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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第7章 -四大血統-】
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真の狂人

 大木――森人(もりびと)が枝葉は広く伸びているため、振るわれるだけで広範囲の攻撃となる。燃やそうにも太く高く育った大木を媒介としているため、一点に集中させたところで燃やし、貫くことさえままならない。であれば避けることが最優先となるのだが、複数の森人に囲まれている現状で逃れるのは至難の業となる。一つの足運びが森人の攻撃を受ける要因となる。これまでもそうだったが、当然のごとくミスは許されない。死線を潜るようにしてアレウスはアベリアの腕を掴んで走る。クリュプトンは心配するまでもなく燃える森の中へと姿を消し、エレスィがクラリエを抱えて場を凌ぐ。

「俺に守らせるようなことはさせないでください」

 まず森人の包囲網から逃れられた。即座にエレスィがアレウスの傍まで走り寄り、クラリエを降ろす。

「今の俺は、感情が昂ぶっていて、あまり周りを見ることができません」

「御免……もう少し、待って。もう少し……」


 謝るクラリエを置いて、『青衣』を纏うエレスィは青い魔力を剣に収束させ、暴れ回る森人へ立ち向かっていく。


 『衣』を纏っているエルフとは協力することが困難になる。前にアニマートが言っていたことだ。だが、孤軍奮闘をさせるわけにはいかない。ただし、それは自身の魔力で周囲を巻き込む可能性があるからだ。逆に言えば、その魔力を受けずに戦うことができれば、協力は難しくとも共闘することはできるはずだ。そして、アレウスにはその力がある。エウカリスが戦っているときには見守ることしかできなかったが、今は共に戦えるだけの力をアベリアのおかげで宿している。

「アベリアはクラリエを見ていてくれ」

「うん」

 手を繋いだことで貸し与えられた力は充填されている。

「私たちのことは心配しないで」

 その一言をアベリアから受け取り、アレウスは貸し与えられた力を着火させて駆け出す。


 しかし、「もう少し」とは一体なんなのだろうか。クラリエはアレウスがここに来た時点で強い絶望感に呑まれていた。話すことはできてはいても、未だ戦線復帰はできそうには見えなかった。「もう少し」とは、立ち直るまでの時間がもう少しなのか、それとも「もう少し」でなにか突破口を見出すことができるのか。なんにしても、彼女の言葉を信じて、戦うだけだ。

 とにかく、クラリエはきっと戦えるようになる。別にアレウスはクラリエに多くを求めてはいない。ただ、一緒に戦ってほしいと思っているだけなのだから。


「……私に抗うの?」

 エレスィが森人を一体、青い魔力で断ち切った。その背後に見えた森人の枝葉をアレウスが灼熱の短剣で切り落とす。

「あの街で君を見つけたのは私。試練を与えたのは私。その力を得ることができたのも私のおかげ。君の大半は、私が与えたものでできているのに? 君は他の『産まれ直し』に比べればパッとしないけど、ここまで着実に力を身に付けることができたのは一種の才能。君が強くなるキッカケは、全て異界での経験でできているのに、そうなるように仕組んだ私に、抗うの?」


「あんたが僕に与えたのは絶望だ。生き残ることさえ諦めかける絶望を、与えてきただけだ!」

「でも今日まで生き残り続けてきたじゃない。それは君に才能があったから」

「結果論だろ」

 炎を巧みに操り、アレウスは森人の枝葉を次から次へと切り落とす。これだけ多数の枝葉を手のように使われるわけにはいかないのだ。手数を減らすために文字通り、手となっている枝葉を切り落とし続ける。そうすればエレスィがタイミングを見て森人を断ち切る一閃を放ってくれるはずだ。

「全部、結果でしかない。僕が生き残れるなんて思ってもいなかったクセに、これまでの僕を作り出してきたのが自分自身みたいに言うんじゃない!」

 異界に堕としたのは戯れだ。どうせあのとき、この女性とあのエルフの少年の思考には『試練』という言葉は存在していなかった。ただ、アレウリス・ノールードというヒューマンの少年の命を弄んだだけだ。それなのに、都合良く『試練』などという言葉を使われてはたまったものではない。

 怒りは感覚を鈍らせるというが、むしろアレウスの場合は逆だ。『魔剣』のことが心残りではあるが、怒りがグチャグチャだった感情を取りまとめてくれている。冷静さは欠いているかもしれないが、グチャグチャな感情のままに突っ走るよりはずっと体は動かせている。単調な攻撃にならずに済んでいる。森人を前にしても、しっかりとフェイントを挟み、距離を取り、時と場合を考えての足運びと立ち回り。そしてここでというときの炎の飛刃と灼熱の短剣による一撃。

