精神を蝕む
「大詠唱を唱える猶予も与えてくださっていないクセに」
毒を吐きながらアニマートがルーファスの援護によって謎の男と『魔眼収集家』から離れて、杖に魔力を込める。
「『緑角』の兵士たちは下がっている。大詠唱で凌ぐほどのことじゃない」
「真にそう思うのならば、やってみせよ」
『人狩り』はせせら笑い、上空に放たれた矢は雲より更に彼方へと駆け抜けていき、やがて赤い輝きが地上に差す。
さながら赤い星がその輝きを散り散りとなり、天より降り注ぐ間に一本が二本に、二本が三本に、幾重にも枝分かれするように地上へと迫る。
「奴らも仮にも元冒険者だ。身を守れないなら死ぬことぐらい分かってんだろ! 自分の魔力を過信するな! 大詠唱を使えば耐えられないだろ!」
デルハルトが叫びながら『魂喰い』との鎗撃と斬撃の乱舞を続ける。
アニマートは片目を『魔眼収集家』に奪われてから体力と魔力の均衡が崩れ、常に体調不良が続いている。一時、回復の兆しが見えたとしてもすぐに彼女の体内にある魔力が不安定となり、再び均衡を崩す。大詠唱を使えば間違いなく全員を守れるが、その時点で彼女は戦線から離脱することが確定する。それもこれも『蜜眼』という名称の『魔眼』がもたらす弊害だ。『蜜眼』は見つめるだけで対象の魔力を奪うことができる。
逆に言えば、視界に入れば無意識に魔力を少量でも吸収してしまう。それは種族に限らず、この世界の魔力を持っている全ての事物にも同様の効果を見せる。だから常に自身の魔力と他者の魔力、事物の魔力が鬩ぎ合う。本来であれば『蜜眼』は自らの魔力に還元することもできるのだが、隻眼ではその還元が上手く働いていない。
「“皆の盾となれ”」
彼女自身もそれを懸念して、更にデルハルトの進言に応じる形で大詠唱ではなく防御魔法を唱え、その場にいる全員に大量の六角形で形成された魔法の盾が貼り付く。その全員には、一気に戦線離脱しようとしている『緑角』の兵隊も含まれる。
「やはり、『蜜眼』に頼らずに六枚の魔法の盾みたいだよ」
「称号に違わず、“神に愛されている”わけだ」
『魔眼収集家』と謎の男は会話を交わしつつ、下がる。『人狩り』のレインアローに備えるためだろう。
「一度の詠唱で六度の詠唱。復唱なのか輪唱なのか、それとも暗唱なのか。『魔眼』はアーティファクトが眼球の代替物となっているとして、他にアーティファクトがロジックに刻まれているのか否か」
「調べるかい?」
「開こうとしたって、奴らはそれを許してはくれない」
「君ならやろうと思えばできそうだけど」
「過大評価だ。『魔剣』のロジックを開けていない時点で察しろ」
ルーファスは暢気に『魔眼収集家』と話す謎の男の“間”を読んで、急襲する。アレウスの『盗歩』など目にならないほどの速度での移動。『闇歩』はもはや、謎の男にとっては目の前にルーファスが瞬間移動してきたに等しい。
「死ぬ気か……?!」
「私は冒険者だ。敵が隙を見せたなら、そこを突く」
即座に『魔眼収集家』が介入しようとするがデルハルトが間に合う。しかしその鎗撃は同様に間に合った『魂喰らい』の刀によって制される。
「貴様も死にたいようだな」
「テメェらがなにを考えているのかは分かっているけどなぁ」
デルハルトは『魂喰らい』を刀ごと力で押し飛ばし、駆け出す。
「どれだけなにを言われようと、俺は幸運の女神を信じないわけにはいかないんだよ」
謎の男はルーファスの剣戟を凌いで、『魔眼収集家』の手を掴み共に距離を取ろうとしているが、それをルーファスは徹底的に阻止して、やむなく『魔眼収集家』だけを後ろへと放り投げて謎の男はその場に留まる。
赤い輝きを伴う、閃光にも等しき矢の雨が降り注ぐ。
