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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第7章 -四大血統-】
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不安の原因はどこにある?


「エルフの手先が器用なのは魔力の扱いの器用さに由来する」

 キトリノスがクリスナイフを振るいながらアレウスに語る。

「万物共通なわけではないが、魔力の繊細な消費の概念は、物作りの集中力に似通ったところがある。そして弓術を用いた的当ても同様だ。引き絞る腕の力、構えの維持、射るときの角度、距離、風向き、直射させるか曲射させるか。小物や織物を作るだけでは手先が器用になるだけだが、弓矢は肉体の鍛錬にもなる」

 避けて反撃するが、キトリノスは極めて素早い動作でクリスナイフを引き戻し、アレウスの短剣を受け止める。

「そのせいで、エルフは近距離での戦闘方法をあまり知らない。いや、知っている連中もいるが、そんなのはごく一部に限られる。そのごく一部ってのも、本当の本当にごく一部だ。大抵は弓や魔法で殺せば済むことだと考えている。だが、一応は近付かれても対処できるように弓矢での応戦、短剣を所持している」

 これだけ話しているというのにキトリノスには隙の一つも見出せない。『盗歩』を試みたが、アレウスの接近は勘付かれてしまった。勘付かれないための『盗歩』なのだが、こうなってしまうとアレウスには下がる以外の選択肢がない。

「だから弓矢を持っていないエルフ――いや、ダークエルフか。見たときに、私は思ったよ。この子は、普通じゃない、と」

 クリスナイフを短剣で受け止めはしたが、込められた力が強すぎてアレウス諸共、弾き飛ばされてしまう。


「どこが普通じゃないように見えるんですか?」

 尻餅をついているアレウスにクリスナイフの切っ先を向けて、勝ちを示すキトリノスに問う。

「まず、纏っている雰囲気が異なる。並みのダークエルフでも、もう少しは魔力が残されているはずだが、あの子はかなり絞られている。だが、凄まじい呪いを浴びているおかげで呪術による肉体への負荷はほぼゼロに近い。合わせて、唱えられる魔法が『金』の属性、しかも単純なものが一つだけ。エルフの森で生きてきて、それはまずあり得ない。最後に、気配消し。私たちは認識阻害の魔法で気配を紛らわせるが、あの子は気配を押し殺す技能を習得している」

 キトリノスがクリスナイフを鞘に納めるのを見てからアレウスは立ち上がる。

「これらから、彼女はエウカリス・クローロンではなく、私が言ったごく一部と関わりを持っていた人物だろうと推測する」

「ですが、それららは全て推測に過ぎません」

「デストラ・ナーツェ」

 不意に出て来た人名に息を飲みはしたが、心当たりはない。いや、正確には『ナーツェ』の部分には心当たりはあるのだが、その人物をアレウスは知らない。

「どなたですか?」

「違ったか……かなり近いと思ったのだが」

 キトリノスはアテが外れたとばかりに呟く。

「どうにも短剣の振りがぎこちない。もう一本の短剣をどうして使わなかった?」

「手に取る余裕がなかったので」

「恐らくだが、一本の短剣を用いていた期間が長いせいで、立ち回りが一本の短剣を前提としたものになっている。二本用いるのなら、二本での立ち回りを学ぶべきだ」

「と言われましても」

「逆手は試したか?」

「……逆手?」

「順手で握るのではなく逆手で握る。振り方が変わってしまうが、同時に軌道も変わる。特にアレウリスの剣筋を知っている者ほど、慣れていない軌道に合わせられなくなるだろう」

「別に身内で切り合うつもりはないんですけど」

 鍛錬のために組み合うことはあるかもしれないが、そこでの勝ち負けがパーティ内での優劣に繋がるわけではない。単純に味方に強くなったとしても、敵に勝てなければどうしようもない。

「裏切り者を始末することは?」

「あり得ないですよ」

「常に身内を疑うこともないわけか」

「はい」

「……エルフとは考え方が違うな」

 アレウスは短剣を納めて、歩き出したキトリノスのあとを付いて行く。

「常にエルフは自身以外を疑う監視社会を形成している。それが秘匿主義にも繋がるわけだが、もしも相手が自身を裏切った際には躊躇の無い選択を取ることさえある。裏切りさえしなければ、平穏に過ごせるものだが」

「長く生き続けるせいで、難しい」

「その通りだ。長命な分、心変わりをする機会も多い。かと言って、短く生きようなどと思ったこともないが」


 風は段々と強くなってきてはいるが、ダムレイが本格化するのは今日の夕方過ぎだろうとキトリノスが見通しを立てた。せめて昼頃に訪れるのであれば、それこそ今日中には過ぎてくれそうだが、夕方過ぎとなれば日を跨ぐことはほぼ確定で、深夜にも気を抜かず過ごさなければならない。エルフの建築物がどれほどの強度で持ちこたえられるかは不明なため、素直にただただ建物内で引きこもっていればいいわけでもない。


