詭弁
拘束されたまま荷馬車で待たされ続け、どういうわけかアレウスとクラリエが先に降ろされる。
「これは、あれだね」
「あれ?」
「アレウス君を侵入者の一味としてみんなに見せ付けることで心象を悪くさせる作戦だよ」
「……ああ、そういうことか」
話し合いの場にアレウスは無関係と思っていて、きっとなにを言うでもなく追い出されるのだろうと決め込んでいたために失念していた。
アレウスという存在は、森の外に出ているエルフたちにとっても嫌悪する対象であり、そんな存在がキャラバンの張っていた認識阻害の魔法の中へと侵入したと証明することができる。それで話し合いの場は満場一致でアレウスたちへの強硬な措置で決定する。
テラー家の当主が考えたことか、それともテラー家の跡取り娘が考えたことか。もしかするとその両方かもしれない。
「それならガラハも加えれば良かったのに」
「ガラハは妖精を連れているから、心象がそこまで悪くならないんだよ」
「でも、僕は確かに最悪な心象を与えるだろうけど、エウカリスを選んだのだって」
「うん……あたしたちへはどっちみち、温情を与える気がないってこと」
エウカリス・クローロン。その名を使った以上は、その名が築いた罪も背負うということ。とはいえ、彼女は未だに揺らいでいる。それはエウカリスへの強い強い敬愛の心によるものだ。
これ以上、彼女の名を、そしてクローロン家を汚したくない。汚すなら、本当の名前を使いたい。クラリエはそこで迷っている。
「本当の名前を出せば、『森の声』で伝わりかねない」
「分かってるよ……でも、あたしのことなんて、本当の本当にそこまで隠さなきゃならないことなのかな……って」
「エウカリス? 異界でのことを忘れていないか? あのとき、彼女が言ったことも、僕が君に対して言ったことも……全てが本心だ」
「…………うん、そうだった。御免ね、弱くって。昔のことが関わるとすぐに心が揺らいじゃう」
クラリエは頭を振って、邪念を払う。
集落は円状に構成されており、円の中心部は集落に住まう全ての者が集まるような広場となっていた。祭事を執り行う場所にはもってこいだが、話し合いの場としては室内でないため、向いていない。しかし、そういった秘匿すべきやり取りはきっともっと機密保持ができるような建物の中で行われるのだろう。
アレウスたちはいわば、公開処刑だ。厳密には処刑されると決まっているわけではないが、集落の者たちに“こんなヒューマンが入り込んで来た”と思わせたい、見せしめにしたい。そういう魂胆が見え見えだった。加えて、発言を許されるクラリエは反逆者の名を騙るのだ。第一印象を最悪にし、次に与える印象も最低を維持させる。そうすれば、自然と周囲からは極刑を望む声が出てくる。
きっと、テラー家の当主か跡取り娘はそれを諫めるのだ。極刑ではない措置を提案し、その場を治める。それだけでテラー家への忠誠心が高まる。
「そんな風に利用されるのは御免だな」
「なに? なんか、凄く嫌な予感がするんだけど」
「悪足掻きの余地すらないだろうから安心して良いよ」
アレウスに発言権があるかも分からない。そして、テラー家のやり口をあばいたところで誰も信じない。
広場にエルフたちが集まってくる。森を追われたエルフ、ハーフエルフ、そしてクラリエのような褐色の肌を持つダークエルフ。金髪であったり『灰銀』であったりと、小さな差異はあれど、男女問わずに耳が長く端正な顔立ちをしている。
「子供がいないな」
「まぁ、そこまで急いで子供を作りたいって気にはなりにくいのかも」
「そういうものか?」
「あたしは……別にそうでもないんだけどねぇ」
「まぁ僕は君がどれくらいの年月を生きてきたかも教えてもらっていないし、エルフにとっての子供の定義がどれくらいまでなのかも分からないからな」
