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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第6章 -守りたいもの-】
311/705

ひとまずの安らぎ

【異界獣紹介】

名称 アクエリアス

通称 『注ぎ殺す者』

星座 水瓶座

異界 海中

罠 水溜まり


 過去にハゥフルたちに征伐された異界獣。その欠片がハゥフルの王族の血を魔力として、更には周辺の海域の魔力を吸い込むことで不完全ながら『水瓶』の形を成し、それを核とすることで世界に復活した。ただし、自身の異界に復活したわけでもなく、肝心な魔力量も全盛期と比べると半分以下、或いは四分の一にも満たなかったために少数精鋭の冒険者及びハゥフルによって再度、討伐されることとなった。『核』を狙われた点も大きい。


 体のほとんどが魔力によって形成された液体であり、僅かな粘性を持っているため打撃や剣戟を寄せ付けない。また、体内から迸る液体は空気に触れると酸性となり、浴びた者の肌を爛れさせる。普段はクラゲのようで、大量の触手を自在に操り、薙ぎ払いと乱打、毒手、毒の霧といった方法で戦闘を行う。形状変化にはさほどの時間もかからず、アクエリアスにとって最も戦いやすい形態は『蛇』である。


 水溜まりを罠とし、踏んだ者を自身の魔力の水で取り込み、それを核としてクラゲ化――尖兵へと変える。このとき、核とした肉体の心臓をポンプ代わりとすることで尖兵の生命維持活動を行わせるため、取り込んだものが死体であっても心臓が使える状態であればいくらでも再利用できる。


 尖兵を十分な数ほど作り出したあとは自身の体に回収し、好きなタイミングで放出させる。また、死体を砲弾として撃ち出すこともでき、『核』を守る肉壁にもする。


 異界獣の中では死体の再利用という点で悪辣な部類。


 祭壇による捧げられた血の回収は、自身が作り出した特殊な渦によって『海底街』へと引き込むが、『水瓶』自身の元にまで繋がっているわけではなく、自身が張った範囲内に血が届けば、そこから魔力を吸収できる。『海底街』のサンゴ礁の白化や水棲生物の数が減っていたのは主にアクエリアスのせい。『ファスティトカロン』も例外ではないが、大亀は万年を生きるためさしたる寿命の目減りは起こっていない。


 異界に堕とす罠は、クラゲ化を起こす方法と同様で水溜まり。ピスケスと違って池や水底などに『穴』は作らず、粘性の水溜まりにハマった獲物を取り込める状態まで包み込んでから『穴』を発生させ、引きずり込む。


 アクエリアスの異界はあくまで『海中』である。そのためピスケスの『海底』と異なり、洞穴などはなく永遠の海が広がっているような錯覚に陥る。呼吸と泳げるか否か、ハゥフルの冒険者のみがそのどちらも解決できたことで異界から誘き出し、征伐できた。


「はぁ……困ったのう」

「クニア様」

「どうすればよいのかのう」

「クニア様、ギルドは無償の相談所ではありません」

 ギルドから帰還の指示が出るまでは滞在しなければならず、もし指示があったとしても港が仮にでも使える状態になければ帰るに帰れないため、アレウスたちは日銭を稼ぐ名目で都市のあちらこちらで始まっている『ファスティトカロン』への一時的な移住などの手伝いと、残してしまえば再利用できてしまう家屋の撤去作業に従事していた。その休憩時、次はどこの手伝いに駆り出されるのだろうかとギルドで仲間とたむろっていたところ、同じくコロール・ポートのギルドの手伝いを行っていたリスティが困り果てた様子で言葉を交わしている。


 そんなことがあるわけないだろと思いながらアレウスは受付カウンターへと目を向けてみると聞き間違いでも見間違いでもなく、普通に女王がギルドに足を運んできていた。


「これで何度目でしょう」

 アイシャが呟き、自然とアレウスと目線が合う。

「……えーっと、あのですね。連日、悩みあぐねている様子でクニア様がギルドに訪れることがあるんですよ」

 どうにも気まずい。アイシャとアレウスの間には未だに亀裂が生じたままだ。だが、その亀裂を気にして、アレウスのやること成すこと全てを否定するような態度を取るようなことはしなくなった。とはいえ、頭の中では色々と思うところがあるに違いない。それを飲み込んで、どうにか元通りとは言わずとも今はまだパーティということでアレウスとの交流を図ろうとしている。

