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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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痕跡を探して

【戦士】

冒険者の花形。魔物にとって高い脅威度となるため騎士と同様に真っ先に狙われる。持ち前の筋力、強靭さであらゆる魔物を薙ぎ払い、仕留める。技能は挑発、シールドバッシュ、勝鬨(かちどき)など。特に勝鬨は魔物を倒せば倒すほど自身の筋力に一時的にボーナスが付く強力な物。武器は剣、鎗、斧、棍棒といった近接用の物全般、防具は兜、重鎧、軽鎧、盾。軽装と布類では防御面に不安が残る。素早さと器用さは後衛職より遅れを取る場合があるため、中衛寄りの職業によるサポートが欠かせない。

「では、次にアレウスさん? この界層にニィナリィ・テイルズワースさんはいらっしゃるでしょうか」

 岩肌を撫でながら進みつつ、リスティは更に訊ねて来る。

「堕ちたばかりでは分かりません。ですが、居るとするならば必ず痕跡を残しているはずです」

「痕跡とは?」


「ガルム退治の折に、異界に調査ではなく、堕ちた場合について話をしたことがあります。生き方について教えようとしましたけど『異界で一生を過ごしたいほど異界に詳しくなりたいわけじゃない』と一蹴されたので、せめてもの方法です」

「遭難者は自分の痕跡を残すために木に傷を付けたりして、安全な場所で待機し続けるらしいですね。下山するよりも登った方が安全という話もあるにはありますが、時と場合によりますから」


「異界では人種の痕跡なんて集落みたいなベース以外ほぼ存在しないんです。要するに、魔物の痕跡と見分けが付けやすい。捨てられた異界ということでベースは無い。そして食べ物もさほど多くは持たずに堕ちたのなら、動かないことが一番の安全になりますが、魔物の気配を感知したのならその限りじゃありません。ましてや、ニィナは共に堕ちた村人を同行させています。魔物に気付かれないように、その気配から遠くへ逃れるしかありません。戦って、もし自分が助かっても村人が死んでしまっては、彼女はきっと後悔し続ける。後悔し続ける選択を彼女は取りません」


「では、動物のようにマーキングをして移動を?」

「それでは人種の臭いを残します……と言うか、彼女がそういうことすると思います? いや、二日も経過していればさすがにするでしょうけど、隠すに決まっているじゃないですか」

「私はあまり気にしませんが」

 気にしてくれ、とアレウスは思う。

「彼女は射手です。最も分かりやすい痕跡は持っている矢を地面に突き刺すこと。或いは(やじり)で岩肌に傷を付ける。岩肌の方はともかく、矢を地面に突き刺した場合、魔物がその後訪れて折ってしまうかも知れません。ですが、ゴブリンやコボルトは石の鏃しか使ってはいませんでした。鉄の鏃は人種の叡智の賜物です」

「上位種になると人種からくすねた矢を使うんですが……まぁ、まずはしばらく歩いて痕跡を探ると共に魔物の種類を調べましょうか」

 岩陰から出て、リスティは進む方向を決めて歩き出す。洞窟という閉鎖的な空間は、景色は見えても断絶されていた森林の異界よりも狭さを否応無しに感じてしまう。なによりランタンが無ければ薄暗く、進むのすらままならない。

「果たして、二日経過していて生きているか怪しいものですね」


「悲観的なことを口にしないで下さい」

「現実的なことを話しただけに過ぎません」


 リスティはアレウスたちを止めて、広場を通路から眺める。


「私も、こうして昔は冒険者として日々を過ごしていました。『異界渡り』は今回が二度目ですが、天才などと言われていたのが六年前です」

 アレウスたちが異界に堕ちた頃のことらしい。

「二年後に私は冒険者を辞めました。単純に、自身は天才で無いことに気付いたことと能力の頭打ちを感じたためです。能力値の上昇はレベルを上げることに直結する。だからと言って、レベルを上げることだけに専念すればクエストをこなす回数を増やさなければならない。増やせば当然、一つ一つのクエストへの感情が作業的になるんです。人のためにやっているのか、自分の能力値を上げるためにやっているのか分からなくなり、それが嫌でギルド担当者になりました。まぁ、その一年後にやらかしてしまうわけですが」

