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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第7章 -四大血統-】
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使いの者


「どう、イェネオス?」

 ランタンの灯りで周囲を照らしつつ、アベリアは訊ねる。

「……駄目ですね、『森の声』を経由しても父上と連絡を取ることができません」

「それは、森による影響?」

「いいえ、どうにもきゃっ!」

 話の途中で風が唸り声を上げるかのように吹き荒れ、ログハウスが揺れる。イェネオスはたまらず小さな悲鳴を上げた。吹き荒れた風が静まってから彼女は胸を撫で下ろし、悲鳴を上げた恥ずかしさを誤魔化すかのように喉の調子を整えた。

「申し訳ありません」

「ううん、私が無理を言ってログハウスまで来てもらっちゃったから、邸宅に帰れなくなっちゃって」

「私が腑抜けていたせいです。着いてから一安心して、自分のすべきことを忘れてしまっていました。父上への連絡はダムレイが過ぎてからでもいいと思っていたのですが、あなたの言う通り、私たちが無事にエルフの森に退避できていることを早々と伝えていなければならなりませんでした」

 そう自戒しているが、森に入ってからイェネオスはエレスィと、連れてきたエルフたちが一時的に借りるログハウスへの割り振りや、どのようにして食事を行うかといった様々なことに注視していた。それを知った上で彼女を責めることはアベリアにはできない。全て任せてしまったのだから、彼女にのし掛かった負担の量は計り知れないのだから。

「それで、この森がイェネオスの『森の声』を阻んでいるんじゃないんなら、どうしてキトリノスさんとの連絡が取れないの?」

「このダムレイのせいです」

「えっと……どういうこと?」

「割と私たちの間では知られていることなんですが、嵐が訪れている最中は『森の声』に乱れが生じやすいんです。恐らくは私たちの魔力的な繋がりを風の流れが掻き乱すせいだと思われます。それがダムレイほどにもなると、上手く魔力が森の外まで伝えられずにひゃっ!」

 強烈な光の瞬きと共に雷が落ちる。その轟音にまたしてもイェネオスは悲鳴を上げた。

「もしかしてだけど、イェネオスは、」


「そうです、そうですよ! こういう、自然が怒っているような音が嫌いなんです! ダムレイなんて特に駄目です! 悪いですか?!」

 開き直り方が素直なので、そこにとやかく言う理由を見失う。

「隣で寝ているドワーフにでも言いふらしますか?」

「いや、ガラハは寝てないよ。それに隣の部屋にいない」

「え、じゃぁどこに?」

「エレスィさんと一緒に帳簿を調べてもらってる。なんか、どれだけ調べても誰かの手ですり替えられているようには思えないんだって。かなり昔の帳簿まで戻っても、『身代わりの人形』の仕入先もその相手の名前も書かれていないらしくって」

「それは恐らくですけど以前から懇意にしている血統のエルフが関わっているからじゃないでしょうか」

 イェネオスは再度、『森の声』経由によるキトリノスとの連絡を試みるらしく、瞼を閉じる。

「エリュトロン家にとって仕入先として知られれば良くない噂の立つ血統なのかもしれません。いえ……あー、えっと、言い方を変えますと、私たちは血統を重んじるあまり、自身の血統よりも格の上下を気にします。なので、エリュトロン家が格下の血統と懇意であると知られるのはマズいですとか、逆に格上の血統がエリュトロン家と関わりを持っていることを隠したがっているですとか、そんな具合でしょうか」

「うん、エレスィさんも言ってた」

「……その『さん』付けがいまいち聞き慣れないんですけど。私のことは『さん』付けしませんよね?」

 思わぬ部分で彼女の集中を切らしてしまったらしい。

「私のよく知る人の話になるけど、その人には『婚約者』がいるんだけど、その人はあまり口にはしないけど嫉妬心は相応に持っているらしくって」

 イェネオスは真剣な面持ちでこちらを見ている。

「で、女遊びや女に言い寄るような態度は可能な限り避けなきゃならないみたいで」

「当然ですね、婚約者なんですから!」

 話に入ってくる。イェネオスはアベリアが思っていた以上にこういった、恋愛談義が好きなようだ。ガラハがいないと分かったことも相まって、エルフらしい聡明さを示そうともしなくなった。

「だから意識して異性に対して『さん』付けすることで、決して自分の心の懐までは踏み込ませないようにしてるんだって。そして自分自身も、踏み込まないようにしているとか」

「だからそれを真似ていらっしゃるんですか?」

「でないと、イェネオスが気にすると思って」

「わ、わわわ私は別に気にしませんよ、ええ、気になんてしませんとも」

「大丈夫、イェネオスが思うような感情を私はエレスィさんには抱いていないから。そもそも抱くわけないし」

 アベリアの心はもうずっとただ一人に向いている。それは今後も揺らぐことのない感情だ。

「あのヒューマンを慕っているのはどうしてなのですか?」

「アレウスのこと?」

「はい。私からしてみれば、とても危うい人物でしかありません」

「そうかな?」

「彼は瞬時に場の状況を理解し、それを打破する方法を模索して突破する。その思考力の高さは認めます。ヒューマンのクセに――いいえ、この言い方は少々、不遜であるために控えますが、エルフの私よりも頭の回転が早い。私が未熟なだけかもと思いましたが、父上すら黙らせるのであればそれは才能と言えましょう。ですが、求心力については首を捻るしかありません」

「本人も求心力のある魅力的な人だとは思っていないよ。アレウスは、嘘はついても約束は破らないから。それがたとえ、無茶な約束であったとしても、絶対に守る姿勢を崩さないから。そのためなら死ぬ寸前まで諦めない」

