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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第7章 -四大血統-】
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アベリアを引き止めたい


「アベリアー? 屋根の点検終わったけど、特に傷んでいる箇所はない……おい」

「ん~?」

 リビングのソファでくつろいでいるアベリアは気だるげに返事をする。このソファはリビングに置く物がほぼ無かったため、リスティが私物の中から提供してくれたものだ。ちなみにリスティはソファをもう一つ持っているため、そちらは部屋に運ぶのを手伝わされた。


 別に返事一つで彼女が怠けているとは思わない。現に彼女は魔法に関する本を読んでいるのだから。ただ、くつろいでいるときと勤勉な姿勢のときとで、どちらの方が頭に入るのかまでは分からない。


「と言うか、人目を気にしろ。もう僕たちだけが住んでいるわけじゃないんだからな」

 ソファでリスティは足を伸ばしているのだが、普段着のスカートが捲れて下着が見えてしまっている。いつもなら放っておく。言ったところで直さず、更にアレウス以外が見ることもないからだ。しかし、引っ越してからはそうもいかない。郊外とはいえ借家よりはシンギングリンの中心地に近くなり、人々も家の前を通る。門扉は引っ越し後の掃除でツルやツタを取り除き、錆び取りの最中ではあるが近隣住民からは誰かが引っ越したことが伝わっている。近い内に顔見せをしなければならないのだが、それもまだできていない。

 なので、様子見とばかりに敷地に入ってくる場合がある。タイミング悪く、はしたない姿のアベリアが見られてしまうのはアレウスとしては嫌であり、それを風の噂で聞いたどこぞの変態が覗きに来ないとも限らない。


 魔法陣もまだ書いてもらっていないため、変質者は入られる前に問答無用で絞め上げるつもりだが、魔法陣を展開してもらえばもしかしたら侵入に気付くのに遅れるかもしれない。減るものでもないし、あとで結局は捕まえるのだから見せたって構わないなどという論理はあってはならないのだ。それを通すのは覗き魔の理論になってしまう。そういう連中は捕まることに怖れてはいるクセに覗くことには躊躇いがないし、見ることができてしまえば勝ちとすら思っている節がある。


 だからこそ、彼女のはしたない格好を見られないように予め、自衛させておくのが大切なのだ。


「見た~?」

「見たんじゃなく見えたんだよ」

「でも意識しないと見えないと思うけど」

 スカートを雑に直しつつ、アベリアは再び読書に興じる。


 アレウスは深呼吸を繰り返して、精神の統一を図る。心の中で白状してしまえば、意識して見てしまった。アベリアと今でもたまに一緒に寝ることがあるのだが、そんなときでも無意識に視線が胸元や太もも辺りに行ってしまうことがある。だが、それは無意識的によるものだ。。

 無意識的か意識的か。ここには大きな隔たりがある。無意識に視線が向いてしまうの男として備わった本能に違いないが、意識的に視線を向けるのは“アレウス個人の好奇心”が動いたからとなる。

 つまり、不意に見えてしまったのと見たいから見たの違いである。女性からしてみればどっちだっていいだろう。気持ち悪いことには変わりない。


 ただ、そんな“女性の気持ちについては分かっていますよ”という態度を取るのもなにか違う。なにせ思考をそちらに向けていたって行動で示せていない。気持ち悪いと思われると分かっていても、行動に移してしまっているのだから女の敵でしかない。結局のところ、世の男性とアレウスは同類なのである。


