戦う理由
【魔法鎗士】
戦士(鎗)と魔法使いの複合職。後衛ではなく前衛と中衛をそつなくこなすことのできる有能な職業。分かりやすい短所は戦士よりも力は低く、魔法使いよりも魔力は劣る点。そのため、技能の成長も合わせて、自分自身の特徴を見極めた鍛え方をしなければどっちつかずの器用貧乏になってしまうリスクがある。しかしながら、短所は逆に考えれば魔法使いよりも体力は高く、戦士よりも魔力が高いことを示している。射手や狩人ほどではないが弓術を心得ている戦士との違いは、遠距離攻撃が物理になるか魔法になるか。特に物理に強い耐性を持つスライムや甲殻を持つ魔物に対しては戦士よりも有効に戦えるだけでなく、後衛の魔力を温存することもできる。
魔法使い、神官がいるパーティでは回復魔法を疎かにしがちであり、攻撃魔法も属性が一つに偏りやすい。また、前衛で戦いながら集中しての詠唱が難しいため、総じて無詠唱や難度の低い魔法を主体とするため魔法の威力が通常よりも低くなりやすい。パーティの花形にはならないが、縁の下の力持ち。いたら便利、いなければいないで困る。
複合職であるため、戦士(鎗)から『二鎗の構え』、『長鎗の構え』、『短鎗の構え』、『投鎗の構え』。魔法使いから『無詠唱』、『短縮詠唱』、『初級魔法』、『低難度魔法』といった技能を習得できる。逆に戦士としての『挑発』、『防御策』、『護法』などの魔物の脅威度を自身へ集めることで味方を守るような技能は持っていたとしても使いづらい。『勝鬨』は一時的に筋力ボーナスを得られるため、習得しておきたい技能となる。
カプリースが物凄く低い体勢から、地面を蹴って勢いよく詰めてきた点から、自身の行動の全てに水圧を利用していると考えられる。蹴る瞬間に水を足のつま先で弾けさせれば加速できる。爆発や爆風を利用しての加速とやっていることはほとんど同じだが、水圧を利用する場合は爆発よりもずっと魔力を消費するはずだ。しかし、魔力切れは期待できない。カプリースは既に人の理を超越している。水の羽衣は徐々に煌めきを強め、滴り落ちる水が凹凸を避けるようにして鱗を形作っている。スパンコールのあしらわれたドレスを彷彿とさせはするが、どちらかと言えば執事服であり、燕尾が垂れている。
問題は速度。先ほどとは比べ物にならないほどの速度でカプリースは動き回り、片手の鎗を振ったのちにすぐさまもう片方の鎗を振る。流れは独特で、舞踊や舞踏を交えているように思える。たった一人で踊って、たった一人でなにもかもを薙ぎ払う。向こうは容易に近付くが、アレウスは容易に近付けない。二本の鎗を同時に使っているため、先ほどよりも長さはない。だが振った直後から二歩、三歩先に水の波動が鎗の描いた軌跡のまま飛ぶ。これは近距離型の飛刃だ。遠距離に特化した分、威力が下がっている飛刃に比べて、カプリースの放つ水の飛刃は近距離に特化している分、殺傷能力が極めて高い。それを表すようにアレウスが避けて、逃げて、避けて、隠れてを繰り返すたびに辺りにある城の残骸や白サンゴは次々と両断されている。要するに丸ごと薙いで、断ち切りに来るため辺りの遮蔽物になる瓦礫や建物を利用できない。カプリースの鎗が放つ飛刃は全てを両断する。それぐらいの認識で挑まないと、アレウスも瓦礫のように両断されてしまう。
化け物染みている。だが、化け物ではない。それぐらいは分かっている。『冷獄の氷』も本人の意思さえ確実なものとしてあれば、制御が利くのだ。カプリースは自ら命を絶ったことで力に操られている。一時的ではなく、完全に意識を取り戻すことさえできたならカプリースの暴走も止まる。
「っ!」
粘着質な水に足元を取られる。アベリアの唱える“沼”の魔法ほどではないにせよ、避ける際に足にかかる負担が大きくなる。鎗に貫かれる現実がまた一歩近づいたとしか表現しようがない。一撃一撃を避けられている自分自身に驚き、そしてまた鎗撃を避けなければならないという事実に背筋が凍り、冷や汗が止め処なく溢れる。ギリギリのところで避けている。短剣で受けていいものかどうかが分からないため、とにかく避けることに徹しなければならない。
魔法を唱えている様子はない。様子はないのだが、不思議と足にかかる負担は更に高まっているように感じる。大きく飛び退いて足元を見れば、先ほどよりも粘着質な水の量が増えている。この範囲に対してのみ水かさが増しているのだ。
忘れていたわけではない。『冷獄の氷』も特殊な範囲を持っていた。意識せずとも、継承者を中心とした空間に魔力の影響が及ぶ。一定時間ごとの冷撃がそうであったように、『水』も例外ではない。『原初の劫火』の継承者であるアベリアにも範囲に影響を与える力があるのだろうが、まだ調べ切れていない。
一定時間ごとに水かさが増しているのは地面を抉っているのではなく、カプリースが指定した範囲の空間で水が流出しないようになっている。ガラハが戦ったというガルダの刀が及ぼした範囲とは異なっている。こうして同列に語れば語るほど、『悪魔』の心臓を打ち込んだ刀が怖ろしい。継承者と同等の範囲攻撃を行えるガルダの技術は地上の人智を越えているということだ。その気になれば地上の制圧など、ガルダには些細なことではないのかもしれない。
どう突破するか。カプリースの動きは俊敏さを増し、合わせて飛刃によって近寄りがたい。詰め切って、短剣で仕留めることができるかどうかも怪しい。そして、水かさが増すだけが『水』の範囲なのかどうかも定かではない。
