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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第7章 -四大血統-】
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今年のテスト


「今年の試験場は異界じゃなくて丘陵地帯か」

 シンギングリンから少し離れたところにある平原と丘が組み合わさった複雑な地帯を見つめながらヴェインが感想を零す。

 誰かが試験のために複雑な地形に変えたわけではなく、単純に街と街、村と村を繋ぐような街道より外の地帯を整備していないだけで、このような丘陵はシンギングリンに限らず、色々なところで見掛けるものだ。

「でも試験場になるくらいだから、ただの街道から外れたところというわけではないんだろう?」

「僕たちが新米だったり初級冒険者だった頃にこなした依頼と同じだよ。特定の魔物がこの丘陵地帯で活動している。巣窟、巣穴、根城みたいな状態だから探索と合わせての討伐依頼みたいに複数のパーティによる時間差での退治を繰り返すんじゃなく、この試験で一網打尽にしようってことらしい」

「依頼主もまさか試験に使われるとは思ってなかっただろうねぇ」

「オレたちは冒険者見習いが危なくなったときに助けに入る。それまでは静観か?」

「危なさの基準は人それぞれだから、僕の指示は待たなくていい。特にガラハはスティンガーもいるし、クラリエと同様に独断で動いてもらって構わない。それが命を救う行動になるんだ。冒険者見習いの試験を気にすることなんてない。むしろ、そこまで追い詰められたら冒険者にはなれない」

「私たちは死にそうになったけど?」

 自信あり気に語るアレウスの調子を外すようにニィナがボソッと呟いた。


 アイシャと一時的なパーティの解消を行っているニィナは予定通りアレウスのパーティに一時的に加入している。今回は異界絡みではないので、事前にリスティが連絡を入れておいてくれたため、スムーズにシンギングリンで合流し出発することができた。


「もっとリーダーシップがあったなら、僕たちは死にそうにならなかったし、もっと合格者も増えていたのかな」

 しかし、当時のアレウスにはアベリア以外を信じてはいなかった上に、話しても理解してくれる相手でもなかった。


 いや、そもそもオーガが現れさえしなければ、あれほどの大惨事にはならなかったのではないか。そうアレウスは思っているが、やたらと自分の腕に自信があった輩は無意味に仲間を死なせ、理解もないままに『栞』を使って死んだ。


「あれは仕方ない」

 アベリアがすかさず擁護に入る。

「過ぎたことだけど、悔やまれることは多いな」

 責任を感じることでもないが、忘れることもできないことだ。


「……なんか雰囲気暗くなっちゃったけど、アレウスのパーティって私も入れば盤石なんじゃない?」

「それだったら異界も手伝ってもらうぞ」

「絶対に嫌。命を賭ける以上、請け負う依頼は選ぶべきよ」

「それにはなんにも反論できる気がしない」

 しかし、初級や中級冒険者がそんな風に依頼の選り好みをしていいものなのか。そこまで考えたところで、アレウスは自分自身の思考が時代錯誤なものに陥っていることに気付く。


 若い内に苦労を重ねろ。そんな時代はもう過ぎ去ったのだ。これからは上の者が下の者を支えながら引っ張り上げる時代だ。若者や後輩が同じ土台に立つことを嫌っていては、自然と性格の悪い冒険者に成り果ててしまうだろう。


「クルタニカさんは?」

「なんで?」

「アレウスのことだからクルタニカさんもパーティに入れているんだと思ってたのに」

「よく分からない決め付けだけど、あの人は今回は試験官だよ。僕たちみたいに現場で冒険者見習いの救助や救援をするんじゃなくて、テストの内容を伝えて、“念話”で状況を把握しながら指示を出す役」

「今回は?」

「いや、前回は付いて来てくれただけだし」

「本当に?」

「なにを疑っているんだ?」

「……まぁ、アレウスが誰と仲良くしていようと別にどうだっていいんだけど」


 なにやら機嫌を損ねているように見える。変なことを言っただろうかとアレウスは思ったが、ニィナはこういったことを後々には引きずらないので、大して気にする必要もないと判断する。


「僕たちは捨てられた異界だったけど……ヴェインやクラリエのときはどうだったんだ?」

 ガラハはテストを受けずに冒険者になったため、この話を振ることはできない。だが、テストを免除されているからといって(おご)りはなく、その実力に疑いようはない。


「俺のときも捨てられた異界だったよ。ゴブリンだらけで、そりゃもう大変だったね。あれでなんで戦士で合格したのか未だに分かってないけど」

「あたしは異界じゃなかったよ。でも、大型の魔物を相手にはしなかったけど、ワイルドキャットみたいな中型の魔物を複数討伐で、一日じゃなくて三日がかりだったから。サバイバル能力も求められていたんだろうけど、なんでもかんでも感知に引っ掛けちゃう時期だったから、終わり際にはメンタルの方がボロボロになっちゃったよ」


「毎年、ギルドも力試しとはいえ苦労してそうだな」

「人が死なない年はないって言われているから、冒険者の事情を知らない人からはよく咎められているよ。人命を軽視し過ぎているって」

「でもその結果、冒険者の数が減って魔物に襲われる街や村が増えてしまったら本末転倒だと思うけどねぇ」

 ヴェインの言うこともクラリエの言うこと、そのどちらも大切なことで、どちらが悪いという答えもない。


「今年は有名な新人はいないのか? ギルド側から注目するよう言われる者もいるのだろう?」

「僕は聞いていないけど、クルタニカさんは聞いているかもな。ガラハなら見れば大体、見込みがあるかどうか分かりそうだけど」

「ヒューマンの気配の波は強まったり弱まったり、あまり安定していない。気にも留めていないヒューマンが思わぬ力を秘めていてもおかしくはない」

「あー確かに。ヒューマンって見掛けじゃ分かんないところが多いんだよねぇ。実際に戦っているところを見ると、全然違ったりする。あたしがアレウス君に興味を持ったのも、見た目や気配じゃなかったし」