「そういや、同期の冒険者と最近よく話をするんだけど」

「僕の知らないところで親交が芽生えているのはいいことだ」

「やたらと食事に誘われるようになったんだよね。リスティに教わった通りに断っているけど、たまに断り切れそうにないのもあって」

「断り続けると妙な噂が立ったりするしな」

「うん、だから昼食なら大丈夫って言ったら、決まって夕食じゃないと駄目だって言われたりして」

「……あー、えっと」

「明日の夕方から出掛けるんだけど、大丈夫?」

「あー、あー……えぇっと……うーん……大丈夫、かな」

「そっか。どうやって言おうかで悩んでいたんだけど、大丈夫なら良かった」

 アベリアは本を閉じ、寝転んでいたソファから起き上がった。

「それじゃ」

 そう言い残してアベリアはリビングから廊下に行き、自分の部屋へと入った。アレウスはそれを見届けたあと、小さく息をついて、なんとなくリビングの古いテーブルの脚を丁寧に拭き始め、やがてその仕事への集中力が喪われ始めたのを確認後、気分転換とばかりに大きく大きく伸びをして、やがて心臓がバクンバクンと破裂するくらいに鼓動を強め、体中から冷や汗が出始めたため、早足でヴェインの部屋の扉をノックし、返事が聞こえたと同時に中へと入る。


「どうしたらいい?」

「うわっ! 急にどうしたんだい?」

 入って早々に切羽詰まった様子のアレウスを見て、ヴェインが誰にでも分かりそうな極端なほどの驚いた表情を浮かべ、応答する。

「アベリアが明日、僕の知らない冒険者と夕食を食べに行くらしい」

「へぇ、内気なアベリアが外と交流を持つのはいいことじゃないか」

 まだ婚約者のエイミーに確認が取れていないため、ヴェインはまだこの家に正式に引っ越してきたわけではない。だが、彼が借りている部屋よりもこの家にある一室の方がほんの少しだが間取りが広く、息苦しさがない。休暇明けに向けての準備もあり、日中は一人で過ごすよりもアレウスやアベリアのいるこの家での暇潰しを選んでいる。エイミーから許可が下りればすぐにでも引っ越せるように部屋の間取りに合わせて荷物をどう置くかを先に決めておく意味合いもある。

「アベリアがクルタニカと買い物に出掛けることを話したときには、相談に乗ってくれたじゃないか」

「あー、あれか。だってあれは……はっはっは! いや悪いね……あのときは普段は見ることのない君の強い勢いに乗ってしまったのもあるんだけど、面白かったなぁ」

「勢いに乗っただけだったのか?」

「まぁ本当に悪い虫が付いていたときのことも考えて、乗らないわけにはいかなかったね」

 さながらアレウスが空回りしているのを横から見ていて楽しんでいたかのようだ。いや実際、そのようにして楽しんでいたのも過分にあるに違いない。

「それで今回はアレウスの知らない冒険者にアベリアさんが食事に誘われて、作業すら手に付かないほどに動揺していると」

「手に付かないとは言っていない」

 そう強がるが、リビングのテーブルの脚を意味なく拭いたり、気分転換と称して屈伸をしてみたりとアレウスらしからぬ方法で精神の動揺を鎮めようと試みていたのは事実であるが、ヴェインがそれを見ているわけがないので決して自ら暴露しない。


「んーでもねぇ、あんまりアベリアさんのことを束縛するのは良くないと思うよ、俺は」

「前もそんな風に言っていた気がするな」

「基本、俺は中立だからね。あんまり当事者にはなりたくないのさ。だってほら、その手の話に巻き込まれる友人役にはロクなことが起こらないって相場は決まっているんだ」

 両者共有の友人であれば、どちら側を擁護するかでその後の人間関係に影響が出る上に、場合によっては変な噂すら立てられる。確かに対立している者の合間に入る共通の友人ほど損な役回りはない。

「僕とアベリアは喧嘩しているわけじゃなくて、アベリアが食事に行くのを見届ける僕の精神状態は一体どのようにして落ち着かせればいいかについて聞いている」

「早口で言われても分からないよ。もうかなり動揺しているのがよく分かる。取り敢えず、深呼吸して」

 言われるがままに数回、深呼吸をすることでほんの少し――自分でしか分からない程度だが気を静めることができた。

「どうすればいい?」

「そればっかりはなぁ……相手が男性かどうかはまだ分からないんじゃないかい?」

「もし男だったらどうする?」


「それもそうか……うーん、あんまり俺はアレウスに物を教えられるほど頭が良いわけじゃないんだけど」

 そのように謙遜されても困る。ヴェインは故郷で家督を継ぐ者として教養がある。人種の違いについても詳しいし、祓魔についても詳しい。なにより人間関係の面では絶対にアレウスの上を行っている。その他の知識でも、ヴェインをアレウスは見下したことは一度もない。