だからこそ逃げながらの観察に徹しているが、二本の鎗を扱うのは二本の剣を振り回すことよりも難しいはずなのに、ブレが全くない。いや、ブレを感じさせないように足運びが補っている。この舞踏のような足運びは、立ち回りを間違えれば一気に回り込まれてしまう。ルーファスにもよく教わったが、相手の真横や真裏を取ることは絶対的な優位を得られるが、そんなことは“相手だって承知の上で真横や真裏を取らせる”。カプリースの舞踏はまさにその“踏み込ませない立ち回り”なのだ。真横や真裏を攻めるなら攻めてこい。そう挑発されている。そして、もしそのように動いても十全に対応できるだけの余裕を秘めていることも目力だけで伝わってくる。暴走しておきながらの冷静。これこそが、意識のないカプリースに攻めあぐねる最大の理由となっている。
「なんのために戦っている?」
アレウスはカプリースに問いかける。だが、答えはない。答えることができないことは分かっていたが、それは自分への問いかけでもあった。
なんのために戦っているのか。ここで戦っていることが必ずしも得策とは言えない。カプリースの暴走が止まるまではハゥフルたちに任せてしまえばいいじゃないか。それよりも王女や、あのクラゲ化を起こしている元凶を叩くことの方が先決ではないのか。
思っていることとやっていることが異なる。なんでカプリースと戦わなければならない? なんでこんな馬鹿げた力に対抗しなければならない? それよりも、クラゲ化からハゥフルを守るべきだ。絶対にそうあるべきだ。
「でも、違うんだよな」
それが正解であっても、最適解ではない。最高と最善の言葉には微妙な違いがあるように、正しいことと最適なことにも微妙な違いがある。
だから、アレウスは正解じゃない方を選ぶ。
「王女が無事でもお前が死んでいたら意味がない、王女が死んでお前が無事であってもやっぱり意味がない。そういうことなんだろ?」
信念を捻じ曲げてでも、救いたい、守りたい。その意思に揺らぎがないのなら、アレウスが目指す先は王女とカプリースの両方が無事である未来だ。
そんなことに拘る理由は一つしかない。
「僕だって、一人じゃここまで来られていないからな」
一人では生きていけない。一人では戦えない。異界から救われたときにアベリアがいたから、アレウスはここまで生きてこられた。そしてこれからも生きていくつもりだ。そこにアベリアから自身へのロジックへの介入があったとしても、その点はもう許してしまったことだからとやかくは言わない。
それよりも、アベリアが甦ると分かっていても死んだときのショックは計り知れないものだった。カプリースは冒険者として登録はしていても、『教会の祝福』を受けているかどうか怪しい。アレウスと同じ『祝福知らず』ならば、死ねばそのまま甦りはしないし、王女は冒険者ではないため勿論、生き返らない。
それはあまりにも辛すぎる。カプリースが、なのか。それとも王女が、なのか。どちらが寄り添っていたのかは知らないが、寄り添われていた側も寄り添っていた側も、片方を失えば倒れることに違いはないのだ。
「感謝しろよ、カプリース。僕はお前に同情しているから戦っている」
どれだけ鎗撃に怯えようとも、決して背中を見せず、立ち向かう。そこにあるのは境遇を重ねたがゆえの信念だ。
カプリースは鎗の雨を降らせ、そのまま地面に突き立っている鎗の一つ一つを蹴って移動する。三角飛びもビックリの移動方法で、更には速度に拍車がかかる。縦横無尽をそのまま表すかのごとき速度で飛んで蹴ってを繰り返し、頭上から構えた鎗を投擲してくる。
見上げた瞬間には間に合わないと踏んだ。だからアレウスは“着火”する。自身を燃やして足元の水が僅かに蒸発し、そのおかげで跳躍が間に合った。直後に地面に突き立った鎗から水の波動が飛んでくるが、短剣に込めた炎の剣戟で打ち飛ばす。
「同情していなかったら、戦うことすら選んじゃいないんだからな」
どこまでやれるか。その試金石のために誰が好きこのんで継承者と戦うことを選ぶというのか。そんな生死の境を文字通り彷徨うことが確定している戦いに身を投じるのもまた同情であり、カプリースの信念への返答だ。
祭壇から『海底街』に続く洞穴に飛び込む際に充填は済ませているが、アベリアがいないと再充填はできない。この炎の厄介な点は、予めの充填を行っていてもアレウスが間の叡智に触れられていないからか、はたまた性質としてそうなのか、充填しても長期間の保存が利かない点だ。
だからこその奥の手。勝機の好機に使うべき力だが、ここで使わずしていつ使うと言うのか。勝機の好機を狙い過ぎて、返り討ちに遭っては元も子もない。使わずに勝てる相手では決してない。
クラリエのようにロジックを燃したり、血の重みで身動きが取れなくなるような制約もないのなら出し惜しみしない方が良かったのだろうか。
「……それはないな」
自問自答する。出し惜しみすること以上に、この貸し与えられた力はそう頻繁に使っていいものではない。自らの体から噴出する炎を見ながら、本能的にそう思った。
「『水』に『火』は絶対に敵わないけど、死ぬ寸前、その間際までは付き合ってもらうからな」
できれば、それまでの間に意識を取り戻してほしい。
どういうわけかアレウスはカプリースならギリギリのところで目覚めるだろう、と。そんな願望を抱き始めていた。




