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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第7章 -四大血統-】
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焦らず、焦らせる

【ヴォーパルバニー】

 別名(アレウスがたまに呼称)『首刈り兎』。

 可愛らしく、愛くるしい姿であるが通常の野兎に比べて体躯は二、三倍も大きく、また白兎特有の赤い瞳を持つ。高い脚力で連続した跳躍による移動を行う。しかし、ワイルドキャットのように獲物に襲いかかるための跳躍力ではないため、逃走時や獲物との間合いを詰める際に真価を発揮する。通常、兎は草食動物であるがヴォーパルバニーは肉食性を有しているため、刈り取った獲物の血肉を喰らう傾向にある。気性の荒い『キラーラビット』が兎の魔物であるのに対し、ヴォーパルバニーは“兎を模倣している魔物”であるために肉食性を常に有しているとされる。か弱い動植物に対しては迂闊に近付くことを学び、知っているためにわざとこの兎の姿を見せている。


 魔物としては中級以上、中堅以下の冒険者が主に依頼を受けるが、特徴を知っていなければ初見での討伐は難しいとされる。


 ヴォーパルバニーは神憑きと呼ばれる、魔物でありながら死神が憑依している稀有な例。このことから人為的な方法によって死神が降ろされたと考える者も多く、ギガースと同様、人造の魔物ではないかと噂されているものの確固たる証拠がないため曖昧なままである。ただし、研究や生態の調査によってヴォーパルバニーに憑依する死神は、神を自称してはいるものの、その神格は非常に低いものであることが判明している。敬虔なる信徒が讃え、敬う神には程遠く、無尽蔵に捧げられる願いの木っ端より現れ出でた些細な死を(かたど)った神である。

 しかしながら、神格は低くとも神は神である。種族や職業によっては神に歯向かう、抗うことに当たるために戦う前から戦意を喪失してしまう。特に僧侶、神官はこれに該当し、エルフやドワーフの連れている妖精なども抗いがたき神威の前に屈してしまう。魔の叡智に触れている者も大半は神への祈祷を行っているため、強い意志を持っていなければ憑依している死神の放つオーラに屈してしまう。

 また、祓魔の力を有していても、神には効果がない。当たり前だが、神は悪魔や邪霊ではないのだから祓えない。


 また、そのような信心深き者たちのロジックの項目『信仰心』を参照し、死神は『神を神として認めている者』によって確立した強さを獲得する。即ち、信仰心の高い者がいればいるほどヴォーパルバニーと死神の能力値が上昇する。そのため、この魔物は普段から後衛の魔法職を狙わない。物理の後衛職がいた場合はその人物を集中的に狙う。死神という憑依した神の入れ知恵か、動物の形容をしていても知性が高い。

 このことから、魔の叡智に触れていない戦士への負担が大きく、射手や狩人ともなれば常に狙われ続ける不安を抱え続けなければならない。加えて、死神の一撃は急所を狙ってくることが確定しているため、攻撃がそのまま即死に繋がりやすく常々にパーティの全滅が起こりやすい。


 対処法は、信仰心の高い冒険者を遠ざけてヴォーパルバニーの能力値を下げること。魔法職を伴わないパーティによる戦いとなるため、ポーションの活用やなによりも死神の一撃を安易に受けないことが求められる。その意味では魔法頼りで乗り越え、上を目指し続けてきた冒険者にとっては立ち塞がる大きな壁になりうる。。


『可愛ければなんでも許されるというのなら、自分の首が飛んでも尚、笑って許せるのか?』

「あいつ、どう見ても私のことを狙っているわよね?」

「僕とガラハはあいつの間合いに入らなきゃ攻撃できないからな。一方的に攻撃してくるニィナを狙うのは当然だ」

「死ぬのは嫌よ?」

 ニィナが強張った表情で言う。

「ヴォーパルバニーの攻撃は確定で人体の急所に入る。防げばどうということはない」

「防げなかったらどうするのよ」

 ガラハにも噛み付いているので、アレウスからしてみればニィナの調子は絶好調のようにも思える。


「考えてみろ。僕たちはいつだって生きるか死ぬかの盤上に立っている。怯えたところでやることは変わらないんだ。猛禽類か猛獣を相手にしているようなものだ。あれを熊だと思えばいい」

