っている。

「少なくとも、森で迷ってここに戻ってしまったのが悪い結果になることはなかった……と、思いたい」

「森の案内人たるエルフの先導なしでは神域に辿り着くことはほぼ不可能です。仕方がありません。妖精が神域に導かなかったのは私の元へと連れて行きたかったのでしょう」

「そうだね……考えが甘かったよ。それで、ガラハ? アベリアさんの魔力はまだあるんだろう?」

「ああ、スティンガーが掴んでいる」

「だったら……アレウスもクラリエさんも死んでいないはずだ。とにかく、そう思おう。あとは……イェネオスさんは母親を。俺は君の父親の亡骸を整えるから」

「ですが」

「父親と同時に母親を喪う恐怖から逃げてはいけないよ。死に目に会わないことを選べば、きっと後悔する。恐怖に、立ち向かってほしい」

「……分かりました。父のことは、任せます」

 それでは、と言い残してイェネオスは集落で唯一綺麗に残っている建物へと駆け出した。


「病に伏して、助からないのか?」

「違うよ。別に彼女の母親は病に臥せっていたわけじゃない」

「ならば、なぜ?」

「寿命だよ。キトリノスさんが愛したのはヒューマンで、イェネオスはハーフエルフだったんだ。キトリノスさんがエルフの妙薬で寿命を引き延ばし続けていて……ここ二十年は、ずっと寝たきりだった。テラー家が四大血統の誓いで真っ先に森を出る選択をしたのは、結婚してからずっと森の中での暮らしを強い続けていた奥さんに森の外の景色を見せてあげたかったのと、あとはイェネオスさんがキトリノスさんの血を受け継ぎながらも、優しすぎたから。血統とか、エルフ同士の小競り合いだとか、外部との争いならともかく、そんな身内での血生臭いことには関わらせたくなかったんだ」

「……エルフの貴き血統の持ち主が、ヒューマンを選ぶ……か」

「それが愛だよ。って、俺は同じヒューマンの婚約者しか好きになったことがないから、名言っぽく言っても説得力はないけどさ」

「そうでもない」

 ガラハはスティンガーを肩に乗せ、その顔を指で撫でる。

「人と人との関わり合いの形は、世界が身勝手に取り決めたものすらも乗り越える。それを知れただけでも、十分だ」

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