「イェネオスさんは無事にエルフの森へ入れたと思いますか?」

 ここを出立して既に二日経った。アレウスはイェネオスではなくアベリアの心配をしているわけだが、キトリノスに聞くのだから彼の娘を心配する素振りを見せなければならない。

「『森の声』で連絡をしてきてはいないが、エルフの森に入った者たちが誰一人として戻ってきていないのなら、受け入れられたと考えていい。森のエルフが拒否したなら、その拒否を伝えるために何人かのエルフを殺して死体を寄越してくるはずだ」

「それほど野蛮なんですか?」

「彼らのすることなど、私はよく知っている。森のエルフは外の常識を知らなすぎる。叡智を極めたと思い込んでいる割には、外の情報を切り離している。エルフには叡智と無智の両方が備わってしまっている」

 エルフという存在は、クラリエ以上に聡明で森の中で静かに暮らし、妖精や精霊と戯れて生活している。そのようにアレウスは勝手に思い込んでいた。いや、そのように思い込まされていた。なにせどんな本にもエルフは魅力的に描かれている。実際、容姿は男性女性の両方ともに魅力的であることは間違いない。もしかすると、その容姿端麗さが逆にエルフの生活すらも優美で耽美なものと決め付ける要因になっているのではないだろうか。

 ヒューマンから見たエルフは魅力的で、エルフたちも自身の生き方を素晴らしいものと信じて疑わない。そうなると本に書かれることには真実は少なくなり、妄想や思い込みによって偏り、歪んだイメージが完成する。そしてその本を人々が買えば、偏ったイメージを持ったままに自らの知識として落とし込まれてしまう。

「森を頼るのは不服ですか?」

「そんなことはない。最後に頼るべくは自身が産まれ育った故郷というものだ。だが、そこに居続けたいとは思わない。外に出たからこそ、より一層にそう思う」

 故郷というものがどんなものなのかは知らないが、陰湿な風習の残る村から大都市へと出たいと憧れる気持ちだろうか。或いはアイシャのように自身の村から出て、外で知見を得ようと思う前向きな感情か。どっちにしてもアレウスには縁遠い感情だ。

「言っておくが、私がお前の腕前を見たのは指導をしたいわけではなく、いざという時に足手纏いになるかならないかを見るためだ」

「でしょうね」

「お前は右腕の筋力に頼りすぎている」

「駄目でしょうか?」

「駄目ではないが、体のバランスの問題だ。右に注力するあまり、体の左側への力の入れ方が弱い。肝心なところで踏ん張れない。もし踏ん張れたとしても、バランスを崩す。それでは追撃を防ぎ切れない」

 キトリノス自身にその気はないのかもしれないが、前置きをする割にはアレウスにとって有益となる指導をしてくれている。ヒューマンを無意識に下に見ているために気付いていないのかもしれない。


「やぁ、そっちはどうだった?」

 ダムレイが来ても倒壊しないと思われる建物の前でヴェインと落ち合う。

「特に変わりはなかった」

「キトリノスさんと一緒だったようだけど、なにもされなかったかい?」

「余った時間で短剣の指導……じゃなくて、腕試しをされた。全然、歯が立たなかった」

「通りで俺の方が先に着いているわけだ。こっちも変わりはなかったよ。風が強くなってきているから、もうそろそろ取れる対策も限られてくるよ。馬は一部以外は逃がす方向でよろしいんですか?」