「あーでも、こういうのも臆病っちゃ臆病なんだよな。我関せずを貫き通せば、当事者にならないからって逃げようとしている」

「ヴェインは慎重なだけであって臆病じゃないだろ。性格的に戦士よりも僧侶が向いていただけだし」

「実のところ、どうなんだろうな。客観的に言われればそうかもしれないと思えるけど、そこで『その通りさ』と言えるほど図々しくもない……と、俺のことはいいんだよ。ちょっと話を引っ張ってしまって悪かったね。なら言わせてもらうけど、アレウスは自己完結して物事を決め付けてしまいがちだから気を付けた方が良いよ」

「……それとこれと、どう関係が?」


「アレウスって考えて物事を見るだろ? しかも物凄く。君の洞察力と推察力はパーティリーダーに相応しいほど安定している。ただ土壇場に弱いのが玉に(きず)だけど」

「なんで突然、長所と短所を言うんだ?」

「でも人間関係において、それが必ずしも正しいとは限らない。これ、前にも言ったかなぁ? 自分の考えていることは、ちゃんと声に出して伝えないと分からない。目配せして、目を合わせるだけして、自分たちは物事を共有しているんだって決め付けているところがある。それが絆だと信じているのはいいことだけど、そこで満足している節がある」

 ヴェインはエイミー宛ての手紙に封をして、上着の内ポケットに入れる。

「これに関しては俺の方が経験者だから言ってしまうけど、人の気持ちを動かすのは視線や仕草じゃなく、心のこもった声や文字なんだ。だから、君とアベリアさんがどれだけ信じ合える間柄であっても、君が今まで通りにアベリアさんと接し続けていたら、彼女はそういった視線や家族同然の言葉よりも、女性として見てくれる者の心のこもった声や言葉、気持ちに引っ張られる。心を縛ることはできても、手繰り寄せられるのは君一人だけじゃない。心は岩のように固くても、動かないわけじゃないし、支柱のように立っていても傾かないわけでもない」


 耳の痛い話をされて、アレウスはゆっくりとその場に座り込む。


「強く強く求められたら、どれだけアベリアさんが固く決意をしていても揺らいでしまう。俺なんかまさに今のアレウスみたいなときがあったよ。エイミーは一時期、キギエリの熱心な口説かれて、好きになりかけていたらしいから……そのとき、動かなかったら今頃、キギエリが俺の故郷とエイミーを好き勝手していたのかと思うと……虫唾が走るけど……でも、虫唾が走っても元は幼馴染みだったんだよな……」

「えっと……略奪愛?」

「違う違う。俺とキギエリ、どちらが先にエイミーを振り向かせられるのかっていう昔話だよ。キギエリが求婚して、それを断ってエイミーが俺に求婚しに来たのはそれよりもっと先の話だ。その前から割と、取り合っていた。俺は抑えていて、キギエリは熱烈だった。これが、かなり(こた)える話なんだよ。俺はエイミーのことが好きなのに、エイミーは俺と二人切りになったときにふと『キギエリってどう思う?』って言ってきたんだから。負けを確信しかけた……本気で」

 単純にキギエリがエイミーに片思いをしていただけの話ではないらしい。キギエリがエイミーに求婚したのは村長に取り入る以上に、本気で好きになっていたという点もあるのだろうか。

「だからまぁ、頑張ったんだよ。目を合わせるとか目配せするとか、そんなので満足しないでキギエリがいてもいなくても関係なくエイミーを食事に誘ったり、二人で出掛けることを約束したり、二人だけの伝書鳩を提案したり、無我夢中だった。それでもキギエリに比べたら俺なんて全然だったから、求婚されたときは泣きそうになった。それがたとえ、身の安全を第一に考えての彼女の選択だったとしても」

