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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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平穏の陰

「そう言えば、今日はアベリアさんをお連れになられていないのですね」

 珍しいこともあるものだと言いたげな雰囲気を出されてしまい、アレウスは答えざるを得なくなる。

「僕は断腸の思いで教会に来ましたけど、アベリアは無理って一言だったんで」

「教会の祝福を致し方無く受けたアベリアさん、それを神官が嫌いだという理由だけで拒んだアレウスさん。今回はそれの仕返しでしょう。要するに、あなたと同じく教会には来たくないと」

「実際、どんなものなんです。教会って?」


「街や村に必ず一つはあります。婚姻もそうですが、戦争孤児や捨て子を拾って、奉仕の心だけでなくこの世界のモラルを教え込みます。子供が見返りを求めない心で街や村に奉仕を続ければ、それを見た人々が教会に寄付をする。その寄付金や、役場などから支給されるお金と食料で戦争孤児と捨て子の面倒を見る。そうやって純粋に育った子供たちは神官や聖職者となり、教会を継ぐか、冒険者の力となるか」

「孤児院のようなものは?」

「あるところもあれば、ないところもある。当たり前ですが、タダで寝床など得られはしないのです。孤児院だって寄付金があってこそです。貴族や裕福な家庭が、一念発起して孤児院を建て、経営にもその手腕を誇ることもありますが、道楽です。要はそれで自身の地位を明らかにしたいのです。貴族としての自分は、正しい行いをしているのだ、と。だからこそお金が懐に入っても、それは悪いことではないのだ、と。とにかく、孤児院よりも教会頼りなのがほとんどの街の現状でしょう」


「働き口を早期に見つけるらしいですね」


「当然ですよ。浮浪者になってしまえば、誰もお金を貢ぎません。物乞いになればようやくです。身売りなんてもってのほか。早くに気付く子も居れば、気付かず教会の庇護から出てしまう子も居る。要領が良ければ仕事にありつき、悪ければ飢え死ぬ。それは戦争孤児や捨て子に限ったことでは決してありませんよ」

 教会から出てから、リスティは吹いた風でなびく自身の髪を整える。

「ただ、彼らは一般的な人々に比べて成功体験が少ない。採掘業に勤しんでいるのであればご理解頂けると思いますが、成功の喜びを多く勝ち取れない者ほど、卑屈になり、妬み、僻み、歪んで行きます。そうならないように教会側も気を遣ってはいるようですが、子供の間におけるヒエラルキーが生じてしまえば、もうどうしようもありません」


「喧嘩して、傷付き、死んで行く」


「大抵の教会は見て見ぬフリです。しかし、誰がそれを咎められると言うのでしょう? 戦争孤児を、捨て子を一手に引き受け、その面倒を見て、奉仕の心を教え、更には神官や聖職者の道を示す。その過程、子供たちの(いさか)いで野垂れ死ぬ子供が居ても、誰もなにも言えませんよ。『だったらあなたたちが面倒を見れば良い』。そう言われてしまえばそれまでです。決して、教会の方たちはそのようなことを仰らないとしても想像に容易いです。これは私に限ったことではなく誰もが想像することです。だから、なにも言わない。神官や聖職者が子供たちに手を付けたとあれば、また話は別ではありますが」

 それでも居場所の無い、行き場の無い子供たちには負担が大きいだろう。

「施しを考えているのなら、おやめになった方がよろしいですよ?」

 表情を読んで、リスティが忠告をする。


「知っている。ずっと前にも、同じことを言われた。軽い気持ちで物乞いや浮浪者、孤児や捨て子に施しを与えれば、彼らは明日もその施しを受けられると思う。一度切りの施しを受けただけで、傲慢になる。得られる保証も無い施しを求め続け、そしてやがて飢え死にする。奴隷にだって同じことが言える。軽い気持ちで助ければ、お金で買えば奴隷商人は儲かり、更なる奴隷を求めて人さらいを敢行する。犠牲者は増え続けるだけだ」

「その通りです。奴隷商人に関してだけ言えば、元を断たねばなりません。しかし、彼らの情報網は蜘蛛の巣の如く張り巡らされています。下手に問題を起こせば命を狙われてしまう。あなたは『祝福知らず』です。冒険者であっても、死んだらそれまでなのですから、そちらには首を突っ込まない方がよろしいでしょう。それと、『身代わりの人形』はしっかりと持ち歩いて下さい」

「分かりました。もし関わるようなことがあっても、命を賭けられる余裕がある時だけ。そして、そういったことに首を突っ込むのならば、リスティさんに相談をします」

「その通りです。もっと葛藤するかと思っていました」

「だから昔、同じことを言われたんですよ」


 そして今、覚悟を持ってアベリアと共に居る。助けた以上、責任逃れはせず向き合っている。


 それ以上に、彼女と共に生きることが最重要になりつつあるが、アレウスは深く考えないように首を軽く横に振り、息を吸って、そして吐いた。


「暗い話が続きましたけど、『技』の話は参考になりました。ありがとうございます」

「いえ、担当者としての助言です……ああ、それともう一つ助言がありました」

 アレウスはリスティに続きを求めるように視線を送る。

「頑強な僧侶……まぁ、かなり珍しいタイプの僧侶をお探しになっていらっしゃったようですので、それとなくギルドで調べたところ、一人ですがいらっしゃいました」

「本当ですか?」

「まだ固定のパーティは見つかってはいないようですね。後衛主体の僧侶は多く、またその要望も多い。需要と供給が保たれている中に、一人だけ問題児が居るのですから、固定までは行かないといった具合でしょう。ですが、あなたはそんな僧侶が欲しいと仰いましたね?」

