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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第6章 -守りたいもの-】
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流転と邂逅


『我らが国民よ、聞こえるか?』


 リスティが大鎗に串刺しにされるかされないか。その間際に聞こえた王女の声によって大柄な冒険者の腕が止まる。穂先――切っ先が眼前で止まったことには安心できず、むしろいつ殺されるのかという不安の方が強い。

「王女様!」

 大鎗を引いて、男は翻って海を見る。リスティは止めていた息を吐いて、力の抜けた体をなんとかして立ち上がらせる。

「盲信も、ここまで来ると化け物でしてよ」

 クルタニカと協力して大男を止めようとしたが、やはり殺さないで止める加減というのは難しく、だが向こうは殺す気で挑んでくる。そのために昔に培ってきた感覚も取り戻すことができないままに追い詰められ、死にかけた。クルタニカも最後の最後に温存していた『冷獄の氷』を使うか使わないかで悩んでいたために、リスティに向かう大鎗をあの瞬間、止めることは誰にもできなかった。


 甦るとはいえ、一命をとりとめた。『衰弱』を受けずに済むのなら、それはとてもありがたいことだ。


『海を見てもらえば分かると思うが、今、この国に最大の危機が訪れておる。いや、もう既に訪れておったというのが実際のところじゃ。わらわが無知蒙昧で役立たずであったために、国民には多くの犠牲を強いてきた。見て見ぬフリをして、暮らしが豊かであれば国の上に立つ者などいなくてもよいとまで思っておった。わらわはいずれ、国を強く変えたいと願う者の手に討たれ、そうして国は新たな価値観を手に入れて前進する。そのように、身勝手にも解釈しておった』


 海――港より先に見える浮上した島の更に向こうに、途方もなく大きな魔物が見える。不定形であるらしく、常に不安定に形の維持を続けており、それはこの都市で現れたクラゲにも似ている。どちらかと言えば、スライムの方が近いかもしれない。ただし、スライム以上に強大な魔物であることは明らかだ。


『あれは『水瓶』――アクエリアス。わらわが産まれるより以前、この国に現れた異界より飛び出した異界獣を討伐した際に遺された欠片。あれを用いて、お父様とお母様はこの国に霧の魔法を発現させた。それほどの力がなければ、霧を常時、維持し続けることなどできんということじゃな。その魔法がこうして解け、わらわのせいで多くの者たちがアクエリアスの養分となってしもうた。あの発言を撤回したいとは願うのじゃが、わらわが撤回したところで聞いた者の耳には残ってしまっておる。どうしようもない、わらわの失言……失態じゃ。その上、欠片から不完全ではあるがアクエリアスも復活してしもうた』


「なにを仰る」「我ら国民、最後の一人になろうとも王女様に付いて行きますとも」「たとえ、死ぬことになろうとも」


「復活……復活したばかり」

「だったら、わたくしたちの手でも抑え込めるかもしれませんわ」

「ええ、ですが……」


 ハゥフルたちがそれを受け入れるかどうかは別の話となる。ここで王女が、あれをまだ“国を変えるための力だ”と言えば、引っ繰り返る可能性はある。


『わらわは国民に負担を強いた。それによって最期がもたらされるのであれば、わらわはそれを受け入れよう。しかし、どうか……どうか後生である。わらわの最期のワガママを聞いてはくれんか? アクエリアスを止めなければ、この国は滅びる。わらわを先に殺したとて、あれを倒せなければこの国に未来はない。だからどうか、わらわと共にあれを討つ覚悟をしては、くれまいか?』