「身の安全とはいうけど、そのときには完全に想い合っていたわけだから、キギエリが入る隙はなくなっていたはずだろ。現にキギエリからの求婚をエイミーさんは断ったんだから」

「結果的に見ればだよ。当時は分かるようになるまでは複雑だった。で、この昔話をしてなにが伝えたいのかだけど、自分のことを一番に考えてくれているだろうなんて思い込んで、決め付けていたら、意外とあっさりと違う誰かに取られてしまうってこと」

「取られる……」


「アベリアさんはお酒を飲めないけど、性格としてはどうなんだい? 割と押せば押すだけ、揺らいだりは?」

「え、いや、分かんない」

 素の言葉が出てしまった。

「そうだったね。アレウスって恋愛感情とか抜きでアベリアさんのことを考えて生きてきたから、いざ恋愛感情を抱いても、そっち方面のアベリアさんを見ないようにしていたんだから分からないか」

「恋愛感情ではなく」

「恋愛感情ではなく? 俺に『非常に困っている』と言ってきたのは? 一人暮らしをしないと駄目になってしまうと言っていたのは? このままだと犯罪者になってしまうとも言っていたよね? あれが、恋愛感情ではないと? へぇ? ならもうこの話は終わりに……そんな捨てられた子犬みたいな泣きそうな顔をして俺の脚にしがみ付かないでくれないかい? 一瞬、君をパーティリーダーだったっけと脳が混乱してしまったよ」


 思わず必死さを全開で出してしまった。

「取られたくない、でも今のままが良い。そんな都合の良い話はないよ。アベリアさんにだって誰を好きになって、誰と共に人生を生きるかを選ぶ権利があるんだから」

「うぅ……」

「本気じゃないなら、アベリアさんを傷付ける。本気だって言うんなら、普段の生活と切り離して二人切りでのデートとか、あと戦うとき以外でもボディタッチを増やすべきだ。別にイヤらしいことをしろとは言ってないよ? 肩に手を置いたり、手を繋いだり、頭を撫でたり、抱き寄せたり……まぁ、アベリアさんにちゃんと事前に言ってからじゃないと嫌われるだろうから気を付けるんだ」

「ヴェインは他にどうやってエイミーに?」

「……君、まさかアベリアさんに『どうしたの?』って問い詰められたら『ヴェインがこうした方がいいって言っていたから』とか言わないだろうね?」

「言っちゃ駄目なのか」

「そこすら分からないくらい今、君は馬鹿になっているのか……」

 不思議なことに、今だけは馬鹿と言われて腹が立たない。

「俺がエイミーに選んでもらうためにしたことがアベリアさんに通じるわけないじゃないか。年齢、容姿、性格、心、全部が全部違うんだ。万人受けしやすいのと個人受けしやすいのは違うし、ちゃんとアレウスが考えるんだ」

「それで今後の会話がぎこちなくなったらどうする?」


「どうする、って……そりゃ見ていて面白いから俺は黙っておくけど」

 言うだろうなと思ったことをそのまま言われてしまったので、アレウスはもはや返す言葉がない。

「でも実際、誕生日は贈り物をしたんだろ?」

「したけども」

 少し前のことを言われても、それで自信が付くわけではない。

「受け取ってもらえたんなら、もうちょっと踏み込んだっていいんじゃないかい? まぁ、アベリアさんの場合はアレウスからならなにを貰っても喜びそうだけど」

「いや、でもなんか……」

「そう言っている間に押しの強い男に心も体も奪われるんだ」

 凄く嫌な妄想をして、アレウスは頭を床にぶつけて忘れるように努める。

「それだけ悩んでいるしそれだけ想っているのに、どうしてそんなに押しが弱いんだい? 俺よりはそういうとこ上手くやると思っていたのに」

 呆れられてしまう。アベリア関連の話で呆れられたのはこれで何度目だろうか。昔より成長しているとアレウスは思っていたが、ひょっとしたら全く成長できていないのかもしれない。


 しかし、成長しなければアベリアは別の男のことを好きになるかもしれない。悩んでいる暇はないのだ。

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