打ち明ける
【ビトン】
異世界における通貨単位。硬貨と紙幣で成り立ち、現実世界と同じ金額で硬貨と紙幣が切り替わる。金銭的価値、感覚は異世界においても高い物は高く、安い物は安い。冒険者になったからと言って、なにもしなくとも恒常的にギルドから給料が支払われるわけではない。依頼をこなし報酬を得なければ、冒険者稼業はやって行けない。
アレウスは未だ家計が安定していないので、採掘業と冒険者を兼業している状態にある。アベリアは買い物を担当する。場合によってはアレウスの技能で毒が無いことを確認した野草も食べる。借家の横では芋などを育て、河川で簡単な釣り具を作り、釣りもする。そういった自給自足を余儀なくされている。
*
「神の名において、あなたの罪を許しましょう。さぁ、罪の告白を」
「何故、懺悔室で?」
「罪の告白を」
「……リスティさん?」
「罪を告白しなさい」
なにやら強く求められる。やはり、三日前のアレは知られてしまっているようだ。ならば弁明するしかない。
「あの村で宴があったじゃないですか。二人助け出しただけで、村が一同にどんちゃん騒ぎです」
「そのようなことがあったんですか」
当事者であるのに第三者であるかのように話すのはやめてもらいたいところだが、アレウスは続ける。
「次の日の朝、目を覚ましたら僕は裸でした。いえ、僕たちは裸でした」
「それで?」
「それ以外になにもありませんが?」
「信じられると思いますか? 私は目にしたんですよ。全裸で寝ているあなたと、ニィナさんと、アベリアさんを」
もう第三者の視点を捨て去ってしまっている。私情を入れてしまったら、懺悔室の意味を持たない。
「僕は普通に寝ていたんです」
「それで?」
「どうやらニィナは麦酒の匂いで酔ってしまったらしく、アベリアと僕が眠っている部屋に潜り込んで来たみたいです」
「それでどうして全裸なのですか?」
「知りませんよ、そんなこと」
そして自分の身になにかされたのかすら知らない。
しかし、アレウスは思う。自分の体になにかされればさすがに目を覚ますだろう、と。睡眠薬を盛られていたならまだしも、疲れているだけで夜中に相応のことをされたら必ず目を覚ますはずだ。
服を脱がされたことについて、釈明の余地は無いのだが、それ以上のことがあったなら目を覚ませるだろう。そう自分を信じるしかないのだ。
「……まぁ、信じましょう。ええ、信じますとも。信じるしかありません。どんな男であれ、私は担当者。断ることも拒むことも出来ないのですから」
「嫌な言い方しないでもらえます? それで、どうして懺悔室なんですか?」
「ここは、私が冒険者であった頃の神官を排出した教会です。つまり、信用の出来る教会ということです。懺悔室にしたのは、誰にも聞かれることはない場所と思案した結果、ここしかないと思ったためです」
「魔法には聞き耳を立てることの出来るものもありますが」
「それこそ、神官が気付くでしょう。ここは彼らのいわば拠点なのです。許可を出していない、ただの侵入者に対して即座に反応することでしょう。なので、話して下さい。あなたの生い立ちについて」
「分かりました」
アレウスは自身が産まれ直した存在であること、六年前に何者かの手によって異界へ堕とされたこと。一年前に二人の冒険者にこの世界へと助け出されたこと。そしてその後の一年間について、洗いざらい語り尽くす。担当者との関係は切っても切れないものだ。変に疑うよりは感情に訴え掛け、味方になってもらう方が良い。なにより、アレウス自身がリスティを信じたいという気持ちになっていた。
「そんな、過去があったんですか……」
「なので異界については僕もアベリアも詳しいんです。そして先日の捨てられた異界は、僕たちが閉じた異界の主……リオンの巣だったもの。だから、あの構造は熟知していて“概念”のロジックに二人で干渉することが出来ました」
『掘り進める者』――リオンはあの時、異界を閉じて消し去ったものだと思っていた。しかし、アレウスとアベリアが行った書き換えは『有る』を『無い』にしただけのもの。異界獣そのものの存在を否定して、消したわけではなかった。
リオンはまた新たに異界を作り、そしてまた捨て、新たに異界を作る。それを繰り返しているということだ。
「異界に強い拘りを持つのも、過去の要因が大きいということですね……分かりました。あなた方のその気持ちは尊重しましょう。ですが、やはりすぐにその手のクエストを回すことは難しいと考えて下さい」
「分かっていますよ。リスティさんとの力の差も見せ付けられてしまいましたからね。リュコスすらまともに相手に出来ない僕が、リオンに敵うわけがない」
「怒りはまず抑えて下さい。いずれ来る、その時のために」
「はい」
「それでは、羊皮紙に焼き写した能力値や技能についてですが、あなたは今後、『技』を習得することを目指して下さい」
「技……ですか」
「テクニカルスキルとも言います」
「英語にしなくても」
「英語? 英語とは、この世に転生する前の言語のことでよろしいですか?」
「いや、以前の世界には幾つも言語があって、この世界のように一纏めではなかったんです」
言って、そこで疑問を抱く。
どうしてこの世界にも英語や、それ以外の言語から持って来た名称や言葉があるのだろうか、と。
「……もしかして、転生――産まれ直しはもっと昔からあったこと……? その人たちが英語やその他の言語を用いたから、それが今の世界の言語の中に根付いた?」
ならば、魔法を最初に使った者は、そしてその詠唱を習得した者は、アレウスと同じような転生者であったのではという仮説が立てられる。
