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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第7章 -四大血統-】
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イェネオスと

【-エルフの食文化-】

 獣人は獣肉を好み、ハゥフルは魚を好み、ガルダは酒の肴を好む。エルフもまた例外ではなく、果実をはじめとして特に蜂蜜を好む。ブドウ酒よりも蜂蜜酒が好きで、大半の食事に蜂蜜を掛ける。この傾向から甘い物も漏れなく好きで、ヒューマンの都市などで飴玉を買い漁るエルフは目撃される。ただし、甘い物が好きだからといって蜂蜜が掛けられていなければ食べられないということはなく、普通に外の食事の美味しさに魅せられる者も多い。


「容疑者の監視を私に任せた父上の考えには賛同しかねます」

 イェネオスは文句を言いながらアレウスの後ろを歩く。

「『黒騎士』をエルフの領域に連れてきたかもしれないというのに……」

「その理由以外でも僕のことを嫌っていませんか?」

「そりゃ……! いいえ、嫌ってなどいません」

 どうやら未だに失言からアレウスたちを集落に残す理由を与えてしまったことを嘆いているらしい。

「もう四日も前のことですよ? そこまで根に持つことですか?」

「エルフは屈辱を忘れません」

「屈辱を与えたかったんではなく、あの立ち回りじゃないと僕たちは死んでいました」

「……それは、そうですが」

 イェネオスは自身の落ち度に再度、溜め息をつく。

「今日はなにをなさるおつもりで?」

 そしてアレウスにそう問いかける。

「僕たちが集落に留まってから四日経っていますが、ずっと曇り空です」

 留まっているというよりも、留まらされている状況で、食事時は全員が集められるが、それが終わるとやはりアレウスとクラリエだけが仲間から引き離される状況が続いている。アベリアもずっとイェネオスの部屋で寝泊まりをしている

「天候は神様が決めることで、私たちにはどうすることもできませんが」

「大型のダムレイの可能性もあります。備えはしておいた方がいいのでは?」

「あなたに言われずとも、もう準備はしていますよ。別に天候について話したいわけでもないのでしょう? 話の本質を逸らして、なにがしたいのですか?」

 世の中では知り合い未満の相手には天気の話題を振るのが一般常識と学んだのだが、アレウスの話し方では反感を買わせてしまうらしい。


 そもそも、自然の中で生きている彼女たちエルフに天候の話を出したところで好感を得られると思ったこと自体が間違っていたのだが。


「『身代わりの人形』については調べてもらえましたか?」

「ええ、そちらについてはなんだかんだで頼まれ事です。それを反故にすることなどエルフの矜持に反します。それで、調べはしたのですが……」

 軽快にアレウスへと語気の強い言葉を向けていたイェネオスが、突如として言葉を尻すぼみさせた。

「原因不明……?」

「まだそうとは言っていないじゃないですか!」

 反応からして大体そうなのだろうとアレウスは察する。

「なんですかその顔! ヒューマンのクセに生意気です!」

 よく分からない罵倒をアレウスは受ける。

「私だって父上の伝手(つて)を通じて調べることはできます。ですが、エウカリスさんから手渡されたこの『身代わりの人形』と呼ばれる道具からは、ほとんどの魔力が失われていると……そんなことは誰を訊ねなくとも私自身の目で見ても一目瞭然のことなので、その原因について究明することを求めたのですが……」

「やっぱり分からない?」

「分からないのではなく、どうしてこうなっているのかが分からない」

「……は?」

「以前にも申し上げたようにこの道具は特殊な製紙技術によって、膨大な魔力を用いて僅かな量の繊維を“紙”と呼ばれる形状になんとか保ち続けています。そこから魔力がほぼ失われているとなると、そもそも“紙”としての形状を保つことなど不可能なのです。なのにこの道具は未だ、“紙”の形状を取っている。ただの“紙”でないことは分かっていて、『身代わりの人形』と呼ばれる道具であることも確定しているのに、どうしてこの状態でこれがこの場にあるのかが不明なのです」


