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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第7章 -四大血統-】
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反逆

 呆然自失しているクラリエの前でクリュプトンとイプロシアの激しい魔力の競り合いが行われている。赤い魔力はクリュプトンの物だが、そこにはまだ『衣』の力が込められている様子は見られない。しかし、どれほど彼女の魔力が膨大な爆発を起こそうとも、イプロシアはさも当然のようにその爆発する魔力を自身の魔力で飲み込んでしまう。


 クリュプトンがクルタニカの大詠唱を乗りこなして凌いでいたように、イプロシアも魔力による攻撃に反発せずに受け入れることで、自らの体が傷付けられるのを防いでいる。それを両者が揃ってやっているのだから、すぐに勝敗がつく様子はない。


「ハイエルフと思い込みながら生きてきた気分はどうだった?」

「『灰銀』ごときがハイエルフを名乗れるのかと内心、ずっと疑問に思っていた。どうやら、それは当たっていたようだ」

「ええ、私も驚いているわ。通常のエルフに魔力で劣ると言われている『灰銀』が、ここまで私の魔力に耐えられているのだから」

 木の根が這い、矢が弾ける。頂上を見上げるような、それこそ超常の戦いをクラリエは目にしている。そして、そこに加わることのできない己の無力さにも打ちひしがれることとなる。


 なにをすればいいのか、どうすればいいのか。なにもかもが分からない。結局のところ、クラリエという存在は認められていない、望まれてもいない、そして生きていても無意味なのだ。それでどうして、戦えるというのか。

 理由を求めて戦い続ける生き方をしていたクラリエには、もう戦うための理由がないのだ。抗う術がないから呆然としているのではなく、理由を失っているから力が出ない。


「まぁ、神域で生きていたエルフは本当にハイエルフっぽかったのは事実よ。私みたいに三千年を生きるわけではないけれど、本当にそれっぽい姿形をしていたもの。それもこれも、」

「極端に食事量を減らし、極端なまでに運動をせず、極端なまでに節制し続け、魔力を蓄えるだけの生き方を続けていたから」

「分かっているじゃない。長身で細く、そんな修行僧みたいなこともすれば痩せこけて、自然と背丈が高い骨と皮だけのミイラのような容姿になる。それがどこか超人的で、エルフよりも高位であるように周りからは見えた。それがきっと始まりよね」

「始まりなどと言ってはいるが、自分自身の養分にするために作り出しただけだろう」

 くふっ、とイプロシアが笑う。

「そうね。神域で暮らせばより高位の存在になると言い出したのは私。彼らがそれを曲解して、謎の生き方を始めたのは驚きだったけれど、あんな状態でもまだ人として生きていられるんだから、生命力というのは怖ろしいわ。でも、彼らはなんにも疑わないのよ。自身がハイエルフを名乗ることも、自身の同胞がハイエルフを名乗ることさえ疑わない。やつれていなくても、痩せこけていなくても、肉付きが良く、顔の発色が良くとも、神域で産まれたのならハイエルフという種であるはずだと信じる。その信頼が、私にはとても気持ちの悪いものでしかないから、利用させてもらったんだけど」


 爆ぜる矢を打ちのめし、複数の木の根がうねりながらクリュプトンに迫る。


「だからこそ、その生命力と魔力を私は貰い続けて、こうして甦ることができたんだけど。じゃぁ、これについては分かるかしら?」

 凄まじい速度で加速して、クリュプトンは木の根の追跡を逃れ出るとイプロシアに急襲するが、直前に地面から隆起した木の根が彼女の矢を拒む。追撃をしようと試みたクリュプトンだが、唐突にそれらの行動を中断して、着地すると片手で頭を押さえ始める。

「あなたたちがありがたがって聞いていた『森の声』。森の恵みと信じて疑わなかったこれが、一体なにを意味するか」

「……どこまでも小癪な真似をする」

「それは私みたいなのが言うから大物感が出るの。だから、小物のあなたが言ったところで」

 イプロシアを守るように複数人のエルフが集う。

「負ける前の強がりにしか聞こえない」


 神樹を燃やしたのはクリュプトンではなくシェスだ。しかし、イプロシアの元に集ったエルフは誰もが彼女に敵意を剥き出しにしている。見ればその体の必ずどこかには種子が突き刺さり、木の根が血管のように体を張り巡らせている。


「さっきの魔法はシェス・ジュグリーズに唱えたんじゃなくて、種子を植え付けたエルフに向かって唱えたってこと……?」

「ほんっとうに私が産んだ娘なのかしら。理解が遅すぎて疲れるわ」

 そのように冷たくあしらうが、実際、クリュプトンは言葉にはせずとも感覚的に、そして視覚的にイプロシアの元に集ったエルフがどのような状態にあるのかを看破しているらしく、その対処を行うためか種子の植え付けられた部位を狙うように矢を射掛けている。だが、集められたエルフは立ち止まったまま射抜かれることもなく、植え付けられた種子によって得た、恐るべき膂力(りょりょく)でもって飛来する矢を叩き落とし、生じる爆発すらも気にも留めず、獣の如き速度でクリュプトンへと一斉に襲い掛かる。


「この子たちは種子を植え付けたから早く訪れた。けれど、私の魔法はこんなものじゃない。神樹が奏でる『森の声』はまさに私の声に等しい。私が『森の声』に干渉すれば、『森の声』に聞き(ふけ)って生きてきたエルフたちはいずれ全てが、この地に集う。残念ね、ロゼ家の異端児? どのように釈明したって、この子たちはあなたが神樹を燃やしたと信じて疑わない。本当はシェスの使いの者であるゴーシュがやったのに」