 熊の一撃は、受けてしまえばどんなものだって致命傷のようなものだ。防ぐことができたなら致命傷にはならない。

「それを聞いたってイマイチ冷静になんかなれそうにないわよ。喩え方が下手なのよ」

 文句を言いつつも、ヴォーパルバニーに跳躍の兆しが見えた瞬間にニィナは矢を放ち、それを阻止する。


 初動を潰した。これであの魔物は再度、アレウスたちとの間合いを測る段階に戻る。赤い瞳はアレウスたちを見据えたままだが、殺意という面では同等に向けられているわけではなく、ニィナに対して強く強く向けられている。やはり、ヴォーパルバニーにとってはニィナを仕留めることが最優先となっている。


「兎側と死神側の動きは決して同期しているわけじゃなさそうだけど、、兎が近付かなければ死神も近付けないんだな」

「憑いている以上は、依代(よりしろ)から遠く離れることはできないだろう。必ず密着していなければならないわけでもなさそうだがな」

「観察は良いけど、ヤバいときはちゃんと防いでよ? 一応、短剣も剣も持ってきているけど、そのどちらかを抜く前に首が落ちてる気しかしないから」

 弓の扱いは慣れていても、反射神経と瞬発力を強く求められる場面では抜剣すらままならない。アレウスは直感的に死に関わる一撃かどうかを判断できるが、それでもそれらの攻撃を防ぐときはいつだってギリギリだ。彼女も狙われていることは分かっているが、寸前で攻撃を防げるかどうかが不確かだからこそ不安を口にしている。


 ニィナの矢によって初動を抑え込める点から見ても、やはりヴォーパルバニーに対しては待ちが有効である。ただし、常に先手を譲ることになってしまう。そうなると後手のアレウスたちの誰かが対処に遅れた場合、大きな痛手を負ってしまう。

 だからと言って、無闇には攻めに転じられない。まずは見習いたちの退避が完了し、信仰心の低下によるヴォーパルバニーの強化を取り払う。そのあとに転機を待ち、攻勢に出られる瞬間に一気に畳み掛ける。


 間合いを詰めるか否かではなく、詰めるのを絶対に阻止するという意志を持って集中力を高めていく。


 ヴォーパルバニーが動く。すかさずニィナが矢を放つ。


「ちっ!」

 ニィナの舌打ちが耳に入る。二度目は通じないとばかりに初動にフェイントが混じっていた。前方へ跳躍すると見せかけての横への跳躍。矢は初動を抑え込めない。彼女は次の矢をつがえるのではなく、自己防衛のために剣を抜く体勢に移る。

 前方への跳躍をヴォーパルバニーが行う。憑依している死神が大鎌を振りかぶった。

「急所を守れ!」

 ガラハの雄叫びを上げながら戦斧で首元を守る姿勢を取る。アレウスもあとに続く形で遅れてしまったが短剣で首の右側を守る。


「“癒やしの光よ(ヒール)”」


 死神の大鎌が二人まとめて薙ぎ払う。その一撃が過ぎ去ったのち、アレウスの首に横に真っ直ぐ赤い筋が入る。

 筋が徐々に皮膚を裂き、肉を断ち、血管を分かち、骨に至ろうとしたところでアレウスの首に負った傷が縫合されていく。回復に対しての体への負荷が大きく、アレウスは脂汗を掻きながら膝を折る。血が噴出しなかったのが不思議で仕方がない。まさに、死をギリギリで防いだ回復魔法だった。


