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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第7章 -四大血統-】
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誘い出し

 黒騎士の剣戟は一つ一つが重いのだが、動作はとても軽い。アレウスの短剣術に平気で付いて来るだけでなく、隙を突こうと立ち回っても真横も真後ろも取ることができない。アレウスが後退し、アベリアが唱えた火球を一つ二つと剣で叩き落とし、生じる爆風によって土煙が上がろうとも自らの剣から噴出する瘴気で一掃する。そこまですれば隙の一つでも出来るだろうと安直に飛び込んだアレウスに、そういった一切の甘えを許さない剣の薙ぎ払いが襲いかかる。寸前で後ろ跳びをしたが服の腹部分が横一文字に裂かれてしまった。もっと踏み込んでいたならば鎖帷子すらも断ち切られ、内臓にまで至っていただろう。

「風の魔法が使えない」

 下がるアレウスとは逆に前線に出るヴェインが擦れ違い様に言って、鉄棍で黒騎士に殴り掛かる。振りは強いが、隙は最小限に。それを徹底しているためか黒騎士はアレウスの短剣以上にヴェインの鉄棍による攻撃を嫌がっているように見える。

「酸素供給の魔法は瘴気が満ちる前に唱えてくれたから」

 アベリアがそう呟きつつ、移動しながら複数の火球を黒騎士へと放つ。初級、そして低難度の魔法であれば彼女の詠唱はかなり短縮されていることが分かる。ただし、短縮した分だけ注ぎ込める魔力量は減るため、威力は下がってしまう。だとしても黒騎士は断続的に降り注ぐ火球を無視することはできない。ヴェインの棍術に慣れ、強烈な反撃に見舞われようとしたヴェインが火球によって後退を許され、黒騎士は追い打ちを諦めて、全ての火球を剣と篭手で叩き落とす。生じる爆発にすら驚かず、バランスを崩すこともなく、ただ剣の一振りでなにもかもを捻じ伏せるかのように土煙を払い飛ばす。


「左右!」

「分かった!」


 アレウスは左から、ヴェインは右から。そういった軌道を描きながら走り、黒騎士へとほぼ同時に剣戟と打撃を繰り出す。


 短剣を篭手で防ぎ、鉄棍は剣で防ぐ。

「わざわざ逆を突いたんだぞ?!」

 驚かずにはいられない。黒騎士は右手で剣を振る、いわゆる右利きだ。だからこそアレウスは左から、黒騎士の右側へと迫った。これで黒騎士はアレウスの短剣を右に握る剣で防ぐ。そうなるとヴェインの鉄棍は左の篭手で防ぐことになる。剣戟、斬撃に鎧が強くとも純粋な叩き付け――打撃の衝撃は鎧を通る。加えてヴェインは両手で強く振り下ろしていた。彼の筋力も加味するなら、ただ篭手で防げば骨にまで影響が出るはずだった。

 だが、黒騎士は右腕を左に、左腕を右に動かして――自身の前方で腕をクロスさせるようにしてアレウスとヴェインの攻撃を最善の方法で防いだのだ。

「落ち着くんだ、アレウス! 最善じゃない!」


 黒騎士にとって腕をクロスさせる行為は決して最善ではない。そのような防御を取ってしまえば、ただ防ぐだけでも腕力に強い負担がかかる。ましてや鉄棍による一撃を、そんな形で剣で防いだとしても手首を痛める。


 力任せに、更に瘴気を交えてアレウスとヴェインと吹き飛ばす。恐らくだがヴェインの酸素供給の魔法がなければ今の瘴気による反撃だけで死んでいるのだろう。

「もう一度!」

「任せてくれ」

 再び攪乱するようにアレウスとヴェインは黒騎士の周囲を動き回り、相手の剣戟を見極めながら避け、調子を整えつつ同時に攻める。先ほどと同じようにアレウスが左側、ヴェインが右側からの突撃である。


 黒騎士は二人の攻撃のタイミングに合わせて(ひるがえ)り、再びアレウスの短剣を篭手で、ヴェインの鉄棍を剣で受け止めた。

「アベリアが正面に立っているのに背中を向けたのか?!」

 敵に背を向けるという判断はアレウスには思い付かない。


 腕をクロスして防ぐのではなく、対面するのではなく翻ることによって逆位置が正位置となってしまった。これにより左からのアレウスの剣戟はそのまま左の篭手で、右からのヴェインの打撃を右の剣で、今度は最善の状態で防がれてしまった。


「“魔炎の弓箭”」


 背中を向けた黒騎士にアベリアの炎の矢が迫る。

 アレウスの視界が揺らぐ。短剣を防いだあとにアレウスの腕まで手を滑らせて掴み、炎の矢の盾にしたのだ。

「だけど」

 超越者としてアベリアから力を貸し与えられているアレウスは火属性の魔法に耐性がある。ましてやアベリアから貸し与えられた力なのだから、炎の矢で貫かれたところで焼かれもしないし傷付くことさえない。

『分かっていて防いだに決まっているだろう』

 剣を振ってヴェインを弾き飛ばし、黒騎士がアレウスを地面に押し付ける。

『君でなければ防いだところで貫通されてはたまらないからな』

 ここまでの戦闘では、全てにおいて黒騎士の方が上回っている。単調な攻撃をしているわけではない。歩調、足運び、ヴェインとの連携、そのどれもにおいて手は抜いていない。同時に攻撃するタイミングさえ、これまでで一番の出来だった。なのに隙を突けないどころか、不利になってしまっている。

