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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第7章 -四大血統-】
370/705

引っ繰り返す

 赤から黒への『衣』の変化は『焦熱状態』を意味する。ロジックを燃やし続け、その燃焼が最高値に達した状態だ。エウカリスの『衣』は色を変えることはなかったが、クリュプトンの『衣』は間違いなく色を変えている。

 暗く、漆黒で、赤黒い。どの表現が合うのかは定かではないが、そのどれもを有している黒色。『赤衣(せきえ)』からの『黒衣(こくえ)』。当然ながら、矢に込められた魔力も黒に染まっている。

「『異端審問会』に所属しているのに、故郷のために戦っていると言うのか……!」

 アレウスが驚愕している最中、矢に込められた漆黒の魔力が発する余波――衝撃波にも近いそれによって、押し飛ばされる。吹き飛ぶほどではないが、バランスを取り続けなければ転んでしまう。体勢を崩しやすい中で、どう戦うか。アレウスは戦い方を変えることを強制的に求められている。

「『星狩り』が、あの人の言っていたように異界獣を穿った力だというのなら」

 その『星』とは、『星座』を意味するに違いない。奇妙なことに異界獣はアレウスの世界の夜空に光る十二星座を模した姿を取る。リオンは獅子座、ピスケスは魚座、ヴァルゴは乙女座、アクエリアスは水瓶座。アレウスが遭遇した異界獣は四匹だが、残り八匹の内、何匹かはアクエリアスのように討伐が完了されている。クリュプトンは恐らく、その内の一匹の討伐に関わったということになる。


 異界獣すら討ち果たす、漆黒の矢。『星狩り』と謳われていた者が持つ必殺の一射。アレウスはそれが今まさに放たれる瞬間に立ち合おうとしている。


「待ってください! その力は、あの大火球にではなく『賢者』に向けて放つべきです!」

 エレスィがクリュプトンに進言する。

「大火球は俺たちがなんとかします! だから『賢者』を――イプロシア・ナーツェを穿ってください!!」

 青い魔力はエレスィの決意を示すように大きく膨れ上がる。


「焦熱状態にも入れていないその身で、どのようにしてあれを防ぐと言うのだ?」

 クリュプトンはエレスィを見ようともせずに訊ねる。

「貴様はまだ『衣』を使いこなせていない。『異端』にあれは荷が重い。ならば私が射抜くのが定め」

「僕がやる」

「やれるようには見えないが?」

 大火球を防ぐのに最善なのはアレウスだ。アレウスとアベリアは魔力で生成される炎には耐性を持っている。たとえ真正面から激突しようとも、燃え尽きることは決してない。だが、受け止める地点が地上であってはならない。あれほどの大火球が地上に到達すれば、辺り一面に炎が燃え移る。熱でクラリエやエレスィにも被害が及ぶ。そのため、落ちてくるまでの中空で受け止めなければならない。尚且つ、受け止めて弾き飛ばすか、打ち破らなければならない。魔力がどのようにして編まれるかは不明だが、イプロシアが魔力に綻びを残しているわけがない。つまり、打ち破るには綻びのないイプロシアの魔力を貫くだけの突撃が必須となる。


 そこまで加味して、アレウスにできるだろうか。最善と同時に最悪の場合も秘めている。それでも、クリュプトンの矢はイプロシアに射掛けるのが一番良いのはエレスィに同意できる。


 着火し、自身の体に炎を纏わせる。

「やる気はあっても、無理そうなら私がやる」

 クリュプトンの呟きを耳にしつつ、アレウスは大火球へと地面を蹴って、炎の爆発力も加えて跳躍する。

 迷いはあっても、これだけ大きければ狙う箇所が乱れることはない。短剣から噴き出す炎が質量を持ち、刃を延伸する。更に中空を蹴るようにして爆発による最大加速により、矢のごとき速度でアレウスは大火球へ刃を突き立てる。

「ぐっ……! なんで、貫け……違う、貫くとか貫かないとかじゃなくて」

 アレウスは己の思考の甘さに震え上がる。


 大火球はいわばガスが一塊になったものと考えていた。だが、違った。“火星”は、表面が炎であれどその『芯』は、巨大な岩塊で出来ていた。


「星は燃えているように見えても、燃えていないよ。ガスで出来ている星もあるけどさ、ここでその星を私は選ばない」

 イプロシアの言う通りだ。星は燃えていない。燃えているのは太陽だけだ。


 しかし、その理論を未だ星辰を信じていたり、星座の仕組みすらも曖昧なこの世界で理解している者はほぼいない。いるとすれば、『産まれ直し』か、彼らの言葉に耳を傾けたことがある者だけだ。

 そう、イプロシアは耳を傾けた者。星の理屈を知っている。炎は偽装でしかなく、本質は岩塊という質量による圧殺だ。そしてアレウスはまんまと釣られた。

 考えてみれば、大火球を阻止しようとしているアレウスをイプロシアが阻もうとしなかった時点で裏があると考えるべきだった。


「……だとしても!!」

 このまま落とさせるわけにはいかない。炎によって焼かれることがないのなら、この岩塊を打ち砕けばいい。幸い、炎の剣身は突き立てられている。あとは全身全霊でこれを振り抜くだけだ。