ルーファスは剣に身を任せるように踊り舞い、自身に降ってくる矢を次から次へと打ち払う。尋常ではないほどの反応速度と、精確無比な剣戟。それらにルーファスの身体能力が付随して可能にしていることだが、さすがに謎の男もこれには目を見張るしかない。『人狩り』の放った技を、ルーファスは剣戟の連続で凌ぎながらも近付いてきているのだ。
更に、デルハルトに至っては防御を捨てている。捨て身とも言える『魂喰い』への突撃であったが、彼には矢の一本も刺さらない。掠めることすらない。降り注ぐ矢は『人狩り』の技であるため、狙撃の性能も併せ持っているはずなのだが、それを凌駕するほどの幸運によってデルハルトに矢が刺さることはない。矢はデルハルトに向かってはいるが、到達する前に彼は別の地点にいる。それが連続して起こっており、矢の雨の中でデルハルトは『魂喰い』との激突に奮えていた。
「人智を越えているな」
「魂だけの存在に褒められたって嬉しかないな」
「案ずるな、褒めていない。それに気付かないか?」
鎗の連撃を受けながら、『魂喰い』は呟き、斬撃を放つ。この攻防は雨の中、ずっと続いている。そう、“ずっと続いている”。
「『人狩り』の技が的確に敵だけを狙い撃てると思えるか? これほど降りしきる矢の雨全てを制御するなど不可能だ。なのに、私もまた貴様と同じく、矢を浴びていない」
降り注ぐ矢の雨の中、デルハルトと『魂喰い』だけが技が放たれる前とほぼ同様の戦いを繰り広げている。こんなことは、戦っている『魂喰い』にもデルハルトの信じる幸運の女神の加護と似たものがなければ成立しない。
「不思議に思う必要もないだろう? 私も死ぬ前は、貴様と同じく気運に満ち溢れていただけのことだ。幸運の女神とやらかは知らないが、その手の豪運が己自身だけにあるものだとでも?」
「く、そ……!」
矢の雨は気にしていないが、デルハルトにとって『魂喰い』の言葉は気に障るものばかりだ。それが焦りを生みはしないが、心にシコリが残る。体力や技能から、『魂喰い』は精神面を攻めてきている。
それは『異端審問会』が得意とすることだ。精神を蝕み、正しきを間違いへと誘う。正しいことを悪とし、悪こそが正義と騙る。
だが、分かってはいても嫌なことを言われて良い気はしない。嫌なことは嫌なことだから心を砕くのだ。
「話を真剣に捉えるな!」
デルハルトに助言を飛ばし、ルーファスは剣戟のみで矢の雨を越えて謎の男に迫る。
「深く考えずに挑め。物事について真剣に取り組むのは、終わってからでいい」
剣に身を任せるような動きは謎の男にとっても戦い辛いようで、防御に回り続けている。このまま攻め続けることで好機が見えてくる。そう信じてルーファスは己の剣に振るわれる。
「貴様もまた称号の通り、『魔剣』というわけか」
なにやら謎の男はルーファスの剣戟に対して、仄見えるものがあったらしく突如として立ち回りが変わる。徹底的に距離を取っての応戦体勢はルーファスの剣舞にとっては戦いにくい。
「魔剣に身を任せての剣の舞。それを一つの技とするならば、耐えるだけでいい。貴様は他の技を撃つことができないのだからな」
通常、技に技は重ねられない。重ねることができるのは、二人で一つの技を作るときに限る。
この剣任せの振り回しには、飛刃を乗せられない。剣が振るいたい方向に自らの腕を振るう。それの繰り返しが自然と剣舞へと昇華している以上、剣舞を解かない限り他の技へ移行できない。それを謎の男に見抜かれた。
しかし、見抜かれたとしても関係ない。
「私の魂は剣に捧げている」
俗に曰く付きの武器ではない。握っている剣は、自らのロジックに刻み付けられているアーティファクトだ。いわば武器の概念にはない。そして技の範疇を凌駕する。