 短剣で首を守ろうとしたのがそもそもの間違いだった。死は強く感じ取っていた。防御にも間に合っていた。だが、短剣ごときでは防げるような一撃ではなかったのだ。


「僕が回復していなかったら、間違いなく死んでいましたよ?」

 魔法の詠唱の仕方から、アベリアではないことは分かっていたが、まさかまだ見習いがいたとは思わなかった。

「下がれと言っただろう」

「それ、僕のところまでは聞こえていないんですよね」

 そういえば、ヴォーパルバニーと接敵した直後に見習いの一人は――アレウスを魔力の糸で繋いでいた見習いの少年は大きく距離を取って離れていた。


「僧侶や神官は下がらせろ」

 ガラハは首への一撃を凌いでアレウスへそう伝えつつ、ヴォーパルバニーから視線は外さない。

「今の、届いていたら私も死んでいたわよ」

 ニィナは剣で防御姿勢と取りつつ後退していたようで、大鎌の範囲からは逃れていたらしい。

「あの大鎌は実体を持っているようで持っていません。なので、振り切ることを止めることは叶いません。防御の姿勢を取って、大鎌を止めることもできません。ですが、振った際に生じる力は確実に存在していて、物体を通過する際に減衰が起きます。今回は短剣、アレウリスさん、そして戦斧、ドワーフさんの順で大鎌が物体を通過したのでドワーフさんに至った力はかなり弱まっていたんです。体が頑丈とか、防御姿勢をちゃんと取れていたからとか、そういうのは関係ありません。逆だったならドワーフさんの首も無事では済んでいなかったと思います」

「……詳しいな」

「僕は一度、ヴォーパルバニーと戦った冒険者を見たことがありますので。その方から色々と教えてもらいました」

 少年は恩を売るような台詞を最初に言いはしたが、礼儀正しい反応を見せる。

「僕の回復魔法では、あなたの体に強い負荷をかけてしまいます。その、習得して間もないので」

 しかし、その習得して間もない魔法によってアレウスは救われた。


「生きているなら、負荷ぐらいには耐えられる」

 脂汗を拭い、立ち上がる。声が震えてしまっているのは、死を間際に体感したためだ。だが、これが初めてではない。終末個体のピジョンと戦った際には漏らしてしまったし、ラブラと戦った際には緩やかに凍え死ぬことを受け入れようとした。だから、見習いを前に震え声を発することを恥とは思わない。

「君がいることでヴォーパルバニーが強くなってしまう」

「言ったじゃないですか。僕は回復魔法を習得して間もない、と。つまり、僕の本職は僧侶でも神官でもないんです。神にさほどの期待もしていませんし、奇跡を神が起こすものとも考えちゃいません。神に祈りを捧げた回数も、片手の指で数えられる程度です」

 外套のフードを外し、綺麗な薄茶色の髪をなびかせる。

「……女?」

 まつ毛の長さ、端正な顔立ち、潤いのある唇。声も変声期を経ているのかどうかも怪しいくらいに、中性的だ。

「あー、まただ。また間違えられた」

 だがアレウスの呟きに少年は項垂れた。その間にニィナが体勢を整えるために矢を放ち、ヴォーパルバニーを下がらせる。

「僕のことを女と間違えた人は、大抵が死ぬので注意してください」


 そもそも、アレウスは見習いのことを“少年”だと分かっていた。だが、顔を見た直後にそれが“誤解”だったのではないかと思って口にしただけで、最初から“少女”として接していたわけではない。だが、彼の言葉には若干ながらの重みがあり、笑い飛ばすことはできそうにない。


「ジュリアン・カインド」

「あれ? 僕のこと知っていたんですか?」

「……クルタニカに、君が冒険者として向いていないのではないかと、注視するように言われていた」

「また見た目で決め付けられた…緊張しているとき、僕は物凄く自信なさげで、弱そうに見えるらしいです」

 あのクルタニカが見た目だけで勘違いしたとは思えない。まだなにか裏があるのではないだろうか。


「そういう話、この状況を切り抜けてからでいい?」

 ニィナに促されて、アレウスは緊張感を取り戻してガラハの待つ前衛に戻る。

「見習いは下がらせないままでいいの?」

「ヴォーパルバニーと戦った冒険者を見たことがあるらしい」

「見ただけ?」

「見聞は、学びに変えているのならそのまま経験に置き換えられる。彼にはその学びがあるように思える。僧侶でも神官でもないと言っていたから、さほど信仰心も高くない。アベリアを呼び戻すよりは、ヴォーパルバニーの能力値の上昇も抑えられるはずだ」

