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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第7章 -四大血統-】
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手掛かりを探す

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「アレウスー! 掃除に来たよ!」

 エイラが扉を叩き、その音に辟易したようにジュリアンが顔を覗かせる。

「誰?!」

 彼女の驚く声に合わせ、執事とメイドが護衛の構えを取る。


「僕はジュリアン・カインドと申します。アレウリスさんに言われて、この家の留守を任されています」

「留守?」

「アレウリスさんは依頼を受けて、しばらく帰って来ません」

「えー……じゃぁ、リスティさんは?」

 露骨にガッカリした素振りを見せられ、ジュリアンは苛立ちながらも表情に出ないように押し殺す。

「あの方は担当者ですし、僕みたいな年齢であっても異性と二人切りの家での生活は控えたいらしく、最低限の物を抱えてギルドに泊まり込んでいるんですよ……はぁ、自意識過剰な女性はこれだから困る。でも、アレウスさんにしてみれば気が気ではないかもしれないですし、彼女の取った行動はひょっとしたら正しいのかもしれませんけど」

 愚痴めいたものを口にしつつ、ジュリアンは深い溜め息をついた。

「どうしてあなたみたいなのが家の留守を任されているの?」

 エイラの言葉選びに明らかな悪意を感じるが、ジュリアンはやはり苛立ちを押し殺す。自身の性格の悪さで彼女らとの関係に亀裂が走ってはならない。

 そう、有益であるのならジュリアンは自身の不平不満を抑え込める。これで利用価値のない相手だったなら、そもそも扉を開けることすらしていない。

「僕がアレウリスさんに頼み込んで、仮の師弟関係にあるからです。正式なものではなく、まだ認められている状態にはありませんが、ギルドが僕をアレウリスさんに預けることを決定したそうです。僕としてはその案内を踏み倒したいところだったんですが、条件を飲めなければ来年の特例措置を認めてはくれないそうなので、仕方なく受け入れた形です。恐らくはアレウリスさんも同様なのではないでしょうか」

「じゃぁ、アレウスの弟子なら私の弟子みたいなものね」

「なんでそうなる……あ、いえ、どうしてそうなるのですか?」

 後ろに控えている執事やメイドもエイラの発言に項垂れている。

「だってアレウスと私は友達だもの……今のところは」

「あー、弟子と奴隷は異なります。僕は僕がやりたいと思えばやりますが、したくないと思えばしたくないと主張する権利があります。分かりましたか?」

 心の中で「マセガキ」と唱えつつ、ジュリアンはエイラに正しさを説く。

「ならあなたがやりたい遊びってなに? 掃除のあとに私と遊んでくれるでしょ?」


「……なんでそうなるんだ、いや、どうしてそうなるんですか」

 先ほどと同様のことを口にしつつ、ジュリアンは頭を掻く。

「奉仕活動に見返りを求めるものじゃないと思いますけど」

「でもアレウスはそうしてくれたから」

「…………分かりましたよ」

「やった!」


 留守を任されたこととギルドから提示された条件を飲んだこと。その両方を憂いた。


「帝国領内に、こんな広大な森林地帯があるなんて……」

 アレウスは思わず感嘆の言葉を零す。

「それも、ただの森林地帯じゃない……」

 続いてアベリアも同様に驚いていた。


「エルフは魔力量が多いからねぇ。それが植物にも影響を与えているんだよ。ひょっとしたら、神樹の影響の方が大きいかもだけど」

 クラリエが身を隠すような黒い外套を纏いつつ、アレウスたちに説明する。


 エルフの森はアレウスたちが思っていたような森林ではなく、木々の一本一本が怖ろしく太く、そして高くそびえ立っている。アレウスたちの知る“大木”という表現では足りないほどの巨木である。


