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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第7章 -四大血統-】
344/705

質疑

「アニマートやエリスが言っていたでしょ?」

 運び込まれた荷馬車の中でクラリエが語り出す。

「エルフの四大血統。焦熱状態で色が変わる『衣』の持ち主はいるんだけど、その中でも飛び抜けて秀でた『衣』を持つ血族のことをそう呼ぶの」

「『白衣(はくえ)』がどうとか、そういう話は耳にしていたけど、あのときはそこまで僕に余裕はなかったよ」

 エウカリスの『緑衣』やクラリエの『白衣』。そんなものよりも『衣』と呼ばれる能力を持っていること自体、知らなかった。『人狩り』の『赤衣(せきえ)』を見て、初めてその存在を知ったくらいだ。


「ナーツェ家、テラー家、ジュグリーズ家、ロゼ家。これが四大血統。ナーツェの血統は四大血統の中でも更に特別扱いだったらしいけど……」

 秀でた力の中の更に秀でた力。それをクラリエは持って産まれた。だが、四大血統について教わっているとき、自身がまさかハーフエルフで、そして今やダークエルフになっているなどと当時は考えもしなかったのだろう。


「ロゼ家って、あの『人狩り』?」

 アベリアが直球で問う。

「そう。ナーツェが『白』でロゼ家は『赤』。それで、ジュグリーズ家は『青』なんだけど……テラー家は『黄』。あたしはそう教わった。さっきの男が纏っていた『衣』は黄色だったから……多分、テラー家」

「もし仮にクラ――エウカリスさんの言うことが本当だとして、なんでテラー家が森の外に?」

「分かんない。だけど、神域で育ったあたしが、残りの四大血統と会ってすらいないから、もうその頃からみんな森の外に出ていたのかも」

 エルフは血統至上主義だとアレウスは聞いている。四大血統と呼ばれるのであれば、相応に敬われ慕われるに違いない。地位も名誉もあるはずだ。それらを捨てる理由が見当たらない。産まれてから死ぬまで、永遠に衣食住に困らないはずだ。

「それよりも、僕たちが向かった森が、エウカリスの故郷である可能性は?」

「そんなの、憶えてない。あたしは呪いを浴びて、獣人に殺されるところを落ち延びて……そこからヒューマンの住んでいる村に辿り着くまで、なんにも分からなかったから」

「なんにも?」

「方角すら、あたしは分からなかった。だって神域の中が全てだったあたしに、方角は必要なかったから。そこに住んでいるだけで、なにもかもが完結してしまっている。そこに東西南北なんて名称は必要なかった。みんな、使ってなかったし……教えてもくれなかった」

 彼女を神域の外へ出すことは想定されていなかった。だから、神域の外では常識とされるようなことは教わらないままだった。方角を知らないで良かったのは、神域内で全てが完結するから。そこには危険も変化もない。常に同じ道を同じように歩き、同じように帰る。建物の中での生活を送っていても、使う部屋や通路を教われば、それ以外を覚える必要は全くない。


 そんなことがあり得るのか、と思うこともあるが、彼女はそれぐらい特別だったのだからあり得るのだろう。そう結論付けるが、アレウスには分からない生活だ。そんな特別な生き方はしてこなかったのだから、共感ができない。


「エリスは、あたしに常識が備わっていること前提で、他のことは沢山……教えてくれたけど」

 今、クラリエが偽名として用いている『エウカリス』。異界から魂だけを救い出しはしたものの、もう二度と会えない彼女の親友であり神域で育った彼女が唯一、心を許していたエルフだ。だが、彼女は同時に反逆者でもあった。

「……エリスがいないのに、エウカリスを名乗って……こんなの、許されないよ……」

「あの人は君を守るためだったら、なんだって差し出す覚悟があった。君が助かるんだったら、名前を使ったことを怒るわけがない」

 励ましの言葉に嘘はない。大体、名前を使ったからと怒るような性格もしていなかった。


「キャラバンに遭遇したことで図らずとも集落に行くことは叶ったが、そこからどうする?」

 ガラハはクラリエの語る過去や四大血統についてよりも、今後について悩んでいる。

「僕はまずエルフたちには受け入れられないから、どうにかして殺されるんじゃなくて追放という形で放り出されることを願うしかない」

 冒険者は殺しても甦ることを知っていたことから、殺したところで記憶をまで消せないことは知っているだろう。無駄に他種族を殺さないとすれば、自ずとアレウスは追い出されると思っている。

「でも、エウカリスはどうなるか分からない。さっきの男が言っていたように反逆者としての扱いを受けて、罪を償わせるために処刑されることも考えられる」

 アレウスは最悪の形を伝えるが、本心はなんとしてもそれを阻止したい気持ちで一杯である。


「あたしが犠牲になってみんなが無事に助かるなら……みたいな交渉もあるかも」

「だとしてもその提案にはエウカリスを乗せないし、僕が追い出されてからも三人が受け入れないはずだ」

 アレウスの言葉は耳にしなくとも、残ったヴェインやアベリア、特にガラハの言葉は聞き入れるだろう。あとはクラリエが辛抱強く、相手からの不利な交渉を跳ね除け続ければ、きっと活路は見出せる。

