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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第7章 -四大血統-】
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新たな芽吹き


 借家の持ち主と話をつけ、合わせてエイラの父親を同席させての不動産のやり取りが行われ、アレウスは所定の金額を支払って一応の借家の引き払いが完了した。それが内見してから五日後のこと。それからすぐに引っ越しの作業に移り、集合住宅へ移ったのが昨日のことだ。その間はギルドに訪れはしたものの依頼を受けることはせず、休暇とした。ガルダの事件以来、なにかと休めるタイミングがなかったため、リスティもこれを快諾してくれた。ヴェインとガラハには帰郷後からずっと長めの休暇を取らせてしまっていることに申し訳なさを感じざるを得ない。しばらくは報奨金で過ごせるだろうが、やはり魔物退治とダンジョン探索が冒険者の本業であるため、勘を鈍らせていないか心配だ。そのため、引っ越し後に受ける依頼は比較的、安全なものから始めたい。


 とはいえ、二人とも帰郷している最中も鍛錬を怠ってはいないだろう。なにもすることがないからと言って、なにもしないまま過ごすような怠け者ではないことをアレウスはよく知っている。


「壁の補強はこれでちょっと休憩かな……」

 アレウスは屈んでいた身を起こし、背伸びのようにして腰を伸ばす。木材加工の知識はなくとも、屋根板、壁板、床板の張り方は自己流で学んでいる。合わせて通気性や保温性を上げるための工程も頭には入っているが、これから暑くなる時期に保温性を上げれば部屋ではとてもじゃないが過ごせなくなり、寒冷期に通気性を高めれば寒すぎて眠れやしない。結局のところ、季節に合わせて壁の構造は変えていくしかない。さすがに壊して全てを張り替えるほどのことはしないが、一年に二回は重労働が待っていることになる。家を快適に保つためには相応の努力が求められる。努力せずに住み心地の良い場所を維持できるわけではない。

 そうは思っても、借家よりも見るところが増えてしまうため、引っ越しは早まったかと少々思わずにはいられない。一週間も経てば、そんな悩みは頭の中から消えてなくなっていると思うが、数日間は住み心地の良かった借家と色々と比べてしまう。


「引っ越してすぐに家の修繕ですか」

 リスティが開けっ放しにしていた玄関から顔を覗かせ、部屋から廊下へと出てきたアレウスと鉢合わせた。

「部屋の荷物を片付けてからでもよろしいのでは?」

「それは夜からでも間に合うので」

「不動産が管理していた家なのですから、早々に修繕する必要もないと思いますけど」


 玄関から入ってすぐのロビーにある椅子にリスティは腰掛ける。物運びを生業とする人たちに借家から運んでもらったものだが、まだ部屋に運べずそのまま放置していたものだ。

 そもそもロビーと言ったって手狭感は否めない。あくまで訪問客に応じるための空間でしかない。くつろぐためのリビングは廊下を抜けた先にある。


「共同利用となりますと、なにかと問題が出てきたりもしますが、慣れればどうってことないことです。むしろ、パーティにおける信頼関係を築く上ではこういった集合住宅や寮のような家での生活も悪くないのかもしれません」

「今、色々と忙しいんですけど」

「それならば朗報です」

「なにが?」

「私もこちらに住まわせていただくことになりました」


「……は?」


「以前に引っ越しの話をされたじゃないですか」

「そうですけど」

「共同生活という点を飲み込みさえすれば、私が借りている部屋よりもなにかと安く済むんですよ。一人暮らしをして随分と経ちますが、人の目を気にして洗濯物を干すのはやはり気が気じゃないですし、寝込みを襲われるような事態も起こらないとは限らないじゃないですか」

 アレウスがクラリエに語った内容と酷似している。示し合わせたのではないかと疑いたくなったが、エイラの父親による支援によって割安での物件、加えて共同で家賃を払うというシステムは冒険者じゃなくとも魅力的である。


「男がいるという部分に悩みは?」


「アレウスさんは問題ありませんし、ヴェインさんは婚約者がいらっしゃいますので不義理を働くようでしたら、そのことをそのまま伝えてしまえばいい。ガラハさんはそもそも、性的対象にヒューマンを含めていらっしゃらない様子なので心配する必要がありません」

 問題がありませんと言われたのは信頼の証なのだが、なんの理由も無しに「問題ありません」と言われてしまうとそれはそれで、妙な真似はしないようにと牽制されているように感じる。

