表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
37/705

ギブアンドテイク

 机に置きっ放しにしている手帳を開いて、懐かしむように文章に目を通す。

「『教えを乞うことは弱者が得意とすることだ。弱さを利用して盗める技術はなんでも盗め』、『恥は上塗りされるのだから、一つの失敗にいつまでも拘り続けるよりは次の恥を掻ける大舞台を探した方が良い』」

 あの男は本当に、大層なことばかりを手帳に書き連ねている。

「なんで僕の荷物に、自分の手帳なんて入れたんだろ……偶然か?」

 それでも、ここに書かれていることにはかなり助けてもらった。手帳に書かれているのは主に異界のことばかり。そして、自身の抱負や他人から聞いた大切な言葉を書き留めている。おかげでアレウスもアベリアも異界に関してだけは中級冒険者付近と評価された。


 詰まっている。言葉だけではなく、あの男の経験が。きっと手帳はもっと以前の物もあったはずだ。わざわざ全てを持ち歩いていなかったのは荷物になるからに違いない。


「なら生家か、あの男が暮らしていた街でも分かれば、あとは家を探せば見つけられるのかもな」

 そこに記されていることが気になる。あの男は「俺も同じだ」と言った。アレウスと同じように、転生者だった。だから、知りたいのだ。普通に転生して来た者は一体、どのような暮らしをして、どのような経緯で冒険者になったのかを。戸惑いは無かったのか、異世界を受け入れるのにどれくらい掛かったのか。


 語れないことを語って欲しい。アレウスもまた、語れないでいることを読み、そして吐き出したいのだ。


 共通点があったなら、自身が夢の世界だと思い始めている過去の世界は、確かに存在していたのだと知ることも出来る。そうと分かれば、曖昧になった過去の記憶を辿って、なにかこの世界で役立たせることの出来る知識もあるかも知れない。

 アレウスは椅子に腰掛け、男の手帳を閉じる。

 次に自身の手帳を開き、羽ペンにインクを浸し、出来事を綴る。これがいつか、またどこかの転生者の手元に行き着くことがあるかも知れない。たとえアレウスが死んだとしても、これらの手帳が彼らの明日の糧になってくれるかも知れない。

 そう思えば、この毎日の作業は苦ではなくなった。

「……よし、と」

 一通り書き終えて、アレウスは背伸びをする。それから部屋を出て、リビングで調理を始めているアベリアに声を掛ける。

「今日の昼食は?」

「野菜炒め」

「焦がさないようにな」

「いっつも焦がさないようにしているから」

 だが、いつも焦げた野菜がいくつか散見されるのがアベリアの野菜炒めである。黒焦げの野菜を美味しそうに食べているアベリアを見るたびに言おうとして言えなくなる。だから調理中に言うのだが、やはり今日も黒焦げの野菜は出て来そうだった。

「少し出掛けて来るよ」

「遅くはならない?」

「ならない。ちょっとやっておきたいことがあるから」

「分かった」

 アレウスは借家を出て、ギルドへと足を伸ばす。冒険者ギルドの中を、リスティに勘繰られないように眺めて目的の人物が居ないことを知ると、すぐにその足を酒場の方へと向かわせる。


 麦酒を飲んで、仲間と語り合っている人物を見つけてアレウスは意を決して近付く。


 冒険者が昼間から麦酒を飲んでいることに、苛立ちというものはない。彼らは今日の活動を休みにしているのだろう。冒険者稼業も毎日毎日、続けてはいられないものだ。どこかでガス抜きをする。今日がたまたまそうだった。そして、アレウスにとってはそれが一番都合が良かった。


「ルーファスさん」

 声を掛けるとルーファスは仲間との会話を一旦区切り、麦酒を置いて立ち上がった。

「なにかな、『異端のアリス』」

「その呼び方は、一体どうして……?」

「みんなそう呼んでいる。『異端』の称号を持っているアレウリス・ノールード。だから、『アリス』。合わせて『異端のアリス』だ。その特徴的な黒髪から『黒いアリス』なんて呼ぶ奴も居るようだ。黒髪、白い肌、その二つの特徴だけで君のことだとすぐに分かってしまうからね。それとも、そんな愛称は苦手かな?」

「……目上の冒険者にどう呼ばれようと、初級冒険者の僕には、文句の言いようもありません」

「そう畏まらなくとも良い。私も上級に手が届きそうなところで、未だ届いていない中堅冒険者だ。それに、先の一件では自身のクエストを優先したあまり、君の友人だろうニィナリィ・テイルズワースの救出依頼には名前を貸すことしか出来なかった」