「やらかしてしまう?」


「力量を見誤ってしまって、一つのパーティを壊滅に追い込んでしまいました。三人は異界の虜囚となり生死不明。二人は辛うじて生きてはいましたが冒険者を辞めました。私がもっと異界について熟知していれば、それ以前に、そのクエストについてもっと詳しければ、発行する前に止めることが出来たはずなのに。そう思うといつも死にたくなるのです。ですが、教会の祝福を受けている私はたとえ自殺しようとも甦ります。死ねない体は逆に不便以外の何物でもありませんでした。だから担当者は辞め、事務に専念することにしたんです。先輩や後輩はよく言います。『たった一度の失敗じゃないですか』、『たった一度の失敗をいつまでも引きずっていちゃ駄目だ』と。けれど、たった一度の失敗で私は五人の人生を狂わせた。その重みを背負って担当者を続けるなんて私の良心が許しはしませんでした」


 話半分に聞きつつ、アレウスは広場をザッと眺める。ゴブリンでもコボルトでもなく、ガルムが数匹たむろしている。数えればおよそ八匹。三人で全てを相手にするには多すぎる数だ。


「機械のように仕事をこなしていれば気楽だったわけです。なにも考えずに仕事にさえ打ち込んでいれば、良心の呵責に囚われることも無かったわけです。またギルド長から強引に担当者になれと命じられるようになるまでは。『担当者は冒険者に没頭してはならない』、『感情移入は心を乱す』、『一定の距離を保ち、話半分で付き合うのがベスト』。なにもかもが私への助言です。ですが、“感情なくして、人の本質は測れません”。私は、また同じあやまちを繰り返そうとしている。分かっているのに、あなた方に無茶をして頂きたくはなかった。そして、後輩の話から今回の異界に至るまでの全ても、ただただ感情が邪魔をした。要するに、あの時は出来なかった救出を願い出ることで贖罪としようとしているわけです。あの日、帰りが遅いことに気付き、救助隊を早くに送ることが出来ていたならば……と」


「僕に聞かせたのは、これからはあまり異界に関わるなという忠告ですか?」

 小石を拾うも、八匹は常に行動を共にしている。これでは釣りを行っても、全てが一斉にこちらに向かって来てしまう。

「だとしても、僕には異界に関わらなきゃならない理由があります。だから、あなたが問題無いと言えるところまで自分たちを鍛えて、そして異界の調査に必ず向かいます」

「理由とは?」

「異界を壊す。そう僕は約束したんです。果たせない約束ではなく、果たすための約束です。そして、自分自身の産まれた意味を知るために生きる」

「そのような途方も無いことを言い出す人は大概、死にます」


「なら僕が最初の一人になりますよ。僕は死なない。死んだとしても、異界を壊してからだ」

 目線で合図してアベリアを呼び寄せる。

「八匹で群れになっている。一匹ずつの釣りは無理だ。アベリア、頼む」


「分かった」

「全何界層か分からないのに、魔法を使わせる気ですか?」

「全三界層。そしてここが二界層。テストと同じくらい……浅い方」

「分かるんですか?」

「『異界渡り』は界層を感知できる」

 アベリアはリスティにそう答える。

「あと、ニィナはここには居ません。あの群れを始末したら一回、引き返しましょう。そっちに道が続いているのならそのまま進み、痕跡も無く、そして通路も続いていないようならこの界層には堕ちては来なかったことになります」

「憶測でしかないように感じますが?」

「単純な話、八匹のガルムがここに居ることが決定的な理由になります。魔物の死骸は他に見当たらない。この群れにニィナが接触しないように移動したのなら、僕たちが進んだ道とは逆を進むんです。たった一人で村人を守って、ガルム八匹と戦うリスクを承知で戦いには行きません、彼女は」