「それともアレウスさんはクラリエさんを誘っておきながら、私やクルタニカさんは放置なさると?」

「その言い方は卑怯じゃないですか?」

「卑怯な言い方をしないとあなたは肯いてはくれないので」


 パーティメンバーだけを贔屓(ひいき)にするのは往々にしてあることだと思うが、それ以上にアレウスたちをなにかと気遣ってくれるリスティだけを除外するわけにはいかない。


「クルタニカさんの名前を出す必要はなくないですか?」

「人って、やっぱり数には弱いんですよ。一人より二人が声を上げているとなれば、アレウスさんは無視できないじゃないですか」

「つまりクルタニカさんは名前だけ出したと」

「そうなりますけど、彼女の耳に入るのも時間の問題じゃないですか? 彼女はなんだかんだであなたのことを気に入っていらっしゃいますし、それ以上にアベリアさんのことを気に入っています。教えたがりで目立ちたがりの彼女が、アベリアと一緒に過ごせる事実を知らないままでいるはずがありませんよ」

 常識人のような型破りのようなクルタニカだが、天才であることは確かだ。そんな彼女が後輩にあたる冒険者の中で唯一認めているのがアベリアだ。


 思惑――利用するというような考えはよくないが、クルタニカが来ることで共同生活は大変なことになりそうだが、同時にアベリアの魔法の習得が加速するだろう。


「でもなぁ……怖いんだよなぁ」

 女性への耐性は付いてきたが、別にそれは女性の体に慣れたということではない。リスティのように分別を理解しているならまだしも、クルタニカは色々なところでアレウスにちょっかいをかけそうだ。裸に魅せられてしまった際にも、際どい台詞を吐かれた経緯もある。

「どうかしましたか?」

「ああ、いえ」

 独り言はどうやらリスティには届いていなかったらしい。


「……ああ、そうだ」

 アレウスはクルタニカの件は措いておき、思い出したことを伝える。

「この家は感知系の技能を封印する魔法陣を敷くことになっています。合わせて、特定のロジックを持たない者が無断で侵入した際には全員のロジックに通達できる魔法陣も敷くことができるらしいので」

「まぁ複雑にはなりますが、難しくはないでしょう。コロール・ポートの宿泊施設も幾つか魔法陣が張られていたようですから」

 それについては初耳だが、思えば宿泊施設だけに限って湿気を完全に防げているのは魔法陣のおかげに違いなく、そこに重ねるように防犯用の魔法陣も敷かれていただろう。

「ただ、なんでそんな面倒なことを? 各部屋に鍵が付いていないのですか?」

「いえ、鍵は付いていますし部屋を行き来することを禁止するためではなくて、片方は不審人物の侵入に早期に気付くためです」

「もう一つの、感知系の技能を封印するのは?」


「聞き耳を防がないと、僕が困るので」

 リスティの顔は見ないようにしてボソリと呟く。


「…………あ、あ~なるほど。女性の発する様々な音を思わず聞いてしまうのを防ぐためですか」

 どうやら答えに行き着いてくれたらしい。

「紳士というより、どことなく気持ちの悪い方向の対策ですね」

「そう言われると思っていました」

「いやでも、ありがたいですよ。そうでしたそうでした、私も元冒険者でしたが抜け落ちていました。普通の人と冒険者とでは、共に暮らす上では技能によって弊害も出やすいです。聞き耳を立てたくなくても耳に入ってしまうことはあり得ます。たとえば、」

「たとえる必要はないです」

 すかさずアレウスは遮る。ただし、遮ったせいでよけいに気持ち悪く受け取られたのは間違いない。

「多くの紳士的行動と呼ばれるものは、穿った視線から見ると大半が気持ち悪いものです。ですが、それは第三者の視点から見るとそうなるだけです。基本的に、当事者間でそういった感情のやり取りがないのであれば、気にする必要はありません。私も言われて気持ち悪いと思いましたが、合点が行けば納得できました。なら、もうアレウスさんが気になさることはないんじゃないですか? これをたとえば、外でも同じように対応するように他の人に強制すれば別ですけど」

 こうして慰められるのは何度目だろうか。

「私はてっきり、夜這いをかける際に周りに気付かれないようにするためかと」

「そんなことをするように見えますか?」

「そんなことをするようには見えませんが、いつかはそんなことをするようになりそうなので」

「だったらそうなりそうになれば追い出してください」

「ふふっ、どうでしょうね。もしかしたら追い出されないまま許されるかもしれませんよ?」


 冗談なのか冗談じゃないのか分からず、そして考えれば考えるほど怖ろしくなる。ヴェインとガラハに土下座している自分を想像できてしまうのも、アレウスの恐怖に拍車をかける。