 話をしようとしてくれているだけでもありがたいが、そんな風に無理をしてまで話し掛けてこなくてもいいのだが。

「戴冠式を行うにしても、色んな伝統やらなんやらがあるんだろうし、僕たちに比べたら悩み事は尽きないだろう」

「ですね」

「……別にアイシャや僕の悩みが女王様よりも小さいものだなんて考えてないからな」

「え、あ、はい。御免なさい。そう考えていると思っていました」

「心を読まれたみたいな動揺の仕方はやめてくれないか?」

「実際、心を読まれたのかと思いましたから」

 亀裂が生じる前、アイシャとどのように話していたかの記憶が曖昧になってしまっている。その頃の記憶を辿ったところで、今のアイシャには気取られて警戒されるので、参考にもならないが、せめて雰囲気だけでも思い出したい。

「謙遜とか、申し訳なさとか、そういうのは一切いらないからな。都市を守ったのはアイシャだ」

「でも、奴隷商人から国を救ったのはアレウスさんです」

「それはアイシャがあのクラゲを都市の外へと弾き出す結界を張ってくれたからだ。大体、一度目の大詠唱を阻止されたあとに諦めずに別の大詠唱で対抗するなんて僕には思いつきもしなかった」

「アベリアさんにロジックを書き換えてもらったので、無理やり意地を押し通しただけです」

「意地であんなに長時間、結界を張れるのも驚きだった」

「それは……冒険者として、絶対に守るんだって思いましたから」


「なにやら良い雰囲気なところ失礼致しますわ」


「この、一体なにを話していいのか分からずに互いに腹の内を探っているような会話のどこが良い雰囲気なんだ?」

「違いまして? アレウスからは少しばかりの下心が感じられましたわ」

 クルタニカが冗談のつもりで言うと、それを本気にしたアイシャが分かりやすいくらいに座っていた椅子ごと遠ざかった。


 下心がないと言えば嘘になる。アイシャは見つめれば見つめるほど、アレウスの思考が掻き乱されるほどに魅力的な容姿をしている。そのため、嫌われたくないという思いが先行し、できれば今後もお近づきのままでありたいという願望が溢れてしまう。だが、これは二人切りが危ういだけだ。それに、彼女を押し倒してどうこうしたいなどという欲望を抑えられないわけでもない。


「いっつもそう。異性で良い人って思う人は大体が悪い人ばっかり」

 自分自身の男運の無さに心底、うんざりしたようなことを言いつつアイシャは項垂れた。

「アレウスを良い人と思う点がまず間違っていましてよ」

「え、でも良い人でしたよ?」

 過去形にされていることについて今更なにを言うこともしない。

「アレウスは良い人と言うよりは、良い人ぶって見返りを求めるタイプの悪人寄りの偽善者ですわよ?」

「そこまで言うか?」

 怒りよりもむしろ、これまでの付き合いの中でよくもそこまで見抜けたなと驚いてしまう。

「まぁ善悪に振り切っていない分、どちらにも寄り添えるという点は魅力的ですわね」

「行き過ぎた善人のやることには付き合い切れませんし、極悪人はもっての他ですもんね」

「とはいえ、わたくしも幼い頃は悪ぶっている大人をカッコ良く思ったものでしてよ」

「暴力的な部分に同意はできなくても、その暴力は自分を守ってくれそうだなと思ってしまう方がいらっしゃるそうですね。教会でも懺悔室で付き合っている相手への嘆きを語る女性が何人かいらっしゃいました」

「口外してはなりませんわよ」

「ここで口外したところで、その人の元には届きません」

「良い意味で神官らしくなりましたわね」

「いずれ悪い意味に変わるかもしれませんよ」

 アレウスを抜きにして、アイシャとクルタニカが話に花を咲かせている。だが、このまま二人の話を許していると更なる懺悔の秘密が暴露していきそうなので、そんな顔も知らない人々の後ろめたい話を耳にしないためにコップに注がれている紅茶を飲み干して、立ち去ろうとする。


「わらわの悩みを聞いてはくれんか? 神官様よ」


 席を立ったのだが、アレウスはすぐに座り直す。

「どうかしましたか?」

「いや……ここにいないと駄目な気がするから」

 一連の行動を目で追っていたアイシャに怪しまれる。

 別に二人がクニアに悪さをすることはない。そこだけは信じられる。しかし、神官という立場を利用して彼女の悩みを聞き出し、必要のない助言や意味の分からない解決方法を吹き込んだなら、カプリースの心労が溜まってしまう。あの男に恩を売る気などないのだが、女王にあらぬことを吹き込んだ際に罪に問われないとは限らないのだ。