「どうやら、アレウスさんたちがどうにかしてくれたようですね」

「やはり頼りになりますわね」

「あの歳で驚かされるばかりですよ」


『そして、この時をもって、わらわは王女から女王になることを空と大地と海、そして国民に宣言する。一日ばかりの女王になるやもしれんが、その決意を固めたことを伝えねばならん。国の混沌、混迷、その責任はわらわにある。全てが終わったあと、然るべき罪を背負おう。裁判、断罪、処刑、どのようなことでも受け入れよう。じゃから、たった一度の頼みじゃ。わらわのためじゃなく、国のために立ってくれ。誇り高き戦士たちよ! 守るべき者を守り、救うべき者を救え! 救えぬ者には死を与えることでの救済を! 国を変えるのはわらわではない! この国を愛する民草じゃ! 怖れる必要はない! なにもかもを背負うのはわらわ――クニア・コロルただ一人であるのだから!!』


 静寂。王女がなにを言っているのかをハゥフルたちが胸の中で整理している。それぐらい、王女は――女王は国民を驚かせるほどのことを言ってのけたのだろう。


「女王、万歳……女王陛下、万歳!!」

 一人が叫ぶ。

「クニア・コロル様!!」「万歳、女王陛下万歳!!」「この時をどれほど待ち侘びたことか!」

 国の上に立つ者を讃える声が次々と上がる。

「そんな悲しいことを仰らないでください!」「我らは、どのような責任もあなた様に押し付けはいたしません!」「この国のため、あなた様のために我らは結束いたしましょう!」「この国を守るために血を捧げ続けてくれた我らが王のために!!」

 冒険者も、そして武器を手にした者たちも一斉に海へと向かっていく。

「続け! 続くんだ!」「怖れるな!」「なにを怖れることがありましょう! この国の未来には、クニア・コロル女王陛下がお立ちになられるのだ! そのためならばこの命!! 皆を守るために使いましょう!!」

 大男もこの大きなうねりに乗って、走っていく。

「ああ、やっと……やっとこの時が……!」「女王陛下が見て見ぬフリをしていたわけではありません。むしろ我らの方が……我らは……どれほどの苦しみを、見て見ぬフリをしてしまっていたか」「私たちが目を背け続けてきた将来に、光が見えた……進め、進め……!」「あのクニア・コロル様が前線におられるのだ! 全力でお守りしろ!!」


「これは、驚きましたわ」

 都市を見れば、言い争いも武器を持っての鎮圧もなにもかもが中断され、一丸となって海へと突き進むハゥフルたちの姿があった。

「穏健派も、強硬派も……王女の言葉で一つになりましたね」

「この国に澱みはあっても、(けが)れはなかったんですわ。国を憂う気持ちが皆を引き裂きはしたのでしょうが、国を背負うべき者が背負う姿を見せたから、流れができて一つになったんでしてよ」

「……いえ、そんな理屈では人々は動きませんよ」

「では、どうして?」

「この国の人々は一人残らず、クニア・コロル様が大好きなんですよ。ここはもう大丈夫でしょう」

「大好き……とても素敵な話ですわね。いがみ合っても、一番上の存在が威厳を示せば、ただそれだけで纏まる。そんな感情が、どこの国にも満たされていれば、どのような争いも起きはしないというのに」