 そのように明るい展望をクラリエに抱かせるしかない。今の彼女は物凄く精神的に落ちている。エルフとの出会いによって、過去のトラウマや様々な記憶が彼女を責め立てているに違いない。

「仲間は見捨てないし、アレウスだって見捨てない」

 アベリアが隣で固い決意を表明する。


「少しお話をしてもよろしいでしょうか?」

 馭者側から(ほろ)を開けられて、荷馬車の中に先ほどのエルフの女性が入り込んでくる。その際、「あとは任せます」と言っていたところから、彼女は馭者の補佐をしていたのだろう。

「父上がいた手前、このように拘束して放り込むしかありませんでした。まずはその無礼をお詫びします。申し訳ありませんでした」

「元はと言えば僕たちが認識阻害の魔法を突き抜けてしまったのが原因です。それに、僕はエルフから真っ当に扱われる生き様を送ってはいませんので、むしろこれぐらいで済んで良かったとまで思っています」

「……確かに、あなたはロジックからとんでもないほどの悪臭が漂ってはいるのですが」

 女性がアレウスから仲間たちへと視線を移し、再び視線を戻す。

「これだけ慕われているのであれば、『ロジックが全てではない』と語る母上の話も真実味を持つというものです」

 しかし、そうは言ってもアレウスに対して女性が表情を緩ませるようなことはなく、険しい表情を維持したままだ。言葉でアレウスを安心させようとしている。篭絡か、はたまた搦め手か。女性の言うことを素直に受け取ってしまえば、クラリエの処遇についてなかなか複雑なことになってしまいかねない。

「父上は森を出てから粗暴さや野蛮さを捨てると固く決意して……どれぐらい経ったでしょうか。途中で森が燃えたことも含めて、何十年と経っているはずですが、相変わらず母上がいない場ではあのような感じです。きっと、死ぬまで矯正はできないでしょうね」

 女性はそう父親を貶しつつ、クラリエを見る。

「あなたからはとても、神秘的ななにかを感じます。ええ、おかしなことを言っていることは承知の上です。呪いを浴びたダークエルフとは何度となく交流をしておりますが、あなたはなにか格別の……表現し辛いなにかを、感じずにはいられません」

 もしかすると、女性の目的はアレウスたちを安心させるためではなかったのかもしれない。


「あなたは、私たちに嘘をついていらっしゃいませんか?」

 言葉が鋭さを増す。

 クラリエの正体を探る。それが女性が中へと入ってきた真の目的だ。

「あたしは」

「私の前で嘘をつく必要はございません」

「……あたしはエウカリス・クローロンです」

 頑としてクラリエは嘘を貫き通す。


「……覚悟のほどが違う、ということですか」

 女性はそう呟くと、ようやく表情が緩む。ただし、アレウスを見ることは決してない。そういった扱いを受けるのは久方振りであるため、新鮮さではなく懐かしさを感じる。元々はこのように他人から無視されたり蔑まされるような存在だった。忘れかけていた感覚のおかげで、今後この女性にどのような扱いを受けたところで傷付くに値せず、耐えられるような気さえしてくる。

「あなた方を集落まで連れては行きますが、そこで話し合いを開きます。とは言え、あなた方を交えての話し合いにはきっと……いえ、ひょっとしたら一人か二人は参加することが許されるかもしれません」

 その一人や二人の中にアレウスは含まれていないだろう。言われずとも、期待しない。

「ただ、まともに発言することや、真っ当な扱いを受けられるとは思わないでください」

「それで話し合いなどと言うのなら、もはや参加することさえ億劫だな。オレを関わらせるな」

 ガラハが率直な不満を口にする。


「ドワーフ……山の中に籠もっていれば、このように縛れることさえなかったはず」

「いつまでも山の景色ばかりを眺めてばかりもいられなかった」

「山里での生活にそれほど不満があるとは、暮らし方に問題があるのでは?」

「オレを侮蔑するために故郷を蔑むことが許されると思うか? 木と木の間を跳ねて移動する猿めが」

「私が猿なら貴様は熊だな」

「熊で結構。熊なら貴様のような猿を喰える」

「獣と話しても無駄か。知能が足りない」

「猿知恵などあったところで不要だからな」


 基本的に種族間の仲は良いわけではない。各々が種族としての誇りを持っており、各々が他種族を下に見ている。

 ドワーフとエルフ、獣人とガルダは特に対立が強くアレウスは感じている。ガラハとクラリエも昔はパーティメンバー以上の付き合いはしばらくなかった。ミディアムガルーダのクルタニカは獣人のノックスと激しく罵り合うところを見ている。こうなってくるとハゥフルは一体どうなのだろうかと気にもなってくるが、決して仲良くはならないのだろうなという推測ぐらいは立つ。