「それでは何故、今、この八匹のガルムを倒そうとしているのですか?」

「バックアタック、ハイドアタックが考えられます。人の臭いを嗅ぎ付けて通路に入って来られたらあとは一気に距離を詰められます」


「“沼に、沈め”」


 ガルム周辺の地面が瞬く間に泥沼へと変わり、足が沈ませ動きを奪う。

「“軽やか、二つ分”」

 アレウスとリスティに重量軽減の魔法が掛かる。

「行きましょう。アベリアは魔法を節約するためにかなり絞っています。三十秒程度で泥沼は元通りになり、僕たちに掛けられた魔法も解けます」

「……では、一気に行きます」


 リスティが広場に入り、アレウスもそれに続く。素早く泥沼へと足を踏み入れ、リスティは動けないままのガルムの首を断ち切って行く。アレウスはこちらを睨んでいるガルムの首から下、腹部の当たりを刺し貫き、絶命させて引き抜く。繰り返すこと三度。リスティは五度。それから十秒ほどが経って泥沼が元の地面に戻り、アレウスたちに疲労感が訪れる。しかしリスティは変わらず立っており、アレウスは膝を折る。


「ガルムの首を切り落とす……筋力の能力値が僕より高いということですか」

「正直、このくらいの強さのガルムでしたら魔法も必要無かったと言えますが……念には念を入れなければなりませんからね。個別に“観測”の魔法を唱えても気付かれてしまっては手遅れになりかねません。なので、あなた方のやり方は間違っていたわけではないということです。が、この程度の負荷で膝を折るようでは……やはり、私が同行したことも間違ってはいなかったようですね」

 なにくそ、と思いつつアレウスは剣に体重を預けつつ、立ち上がる。残った泥から花が咲き、こちらを見つめている。

「もしこの界層に居るのなら、アベリアの魔法の痕跡を見つけてくれると思います。彼女もこの残滓から泥が残り、花が咲くのは知っています」

「では引き返しましょう」

 リスティは血に濡れた剣を布で拭き取り、鞘に納める。アベリアが布を受け取り、聖水で浄化する。アレウスの剣も同様に浄化してもらう。

「手際が良いですね」

「異界でだけ……です」

 アベリアはそう答えて、布を二人に返す。


 三人で来た道を引き返して、通路を慎重に進んではみたが、目的の穴は無かった。要するに、目的じゃない穴は見つかった。


「この穴は堕ちる穴です」

「でしょうね」

「ちなみに違いは分かりますか?」

「空気を吸い込む穴は登る穴。空気を吐き出している穴は堕ちる穴、或いはその出口。どちらにせよ、そこに入れば下に堕ちます」

「……あなたたち、異界に堕ちたのは一回切りのはずですが……それもテストの時だけですよね? あまりにも異界を熟知し過ぎています」

「さっきアベリアが言ったように、異界でだけ強いんです。他はサッパリで、ニィナから色々と教わったくらい酷いものですから」

 水の入った革袋で喉を潤し、それをリスティに渡す。

「飲んで下さい。多少の運動でも発汗は起きています。適度に水分を摂らないと倒れてしまいます」

「……あなたが口を付けた革袋の水を飲めと?」

「……あー、そういうの気にするんですか? 元冒険者で? しかもさっき信じられないようなことを口にした人が?」

「黙って下さい」

 リスティはアレウスにピシャリと言い、水を口に含み、そして革袋を突っ返して来た。アベリアは自身の水を飲んではいたが、少し不服そうな顔をしていた。


「前衛二人で、遠距離から攻撃できるのはお前だけだ。僕も短弓で射掛けることは出来るけど、急所を確定で射抜けるわけじゃない。だから頼りにしている」

「そういうことじゃないし。頼りにされているのはいつものことだし」

 拗ね方が子供だ。これはあんまり喋らない方が良さそうではある。

「機嫌の良し悪しで、魔法のタイミングを逸するのだけはやめてくれよ」

「それは絶対に無い」


 その言葉を聞いて安心し、再度、隊列を組み直して八匹のガルムが居た広場まで戻る。泥に咲いた花は、摘み取られた様子も、踏みにじられた様子もない。


「さっきアベリアさんが不機嫌になっていた点なのですが、本当に大丈夫でしょうか?」

「小声で話さなくて良いことをなんで小声で話すんですか? アベリアが絶対と言うならそれは絶対です。僕たちは異性同士ですし、分かり合えない部分もありますし、なにより喧嘩だって何回かしています。でも、戦闘中にそれを引き合いに出したことは一度だってありませんし、怒りで行動を疎かにするほど愚かでもありません。あるとしたら、この異界を救助者共々、無事に脱出したあとです。そう、あとが怖い……」


 徐々に声量を下げて行き、アレウスはアベリアに睨み付けられていることに寒気を感じ、僅かに体を震えさせた。

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