ハイエルフが三千年、エルフは二千年、ハーフエルフは千年。かつてクラリエはそう言っていた。そのため、クラリエが既にヒューマンの平均寿命をはるかに上回る年齢であっても不思議ではない。
「子供と大人の区分けって結構簡単なんだよ。要は体の成長が一定以上で止まるか否か。正確には止まっていないんだけど、徐々に成長が緩やかになって停止していく」
「ヒューマンはそこから老化していくんだけど?」
「あたしたちに関して言えば、老化は寿命の二百年前くらいから徐々に……かな。それはどのエルフでも一定……のはず。いや、あんまり自信ない。教わっただけで、見たわけじゃないし」
そんな話をしていたら、テラー家の当主が腰に据えていた大きな鈴を手に取り、大きく揺らして音を奏でる。あれは初めて見たときからあったものだが、あのように振らなければ音は鳴らないらしい。
そのテラー家の鈴の音色に共鳴するように家主と思われるエルフたちが鈴を鳴らし、集う。ガルダに『蝋印』があるように、エルフにとってはあの鈴が当主や家主を示すものなのかもしれない。
「今日は話し合いをするつもりはなかったが、思わぬところで侵入を許してしまった。まずはそれを謝罪したい、申し訳なかった」
「私たちは彼らの処遇をどうするべきか、悩んでいます。私たちの手で済ませることではないと判断し、ここまで連れて来ました」
二人が広場の中心に押し出される。直後、明らかに嫌悪感を示す表情と罵る声が耳に入る。
「アレウス君」
「大丈夫」
こんな侮蔑と嘲笑を受けたところで、心は傷付かない。自分自身の生き様ぐらいは自分が一番よく知っている。
嘲笑われるような、馬鹿にされるような生き方はしていない。生き様を、自分が認めなくて一体なんだというのか。コロール・ポートで明かした罪がどれほどに血にまみれていても、それが自分自身の歩んできた道であることは変わらない。
どんな生き方をしてきたかもしらないで、ただロジックに刻まれている称号や肩書きを臭いで判別して決め付けているだけのエルフたちの目線や罵声など心には届かない。
それで考えるならば、リスティの言葉はここにいるどんなエルフよりも強くアレウスの心を穿った。あれほどに心苦しく、恥ずかしく、顔を見ることすら躊躇うような気持ちになったのは初めてだったかもしれない。
「なにをそんなに笑っているんだ?」
男がうつむいているアレウスの顔を覗き込み、訊ねてくる。
「いいえ、なにも言うことはありません」
反発はしない。答えないという選択を取る。これは男からの挑発だ。発言を許されていない場で、発言させようとしている。乗らなくていい。逆に乗ってしまえば忠誠心を高める材料にされてしまう。
「どうして笑っていられるというのだ?」
「……」
無言に徹すると、男がアレウスから離れる。やはり「答えよ」とは言わなかった。想像通りの挑発でむしろ安心した。
男はそのままエウカリス――クラリエについての説明を行う。森に獣人の侵入を許し、ハイエルフに反逆したエルフ。その罪によって呪いを浴びて森を追放された。そのように語っているが、実際のエウカリスの生き様とは異なる。
真実を知らない者が滑稽に見える。悪人はいつも真実を知っているかのように嘯いて、アレウスを翻弄してきたが、確かに真実を知っている側からすれば男たちのやっていることは茶番でしかない。
悪人側に共感してしまうのは癪ではあったが、彼らがどうしてあんなにも自身を、或いは仲間たちを上から目線で物を言うのか。その真意を得た気がした。
「父上、この者には反省の色がありません」
アレウスがずっと不敵な笑みを浮かべていることに跡取り娘がたまらず声を上げる。
「なぜそうも笑っていられるのですか?」
うつむいているアレウスの髪を掴み、無理やり顔を上げさせられた。
「……」
それでも無言を選ぶ。
