余裕はあれど
ワイルドキャットは群れを統率する。その群れはガルムやハウンドで構成されるが、時折、コボルトが混じることもある。終末個体のピジョンと戦う前に、その習性については学んだつもりだ。しかし、その強さについては未知数のままだ。真正面から戦って討伐した経験はない。ただ遭遇し、逃げおおせただけに過ぎない。
だからこそ、慎重さを忘れてはならない。新人のテストだからといって、アレウスたちに魔物が優しく接してくれるわけではないのだから。
「申請して受理されたってことは、ジュリアン・カインドという人もなにかしら冒険者の素質があるんじゃないかい?」
「素質があるように見えないから注意しろと言われた」
クルタニカから来た念話については移動中に伝え、容姿と名前の共有はできている。あとはその容姿に合った人物を見つけられるかどうかだが、下手に丘の上に立てば目立ち、更には魔物を刺激してしまう。目視で確認するしかないのだが、クルタニカの要望は思っていた以上に難しそうだった。
「外見や態度からの判断に過ぎないよ。俺も人のことは言えないけど、貧相な格好をしているからといってお金持ちじゃないとは限らないし、悪党には学がないと思ったら実のところはそうでもない。そういうのは往々にしてあるだろう?」
「確かにそれは言える」
ヴェインの言うように件の人物を見てから物事は見定めた方がいい。とは思いつつも、クルタニカから資料についての念話が飛んできたならば、見定める方向性も180度変えなければならなくなるが、それを今、この場で考え始めていてはキリがない。
「クラリエが見つけるのが先か、私たちが見つけるのが先かってところね」
「言われた人物を見つけるのが僕たちの役目じゃないからな?」
「そりゃそうだけど、名前を出されたら気になるじゃん」
「それも確かに言える」
先ほどからヴェインやニィナに納得させられることばかりだが、ただ暢気に会話を交わしているわけではない。この間にもアレウスとニィナは感知の技能で辺りを探り、ヴェインとアベリアは魔力の気配を追っている。ガラハは魔物の襲撃があってもすぐに対応できるよう先頭を歩いている。
「岩陰とか、丘の下とかに隠れて見習いの様子を窺った方がいい?」
「こっちの姿が見えないのは良いことだけど、同時にこっちからも見習いの姿が見えなくなってしまう。景色に溶け込めるクラリエが戻ってきたら丘の上、彼女よりも劣るけど気配消しができる僕とニィナも丘の上で、他のみんなは丘の下から見守るのが適切だと思うけど」
「だが、そうやって上下で分かれるといざと言う時に集合できないぞ」
気軽に上や下などと言っているが、気軽に跳躍して上下を行き来できるわけではない。高さはまばらで、急こう配になっているところも少なくない。場合によっては互いの位置を確認することも難しい。アレウスたちが気配消しを行えば尚のこと、丘の下で待機するガラハたちへの負担が大きくなる。
「スティンガーを僕たちの方に飛ばしてもらって、ガラハだけでも状況が分かれば……いや、それでも僕たちのタイミングを合わせるのも、集まるのも手間が掛かってしまうな」
「結局、分かれないのが一番なんじゃない? 見習いに見つけられたって私たちの仕事が変わるわけではないし、テストの見守り役を頼るような見習いならそもそも落とせばいいだけだし」
「落とす落とさないの権利を僕たちが持っているわけじゃないけど、進言ぐらいならできるからその方向で行こうか」
問題は、見守り役が傍にいるからと気を抜いたところを魔物に襲われないかどうかとなる。ゴブリンは知性を持って行動している以上、集団で行動している見習いをなにも考えずに襲いには来ないが、ガルムやハウンドは群れで行動しているために数の暴力で襲ってくる可能性がある。ガルムの一匹や二匹なら手も掛からないが、三匹を越えると一人では対処ができなくなる。見習いのパーティが前衛に比重を置いていればどうということはないのだが、そうバランスの良いパーティを作るのは難しいものだ。
これがアレウスのパーティであるなら、ガラハとヴェインが前衛で凌ぎつつ、中衛のアレウスとクラリエで止め切って、アベリアとニィナに仕留めてもらう。これが基本となるだろう。基本から陣形を変えるなら、アレウスが中衛から前衛に移って、クラリエが奇襲で仕留めていく方針でもいい。ただし、これだと中衛がいなくなり後衛に容易く届くようになってしまう。なので、この陣形は短期での戦闘を終えることが前提になるだろう。
ここまでは誰だって考える。自身のパーティを見て、なにが得意でなにが不得意かを判断し、適切な間合いや適切な陣形で魔物を処理する。パーティへの被害は最小限に留め、受けた傷は後衛からの回復魔法に頼るだけでなく、ポーションでの回復も含める。軽傷であれば魔力と道具の無駄遣いをしないように止血で留める。
この基礎ができるかどうか。もしできなかったとしても、それを補う行動を取れるかどうか。