 そもそも、女王がどうしてギルドにやって来て、更には異国の神官に悩みを聞いてくれないかと訊ねるのか。


「神官はどのような身分の方の話でも聞きましてよ。懺悔の話でしたら、ここで聞くのはなんですから教会にお立ちよりくださいませ」

 ここで驚くのはクニアへのクルタニカの態度である。彼女は不敬罪で捕まりたいのだろうかとアレウスは内心、震えていた。

「懺悔したいわけではない。懺悔などわらわは人前でいくらでもしようと思っておるのじゃが、これはそのようなことではなくてだな」

「では、どういった悩みでしょう? 話せば軽くなることでしたらいくらでも。わたくしでは手に余る話であっても、もしかしたら道を指し示す一つの光にはなるかもしれませんわ」


「ハゥフルはヒューマンと子作りできるものなのかのう?」


 アイシャが飲みかけていた紅茶を吹き出し、咳き込む。辛うじて誰もいない方に顔を向けたのでクニアにかかることはなかったが、よくもこんな話を聞いて顔を動かすまで吹き出すのを(こら)えることができたものだ。彼女の努力に感心する。そして、アレウスはアレウスで留まったことを既に後悔し始めた。


「この世界にヒューマンと子を成せない種族はいないとされていましてよ」

「そうなんですか?!」

 アイシャの驚きと同様のものをアレウスは心の叫びにした。

「ええ、それぐらい種の生存能力が高いですのよ。ただ、ハゥフルとのハーフとなりますとミーディアムですわね。ミディアムハゥフル? ハーフハゥフル? 語感があまりよろしくなくてよ」

 問題なのはそこではないだろう。

「けれど、種と種が交わることに神はいつだって寛大ですわ」

「神官様にも経験が?」

「経験? ええ、男性を誘った経験ならば何度か」

「何度かあるんですか?!」

 一々大声を出して驚きすぎだとアイシャを叱りたいのだが、クルタニカの口から飛び出す言葉が衝撃的なものが多すぎて脳の処理速度に影響が出ている。ここにいてはいけなかった。アレウスは即座にここを立ち去らなければならない。こういった話題を語らい合う女性たちの中に男性が一人混じっているなど、あってはならないのだ。

 あとは経験豊富そうに言ってはいるが、クルタニカは目立ちたいがために人前で肌を晒そうとする困った性格の持ち主なだけだ。アレウスも一度、彼女の肢体は見てしまっている。


 思い出してはならないことを思い出してしまった。冷静さを取り戻すまではクルタニカの顔をまともに見ることができなくなってしまった。


「神官として当然のことですわ」

「当然のことなんですか?!」

「知らないことを教えることは神の教えにも等しきことでしてよ。それがたとえ、まぐわいの話であっても」

「まぐわい……!?」

 仮にも神を信仰する者が、人前で口にする言葉ではないことをサラッと言う。もしかしてアレウスが信じていない神とクルタニカの信じている神とでは、その点において差異が生じているのかもしれない。


 いや、アイリーンとジェーンですら子孫繁栄がどうこうと言っていた。神官連中は本人の身の清め方は別として、全体的に性に奔放で語ることについてもさほどの戒律はなのかもしれない。益々、相容れないことが分かってしまった。

 もしかすると、異国であるから戒律に囚われずにこの際、言いたいことをなんでも言ってしまえとクルタニカは考えているのかもしれないが、それをクニアが本気に捉えたらどうするのだろうか。そしてアイシャが大声を出す割に彼女の話に興味津々なせいで、もう誰もこの話を止められない。


 穢れを知らない彼女が穢れを知った。克服はできずとも向き合っているのであれば、傾向としては悪くない。悪くはないが、猥談に耳を傾けるのは悪い。


「まぁちょっと、一般的なハゥフル同士のまぐわいとは形式が変わるかもしれませんわ。わたくしもガルダとヒューマンの間でのまぐわいは形式が異なると、空の上では学んでいましてよ」