 複数人のエルフへの対処に追われるクリュプトンは次第にイプロシアから離れざるを得なくなる。

「ゴーシュは生かさず殺さず、あなたたちが思い描いたハイエルフ像に支配されたエルフたちの集団に潜り込んだ。彼にとっては地獄の日々だったでしょうけど、シェスの使いの者としての使命を抱いていた彼は、こうして神樹を燃やす日を待ち望んでいたわ。ただそれが、私が甦る最終手順になるとまでは思わなかったみたいね。そして――」

 指を鳴らすと、イプロシアの前に一人のエルフが現れ出でる。

「種子を埋め込まれ、私に使役されるとすら考えてはいなかった」


 『影踏』が足止めしていたはずのゴーシュ・ナーツェである。しかし、その首元に埋め込まれた種子から伸び出た木の根が片腕を包み、白目を剥いて意識がどこにあるかも分からない変わり果てた状態で、口を半開きにして小さく唸っている。


「結局、この場所を何度も体験している私が全てを上回る。これがきっと、このルートなんだと思う。こんなに上手く行ったことってないから」

 勝利を確信したイプロシアの瞳が妖しく光る。

「今、この瞬間だけなら、私は“神”にすら勝つことができる!」

 ゴーシュが左手で短刀を抜き、身軽な動きでクラリエへとその凶刃を振るう。


「どれほど(おご)れば気が済むのだ」

 凶刃はクラリエの身を切り裂かず、割って入った者が握る短刀によって制される。

「血の繋がった者すらも、それどころか自らが痛みを堪えて産んだ我が子さえ、その手に掛けると言うのか」

「叔父……さん」

 身を盾にした『影踏』に駆け寄ろうとするも、その体に種子が植え付けられていることに気付き、クラリエは躊躇う。

「気でも狂ったの、デストラ?」

「こっちの台詞だ、姉上」

「『神樹』の種子を植え付けられていながら、意識を保っていられるはずがないのに」

「だから驕りが過ぎると言うのだ、姉上。俺は久しく森へと帰ってはいない。神樹の『森の声』は、森の外までは届かない」

「…………今までのルートでは種子を植え付けた者を集わせることがなかったから、完全に失念していたわ。けれど、デストラ? あなたの自己犠牲が一体なにになると言うの? 現にあなたは弟と殺し合いをしている」

「殺し合い……? ふっ、そうか……殺し合いか」

 笑みを浮かべた『影踏』は素早くゴーシュの首元にある種子を断ち切る。

「無駄よ、そんなことをしたって私の支配からは逃れられない」

 自信満々に言うイプロシアだったが、途端に翻ったゴーシュが投げ付けた短刀が肩を掠めた。

「……抗うと言うの? デストラ! ゴーシュ!!」

 その反発は思ってもみなかったことらしく、イプロシアは激昂する。


「殺し合っていたさ、そう、殺し合っていた。だが、私の使命は身内での殺し合いを含めたその先にあるのだ」

 ゴーシュは言いつつ短刀をデストラの種子に向かって投げ付け、断ち切る。

「私の使命は神樹を燃やすこと、身内で殺し合うこと、そして、貴様を殺すこと」

「見誤っていたわ。デストラは森の外に出ていて、ゴーシュは神樹の信仰を捨てている。どちらも『森の声』は届かない。呼び寄せに応じたように見せかけて、互いに私の植え付けた種子を始末することを考えたのね……けれど、もう一度言うわ」

 大蛇のような木の根が何本も地面を這う。

「あなたたちが身を切るような思いをして、一体なにができるの?」


「『神樹』への反逆だ」

「シェス様をそのようなお姿にしたこと、決して許されることではない」

「反逆だとか、ジュグリーズへの忠義とか、冷めるからやめてくれない? 私には別にこれっぽっちも響かない。驚きもしないし、焦りもしない。何度も言うけれど、あなたたちが歯向かったって私はまだ勝ちの目があると思っているわ。シェス・ジュグリーズを手駒に出来ているんだもの」

「本当にジュグリーズか?」

 『影踏』がイプロシアに問い掛ける。

「なにを言っているの? 彼はシェス・ジュグリーズ。本人もそう言っていたでしょう?」

「一つ言っておこう、姉上」

 ゴーシュが呟く。

「私が仕えているのは、エリュトロン家であってジュグリーズ家ではない。私はエリュトロン家次期当主が、運命から逃れられなかったことに嘆いている」

「……は?」

 疑問符を浮かべるような表情をして、イプロシアが思案する。

「分からないわ。凡人たちの考えることは、分からない」


「人生において、起こり得る全てのことには理由がある。そう父上は仰っていた。俺にはその言葉の意味をずっと考え続けていたが、その答えはどれだけ探しても見つかりはしなかった」

 青い魔力が閃光を起こし、大蛇のようにうねっていた木の根を瞬く間に一振りで断ち切った。

「だが、この場を目の当たりにしてようやく理解した。いや、俺の中にある『衣』が、教えてくれた」


「どうしてあなたが『青衣』を使えるの?! 『青衣』はジュグリーズ家の血統を持つ者しか宿らせることはできない。私が手駒にしたシェス・ジュグリーズにしか!」

 そこまで言って、気付きを得て、イプロシアは天を仰ぐ。

「お初にお目に掛かります、大賢者様。俺の名はエレスィ・エリュトロン……いえ、エレスィ・ジュグリーズ。今はそう名乗らせていただきます」


「赤子を入れ替えていたというのか!! 頭のトチ狂った凡人共め!!」


「姉上? 俺と弟だけが始めるのではない。ナーツェ、ジュグリーズ、ロゼ、そしてテラー。四大血統が、神樹へと反逆を始めるのだ」

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