 質問をキトリノスに向ける。

「自然の脅威を前にして、馬をずっと縛り続けることはできない。厩舎が頑丈ならまだ良かったが、倒壊して命を落とすようなことは避けたい」

「分かりました。馬の選別はキトリノスさんに任せなければならないので、昼休憩ののちに手伝わせてもらいます」

「よろしく頼む」

 ヴェインとキトリノスが建物へと入っていく。


「相変わらず、打ち解けるのが早いな……」

 お互いに利用しなければならない状況とはいえ、どうすればあのように妥協して馴れ合うことができるのか。

「ヴェイン君がいなかったら、あたしたち結構、絶望していたんじゃない?」

 クラリエが気配消しを解いて、アレウスの前に現れつつ当然の事実を突き付ける。

「社交性があることって意外と大事なんだよねぇ……」

「エウカリスもある方だと僕は思っているけど」

「あたしは人懐っこいだけだから。うん? いや、人見知りなだけ、かな? どっちだろ」

 どっちでもあるのだろうが、少なくともアレウスには人懐っこさがないのでエウカリスの方が社交性に富んでいると言える。

「そっちの巡回はどうだった?」

「今のところ黒騎士の形跡は無し。あの瘴気にやられた地面も周辺で増えている様子もなかったよ。あとは、ダムレイを乗り越えられるか否かだね」

「僕はあんまりダムレイのことをよく知ってはいないんだけど、どれくらい大変なんだ?」

「シンギングリンはダムレイが来ても、勢力が弱いからねぇ。この風の感じだとここに来るのは相当の大きな勢力だよ。あと街の建物ならほとんどは凌げるだろうけど、この集落の建物の感じだとやっぱり、この建物以外はかなり危うい感じがするかな」

 アレウスとクラリエの扱いをどうするか、そしてイェネオスが森へ行くための話し合いをしたこの建物はいわゆるエルフの集会所だ。重要施設として捉えている分、頑丈にしてあるのは見て分かる。

「場合によっては木材が吹き飛んで、壁にぶつかって壊してくるかもしれない」

「そんな風に舞い上げられるのか」

「馬を逃がすのは集会所に入り切らないからと、一部の馬を残すのは過ぎ去ったあとにともかくもどこかへと助けを呼べる状態にしておきたいから。あと、黒騎士に脅かされていない残った備蓄であたしたちは乗り切らなきゃならない」

 一つ一つ、すべきこと、耐え忍ぶべきことを確認するようにクラリエは言いつつ、やや不安げに空を見る。

「御免ね、本当はさっきすぐに顔を出せる状態だったんだけど」

「キトリノスさんと話しているときか?」

「うん。なんだか怖くなっちゃって、出るのをやめちゃった」

 クラリエは隠れ切れていると信じているようだが、『盗歩』も看破したキトリノスが彼女の気配消しまで見抜けないとは思えない。そうなると、追求の手を止めたのはわざとということになる。

「いまいち、掴めないんだよ。あの人が僕たちになにを伝えたいのか」

「そもそも伝えたいことがあるのかも分かんないんだよねぇ」

「エルフの秘匿主義のせいなのか、感覚で分かってほしいと思っているのか」

「なんにしても、今日はキトリノスさんの奥さんも集会所に運び入れなきゃならないから」

「一体、どんな人なんだろうな」

「さぁ? あたしたちが気にしても仕方がないんじゃないかな? だって、病床に臥せっている人にはあんまり不安になるようなことを教えることなんてできないし」


 キトリノスは自身の妻に黒騎士のことも、そしてアレウスやエウカリスのことも黙っている。暗にそう言いたいのだろうか。しかし、ここまで大事(おおごと)になっているのだから、エルフならば気付かないはずがない。ましてや『森の声』を経由してしまえば病床に臥せっていても、状況は入ってくるはずだ。


「アベリアちゃんが上手く行っているなら、ダムレイをやり過ごしたあとにこっちに連絡が来るはずだよね?」

「イェネオスさんが忘れていなければ、な。アベリアは多分、エルフの森の中では碌に身動きが取れないはずだ。エルフの彼女が橋渡しになってくれていることを願うしかない」

 そしてそれはキトリノスが望んでいることでもあるはずだ。あれほど生真面目な彼女が父親の願いを無碍にするわけもない。


「……なんだろうな、落ち着かないんだよねぇ」

「不安なのか?」

「不安なんていつものことなんだけど……さ。ほら、冒険者なんだからいっつも旅先は危険が一杯で、不安なことが沢山あるものだって自分に言い聞かせてきていたのに……今回ばっかりはヴォーパルバニーに出会ったとき以上に、不安」

 エルフと接することの不安は訪れた最初期から抱えているはずだが、そこに加えて今の彼女は直感的ななにかによって不安を高めている。それも顔に出してしまうくらいに不安を募らせている。

「とても良くないことが起こる気がする……いやいや、駄目だな、こんなこと言って。違うんだよ、こういうこと言いたいんじゃなくて……なんとかなるはず、って言いたかったのに、な……」

 呟くように感情を吐露し、クラリエは無理やり盛り上げようとした気持ちを再び落としていく。

「なるようになる。僕からはそう言うことしかできない」

 励ましたって、慰めたって、現状打破にはなりはしない。そしてアレウスは彼女の不安を拭う方法を知らない。だから、掛ける言葉に優しさを込めない。


 しかし、ずっとそこに留まらせているわけにもいかない。うつむいているクラリエの手を引き、アレウスは彼女を集会所へと導いた。

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