「胎生と卵生の違いじゃな?」

「よく分かっていましてよ。けれど、ガルダの卵とハゥフルの卵では――」


 話が生々しくなってきたので、アレウスはさっさとその場をあとにした。クルタニカの暴走を止められると思っていたアレウスが間違っていたのだ。留まるべきではなかったし、あとでカプリースに謝りに行かなければならないかもしれない。


「いやぁ、魚の肉も食べてみるとなかなか美味いもんだな」

「漁師は新鮮さが大切だと仰っておられましたがジブンたちにはさほど関係ありませんね」

「多少は傷んでいてもヒューマンたちと違って腹を壊すこともねぇからな。まぁ好んで腐肉を喰ったりはしねぇけど」

「鹿や牛の肉を生食できないなんてかわいそうで仕方がありません」

「あいつら、料理については物凄く拘るクセに腹が弱いのが困りものだな」

「むしろお腹が弱いから料理の知恵が豊富なのかもしれませんよ?」

「なーるほど。確かに見た目マズそうなもんを美味いもんに調理できんのは特権かもしれねぇな。ワタシたちは焼くことと煮ることぐらいしか考えねぇし」

 陽気に語り合っているノックスとセレナに出会う。話の内容からして、昼食に漁師から魚をもらってそれを食べたのだろう。川魚ならともかく、海の魚は恐らく食べたことのない彼女たちには新鮮な体験だったに違いない。


「ん?」

 ノックスがアレウスに物凄く気の抜けた笑顔を向けながら近付く。

「よっ、なにやってんだ?」

「ギルドで休憩していたんだ。これから与えられた仕事に戻る」

「あー……この国の連中はあの島みてぇな動く大亀の上に移って、無人の島を探しに行くんだっけか? その手伝いってわけか」

 以前に説明したはずだが、抜け落ちていたかのように言う。妹と再会して、すっかり気が抜けてしまっている。だが、それは悪いことではない。緊張が続く状態が普遍など、誰も耐えられることではないのだ。こういった一面を見ることができるのであれば、この国での努力も無駄ではなかった。

「この短剣、返すぞ」

「……別に言わなきゃ、こっちは取り返そうとも思わなかったんだが」

「でも形見みたいなものだろ?」

「そう……だな。ならもう少し、ワタシが使ってやるべきか」

 骨の短剣をノックスが受け取り、腰の鞘に納める。

「二人には申し訳ないけど、ここから船が出られるようになるまで…………なにをやっているんだ?」


 セレナがアレウスに近付き、体臭を嗅いでいる。


「いえ別に……んん? んー……んんんん? んーんー?」

「おい、お前はちょっと……んー? うんうんうん……うーん? うん……うん?」

 咎めるはずのノックスでさえアレウスの体臭を嗅ぎ始めたので、さすがにそこまでキツい臭いを発していたのかと思い始めると急に恥ずかしくなったため、アレウスは後ろに飛び退く。

「「あっ」」

「なんでそんな残念そうな声を出すんだ」

 そして二人揃って獣耳をシュンと垂らすので、なにやらアレウスが悪いことをしたみたいになってしまった。


 思えば、都市の解体を始めてから碌に水浴びができていない。他国からの来訪者専用の宿泊施設も早々に解体――もとい、壊されてしまっていたので水を張って、入浴をするような施設が見当たらないせいでもある。なにせハゥフルは海に入るだけでいいのだ。そもそも沐浴のような習慣がない。そのせいでハゥフルたちは揃って磯臭さを漂わせるわけだが、その体臭が当たり前であるので気にしていないのだ。


「帰るまえにどっかで水を被るなりした方がいいか」

「「えー」」

「なんで僕は顰蹙(ひんしゅく)を買っているんだ」

 どうにも獣人の基準は分からない。


 くだらないことを話せている。大変なことは多々あれど、切羽詰まっているときの、前にも後ろにも動けないような張り詰めた空気感はなく、安らぎにも近い穏やかさがある。


 クニアが理解不能な悩みを抱えたているのは不安だが、なんにせよ国の方針が定まったのであればアレウスたちは従うだけだ。でなければ、シンギングリンに帰還しろと言われても帰ろうにも帰れないのだ。都市の解体作業の手伝いは粛々と進めるべきだ。


 数時間後、案の定だがクニアを心配してギルドを訪れたカプリースにクルタニカは怒られていた。とはいえ、それで機嫌を損ねるわけもなく、その日の夜に彼女はアベリアと共に『御霊送り』を行うことで失った信用をすぐに回復させるのだった。

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