「ええ。後衛ではなく中衛と前衛を切り替えて殴れる僧侶が、今のところ必要不可欠です」

「ヴェイナード・カタラクシオ。愛称は『ヴェイン』。まぁ、向こうがこちらの話に乗るようでしたら、三人でのクエストを手配します」

「助かります」

「それでは、アレウスさん。今日はこれで」

「はい。ありがとうございました」

 リスティと別れ、アレウスは街の雑踏へと入る。


「……疲れるんだよなぁ、丁寧な話し方も、あと良い子振る感じも」

 彼女には逆らえない。力の差があると分かったのだから、どんな無茶も力尽くで止められてしまう。だから良い顔をせざるを得ない。

「どうせ今頃、『相変わらずアレウスさんは性格が捻じ曲がっているようですね』とかなんとか言って、見透かされているんだろうな」

 信じているし、信じたい相手である。だからこそリスティもアレウスを信じてくれている。話すべきことは全て話し、彼女はそれを自身の胸の内にしまうだけに留めてくれた。だが、それはそれ、これはこれである。


 なんとかして、早い内に異界の調査に乗り出したいために、良い顔をするアレウス。それを全力で止めて、別のことをまず教え込みたいリスティ。この構図は、互いに腹の内を見せ切ったからこそより一層、表面化しただけであって、それを今更、どうこう言うつもりもない。しかし、妙な緊張感を抱きながら接するために疲れてしまう。懺悔室でのやり取りのように、もう少し声音に感情が乗ってくれれば、アレウスも気を楽にすることが出来るのだが、当面はそれも無さそうだ。


「ヴェイナード・カタラクシオ……か」

 強健な僧侶は求めている。ただし、相性が良いか悪いかということも考えなければならない。心の壁など関係無しに土足で入り込んで来そうな性格の持ち主だったなら、求めていてもパーティには入れられない。あとはアベリアに鼻の下を伸ばすような男であっても、個人的な感情で却下しなければならない。


 仲良くなるのは構わないのだ。ただしそこに、男女の思考を持ち込まれてはたまったものではない。アベリアには、もっと裕福な男に見初められて欲しいのだから。


「ただい……なにやっているんだ?」

 アベリアは逆立ちをしながら、床に置いた本を読んでいた。

「頭に血を巡らせようと思って」

「普段そんなことやらないだろ」


「たまには気分を変えたりもしたいし」

 そこまで行ったところで、ヘソが出ていることに気付き、片手だけで逆立ちを続けながらもう一方の手で捲れた服を掴んでヘソを隠す。

「あと、鍛えてもおきたいし」


「術士に筋力はあまり必要にならないだろ」

「もしもの時、杖で殴らなきゃだし、走る時にも筋力使うから」

「お前はまずスタミナを付けろ。どれだけ筋力を上げても、スタミナが無かったら息切れしてどうしようもないだろ」

 それにしても、片手で逆立ちをしながら本を読み、更にはヘソを隠すために捲れた服を掴む。そんな様子をこうして眺めているのは、変に心の奥底がくすぐられる。ヘソが見えている方がもっとくすぐられていたに違いないので、恥ずかしさで隠してくれて良かったとアレウスは思う。

「その格好だと速読出来ないだろ」

「魔法の本は速読しても頭に入らないし、魔力を束ねるのには向かないから。冒険譚や英雄譚を読む時には便利」

「そのせいで何度ネタバレを喰らったか」

「ネタバレ?」

「本の最後の方の展開をサラリと言うことだよ。僕はその本をまだ読み切っていないのにそんなことをされたら、途端にシラけてしまう」

「もしかして、怒っていたの?」

「怒っていたけど、悪気が無いから怒れなかったんだ」

「今度から気を付ける」


 逆立ちをやめて、アベリアは身だしなみを整える。陽気に包まれた季節だからと、あまり薄着で歩き回られても出掛ける際に困ってしまう。神官の外套を纏ってもらえば心配はいらないが、年がら年中、そんな格好をさせているわけにも行かない。それに気温はこれから益々上昇して行く季節に入る。そうなると、もっと薄着になられかねない。スカートは履かない主義――奴隷の頃の襤褸を思い出すせいで無理らしいが、去年は特になにも問題は無かったが、今年は変にふしだらな格好をしないことを願うばかりだ。


「逆立ちってスカートでしたら、下着が見えるのか?」

「試そうか?」

「試すな。そこは殴ってくれ」

「……そういうのが好み?」

 ソソソッとアベリアがアレウスから離れる。

「そうじゃなく、馬鹿なことを言っているんだからニィナみたいに怒れってことだ」

 冗談で言ったのにそれを本気で実行しようか思案されてはたまらない。そんなことを言った自身が変態みたいではないか。そうアレウスは自身をなじりつつ、ドアノブに手を掛ける。

「そうだ。ニィナの神官についてだけど」

「ついてだけど?」

「リスティさんがちゃんと審査するって言っていた。後輩だけじゃ心配らしい」

「良かった。ニィナもこれでやっと冒険の第一歩を踏み出せそう」

「そういうこと」

 ドアノブを回し、アレウスは自室に入った。

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