『魔法を撃つか?』

 アレウスを押さえたまま、黒騎士は身構えているアベリアに問い掛ける。

『君の魔法は精霊に愛されてはいるが、継承者として目覚めてからは『火』が伴う。その『火』については、どれもこれも超越者側を盾にしてしまえば済むことだ』

 なまじ火属性魔法に耐性を持ってしまったがゆえに、アベリアの魔法においてアレウスが絶対の障壁になってしまっている。押し付けられているこの体勢から、黒騎士は軽くアレウスを持ち上げてアベリアの魔法の盾にする。それぐらいは造作もないことだと、ここまでの戦いで理解させられている。


「“火よ(ファイア)”」

 黒騎士の足元から火が巻き起こる。

『そんな初歩中の初歩の魔法で私を焼き払えるとでも?』

 燃え上がる火柱の中で黒騎士はアレウスを押し付けたまま微動だにしない。


 アベリアが転がっていた石を拾って投げる。

「そんなもの、」

「“疾走させよ(アドバンス)”」

 投げた石が中空で角度を変えて加速し、一直線に黒騎士の左肩の鎧に直撃した。火柱は弾け、黒騎士は衝撃で後退し、アレウスは拘束から逃れて低い体勢を取る。

「必要だったのは瘴気の隙間だったから」

 アベリアは更に動き回りながら石を一つ、二つ、三つと投げる。

「火柱に瘴気が巻き込まれて、空気の入る余地が出来た。だから、石を加速させた」

 中空で同様に角度を変え、加速し、黒騎士へと直進する。直撃を逃れるために黒騎士が大きく大きく距離を取って走り、石を全て避けるが左肩の痛みに呻いたような声を発する。石が直撃したことで左肩から先がほぼほぼ動かせていないように見える。

『奇策かと思えば、最善手。瘴気の中では風の魔法が使えないという私の固定観念を貫かれた。だったら、私が君を押さえ込んだ時点である程度の考える余地を……二人の連携を残していたのか』

 過大な評価だ。押さえられた時点でアレウスは状況を不利と判断していた。だが、それを覆したのは仲間だった。それもアレウスの考えも知らない方法で不利を有利に引っ繰り返した。つまり、アレウスの考える策略を仲間の連携が追い越したのだ。


 黒騎士が空を見上げる。漆黒に覆われていたはずだが、徐々に曇天の空が見え始めている。

『呪いの類に精通する者がいるとなると、想定よりも早いな』

「瘴気が晴れつつあるよ。あいつの閉じていたこの空間も晴れてきている」

「なら、ここから一気に」

 相手にとって環境まで不利になっているのなら、これほど絶好の機会もない。アレウスは迷わず突撃する。

『そう“急ぐな”』

 突き進んでいたアレウスの足が緩やかに止まり、歩くことしかできなくなる。

「呪術……か」

 走りたいが走れない。敵を目の前にして歩くなど、自ら首を差し出していることと同義だ。

『また会おう』


 漆黒の空間が水飛沫(みずしぶき)のようにして晴れ、外で待っていたクラリエとガラハが黒騎士に差し迫る。一切の焦らず、黒騎士はその場の地面に瘴気を纏った剣を突き立てる。

 生じる瘴気の波動によってガラハとクラリエが押し飛ばされ、突き立てた地面から噴き出す瘴気が黒騎士を中心に半球状にして包み込む。続いて瘴気が一所(ひとところ)に収束して衝撃もなく爆ぜ、黒騎士もろとも消え去った。


 突き立っていた剣は黒く変色していき、ひび割れ、砕け散った。


「大丈夫でしたか?!」

 イェネオスが走り寄って、アレウスたちに声をかける。

「……ヴェイン?」

「うん、そうだね。全然、本気で戦っていなかった」

 黒騎士は児戯のようにアレウスたちと遊んでいただけだ。呪術が使えるにも関わらず、戦いに用いていなかった。

「悔しいよ。アベリアさんと連携が取れたときには優勢になったと思ったのに」

 本当に優勢だったのだろうか。アレウスの中に疑問が残る。


 あれが黒騎士が狙って、こちら側に有利だと思わせる策略であったのなら手痛い反撃をこれから受けるところだった。それが漆黒の空間が晴れそうだったために中断した。そのようにも思える。


「いや、それは後回しでいい」

 アレウスは自身の中に抱く疑問も、そして悔しさもグッとこらえる。

「早く集落に戻りましょう」

「まずはあなた方が無事かどうかを、」


「そんなことを言っている場合じゃないんです」

 アレウスは顔に付いている土を手で汗を拭うようにして払う。

「この黒く変色した地面は、黒騎士が基点にしているゲートです。事前に基点を作っておいて僕たちではなく、あなた方を集落から誘い出してからゲートで移動したとすれば!」

「……っ! 今すぐ帰ります!」

 翻ったイェネオスが歩き出そうとするが、その足が止まる。いや、その場にいる全員が――アレウスですらも走り出すどころか歩き出すことさえできない。


「呪術で足を動かすことができないんだよ。私たちが心配して駆け付けるのも考えて呪術を残したってこと……“金属の刃(リッパー)”」

 クラリエが魔法の短刀を生み出し、その場で次から次へと投擲して地面に突き立て、ざっくばらんに短刀と短刀を円状に結ぶ。

「“解呪(ディスペル)”」

 足がもつれて転びかけるも、動かなかった足は動くようになった。


 イェネオスが焦る中でエルフたちを束ね、アレウスたちは彼らに続いて集落へと向かう。

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