「男女が同じ屋根の下で過ごしても、行われることがそういったこととは限らない。あなたとアベリアさんが証明しているじゃないですか。世の中がそのように淫らで乱れていても、全てがそうだとは限らない。大多数になるのは簡単ですが大多数に埋もれる少数になることは大変ですけれど、まぁ、案外なんとかなると私は思っていますよ」


「アレウスー、あっちの窓ガラスが割れかけているから、縦と横の長さを測って」

 廊下の奥からアベリアが顔を出す。

「あ、リスティさん来ていたんですか? もしかしてリスティさんも一緒に生活する?」

「はい、そうなりそうです。皆さんと比べて、家を空けている時間が長かったり、夜遅くに帰ってきたりはしますけど、ちゃんと与えられた家事や掃除、家賃の支払いはしますので」

「ほんと? だったら嬉しいです」

「お二人の邪魔にならないように気を付けますね」

「ううん、家が大きくなったからその分、ちょっと寂しくて。これからみんなが少しずつ来るようになればなぁって思っていました」

 アベリアの言葉には一切の悪意がない。本当の本当に喜んでいる。


 ひょっとしたら、コロール・ポートの宿泊施設での生活――大人数での生活からいきなりいつも通りの生活に戻ったため、寂しさがあったのかもしれない。二人切りの生活でもなにかと一人で寝るのを嫌がっていたので、人数が増えればアベリアの心の闇を晴らすキッカケにもなるかもしれない。


「引っ越しが終わったあとのご予定は立てていらっしゃいますか?」

「ボチボチと魔物退治から始めていこうかと」

「でしたら、試験官はどうでしょう?」

「冒険者試験ですか?」

「はい。前年のことがあったので異界での試験は中止になったんですけど、それでも冒険者を募らなければならないので。試験官は中堅以上の冒険者であることが必須事項なんですけど、その補佐役で試験場に入るのは中級からでも可能です。才能ある若い芽を育てるのも先達者の役目ですから」

「先達者……一年でそう呼ばれるのは変な感じです」

「それでも一年の実戦経験は大きいです。アレウスさんは功績も踏まえて、現状ではクラリエさんの次ぐらいには中堅に上がれる状態にあります。ただ、中堅になると試験場には直接的に入るより試験官として他の冒険者をまとめる仕事を引き受けなければならないので、ヴェインさんやガラハさんの長期の休暇から慣らす意味でもいいのではないかと提案しました」


 ルーファスが試験官を務めた前年の試験は予想外のオーガの乱入によって若い芽が潰されすぎた。捨てられた異界を試験場にせずとも、『教会の祝福』を受けていない冒険者見習いは魔物との戦いで死んでしまえば甦ることはできない。


「でも、思えば最初に捨てられた異界を試験場にと提案したのは誰なんですか? 異界だろうと異界じゃなかろうと、死んでも甦らない点は同じなのに」

「そのとき、私は事務仕事を主にしていましたので発言者が誰かまでは分かっていません。ただ、異界の方が魔物が世界に出てこないため、試験場に適しているように私も思います。と言っても、危険な一面を無視した場合に限ってですが」

 オーガの突然の出現といい、想定外なことが起こったのも全ては『異端審問会』に関係する神官が潜んでいたからで、すぐにルーファスや他の冒険者が動けなかったのもその神官にロジックを書き換えられていたからだ。


 そんな複数人のロジックを一時的にではあれ、書き換えられる。それは神官の中でもかなり強力な部類なのではないだろうか。結局、ルーファスのアーティファクトの前には無力だったようだが、『異端審問会』には同程度の書き換え能力を持つ者が複数人いるに違いない。


「今回は『異端審問会』の思い通りにはさせません」

「はい。私たちもそのつもりです。それに、だからこそアレウスさんが適任なんですよ。アベリアさん以外では決してあなたのロジックは開けません。つまり、あなたは絶対に書き換えられることなく、試験の行く末を見守れるだけでなく緊急時にはすぐに助けに入ることができます」


 そうとなれば、ギルドからの依頼を受けることはもう決まった。


 が、今は家の修繕とその他諸々が先である。

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