「足りないでしょ?」

 イプロシアの問い掛けに合わせるように、アレウスの体から魔力が抜けていくのを感じる。アベリアから貸し与えられた力が尽きたのだ。充填はしていたつもりだったが、森人との戦いで消費し過ぎた。エレスィと協力するために自身を守るように炎を展開させていたのも燃費の悪さに拍車を掛けた。

「あなたにその魔法は砕けない。そして、ロゼ家の異端児の矢は私を射抜くことが不可能になる」


 笑わせるな。


 アレウスは心の底からイプロシアに叫ぶ。なぜなら、あの女は勘違いをしている。アレウスの魔力の充填方法はアベリアとの接触だけではない。


 岩塊の表面を焼いていた炎をアレウスが吸収していく。炎が魔法で出来ているのなら、炎という形を成しているのなら、それはアレウスの充填できる魔力の対象となる。これはラブラとの戦いで証明している。アレウスの炎が尽きかけたとき、カーネリアンに与えられた炎で再燃することができた。効率としてはアベリアからの充填以下なのだが、幸いにもここには莫大な魔力によって炎がある。


 腹の底から声を張る。まさに自身にある全ての力を込めて、貫いた箇所から真下に炎の剣を振り切り、手首を捻って、振り上げる。岩塊は縦半分にアレウスの手によって断ち切られ、軌道が逸れて神域の森へと沈む。表面を覆っていた炎の大半はアレウスが吸った。これで一気に炎が燃え広がることもない。


 だが、代償としてアレウスは地面に落ちてから動けなくなってしまった。


「魔力を、吸う? 炎への耐性じゃなくて、火属性の魔法なら吸収してしまうの……? そっか……君は、異界でもそうやって……」

 イプロシアは自身に向けられた圧倒的な魔力に呟くことを中断せざるを得ない。

「どうやら貴様を射抜くことができるようだ」

 既にクリュプトンの矢は最高潮に達している。そして表情からは慈悲は見られない。

「死ね! エルフの始祖よ!!」


 漆黒の矢がクリュプトンの手元から爆ぜるようにして飛ぶ。


「全て、私が与えた。私が与えた運命。その中で大人しくしていればいいのに」

 矢を防ぐように両手を前に向けるが、イプロシアが展開した障壁すら軽く破壊して、漆黒の一撃は彼女の胸部を刺し貫いた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「待ってください! その力は、あの大火球にではなく『賢者』に向けて放つべきです!」

 エレスィがクリュプトンに進言する。

「大火球は俺たちがなんとかします! だから『賢者』を――イプロシア・ナーツェを穿ってください!!」

 青い魔力はエレスィの決意を示すように大きく膨れ上がる。


「焦熱状態にも入れていないその身で、どのようにしてあれを防ぐと言うのだ?」

 クリュプトンはエレスィを見ようともせずに訊ねる。

「貴様はまだ『衣』を使いこなせていない。『異端』にあれは荷が重い。ならば私が射抜くのが定め」

「僕がやる」

「やれるようには見えないが?」

 炎に包まれた岩塊を防ぐのに最善なのはアレウスだ。アレウスとアベリアは魔力で生成される炎には耐性を持っている。たとえ真正面から激突しようとも、燃え尽きることは決してない。だが、受け止める地点が地上であってはならない。あれほどの炎の岩塊が地上に到達すれば、辺り一面に炎が燃え移る。熱でクラリエやエレスィにも被害が及ぶ。そのため、落ちてくるまでの中空で受け止めなければならない。尚且つ、受け止めて弾き飛ばすか、打ち破らなければならない。魔力がどのようにして編まれるかは不明だが、イプロシアが魔力に綻びを残しているわけがない。つまり、打ち破るには綻びのないイプロシアの魔力を貫くだけの突撃が必須となる。


 そこまで加味して、アレウスにできるだろうか。最善と同時に最悪の場合も秘めている。それでも、クリュプトンの矢はイプロシアに射掛けるのが一番良いのはエレスィに同意できる。


 着火し、自身の体に炎を纏わせる。

「やる気はあっても、無理そうなら私がやる」


「いいえ、それはやらせない」

 アレウスが爆発による跳躍を仕掛けた直後、今まで一歩たりとも動いていなかったイプロシアが動いた。そして杖の一振りでアレウスを魔法で生み出した莫大な水によって押し流される。

「……なんだ? なん、だ……?」

 体中の炎が水によって鎮火され、アレウスは地面に這いつくばって動けなくなる。


 だが、なにかがおかしい。なにがおかしいかは分からないが、アレウスの記憶には大火球を断ち切った記憶が、()()()()()()()存在している。なのに炎に包まれた岩塊は未だ頭上高くにあり、自身はイプロシアの水魔法によって貸し与えられた力を損なわれてしまった。