 大半の話は複雑で、そして難解だった。なのでアレウスは『道具が道具として機能していないのに、道具の形を維持していることが不明だ』と頭の中で勝手に置き換えて解釈する。


「それは今後、調べていく段階で原因を究明できることでしょうか?」

「分かりません。何度も言いますが、この道具の製紙技術は門外不出なのです。森の中に入ることができれば、或いはそこにいるエルフに調べてもらえるやもしれませんが」

「それができないからエウカリスはあなた方の誰かに調べてもらいたかったと思うんですけど」

「分かっていますよ! でも、私たちにだって分からないことぐらいはあるんです!」

 アレウスの言葉に対して心底、鬱陶しそうに大きな声を発する。

「あなた方、ヒューマンはいっつもそう。エルフはなんでも知っていると、そんな風に決め付けて……知らないことも知っているだろうと、勝手に叡智に縋り付こうとする。なんと浅ましい……」

 エルフが他種族を嫌っている片鱗が見えた気がする。


 彼女たちは長命であるがゆえに、物知りであることが当たり前。そのように扱われることを良く思っていないのだ。

 リスティのときと同様、自己満足の優しさを見せかねない。だからアレウスはなにも言えない。


「臆病に……なったな、ちょっと怖くなった」

「なにが怖いんですか?」

 口をついてしまった。

「いえ、独り言なので」

「ヒューマンがなにを考えているのか気になります。怖くなった、というのはどんなことが怖くなったのですか? ヒューマンは大概のことに怖がっているようには思えませんが」

「それはどういった偏見ですか」

「だってほとんどの人は平気でエルフが決めている禁忌を破るじゃないですか」

「破っているんですか?」

「むしろ、今まで気付いていなかったと?」

 ドン引きといった具合にイェネオスがアレウスを嫌悪する。

「森を焼き、山を崩し、川の流れを変える。それだけならまだしも、他種族との婚姻や他種族の文化を見て、自分たちの物へと盗む。『御霊送り』が良い例です。あれは本来、エルフだけが行っている儀式の一つでした」

「『御霊送り』を行わないと魂が天に還らず、人を襲う霊体が発生するだけでなく土壌を汚染し、毒の花を咲かせます」

「それは、ヒューマンが『御霊送り』を始めたからです。始めなければ、そのようなことも起こらなかった。見聞きして、真似をしただけの『御霊送り』が、真の『御霊送り』に届いているわけがなく、今でさえ行い続けているその儀式は、結果的に行い続けなければならないものになってしまいました」

「……えっと?」

「『御霊送り』に参加した者たちもまた、性質が変わる。魂を天に還すところを見て、誰もが同じように地上に縛られ続けることなくいつかは天へと還りたいと願うようになった。その願いがあるからこそ、儀式を行わなければ呪いのように土壌を穢すのです。そもそもあなた方は多神教。魂など、願わずとも天へと還るものなのです」


 つまり、イェネオスはヒューマンが『御霊送り』を始めなければ、魂は土壌を穢すこともなく天に還っていた。そこに浅ましくも見聞きした知識だけで行った『御霊送り』を通例化したことで魂が逆に汚染されることになってしまったと言いたいらしい。


「……その考えは、なかったな」

 良かれと思って始めたことが、逆に悪影響を及ぼす。ままあることだが、こんなにも身近の儀式にあったなどとアレウスは思っていなかった。

「なのに僕たちは『御霊送り』を今更やめられない」

 『御霊送り』を行わなければ逆に死者への冒涜とすら考えている。特に神官としてクルタニカは定期的に魔物や襲撃者の被害にあった街や村に赴いて、『御霊送り』を続けている。この事実は、彼女には教えない方がいいだろう。