「こんな化け物みたいな巨木だと、切り倒すことはできなさそうだ」

 天まで貫くのではと思うほどに高い巨木を眺めながらヴェインが言う。

 アレウスたちは未だ森林地帯に踏み込めるほどの近付けてはいないのだが、成長した木々の大きさが距離感を乱している。

「中を虫が喰い荒らしたり、腐ってもいないから火を起こしても延焼しにくいし、そんなことはあたしが生きている間に聞いたことがない。常に森から湧き出る魔力と、流れる川から水を吸い上げているから水気が枝葉にまで行き渡っているんだよ。寒冷期ですら、エルフの森は青く生い茂っているくらいだもん」

「森を管理することと森を要塞にすることは違うと思うがな」

「ドワーフはドワーフで山の一部を開拓して要塞化しているじゃん」

「だが、森との共生という意味では逸脱しているように見える」

「はぁ、これだからドワーフは……ううん、そんな風に貶したら分かり合えないか。エルフとドワーフでは山と森って違いはあるけど、共生を目指そうとしているのは同じだし。ただちょっと生活の仕方が異なるだけで」

「……ふむ、オレも生活をよく知らないままに否定したのは言い過ぎたかもしれない」

 勝手にクラリエとガラハが言い争いし、互いに納得した。これぐらいのやり取りにはもう慣れた。パーティを組み始めた頃こそ、口論や口喧嘩に今にも発展しそうだったが、二人とも互いを尊重するという気概を持つようにもなった。


「集落探しって、この森林地帯を中心にして探すの? こうやって眺めてみても、どこにも集落っぽいものは見えないけど」

 アベリアが目を凝らして辺りを見つめているが、アレウスが同じようにしても集落の形跡どころか人の姿すら見つけられていない。それどころか気配すらも感知できずにいる。

「多分だけど、住んでいるところは人目に付かないように魔法で阻害を掛けているんじゃないかな。感知の技能にも反応しないように魔法陣を敷いているかも」

 景色に溶け込めるほどの深い気配消しの技能もあれば、それと同等のことを行える認識を阻害する魔法もある。技能と魔法の両方を使えばどうなるかは分からないが、技能は長期の維持に向き、魔法は短期の逃走に向く。だが、常に魔力が供給できる場面であれば認識阻害の魔法は技能を上回る。今回がその一例であるとクラリエは推測している。

「魔法なら残滓を追えば見つけられるのか?」

「駄目、全然分かんない」

 アベリアがお手上げとばかりに首を横に強く振った。

「魔力の残滓で追い掛けることができたら、認識阻害の意味がないし」

「でもな」

 クラリエにそうは言われても、なかなか受け入れられない。右から左、左から右と眺めてみても、なにも無いのだ。なにも無いように見えているだけなのか、それとも本当になにも無いのか。その判断が出来ないのだから、一日を潰してなにも無いところを探し続けるという怖ろしいまでの徒労を生み出しかねない。

「なにか感じるものはないのか?」

「なんにも。あたしって神域でしか生活をしていなかったし、神域の外で暮らすエルフの生活や気配なんてこれっぽっちも分かんない。あ、あと見たことないくらいに大きな木だからって触っちゃ駄目だよ? 多分だけど、触れただけで防衛のエルフが物凄い勢いでやって来るから」

「そういうちょっとしたことは知っているのにか?」

「聞かされていたことは知っていて、聞かされていないことは知らないってだけだよ。たまに森に迷い込んだりする人を追跡したりすることが叔父さんはあったらしいけど」


 この探索は『影踏』の協力を得られるようになってから受けるべきだった。クラリエよりも『影踏』の方がエルフの事情には詳しいはずだ。早まったことをアレウスは若干だが後悔する。

 しかし、『身代わりの人形』の製造状態がどうなっているかは早期に確認すべき依頼である。アレウスのパーティ以外も依頼を受けているはずだが、なにせエルフの森は広い。アライアンスを組んでの大移動よりも各パーティがバラバラに様々な地点から調査することが望ましい。エルフの森へは簡単には入れないが、入る足掛かりさえ掴むことができれば、調査はすぐに済むだろう