「私たちは仲間同士で、誰の一人も欠けることはない。もし欠けるようなことがあったら、私たちはそれを許さない」

 二人が罵り合うのを遮って、アベリアが女性に向かって言う。

「重々理解した上で、安全策を取ることを私は願う」

「それは脅しか? ヒューマン?」

「そう、脅し。脅さなきゃあなたたちはあなたたちの道理で全てを決めてしまうから。脅して命を繋ぐことができるのなら、私はそれを辞さない。ただ、それが他人の権利を損なう恐れがあるのなら、許されることではないけど」

 アベリアはアレウスの代わりに必死の虚勢を張っている。彼女はそこまで弁が立つわけではない。女性に詰められれば、すぐに弱さをさらすことになる。


「なにやら不穏な感じだけど、俺たちは喧嘩をしたいわけじゃないんだ。ただ、拘束されて連れて行かれているって状況だから、悪い方向で妄想が働いて恐怖している。その恐怖心を払拭するために強気な言葉をかけているだけなんだ。あなただって、自分が今、有利な位置に立てていることを理解しているはずだ。だからどうか、悪い気にはなっても悪気はないことを汲み取ってほしい」

 ヴェインが場を落ち着かせようとしているが、既に女性の気配はピリ付いている。アレウスたちを黙らせるために拳の一発でも誰かに打ち込まれても不思議ではない。

「ヒューマンに言われるなど…………いいえ、そのような考えが父上に似ていると、私はよく言われるのです」

 なにやら自嘲しつつ、独り言を呟いたのちにアレウス以外に向き直る。

「私は父上のようにはなりません。あなた方へ、少なくとも容赦をするように進言はします。ですが、集落の長はあくまで父上にあります。それもこれも、テラーという血筋であるがゆえなのですが」


「やっぱり、テラー家だった」


「ダークエルフとはいえご存知のようですね。ええ、父上はかの有名なテラー家の当主です」

 となるとこの女性は跡取り娘だ。

「血統至上主義であることから、集落を治めるのが父上なのは致し方のないこと。それに、粗暴さはあれど……ああ見えて思慮の深いところもあります。あくまで娘視点から見た父上の所感(しょかん)に過ぎませんが……でも、父上が治めていなければ私たちの集落が長きに渡って続いているわけもないでしょう」

「どうして四大血統とも言われるテラー家の当主が森の外に?」

「その疑問を私もずっと抱いております。こう見えて、私も森で産まれた身……年数で言えば、ほぼ外で育っているようなものですが……父上に一度だけ聞きました。どうして森から出たのか、と。『森の声』に従い、戻るべきだ、と。なのに『森には二度と戻らない。戻るときは、全てにカタをつけるときだ』としか……私はその言葉がとても怖くて、それ以来、訊ねることをやめたのです」

「あたしが知っている限りでは、ナーツェ家の一人娘は反逆に遭って死亡して、ロゼ家は人殺しになった。テラー家が森を出たのなら、ジュグリーズ家は?」

 クラリエの問うと、女性は首を横に振る。

「私が知っている情報とほぼ同じです。ただ、森が焼かれる前まではこう言われていました。『ナーツェ家は裏切り、ロゼ家は人殺しに堕ち、テラー家は森を出て久しく、ジュグリーズ家は行方知れず』と。焼かれたあとに『ナーツェ家は潰えて』と変わりました。ダークエルフになったのも、そのくらいのときですか?」

「……ええ。だからそれ以降、あたしは『森の声』を聞くことができなくなったわ。情報が古いのもそのせいね」

 実際は、産まれてから一度も『森の声』をクラリエは聞いたことがない。そのため、彼女の話している全てはエウカリスか『影踏』から聞いたことだ。それでどうにか会話が成立した。しかしその危うさにクラリエも話している内に気付いたのだろう。自身がダークエルフになってから聞こえなくなったと伝えることで、その後の情報が刷新されていないことに対する疑問を女性の中から消し去った。


「父上の考えていることが一体なんなのか。それを知ることができるのは、ひょっとしたら同様に四大血統だけなのかもしれません。自身と同様の『血の重み』を知っている者になら、語ることもあるのやもしれませんが……そうなると、ジュグリーズ家を見つける必要があります」


 現状、クリュプトン・ロゼとは交渉の余地がなく、クラリエはナーツェ家ではあるが今は隠しているため死んでいることになっている。そうなるとあとはジュグリーズ家にしか望みがないのだ。


「ですが、私は一瞬だけいわゆる、ナーツェ家の魔力を感じ取ったことがあります。一度、二度……うろ覚えでしかないので数回と表現しましょうか。どれもこれも一瞬で……ただの勘違いでないのなら、生きているということになるのですが」

 『白衣』を使った回数だろうか。つまり、『白衣』を使うたびにクラリエの魔力は『森の声』に伝達されていることになる。


 彼女は勘違いで済ませているが、もしかしたら森の中のハイエルフたちはクラリエの生存に気が付いているかもしれない。


 エウカリスという偽名もいつまでもつか分からない。もしナーツェ家の生き残りだとバレたとき、クラリエは一体どうなってしまうのか。その不安ばかりが募る中、キャラバンは進み続けて、アレウスたちを集落へと案内した。

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