「ええ。一度起こってしまった負の螺旋は、行い続けなければならない。止められないのならやり続けることがヒューマンに与えられた使命だと思うべきです」

「僕たちはエルフの禁忌に抵触し続けている。それが、エルフが今も尚、ヒューマンを特に嫌う理由になっている……のか?」

「まず心象が最悪です。次に…………いえ、これを語ったところであなたは分かってはくれないでしょう」

「そこまで言ったなら言ってほしいんですけど」

「……私たちを容姿端麗などと言って、(たぶら)かす。多くのエルフが甘言に乗って、森を出て行きました。その先で幸せになった者もいれば、不幸になった者もいる。森と共に生きてさえいれば、幸福しかない毎日を過ごせるというのに……」

「でも、この集落は森の外へ出ることをやむなしとされた者たちで作られたのでは?」

「だから私たちを見れば分かるでしょう? 私たちは、決して幸福とは言えず、常々に不幸な目に遭わないかと怯えながら過ごしている」


 テントの外をあまり出歩かせてもらえる機会はなかったが、アレウスが見る限り、そこまで悲壮感に溢れている集落ではなかったように見えたのだが、それは勘違いだったのだろうか。それともイェネオスの考える幸福は、ここにある幸福以上を求めているのかもしれない。


「森の外に興味を持たせた罪は大きい。そうは思いませんか?」

「……確かにそのように誑かすのは悪いことだとは思いますが、自分の意思で……自ら、森の外の世界を見たいと願った者は、たとえ不幸になっていたとしても後悔はないのでは?」

「そこが、私たちとあなた方で決定的に異なる部分です」

 イェネオスは溜め息をつく。

「あなた方の価値観と、私たちの価値観は決して、交わらない」


 ここまで話をしたというのにイェネオスとの間にある溝は埋まりそうにない。それでもアレウスの問いに彼女が答えているのは妥協しているためだ。こんなものだ、とヒューマンを決め付けて、興味も関心も向けず、決して心を開かないように常に拒否の感情を示しているからだ。

 この溝は、永遠に埋まらないかもしれない。


「本題に移っていいですか?」

 だが、まだ彼女はアレウスに話をしてくれている。

「どうぞ」

「この短剣……構えないでください。見てもらいたいだけです。なんなら、この場に置きます。『身代わりの人形』について調べることは冒険者がギルドから依頼されたことですけど、この短剣については僕個人が調べなければならないことなんです」

 イェネオスは警戒心を見せていたが、アレウスが殺意を発していないことを確認し、徐々に警戒を解いていってアレウスが差し出した短剣を受け取る。

「……呪い、いえ……これは、エンチャントでしょうか。付与魔法を永続的に武器にもたらす製法です」

「それって、霊体に効果のある刃を作り出せたりも?」

「はい。エルフの間ではよくあることですよ。悪霊に有効なエンチャントを付与した武器を作ってくれ、というのは……ですが、これにはそんな単純な物が付与されているわけではなさそうです」

「調べてもらえます?」

「嫌です。これは、いわゆる持ち主を選ぶ代物――俗に言う『(いわ)く付き』と呼ばれるものです」

 アレウスに短剣が返される。

「あなたが生きているのなら、その短剣に選ばれている。私が持っていたら、私自身に災厄が降り掛かる。間違いありません」


 エンチャントが付与されたものであり、同時に『曰く付き』。今まで不鮮明だったが、少しだけ鮮明になった。まだ明らかにはできていないが、この具合なら近い内に判明するかもしれない。


 アレウスが短剣を腰に差し直すと、イェネオスが唐突に空を見上げる。


「どうかしたんですか?」

「仲間から通達がありました。近くで黒騎士の痕跡を発見したそうです。私はあなたとエウカリスさんを連れて、その場所に来るように命じられました」

 『森の声』経由だろう。アレウスも『森の声』を聞き取れるようにはなっているが、それはあくまでもアレウスに向けて発せられているものに限られる。そのため、このように聞き取れないこともある。

 しかし、逆に聞き取れなくて良かったのかもしれない。


 どこの誰とも知らないヒューマンが『森の声』を聞き取れるなどと知られれば、更に疑惑の目が向けられるのは間違いないのだから。

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