「貸して頂いただけで、ありがたく思っています」

「今日はわざわざお礼を言うために来たのかな?」

「……いえ」

「では、なんだい?」


「剣の指導を、お願いしたいんです」


「……それは私にメリットがあることかな?」

「メリット……」

「この世にはこんな言葉がある。ギブアンドテイク。与えるのなら、同時に貰う物があっても良いじゃないか。そういう意味だと、私は理解しているつもりだよ。それで、私が剣術を与えて、君からはなにが貰える?」


「……なにもありません」

 恥は上塗りされるものだ。あの男の記した言葉を思い出し、この惨めな気持ちは奥の奥に追いやる。

「だって、あなたにとって僕は弱者でしかない。弱者が強者に与えられる物なんて、あるはずがない」


「面白い返答だけど、それだけじゃ私は弟子を取らないよ。誰にでも簡単に『技』を教えるような冒険者はそうは居ない。敵に回られたら困るからね」

「敵?」

「悪行を働く冒険者も少なくはないんだよ。君のテストに割り込んだ、あの神官のような輩が世の中には怖ろしいほど沢山居る。僅かでも気を許せば、あの惨状は繰り返される。ギルドが固定パーティを推奨するのは、そういったイレギュラーがパーティ内部に侵入し意図的に壊滅させられることを防ぐためでもあるんだよ」

 異端審問会。リスティの言っていたことを思い出す。

「もし、ルーファスさんが僕に剣を教えて頂けたら、敵にならないと誓います」

「言葉では幾らでも言える。あとで裏切られるのは嫌だからね。特に『異端のアリス』……君は、かなり注意しなければならない」

「では、なにをもって証明とすれば良いんですか?」


「……ははっ」

 ルーファスは自身が座っていた椅子を蹴飛ばして、それから手でアレウスを挑発する。

「ほら、来てごらん。君の覚悟がどれほどか確かめてあげよう。剣より短剣が得意なのは知っている。そっちで掛かって来い」

 仲間から投げ渡された剣を抜いて、ルーファスは戦闘態勢に移った。

「なんだい、怖いのかい? もっと真正面からぶつかって来るような少年だと思っていたけれど、どうやらそのようじゃないらしい」


「お、なんだなんだ? 喧嘩か?」「冒険者同士の喧嘩なんて珍しいな」「お前、どっちに賭けるよ?」「小僧の方はどうか知らないが、『剣帝』だろ? 敵わねぇよ、あいつには」


「ルーファス様、食事のマナーがなっていませんことよ!」「あー良いから良いから、放っておけ。最近、あいつは腐ってたからな。麦酒を飲むよりも良いガス抜きだ」


 野次馬連中とルーファスの仲間の声がとても耳障りである。

 しかし、不敵な笑みを浮かべているルーファスに言いたいことをそのまま伝えるのは難しい。だから、アレウスは短剣を抜いて独特の足運びで距離を一気に詰める。


「真正面から戦うことを考えたことなんてない」

 姑息に、小ズルく命を守る。それがアレウスの戦い方だ。ルーファスが構える正面ではなく横を狙いに行く。剣にすれば振りにくい位置。だが、アレウスにとっては絶好のチャンスである。

「さすが、異界において中級並みを誇ることはある」

 アレウスはルーファスの左手側を取った。何故なら、剣は右手で握っているために左へ振るには手間が掛かる。正面からならまだしも真横を取られた時点でルーファスに剣を振るという選択肢を与えないつもりだった。


 だが、それは同時に一つの選択肢を強制的に選ばせたということにもなる。アレウスの振った短剣を男は篭手で守っている左手の裏拳で弾いてみせた。


「これだから最低限の防具は外せない」

 ルーファスは以前に見た装備よりもずっと軽装である。だからこそ、隙というものが生まれるのではと期待した。麦酒も飲んで、良い具合に酔っているのだから判断力の欠如だって起こっているだろう、と。しかし、この男は自身が傷付けられる前に短剣を弾いた。


 衝撃でアレウスは短剣ごと後退せざるを得なくなり、折角、詰めた距離が開いてしまった。


 剣ではなく篭手を使う選択。剣を使えないなら自らの拳を使う。当たり前だが、身を守るのだからそれぐらいは身に付ける。むしろ、右手の剣でカバーし切れない方向、そして死角の対策は欠かさず行っているはずだ。


 何故なら、今、この瞬間であっても尚、この男は生き続けているから。ルーファス・アームルダッドとして、冒険を続けて来ているから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