「クルタニカさんはアレウスさんの加勢に行ってきてください。私はアイシャさんの方を見ます。恐らく、結界の維持もそろそろ限界のはずです」

「分かりましたわ」

「アレウスさんは火属性……アクエリアスには有効な一撃を与えることはきっとできません。ですので、あなたの氷の力は頼りになるはずです。それと」

 リスティは城門の方に視線を向ける。

「あちらの問題が片付いたのであれば、獣人もアレウスさんに加勢する。ハゥフルも纏まった。不完全な異界獣を討つことは決して不可能ではありません」

「ええ。でも、気を抜くのは全てが片付いてからにしてほしいんですのよ?」

 クルタニカが風を纏って宙に浮く。

「娼館に現れた女の動向次第では、まだ引っ繰り返ることもありますわ。できれば、異界獣を討つまではアイシャには結界を維持してもらいたいですわ」

「この感じですと、あの女性も結界の『条件』に引っ掛かってこちらに干渉し辛い状態にあるようですからね」

 そこで会話を終えて、クルタニカが海へと飛んでいく。



「私の気配は薄々感じ取っていたでしょう? 誰にもなにも言わないなんて、妙な義理立てをするのね」



「……クルス」

 閃光に満ちた鎗を携えて、辺りを一瞥する女性にリスティは重く声を発する。

「安心して。私はハゥフルの救援に来ただけよ。甘言に惑わされて、この国を攻めてきたわけじゃない。あの島が浮上してから、クラゲの動きが活発化しているから、兵たちにはそっちの対処に行ってもらっている。でも、驚きよね。『愛する女のためなら死ねる』。この言葉が、本当の本当に正しかっただなんて。来るまでは半信半疑だったけど、あのロジックに寄生するゴミ虫を見つけてからは確信に変わったわ」

「御身を案ずるなら、前線から離れたこんなところで一人でいらっしゃるのはどうかと思いますが」

「堅苦しい言葉は無しにしましょう? 旧友との再会なのだから、もう少しだけ喜んだらどうかしら? それこそ、さっきみたいに『クルス』と呼んでくれた頃のように接してくれてもいいのよ?」

「そんなこと、畏れ多くてできるわけがありません」

 唇を噛み締めてから、言葉を喉の奥から引っ張り出す。

「クールクース・ワナギルカン王女殿下」

「女王になるのはこの国の女王に先を越されてしまったわね」

「御身が宣言すれば、すぐにでも戴冠式が行われるというのに」

「王国を攻め滅ぼしてからよ、私が女王を名乗るのは。それまでは王女のまま」

 閃光の鎗を納め、溜め息をつく。

「まだなにも知らなかった頃が懐かしいわね」

「……私とはあまり関わらない方がよろしいかと」


「『エルヴァ』が黙っちゃいない?」


「彼はあなたの匂いを嗅ぎつけるのが上手いんです。帝国に戻ってから、接触したことを知られたらどうなるか」

「さすがにそれまでの間に匂いは消えているでしょう」

「どう、でしょうね。昔のエルヴァージュを知っているあなたなら、不可能ではないと思ったりはしないのですか?」

「そうね、不可能ではきっとないでしょうね。だって彼は、私のことが大好きだから」

「……愛しすぎて、殺したいほどに」

「ええ、皮肉よ。あんまり本気にしないで。それよりもあなたに驚きよ。エルヴァに拘っているあなたがこの国にいるなんて思わなかったわ」

「担当者として、冒険者に付いて来ただけなので」

「密偵を忍ばせていたけれど、アレウリス・ノールード? って子でしょう? あなたよりも年下なようだけど、エルヴァよりも頼りになるのかしら」

「エルヴァは関係ない」

「いいえ、関係はあるでしょう? だって、あなたたちが王国を出るまでは私たちは冒険者を目指していたのだから」

「……よくもそんな、御身は関わっていないかのように」

「私には最初から目指すべきところがあって、でも、その目指す方向が変わった。それだけの話でしょう?」

「エルヴァの恨みを買うことになった」

「ええ、でも……恨みを買ったって、私は今の王国を潰さなければならない。たとえ、エルヴァと刃を交えることになろうとも」

「それは、恐らくないのでは?」

「帝国が王国を侵略するか、私の占領しているところが帝国を侵略するか。それが起こったら自ずと、ね」

「もしそうなったときは、殺すのですか?」


「殺すわ」

 王女は血のように赤い目を向ける。瞳孔ではなく白目――強膜(きょうまく)だけが赤く染まる独特な“眼”を。

「国のためなら私情は挟まない。あとで死ぬほど泣くことになろうとも、この身はもう私だけの物ではないのだから」


「そう……」

「あなたと話せてよかったわ。次はもしかしたら永遠にないかもしれなかったから。そろそろ戻らないと部下が心配しそうだから、それじゃぁね」


 去っていく女性の後ろ姿を、見えなくなるまで見送ってからリスティはギルドの地下へと向かった。

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