「見た目や気配じゃなかったなら、どこに興味を持ったんだ?」

「まずテストでオーガと戦って生き残ったってところで目を付けて、そのあとの様々なところでの立ち居振る舞いかな。なんでこんな子が、無茶をしなからも確かな実行力を持っているんだろうって興味を持った」

 言われるほど実行力を有していたとは思えないのだが、そこで興味を持ってくれていなければ今、彼女はアレウスのパーティにいないのだ。そう考えると不思議な縁の連続だったということだ。


《テストの協力者の冒険者の方々、聞こえまして?》

 クルタニカの念話を聞いて、アレウスたちはそれぞれが小さく応答する。

《時計で確認してくださいませ。午後一時にテスト開始。討伐対象はガルム、ハウンド。討伐数で決めるわけではありませんが、効率良く狩るパーティには注目してくださいませ。また、ワイルドキャットの存在も確認されていますわ。複数のパーティが一気に攻め立てれば討伐は難しくはありませんわ。ですが、突出したパーティがワイルドキャットと遭遇すれば極めて危険なのは当然のこと。ですので、ワイルドキャットを捕捉した方々は逐次、わたくしに連絡を入れてくださいませ。あくまでワイルドキャットはパーティ間での協力関係を結べるかどうかの協調性を見るための魔物でしてよ。テスト結果に響く魔物ではありませんわ》


「協調性か」

「私たち、欠片もなかったから」

「もしかしたら私たちのせいで追加されたのかもしれないわ」

 アレウスを含めた去年の三人の合格者は思うところがあって、各々が呟く。


《アレウス、聞こえまして? 今はあなただけに念話を繋げていますわ》

「え、あ、はい」

《今回の冒険者への登録申請者の中に、少し気に掛けてもらいたい子がいましてよ。別に各段、わたくしが特別視しているだとか、ギルドから注意するようにと言われているわけではありませんが……どうにも冒険者に不向きにしか見えないんですのよ》

「名前は?」

《ジュリアン・カインド。一瞬、女の子かと疑うほどの長髪と美貌。わたくしが見た限りでは始まる前からビクビクしていて、とてもではありませんが魔物退治ができるような子には見えませんでしたわ。冒険者のテストに推薦制度はありませんし、一体全体どのような面で見込みがあると判断されて見習いに認定されていたのかも知りようがありませんわ。こちらで資料を見て、なにか分かり次第、また念話を飛ばさせてもらいますわ。そのときはアベリアを介させていただいてもよろしくて?》

「問題ありません」

《あなたと話をするのが嫌というわけではありませんのよ? ただ、魔力で繋ぐ以上は繋げやすい繋げにくいがあるんでしてよ。アベリアやクラリエであれば、難なく繋ぐことができるはずですわ》

 クルタニカとの念話はそこで切られた。


「なにを言っていたの?」

 アベリアがクルタニカと二人切りで念話をしていたことに、なにかしら思うところがあったのか心配そうに訊ねてくる。

「気掛かりな見習いがいるから、注視してほしいって。経歴が分かり次第、次からはアベリアかクラリエに繋ぐらしい。ジュリアン・カインドって名前らしいんだけど誰か知っているか?」

 アレウスは全員の顔を見るが、誰一人として思い当たる節がないといった表情をしている。勿論、自身もそのような名前を聞いたことはない。


「誰かに推されて受けているわけでは?」

「テストで自薦はあっても他薦はないんだ。要するに、自分で申請することでしか正式に冒険者としては登録されない」

 ガラハの質問をヴェインが答える。

「あたし、先にそのジュリアン・カインドって子を探してみるよ」

「ああ」

 クラリエが景色に溶け込んで消える。

「私たちは? パーティ単位で独断で動く?」

「ギルドから予定を立てられた通りの道を通る。まぁ、道なんてあってないようなものなんだけど」

 事前に渡されている地図と、そこに示されている導線通りに進む。クルタニカは気に掛けてほしいとは言っていたが、規律を乱してまで気にしろとは言っていない。

「分かったわ」

 ニィナもそこは理解しているようでアレウスに反抗することなく肯いた。


「できれば誰一人として死なずにテストが終わってほしいけど」

「俺たちが手を出し過ぎれば、彼らの力量を測れないまま冒険者になってしまう。死んでも甦ることはできるけど、何度も死んで、何度も苦しむ。それは、彼らへの慈悲になるのかな? 俺は、死よりも(むご)いと思うけれど」

「……分かっている。なんにでも首を突っ込みはしない。ただ、僕は危険の判断基準が曖昧だから……あんまり考えずに飛び込むことがあるから、そのときは全力で止めてくれ」

「アレウスが飛び込むときは大体、危険なときだから俺は止める必要はないと思うよ。でも、そこまで言うなら俺も君の動きを気に留めておくよ」


 懐中時計が午後一時を指し示す。特にこれといった合図はなく、静かに今年の冒険者テストは開始された。

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