 その足掛かりを掴むのが困難なことを除けば魔物退治よりも危険は少ない。


「スティンガーはエルフと同調しやすいと思うが、時間を貸してはくれないか?」

 どこから探したものかと行動の指針を立てられずにいると、ガラハがアレウスに提案する。

「人には追えない残滓でも、スティンガーならもしかしたら追えるかもしれない」

 妖精は精霊と同様に超自然的な存在だ。エルフが森と共生しているのなら、木属性や土属性の精霊との縁は切ることはできていないだろう。

「どうすればいいかすら分かっていなかったから、試したいことがあるならどんどん試してくれ」

 半ば投げやりになってしまったが、アレウスには手に負えない。その様を見てガラハも感じ取ったものがあったのだろう。文句を言うでもなく、自由に空を飛んでいたスティンガーを呼び戻し、内容を伝えて再び空へと放つ。


「今日中に手掛かりがなかった場合、野宿になるわけだけどエルフの森の近くで焚き火は許されるのかい?」

「うーん、火が厳禁ってわけでもなかったかなぁ。燃え移りやすいところでの火が厳禁なのは当然だけど、火を使った料理だってあたしは食べたことがあるし」

「なんでも生で食べるんだと思ってた」

「いや、それは獣人でしょ……って、これは悪口になるのかなぁ」

 悩んではいるが、獣人の食事は生が基本なのは事実で、それはノックスとセレナとの交流で知った。コロール・ポートで火の通った魚料理であれだけ喜んでいたぐらいだ。


 生で食することを文化が遅れている、または知恵がないという意味合いで使えばそれは確かに侮辱表現だが、嘲笑う意思がないのであれば、侮辱には当たらないのではないだろうか。この場にノックスとセレナがいないため、その線引きは非常に難しい。

 しかし、もしこれから彼女たち獣人と交流を深めていくようなことがあって、生食を勧められるような場面があったとしたら、そのときは断る以外の選択肢がない。


「スティンガーがなにかを見つけたようだ」

 しばらくアレウスたちが立ち往生しつつ今後、どういったルートを通るかを地図を見ながら相談しているとガラハが期待に満ちた声で告げられる。アレウスは地図に小さく現在地に丸を付けてから動き、ヴェインやアベリア、クラリエはガラハの元へと一足先に駆け寄った。

「なにを見つけた?」

「それはスティンガーが教えてくれなきゃ分からない。だが、俺が説明した通りに探してくれたのなら、足掛かりにはなるだろう」

「ああ、助かる」

 スティンガーがガラハを案内し、アレウスたちは後ろを付いて歩く。片手に握り締めていた地図をアレウスは再び眺め、方位磁石と合わせてスティンガーの向かう方角を確かめる。地図のどこに向かって進んでいるのか。それを把握すること自体はダンジョン探索のマッピングとそう変わらない。


「そういや、リスティさんとなにかあったのかい?」

「え?」

「いつもは出発前にリスティさんがアレウスに気を使う素振りがあったけど、今回は無かったから」

「……なにもないと言えば嘘になるけど、相談するようなことでもないから」

「そうかい? いや、そうじゃないんだろ? また時間が空いたときにでも話してくれよ」

 アベリアやクラリエがいるところでは話したくない。そういった意図をヴェインが即座に汲み取った。

「毎回のことだけど、ヴェインはどこでその気の使い方を学んだんだ?」

 歩幅を狭くし、アレウスとヴェインだけがやや離れるようにする。この付近に魔物の気配はない。先行しているクラリエやガラハもいるのだから、陣形を維持する必要性も見当たらない。

「んー? 人生経験、かな。ああいや、いつもの冗談だよ。大体はエイミーのおかげっていうか、エイミーのせい……? でもこうやって言うと、怒られるんだよな」

「婚約者のおかげか」

「『人の気も知らないで』、『今日の私はどこが変わったでしょう?』、『こんな質問をさせる前に気付いて』、『髪を切ったことには気付かないのに果樹園の果実の虫食いにはすぐに気付くんだ?』。とまぁ、こんなのを言われ続けたからね」

「それは……頑張っているな、としか」

「でも納得もしちゃうんだよ。なんでエイミーの髪型の変化には気付かないのに畑がちょっと荒らされていることや、虫食いの果実をすぐに見つけられるんだろうって。なんなんだろう。近過ぎて気付かないのかな?」