剣舞に飛刃が乗る。その想定外の遠距離攻撃に謎の男の体は数度、切り刻まれる。だが、その裂傷など気にも留めずに自らが着込んでいた外套の切れ端が足運びに乱れを起こすことを嫌ってか、ルーファスの視界を妨げるようにして脱ぎ捨ててきた。構わず、その外套を一刀両断する。謎の男がその間に姿を消している――わけはなく、むしろ剣舞に飛び込んでくる。剣舞と飛刃。その両方の技が混ざったとなれば、一定の間合いを維持しての立ち回りは謎の男の攻撃が届かない分、不利と捉えたようだ。
「驚かされてはいるが、やはり酒に溺れていた時期が長かったようだな」
「なにが言いたい?」
「貴様も知っているだろう? 冒険者はロジックの能力値が全てだ。貴様にあと敏捷が5ほどあれば、その剣は俺に届いていたかもしれない。能力値の数値は絶対だ。どれだけの速さを身に付けていても、相手の敏捷がそれを上回れば、絶対に追い付けない。そういう仕組みのはずだ」
謎の男は冷ややかに笑う。
「なぜ、笑う?」
「よもや矢の雨の中を走らぬと思ったか?」
背後に『人狩り』の気配を感じ取る。技を放ったのち、自身の技に巻き込まれないように下がったのではなく、気配を消して自身の矢の雨の中で息を潜めていたのだ。
首にかかる短剣を『影踏』が投げた短刀が弾く。
「またもや貴様が邪魔するか。だが、私たちと同様にとまではいかなかったようだな」
『影踏』の体には数本の赤い輝きを放つ矢が刺さっており、そのまたたきが加速する。
「……なにを馬鹿なことを言っている。貴様が俺の動きを妨げただけのことだ」
「禁制しただけのことだ」
“舞楽禁制”と呼ばれる呪術は、“特定の名前”を持つ者の動きを止める。矢の雨の中で『人狩り』と同様に気配を消して息を潜めようとした『影踏』は、その呪術によって動きを止められ矢の雨を避ける術を失ったのだ。たとえ六度、守られようともそれを越える矢を防げなかった。
「今すぐ回復魔法をかけます」
「手遅れだ。次の体で会おう」
アニマートの詠唱を拒み、『影踏』は別れの言葉を告げる。赤い輝きは最高潮に達し、『影踏』の体が魔力の爆発によって炸裂した。
「『影踏』!!」
「次は貴様か? それとも、『魔剣』が先か?」
『魂喰い』の挑発にデルハルトは怒りの感情が湧く。
「テメェは!!」
「だが冒険者で良かったじゃないか。今生でまた会えるのだから」
「そういう問題じゃねぇんだよ!!」
どれだけの鎗撃を振るっても『魂喰い』の刀は全てを捌き切る。地力に差がありすぎる。つまり、上級冒険者である彼よりも『魂喰い』が経験している死線の数が多い。だから鎗に込める力の強弱の中でも、弱く力を込めたところだけを正確に反撃の糸口へと変換している。そんな見極めができる相手をデルハルトはルーファスと『影踏』、『鬼哭』しか知らない。
徐々に『魂喰い』にデルハルトが戦況を持って行かれている中、ルーファスは別のことで呆然とする。仲間の死よりもそれは衝撃的かもしれない。
「その……顔は…………」
「ああ、そうか。顔を隠すのを忘れていたな」
男は片手で顔を覆い、仮面を被るように手を下げていく。
「貴様にはこちらの方が、効果的か?」
「っ!!」
どちらだ。どちらが、“本当の顔”なのか。ルーファスの強固なる精神に小さな亀裂が生じる。
「貴様は一体なんなんだ?! ヴェラルドか?! それとも――」
「言っただろ、隠すのを忘れていた、と。ならば今、見ている顔ではなく、その前に見た顔が真実だ」
ヴェラルドの顔に変わった男は、その声色もルーファスの記憶にあるヴェラルドへと寄せていく。
「まぁ、どっちの顔であっても貴様はもうまともには戦えない、か?」