「別の世界からの転生というものを素直には信じたくはありませんが、どうやらあなたは私たちと同じヒューマンでありながらヒューマンではない。そのような異端な面を感じざるを得ませんね。そちらについての調査は、申し訳ありませんが手の出しようがありません。私のような者が調べれば、恐らくは消されるかと」
「この件は自分で決着を付けますよ。それで、『技』ってなんですか?」
「技能については知っていますね? あなたの場合は剣術、短剣術、弓術、窃盗など……窃盗?」
「いや、それは異界で生きて行くためにはどうしようもなくてですね……」
「……大目に見ましょう。技能はどうやら上がっていないので、使っていないと判断します。とにかく、それらは技能。ただし、あくまで基礎的な物であって、発展はしていません」
「発展?」
「『技』になっていないんです。私のように一直線に走りながら突撃し、その速度を乗せた突き刺しは『技』に分類されるわけです。あなたはかなり多くの技能に手を付けていらっしゃるようですが、そういった型と言いますか、剣の技がありません。魔法に喩えましょうか? 魔力の素養を持つ者は、攻撃魔法、付与魔法、補助魔法、回復魔法など様々な知識を持っています。これが剣術と同義だと考えて下さい。そして、使われる魔法が『技』です。ただし、知識はあっても魔法として成せないのならいくら魔力の素養があろうと無意味です。それと違って、剣術も短剣術もパッシブとして持っているだけで戦える。なので、大体の前衛職の方々は『技』を持つことを考えません。いざ習得するにしても、頭を悩ませることが多いです。この辺りが近接攻撃と魔法攻撃の違いとなります」
「あまり考えないことや頭を悩ませるようなことを習得して欲しいと?」
また難しいことを言われてしまう。一年間、これでもかと剣や短剣を振っては来たが――それらは独特な癖となってしまって、もはや抜け落ちることさえないのだが、それでも彼女の言うような技はなに一つとして身に付いていないということだ。
「こういうのは誰かに師事した方が良いんですが……私も冒険者の時、中堅冒険者に師事していました。あのセクハラ野郎」
「セクハラ野郎……」
殺意を込めた言葉を、思わず反芻して言葉にしてしまった。それよりもこの世界にセクハラという言葉があることにアレウスは驚いている。
「『今夜は空いているか?』、『師匠の前で着替えられないとは何事だ』、『女であることを意識してどうする』」
「うわぁ……」
「死んでいてくれませんかね」
「冒険者に言います、そんなこと?」
「言いますよ。異界に関わらない限り、どうせ死にませんし。死ぬほど痛い思いをして、改心して下さっていると良いんですが……去勢の痛みを味わっているなら、ベストですが」
「だから一々怖いんですけど。なんで話が少し逸れただけで、そんな怖いこと言い出すんですか」
リスティはさほど言葉に感情を乗せては来ないはずだが、この懺悔室で板一枚挟むと、その限りではないらしい。匿名性が高まると途端に豹変する人なのだろう、きっと。
「失礼、私怨が漏れ出てしまいました。技については意識しておいて下さい。あれば絶対に起死回生の一手になります。『栞』に頼る戦いは、身体への負荷が大き過ぎますから。特にエルフの魔力は凶悪です」
「ヒューマンの持つ魔力と質が異なるって感じですか?」
「使ってみて分かったのなら、実に聡明ですね。まさしくその通りです。エルフの魔力の質は高過ぎて、ヒューマンの身体に合わないんです。だからこそ『栞』を使った際の効果は絶大であり、同時に魔力に侵される。それでも中堅冒険者が奥の手として常々、懐にしまっています。今のところ、『栞』を越える強化はありませんから。なにせあれは付与魔法よりもずっと強い。ただし、あなたたちは別です」
「……別」
「あなたも、そしてどうやらアベリアさんもロジックの抵抗力が明らかに高い。『栞』の恩恵は得られても、その効果は五分も維持されない。通常は三十分から一時間くらいは維持されるんですよ? それが、たった五分です。ならば小さくとも確実に維持される付与魔法の方が長期戦ではあなたたちには向いているでしょう」
アレウスはともかく、アベリアもまた特異体質であるらしい。だが、彼女のロジックは神官であれば開ける。要は産まれ持ったロジックへの耐性が高いか低いか、そんなところの話だろう。
「ですが、同時に極めて短時間であるため、『栞』の魔力に侵され切ることはないはずです。エルフの魔力に身体がやられて暴走するような心配は全くありません。とは言え、その奥の手も、今のあなた方には手にすることが出来ないほどの代物になってしまったのでは?」
「あれはテストの時に渡された物だった。これからは購入する必要がある。でもその金額は……」
「おおよそ十万ビトンと言ったところでしょうか」
「十万あったら保存食に割り振りますよ……あとは、装備の修繕やらなんやらですね」
「まぁ、無い方がよろしいでしょう。あればまた、あなた方は無茶をする。こちらとしては、しては欲しくないので」
「承知しています」
「では、神の名の元にあなたの罪を許しましょう。私はここで聞いたこと、話したこと、その全てを口外しないと神に誓い、あなたもまた聞いたこと、話したことを語らぬことを神にお誓い下さい」
「その設定、まだ残していたんですか」
「お誓い下さい」
「神の名の元に、口外しないことを誓います」
やり取りは終わり、アレウスは懺悔室から出る。リスティも間もなくして懺悔室から出て来るが、やはり表情は堅苦しい。先ほどの感情を乗せていた声音が嘘のようである。