 これまでの戦いの中で一番、高い。自分自身が高みに登っている感覚がある。積み重ねてきた鍛錬が、精神とともに成熟を果たしている。


「レベルアップ……ガルダとの戦いでも信じられない速度で上がっていたけど、ハゥフルの国ではそれが見られなかった。だから、もうレベルアップは落ち着いたと思ったのに、またここに来て伸びるというの?」

 信じられないというような声が聞こえるが、アレウスは森人との戦いで忙しい。構っている暇はない。


 そう、構っている暇がない。だから森人ではなく、女性が束ねているエルフの精鋭が放った矢がアレウスの肩に刺さる。すぐに引き抜き、傷口は炎で焼き切るようにして回復させたが、動きを止められた。

 森人の枝葉が眼前に迫る。打ち飛ばされる刹那にクリュプトンの赤い矢が枝葉に刺さり、赤い魔力によって爆発四散する。爆風に吹き飛ばされるが、自身の炎を押し飛ばされた方とは逆に爆発させることで衝撃を相殺し、着地する。

「エルフは私が狩る」

 『赤衣』を纏い直したクリュプトンはユラユラと揺れながら矢を弓につがえる。

「貴様たちがエルフを殺せないというのなら、『人狩り』の私が務める」

 そう言って、赤い矢を次々と放ち、精鋭のエルフが魔力の爆発に呑まれて消えていく。

 

「あなたも損な役回りを押し付けられたのに、どうして私に逆らうの? 以前に経験したルートで『影踏』が言っていたけど、テラー家が地位、ジュグリーズが子供を切り捨てたのに対してロゼ家だけは切り捨てるのではなく押し付けられている。本当は嫌なんじゃないの? エルフを、人を殺す役割なんて」

「正義のために行うことが、血濡れの道であったとしても、私は後悔などしない」

 赤い矢が女性に迫る。


「だーかーら、そういうのはもう良いんだって」

 杖を振って、赤い矢が色を失って、女性の魔力を纏い直してクリュプトンへと再射出される。

「役目、役割、使命、仕事。エルフはどいつもこいつも、揃いも揃って自己を出さない馬鹿ばかり。『衣』は溜め込んだ感情の爆発みたいなものだと私は考えているけど、それだけ沢山の思いを溜め込むぐらいなら最初から自分らしく生きればいいのに。規律、戒律、それらに縛られることで強くなれるとでも思っているのかな」

 クリュプトンは自身に返ってくる矢に自身の魔力を再び注ぎ込もうとしていたが女性の魔力がそれを寄せ付けず、間際に迫るまで粘るものの叶わず、真横へ避ける。

「大体、私を殺してどうなるの? 私を殺して本当にいいの? これまでのエルフの発展は、『神樹』を異界から持ち帰ったのは、そしてここまで育ませたのは全て私がいたからなのに」

「だからって、なにをしてもいいわけではないだろう!」

 自らが射掛けた矢の全てが女性の魔力に塗り替えられ、再射出されたことでクリュプトンは断続的な矢の雨に晒されつつも絶妙にそれらを回避していく。

「『神樹』を自らの物とし、エルフの繁栄の裏側で得難い物を得続けるなど!」

「だったら『原初の劫火』は? 『もたらされた水圏』は? 『冷獄の氷』は? どれもこれも異界から持ち帰ったものなのに、得た者が自由に使っている。『継承者』はその理論だと世界のためになることをしなきゃならないよね?」

 戯れに矢の一本がエレスィに向かう。直前で避けはしたが、彼の呼吸が乱れた。森人が迫る中でアレウスが炎を爆発させて加速して森人の枝葉を焼く。


「これほどまで邪悪な木属性の魔法は初めて見ました」

 表情で感謝を伝えながら彼は言う。

「火属性魔法にしたってそうです。イプロシア・ナーツェの扱う魔法はどれもこれも邪悪が過ぎます」

「ちょっと待て……イプロシア・ナーツェ?」

「ええ、あそこで俺たちを殺そうとしているのはイプロシア・ナーツェ。“大いなる『至高』の冒険者”にして『大賢者』です」


 『至高』の冒険者と戦っている。

 だが、それよりも――


「クラリエは……母親と戦わなきゃならないっていうのか!?」

「え……あの方はエウカリス・クローロンでは?」

 相違が生じている。そのせいでクラリエが戦意喪失していた事実が判然としなかった。だが、遂に判明する。

「まさか、彼女――あの方はクラリェット・ナーツェ様なのですか?! では、あの方は目の前で二人の叔父を喪ったことに……!」

 エレスィもまたクラリエに課せられた現実を知り、嘆きの声を上げる。


 クラリエは実の母親と殺し合わなければならないのか。自身が慕っていた叔父すらも喪っている。それらの事実がアレウスを狼狽させる。


 人として持っている当然の道理、道義、道徳の渦に眩暈すら覚える。なのにアレウスは、クラリエが一緒に戦ってくれると期待していた。相違が起こっていたとはいえ、アレウスはなんと心無い言葉をクラリエに向けてしまったのだろうか。