「なるほど、私たちに対してそのような無礼な態度を取りますか」
跡取り娘が矢筒から矢の一本を取り出し、矢尻をアレウスの首に触れさせる。
「そんな風に笑えないよう、この喉を掻き切ることもできるのですよ? 答えなさい、あなたはなにに笑っている?」
テラー家当主の顔に焦りが混じり、アレウスは同時に「答えなさい」という言質を取った。
「これだけの大衆がいる中でのその言葉、無かったことにはできないと覚悟しての発言か?」
アレウスは尚も笑みを崩さない。
「ならば答えましょう。答えなさいと言ったのだから答えましょう。僕は、あなたたちのやっていることが幼稚が過ぎて笑っていたのです」
「幼稚……ですって?」
「自分たちの家柄の保持のために、決め付けだけで物事を語られては笑うしかないでしょう」
「私たちのどこが幼稚か?!」
今にも首を掻き切られそうだが、アレウスは質問されたのだから答えるだけだと口を動かす。
「確かに僕たちは認識阻害の魔法の中へと侵入しました。ですが、そこからただの一度でもあなた方に僕たちが危害を加えたことがありますか? あなた方の言葉に従い、あなた方の言葉通りに拘束され、こうしてここまで連行されました。一切の抵抗を見せない私たちを、このような方法で危険だなんだと唱えて、一体なんになると言うのですか? 僕のロジックが臭うのであれば、素直に外へと放り出せばいいだけのこと。わざわざ集落まで連れて来る理由などありはしない。それでも集落に連れて来たかったのは、あなた方がただ単に、家柄を保持したかっただけに過ぎません。そう、このように人々を集め、大衆の面前でこれが正しいことだと思わせながら、僕たちを悪人に仕立て上げることで、あなた方は集落を未然の危機から救ったかのように大言壮語に言いふらしている。祭り上げられたいだけならば、僕たちを利用するのはおやめいただきたい」
跡取り娘はアレウスの気迫に押され、髪から手を放して後退する。男は自身の娘が付け入る隙を作ったことを恥じるかのように自身の手を額に当てながら空を仰ぐ。
「そもそも、侵入を許す許さない以前に、“認識できない範囲を歩けば、自然とぶち当たることさえあり得る”魔法であることを忘れてはいませんか? 僕たちは妖精の手を借りはしましたが、なにもその魔法を壊しに来たわけでもなんでもない。そして、交渉の余地すらないのです。こんな扱いでは、もはや笑わずにはいられない。違いますか?」
「相変わらず、詭弁の中に真実を混ぜ込むのが上手い」
隣でクラリエが呟いていたが気にはせず、アレウスは跡取り娘を睨み続ける。
「……っ! 黙りなさい」
その言葉はアレウスもよく使う。正論と詭弁の入り混じった相手の言葉に、精神的に負けそうになったとき、思わず口から出てしまう言葉だ。
「僕たちを悪人に仕立て上げたいのは、集落付近で起こっていることの犯人を僕たちということにして、ともかく安心してもらいたいから」
「……父上!」
口からデマカセも言わないより言ってみるものだなとアレウスは跡取り娘の反応を見て思う。
「名前を聞こう」
空を仰いでいた男がこちらを向いて口を開く。
「アレウリス・ノールード」
「では、貴様は“どこまで”知っている? 知っているならば、情報をこちらに渡してもらおう」
「なんにも知りませんが」
「……まさか、つい先ほどの発言は」
「推測からの嘘以外に他なりませんが」
男はしばし呆けたのち、冷静になったのち、鈴を鳴らす。
「彼らを解放し、事情の説明を終えてから集落より穏便に出て行ってもらう。そのための話し合いをこれから行う。付いて来てくれ」
男が鈴持ちのエルフたちを率いて、集落で一番大きな建物へと入って行った。
「…………私が、隙を見せたせいで……」
そう呟く跡取り娘は、忌々しげにアレウスを睨みながら手足の拘束を矢尻で断ち切るのだった。