「そういうものですか」

 種族の差異に拘らない。作戦も押し付けがましくなく、観念や思想に口出しもしない。ヴェインの社交性とは異なる方法でアレウスは他種族に一目置かれやすい。それはドワーフのガラハやダークエルフのクラリエ、獣人の姫君やハゥフルたちとの交流でも明らかだ。

「むしろヒューマン同士でのやり取りが嫌ってそうなところあるんだけどね」

「知的好奇心から来る敬いの気持ちが同胞に対し薄くなるのは、ままあることです。同胞の醜さを知っていると特に」

 ランタンの灯りが揺れる。部屋の窓は外側から板を釘で打ち付けてあるだけでなく、そもそも夜であるため光源はランタンに頼るしかないのだが、油が少なくなっているのかもしれない。

「油の予備ってある?」

「あるとは思いますが、ここでは火気厳禁です。着火させるなら外で、更には延焼が起こらないように最善の注意を払わなければなりません」

 このランタンは夕方過ぎにイェネオスが持ってきたものだ。アベリアが鞄には予備の油どころかランタンそのものも入っているのだが、外の物よりもエルフの森で管理されている物を使うようにしたせいで、それを取り出すと戒められるのではないかと思ってしまう。

「この嵐の中で火の手が上がると思う? それに、エウカリスが言っていたけどエルフの森の木々は水分を多く含んでいるから滅多なことで燃え上がらないって」

「それには私も同感なのですが、エレスィの許可も無く火を用いて、もしなにかしらの物が燃えた場合、迷惑を掛けてしまうので」

 体裁を保ちたいのではなく、エリュトロン家からの信用を失いたくない。そういった意思が見える。なにせイェネオスに非がある行為があったとなれば、領地に避難しているエルフたちまで追い出されかねないのだ。代表として、今の彼女は制限を掛けられている。

「限りなく無いとは思うんですけど、あったらやっぱり怖いので」

 彼女もランタンの灯り程度でダムレイの真っ只中にあるのに火の手が上がるとは思ってはいないのだ。だが、万が一のことを案じている。

「じゃぁ、“灯り”」

 アベリアは自身の魔力で練った光球を放ち、室内を照らす。

「これなら、ランタンより明るいし怖くないでしょ?」

「別に怖がっては……いいえ、ありがとうございます。ちょっとだけ、気持ちが落ち着きます」

 頼りないランタンの灯りよりはマシだろう。薄暗さの恐怖はアベリアもよく知っている。この光球ならば、眠るまでは安らぎを得ることもできるだろう。


 ただ、この嵐と雷の騒音の中で安心して眠れる気はしない。


「私たちエルフは自然と共に生きる種族ではありますが、時として自然の前には無力なのです」

「自然を操れるわけじゃないから」

「ええ、そうです。私たちは結局、自然という世界の中に間借りさせてもらっているだけなのでしょう。だからこそ、自然を鎮める術がありません。古くから伝わってもいないんです」

 イェネオスは無力さを嘆いている。

「魔法でいくらでもなんとかなりそうだけど」

「それは自然に反してしまいます。私たちは自然を憎んではいませんし、自然を消し去りたいとも思っていません。自然に起こる現象を、私たちの手で身勝手に阻んでしまえば、きっと別のところに強く影響が出てしまいます。そういう風にこの世界はできているんだと、私は思います」


 扉を激しく叩く音がして、イェネオスが小さな悲鳴と共に立ち上がる。


「ガラハ? 風が強そうだから無理して帰ってこなくても……?」

 アベリアの声に対して、返事もせずに扉は尚も激しく叩かれる。

「誰?!」

 そう怒鳴りながら身構えた直後、ドアをこじ開けられて複数人のエルフが室内に侵入する。

「一体なにをするつもりですか?!」

 短剣を抜いて臨戦態勢に移ったイェネオスの後ろに一人が素早く回り込み、彼女の腕をねじり上げる。


「エリュトロン家には悪いが、このヒューマンは我々が預かる」

「ど……うし、て……っ!」

 ねじられる痛みに苦しみながらもイェネオスは抵抗の意思を示す。

「このままエルフの娘の腕を折られたくなければ、我々に付いて来ることだ、ヒューマンの娘」

「……私に、なんの用が?」


「その外套は、ナルシェの物だな?」

 名前を耳にして、アベリアは反応を顔に表さずにはいられない。

「ナルシェの使いの者だろう? 色惚(いろぼ)けて使命を果たさないままに雲隠れしたものと思っていたが、なるほど、ヒューマンを使いとすれば同胞に自身の手の者が入ってきたとは思わせないで済む」

 なにを言っているかはまるで分からないが、アベリアの前でイェネオスの腕がまさに折られそうになっていることは間違いない。

「私、なんにも知らないけど……イェネオスを離してくれるなら、付いて行く」

「我々も乱暴な真似をするつもりはない」

 エルフがイェネオスを床に蹴り飛ばすようにして解放する。

「ただし、ここで起きたことは忘れてもらう。ロジックの抵抗力からして、我々にとってはただの時間稼ぎにしかならないがな」

「やめ、っ!」

 アベリアが叫ぶ。しかしエルフは手を止めず、イェネオスのロジックを開く。


「ナルシェ――ナルシェライラ・レウコンの使いの者よ、道すがらに話してくれ。件の男――『異界渡り』は殺せたのか? それとも、未だ殺す機会を窺っている最中なのか? まさか、恋慕の念ごときに惑わされて、殺すことを諦めたなどとは言わないだろうな?」

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