少なくとも、オーガと戦ったときのアレウスには全くそんなものは備わっていなかったが、人を審査するとなるとそういった細かいところを見ようと思ってしまう。だが、そんな細やかな部分などそれこそ些細なものに過ぎないのだ。重要なのは、圧倒的な適正。冒険者に向いているか向いていないか。その見習いの手を掴み、引き上げたいと思うか思わないか。アレウスが重きを置くべきは、きっとそんな分かりやすい部分だ。アレウスたちが担う審査のポイントは決して高くはないが、それを理由に肝心なところを見落としたり、手を抜くつもりもない。
「私たちは捨てられた異界だったけど、ゴブリンだったからまだマシだったかもしれないわね。オーガは想定外だったけど、ゴブリンよりガルム退治の方が面倒よ」
「そうか?」
「だって私の住んでいる村ですら退治依頼が出るくらいには人里にやって来るのよ? 畑は荒らすわ、家畜を殺すわで厄介極まりないのよ。刺激しなければ人を襲わないけど、逆に言えば刺激すれば襲ってくるわ。今回は私たち含めて全員がガルムの行動範囲に入るわけだから、それだけで刺激になっちゃう」
そう言われれば、アレウスがニィナと親しくなったのはガルム退治を引き受けてからだった。
「俺はゴブリンならもっと狡猾に動くように思ってしまうけど」
「アレウスはもう分かっていると思うけど、ゴブリンに比べてガルムは突破力が高いの。小競り合い感覚でゴブリンを出し抜いて仕留めるより、なにも考えず肉食動物の生存本能と闘争本能だけ高めたような狼っぽい魔物が一斉に襲いかかってきたら、さすがに混乱しない?」
「そうか、ガルムはなにも考えない分、こちらも考えている余裕がないということか」
ヴェインがニィナの言いたいことを理解する。
「ええ。前日に対策や、対処を決めて罠に掛けての一網打尽なら効果的だけど、実際のところ見習いがどこまでガルムの群れを倒せるのか首を傾げてしまうわ。なによりハウンドまでいるのよ? ワイルドキャットは全ての群れのリーダーであって、群れが一つってわけじゃないのよ」
「言うなれば魔物もパーティ、か」
ガラハの呟きにニィナは肯いた。
「……ガルムが上かゴブリンが上かみたいな話はしたところで意味がない。ゴブリンは低能であれ狡猾だから、それを上回る作戦で出し抜けるか、ガルムはパーティが崩れないように瞬間的な判断力で仕留め切るか。正直、どっちも面倒臭いことには変わらない」
アレウスがそう言うとニィナは一部、納得の行かなそうな顔をする。
「でも、人に害を成すか成さないかの頻度で言うと圧倒的にガルムなのは分かるよ。ゴブリンはオーガやオークみたいな自分より上位の魔物に出会って媚びない限りは“波”のように街や村は襲わないからな。ガルムはガルムで群れを成して、上から統率する魔物が現れなくても人里を荒らしにやって来る。大体の被害、そして“波”の筆頭はガルムみたいな犬や狼みたいな魔物だし」
「そういうこと、さっすがアレウス。魔物みたいな思考で助かるわ」
「いや、その褒め方は意味が分からない」
「褒められているのではない。魔物が面倒臭いように、お前の考え方も面倒臭いと皮肉を言われているだけだぞ」
横で聞いていたガラハに言われ、ようやく意味を知ってニィナに文句でも言ってやろうとしたが、既に彼女はアベリアの傍に行ってしまった。上手くアベリアを隠れ蓑にされては、怒るに怒れない。
「この先と、あとあっちの丘の向こう側」
クラリエが気配を発しつつ戻ってきて、二つの方角を指差す。
「ガルムの群れじゃなくてハウンドの群れ。今のところ、あたしたちの周りに見習いはいないみたいだね。ここは静観すべきじゃないかな」
「ジュリアン・カインドは?」
「探しに行った方角が悪かったかも。見習いのパーティも見当たらなかったし。引き続き、探そうか?」
「いや、ここにいて欲しい」
「……なんだろ。なんの気なしの言葉なんだろうけど、ドキッとするからやめてほしいなぁ」
途端、ニィナから刺すような視線が向けられる。
「僕だけだと捉え切れない群れがあるかもしれないから」
いて欲しいと言った理由を補足する。それでもニィナの視線はしばらく痛いものがあった。
「クラリエを偵察に出し過ぎると肝心なオレたちの陣形が維持できない可能性がある」
ガラハは心底、面倒臭そうにアレウスに助け舟を出す。
「そうそう、深い意味はないんだよ。だからそんな怒った顔をしないでよ、ニィナちゃん」
「深い意味はなくても、アレウスはたまに言葉選びを間違えるから」
「珍しいねぇ、アベリアちゃんまで責めるなんて……」
なんとか場の雰囲気を和ませようと努力するクラリエだったが、アベリアが不快そうに言ったことで勢いをなくす。
「まぁまぁ、落ち着いて」
「あんたはどっちの味方なのよ?」
「俺は以前に『アレウスになにをしてもいい』って言っちゃっているからニィナさんの味方だよ」
「そうよね、そうよね!」
「でも、こんなところで言葉の一つや二つに苛立つのは良くないよ。俺たちはパーティリーダーのアレウスを追い出すような真似をしたら、碌にまとまらないんだからさ」
「それもそうね。悪かったわ、変なところで張り合おうとして」
「なんでお前、僕の知らない間に僕のことを『なにしてもいい』とか約束してんの?」
パーティのいざこざが刺々しくなる前に片付いたが、良かった良かったとアレウスは素直に思えない。
「お前たちは物見遊山にでも来たつもりか……?」
暢気そうなパーティにガラハはそう言って嘆息した。