 戦力として数えはしないが、大鎌の届かない位置での支援程度ならさせても構わないだろう。


「そうです、僕は僧侶でも神官でもありません」

 アレウスでも視認できる太い魔力の糸が少年の握る杖から伸びて、死神と繋がる。更に複数の魔力の糸が枝分かれするようにして死神を縛り上げていく。

「“束縛(バインド)”」

 死神の動きが中途半端に停止し、ヴォーパルバニーは跳躍の途中で硬直し、留まる。しかし、その束縛魔法も十秒も経たずに引き千切られ、魔物は本来の動きを取り戻す。

「僕が得意なのは妨害や阻害の魔法です。まだ見習いなので、長時間の束縛もできませんが、一瞬は止めることができます。危険だと思ったら唱えますが、攻めるときには合図をください。僕にはあなた方のような攻勢に出るタイミングや判断力がありませんから」

 少年――ジュリアンは糸を引き千切られても挫けずに再び死神に糸を繋げた。


「ニィナはジュリアンの傍から離れるな。脅威度を一点に集中させろ」

「分かったわ」

 二手に分かれたところで、ヴォーパルバニーは片方の首を刈りに行くだけで攪乱にはならない。アレウスに求めているのは、この場にいる全員の生存だ。一方の犠牲を払って得る勝利などない。


「ガラハは僕と同じで飛刃を撃ちつつ牽制だ。ニィナやジュリアン以外にも、遠距離から攻撃できることをあいつに思い知らせる」

「注意力を分散させるのか」

 あの魔物はさっきの一撃でガラハとアレウスが死を怖れて引き下がると考えているだろう。そのためにわざわざニィナを狙わずに前衛に出た二人をまとめて薙ぎ払ったのだ。まさに死を用いた威嚇だった。


 とはいえ、アレウスだけは確実に殺す気だったはずだ。


「油断してないのに、集中してても死にかけたんだから笑えないな」

 やはりままならない。ままならないどころか、ジュリアンがいなければ簡単に死んでいた。アレウスの生存はあの魔物にとっては想定外に違いない。しかし、アレウスにしてみれば大鎌の一振りで容易く死にかけることが想定外だ。

「威勢だけ良くても、出鼻を挫かれることもあるというだけのことだ。気にせず、お前らしい戦い方を続けろ」

 落ち込んでいる空気を読んだガラハに励まされる。

「ありがとう、まだまだ未熟者だ」

 言いつつニィナとジュリアンをヴォーパルバニーから守るため、直線の距離で魔物と二人が直線で結ばれるようなことがないようにしっかりと合間に挟まる位置を取る。そこからガラハが飛刃を放ち、死神が鎌で薙ぎ払ったのを確かめてからアレウスが飛刃を放つ。貸し与えられた力を使っていないため、飛刃自体の威力にはそこまでの期待はできないが、ヴォーパルバニーにしっかりと命中する。


 死神にしてみれば、ガラハが飛刃を撃つことは分かっていたが、アレウスまで飛刃を放てるとは思っていなかった。だから最初の飛刃をなにも考えずに大鎌を振って対応したのだ。その庇護をヴォーパルバニーは信じ切っていたために、次の飛刃を受けることとなった。


 ならばガラハが飛刃を放った直後にアレウスが飛び込めば良かったのかと言えば、死神が大鎌を振り切った直後にヴォーパルバニーが持ち前の跳躍力を用いて回避や逃走されれば、死神が再び大鎌で薙ぐ準備が整ってしまう。そこまで間合いを詰め切ってしまった場合、ジュリアンの束縛の魔法が加わっても、きっと大鎌の範囲からは逃れられずに助からない。

「回復魔法を事前にかけていれば、死にはしないのか?」

「安直に考えないでください。事前に唱えて、あとアレウリスさんが短剣で防御しようとしていたからなんとかなったんですよ? それも僕は回復魔法が下手くそなので、死神が動く前に魔力を練りに練ったんです。それで、どうにかです。無防備なところに、今すぐに同じように魔法を唱えたって、死神の一撃が上回ります。あとは、その短剣が大鎌の威力をかなり減衰させていたのもあります」

 奇跡という言葉を信じたくはないが、恐らくは奇跡的なタイミングでアレウスは生かされたということだ。そして、この短剣にも救われたことになる。


「焦れば焦るほど、私たちが不利になるわよ。むしろあいつを焦らせる方針で行きましょう」


 そう、それが正しい。アレウスはニィナの言葉に同調するように首を縦に振って返事とした。

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