「気付いたあとになにか言ったら理不尽に機嫌を悪くされたことは?」

「しょっちゅうさ。気が利くことをしたら怒ることもあるし、気が利かないって怒られることもある」

 ヴェインは苦笑いを浮かべながら言う。

「それ、疲れないか?」


「疲れのない幸せなんてあるのかい?」

 さっきまでの苦笑いが嘘のような屈託のない笑顔を見てアレウスは返事に困る。


「え、いや、分からない」

「疲れることは不幸かい? 疲れのないことが幸せかい? 俺はエイミーとの日々で疲れなかったことは一度だってないけれど、家に帰って部屋に入るたびに『理不尽だよなぁ』とか『絶対に俺は悪くない』とか『エイミーは神経質過ぎる』って呟いて、ムカついて、腹を立てるけど……夜眠るときには明日会うエイミーはどんな顔をしてくれるんだろうと楽しみにしていたよ。冒険者になる前はね」

「なったあとは?」

「毎日のように顔を合わせるわけじゃないし、帰ったら帰ったで色々と心配されて疲れを取るどころじゃないけど、一緒のベッドに入って、彼女の寝顔を見ているだけで幸せを感じられる。幸せを感じなかったことがない。疲労が幸福の代償だとまでは言わないけれど、そういう幸福もある」

「要は疲れるけど、疲れるに見合うくらいには相手の気持ちを(おもんばか)れってことか?」

「アレウスはそれが出来ていると俺は思うんだけど、違うのかい?」

「……ちょっと分からない」

「まぁ、なにがあったかは暇があるときにでも」

 相変わらず、人生の先輩であることには変わりない。アレウスはそう歳は離れていないと思っているのだが、彼はあまりにも達観的過ぎる。尊敬できるほどに、人生観にブレがない。


 これから先も、ヴェインはきっとアレウスの人生の先輩であり続けるだろう。それぐらい、この差が縮まる気配はない。


 アレウスとヴェインは早足で前を行く仲間たちに合流し、引き続きスティンガーのあとを追う。


「どうやら、ここからもう少し先に行ったところになにかあるらしい」

「そのなにかが集落だったらありがたいけど、そんな都合の良い話なんてあるわけないけどさ」

 クラリエが自嘲気味に言う。自身の運の悪さを嘆いている。そんなことを引き合いに出されればアレウスだって運には見放されている。となれば、都合の良い話は小数点単位ですら転がっていないことになる。

「集落なら、もっとちゃんと伝えてくるんじゃ?」

「それは思った」

 アベリアの疑問にクラリエが同調する。

「“なにか”なんて伝え方をスティンガーがするの?」

「だが、悪意があるならスティンガーはもっと警告してくる」

 ガラハに危険なところには近付いてほしくない。スティンガーならそう思う。だが、見つけた物に近付いてほしいと思うのならそこには敵意や悪意はないと判断したからだ。


 アレウスたちはスティンガーを頼りに進み続け、やがて一所(ひとところ)でスティンガーは移動をやめてその場で浮遊する。


「なにもないようにしか見えないが」

 アレウスは呟きつつ、先んじて前に出る。


 直後、膜を突き抜けたような――アベリアの唱えた魔法で出来た“沼”の中を歩いたかのような抵抗感が全身にあった。


「キャラバンか……」

 そう呟いたのも束の間、既に前方に見える全ての人物から殺意を向けられていることに気付く。一歩進んで、一歩も身動きが取れなくなってしまった。その異常事態を仲間たちは気付かないまま、同様に“膜のような物”を突き抜けて、キャラバンを視認する。そしてアレウスのように向けられた殺意によって、その場に硬直する。


「待て」

 殺意を向ける人物の一人がそう発し、全体の緊張感に和らぎが生じる。

「『野蛮なエルフ』ではあるものの、同胞を連れている。妖精とドワーフも見える。話ぐらいは聞こうじゃないか。話を聞いたあとでも、私たちは彼らを殺すことぐらいは容易にできるのだから」

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