「あんたは! 自分の娘も殺すのか?!」

 そして抱いた感情は当たり前のようにイプロシアに向く。

「……あのねぇ、私は神になるんだよ? 神に、家族の原理が必要になると思う? いらないんだよ、そんなの。私がなりたいのは唯一神。つまりさ、神々ではなくて神。神に家族は必要ないし、神は一人でいいんだよ」

「それはこの世界から異世界に行くことができたらの話だ! あんたはまだ神じゃない!」

「だったらなに? 子供を連れて神になれって言うの? 一人で異世界に行けるかもまだ分からないのに、なんでそんな足手纏いまで連れて行かなきゃならないのよ」


 会話から狂人だと判断してたが、もはやその枠すら飛び越えてしまっている。

 本当に感情も精神も、心でさえも狂っている。


「『至高』の冒険者になったのに、どうして!」

 走り、森人の攻撃をかわして翻り、イプロシアへと駆け出す。

「人々を守るためじゃなかったのか?!」

 エルフの精鋭を炎の爆発によって飛び越えて、肉薄する。


「『勇者』という称号が持つ力が欲しかった。ただそれだけ」

 短剣を振り――切れない。巨大なバネ仕掛けに飛び込んだかのように押し飛ばされた。

「それ以外に、冒険者になりたいって思う?」

 着地した地面が、瞬く間にぬかるむ。足を取られ、抜け出せなくなる。

「というか、なりたい人がいる方が狂っていると私は思うよ。なんで、自分よりも弱い人を守るために――強くなろうともしない人を守るために、怖い思いを、痛い思いを、苦しい思いをしなきゃならないの? あり得ないよね。冒険者は死ぬ覚悟で戦っているのに、弱い人たちはのんびりと、なんとなくそこにある『平和』を享受している」

 アベリアの“沼”の魔法よりも、ずっとずっと深い。

「魔物と戦うのは冒険者、街を守るのも冒険者、街が滅んだら冒険者のせい、魔物に誰かが殺されても冒険者のせい、異界に行くのも冒険者、なにもかも、嫌なこと全部を冒険者に押し付けている。それでどこの国でも軍人は冒険者よりも地位が上みたいな態度を取って、どこまでも横柄。それでなんで冒険者になりたがるの? そして、なんで冒険者はなんにもしないの? 軍人ぐらい、冒険者なら簡単に殺せる。冒険者が一斉に反乱を起こせば、国なんて一瞬で崩れ去る。なのにどうして、そうしないの?」

「それは、」

「綺麗事なんて聞き飽きている」

 沈み切る前に辺り一帯のぬかるみを爆発で弾けさせ、抜け出しつつ追撃として矢の雨を走りながら避ける。クリュプトンの物かと思ったが、彼女は魔力の塗り替えが行われ続けていることから射掛けることをもうやめている。

 だからこの矢はイプロシアが魔力で作り出した矢である。クラリエが魔法で生み出す短刀と理屈は同じだ。ただし、これほど膨大な量の矢を容易く生み出すことは通常は不可能だろう。

「そういう事実を見たら、讃えられることに嫌気が差した。冒険者は飼い主に褒められて喜ぶ。もうさ、ただの奴隷だよ」

「違う!」


「だったら、私の言った全てに反論してみせてよ! アレウリス・ノールード!! 『異端』のアリス!!」

 空高くから強烈な光が差し込む。見上げてみれば、星と見紛うほどに大きな火球が生成されている。

「これは火属性の“火球”を極限まで高めたものだよ。“火星(マーズ)”」


 どこで詠唱をしていたのだろうか。ずっとイプロシアは喋っていたはずだ。

「っ! そうか!」

 イプロシア・ナーツェにとっての詠唱は“話すこと”と“喋ること”なのだ。杖を振るのは形式でしかない。彼女は話した分だけ、喋った分だけ、詠唱を溜め込めるのだ。

「気付いたってどうしようもないでしょ?」

 彼女の言うように、これに気付いたところで阻止することは不可能だ。無力化にするには詠唱をできない状態にする声帯の麻痺という状態異常を起こさせるしかない。だが、『賢者』が魔力抵抗を怠っているわけがない。


「我が矢は流星の如く駆け抜け!」

 クリュプトンの放つ赤い魔力が暗く、深く色付いていく。

「我が矢は星をも穿つ!!」

 赤黒く――真っ黒に瞳も魔力も染め切って、漆黒の輝きを放つ矢が巨大すぎる火球へ稲妻のように奔る。


「星を――異界獣を穿った力を……焦熱状態をここで切るんだ? 勿体無いでしょ、ロゼ家の異端児」

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