「やはり私がやるしかないようだな」

 クリュプトンは諦観にも似た呟きを発し、漆黒の矢を大火球へと射出する。

 漆黒に満ちた魔力が爆ぜて、大火球と接触。問答無用で一気に貫通し、内部で魔力の爆発を起き、炎に満ちた巨大な岩塊が幾つにも砕け散り、辺り一帯へと落ちていく。


 だが、その認識にも違和感がある。なぜ、自分は火球の芯に岩塊があると分かっていたかのように物事を認識しているのだろうか。


「奥の手が無くなっちゃったね、ロゼ家の異端児?」

 イプロシアは無邪気に笑いつつ、自身が集結させたエルフの精鋭たちを押し退け、飛ぶようにしてクリュプトンに迫る。

「あれだけの魔力だもの。二射目は、無いよね?」

 さながら危険な芽を摘むかのようにイプロシアはクリュプトンの真正面から木の根を放ち、彼女の体を雁字搦めにする。

「そして、自身を守る『衣』も再展開させるには時間が掛かる。残念ね、私を殺せなくて」


「違う」

 アレウスは起き上がれないままイプロシアを睨む。

「矢は確実にあんたを貫いたはずだ……!!」

 それなのに、なぜかそうなっていない。


「一体なにを言っているの? だったら私が生きているわけないでしょ、」

「『逝きて還りて』」

 クリュプトンを拘束することに夢中になっていたイプロシアの背後にクラリエが迫り、短刀を振るう。だが、その『首刈り』はあと一歩のところで成功しなかった。

「お母さんは死んだから、今までをやり直した。そうでしょ?」

「『超越者』はなんとなく違和感を残し、血の繋がりのある娘には記憶が維持されている。新しい発見ね。一時的な物なのか、それとも恒久的な物なのか。それも確かめておきたいところだけど……」

 翻ったイプロシアは数本の矢をクラリエへと射出する。

「記憶が保持されるのなら、始末しておかなきゃならないわ。絶対に!」

 クラリエが右に左にと矢を避けてイプロシアに詰め寄り、ここぞとばかりに『白衣』を展開して白い魔力を乗せた短刀を投擲する。

「無駄!」

 迫る数本の短刀を魔力で上書きし、真下の地面に叩き落としてイプロシアが飛ぶ。そこに先回りしようとクラリエが跳躍しようとするが、急に速度を失って崩れ落ちる。


「やっぱり、血の重みは克服できていない。私の血には血統なんて微塵もないけれど、『勇者』の称号があなたのロジックを無意味に重くさせている。良い意味で枷になってくれて感謝するしかないわ」

 地面に突っ伏す前にクラリエは起き上がり、片足を引きずるようにして歩き出す。

「あなたには血どころか、荷が重すぎる。それでも尚、私に立ち向かうというの?」

 イプロシアは問いかけつつ、なにかを閃いたかのような顔を見せる。

「私の元に来ない? あなたの血の重みを一瞬で解決してあげる。それどころか、あなたを更に高みへと登らせてあげるわ。だけど、今までみたいに冒険者として生きることを捨てることになるけれど」

「神に子供は必要ないんでしょ?」

「そうよ。でも、すぐ神になれるわけでもないから、ほんの少しの時間をあなたに分けてあげると言っているのよ」

「そんなの……絶対に嫌」

 クラリエは倒れているアレウスの傍に行く。

「上を向いて」

 言われるがままにアレウスは精一杯に転がって、仰向けになる。


「あたしは、あたしが決めた道を進む。あなたに与えられた命だけれど、あなたに与えられた道を歩むのは絶対に嫌」

 口調に落ち着きが見られる。ようやく彼女らしい一人称が出てきた。

 左腕を左に伸ばし、右手の短刀が手首に当てられる。

「それに、『勇者』の血も御免だから。私は、ただのハーフのダークエルフとして……ナーツェとしてじゃなくてクラリェットの道を歩む」

 手首を切り、その血が滴り落ちてアレウスの口に入る。

「そのためにあたしはアレウス君に必要な力を、あたしから譲り渡す」


「血から魔力を……吸収……? 炎じゃなく、血で……っ!! いや、あの子は異界で右腕と右目、そして左耳を……!」

 イプロシアが全てを察し、複数の火球を一挙に撃ち出す。アベリアがクラリエの前に立ち、同じく複数の火球を生み出して、それをぶつけることで相殺する。

「なにをしているか分かっているの?! あなたの血を飲めば、その子は」


「あたしの血の中にある『勇者』の称号を、アーティファクトとして取り込む。あたしは血の重みから解放されて、アレウス君は冒険者として必要な力を手に入れる。これほどの一挙両得が他にあると思う? それに、『逝きて還りて』は死なない限り発動しないなら、死んで戻らなきゃあたしたちを先回りして止めることもできない。ううん、もし死んで先回りしようにも、あたしは記憶を保持するから、何度戻ったところで止められない。そうでしょ、お母さん?」

 初めてイプロシアが余裕のない表情を作る。

「やっと、現実を見たね。そうだよ、現実は思い通りにはいかないんだよ。半ばやり直せる分、そんな単純なことさえ忘れていたの?」

 その煽り文句にイプロシアは答えることもなく、ただただ冷たい目でクラリエを睨んでいた。

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