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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第6章 -守りたいもの-】
296/705

その裏で

///


「やってらんないよ、ったく……」

 全ては563番目が想定した通りに事が進んでいたはずだ。現に神官の大詠唱を563番目は対抗の大詠唱によって阻止した。その後、手筈通りに刻んだ『音痕』によって563番目の声は再生され、国中に神官の抵抗は無意味だということを知らしめた。


 はずなのだが、その後の大詠唱によって自身は結界の外へと弾き出されてしまった。


「連続で大詠唱だなんて、聞いちゃいないよ」


 大詠唱とはそもそも唱えられること自体が特異なはずだ。一握りの才能を持った者にしか扱えない。一人では小さな影響しか及ぼせない魔法を全体化させ、更に威力を数倍にも高める。要するに無詠唱の逆に位置する。ただし、無詠唱と違って大詠唱は扱えない者は永遠に扱えない。

 なぜなら、ロジックには強度がある。それは即ち、魔の叡智に触れられる限界を示す。自身のロジックの強度を上回る魔力を掴み、練り上げて魔法にすれば必ずロジックが壊れてしまう。生き様が壊れてしまえば廃人になる。そうならないように人間はロジックを得るそれより以前から、魔法による廃人化を防ぐために全力以上の放出を制限するように脳が制限をかけていた。


 大詠唱は制限をものともしない精神力と、制限を軽く凌駕する魔力を持ち合わせている者が使う。『冷獄の氷』や『原初の劫火』のようなロジック内部での魔力や肉体の増強(ブースト)が掛かっていない者にとっては命懸けにも等しい。ある意味で馬鹿げており、魔力の出力量は場合によっては街全体にまで及ぶ。『神愛』のアニマートが見せた街全体を覆い尽くす大詠唱がまさにそれだ。


 とはいえ、習得した者はその二度目からは肉体が馴染み、平然と唱えることができるようになるらしい。


「それにしたって、この国に大詠唱を唱えられる奴らなんてそうはいないはずだったってのに」


 それも連続しての大詠唱。たとえ初期の詠唱段階であっても、阻まれた分だけの魔力は失われる。なのに、その消費をものともしない結界を張られてしまった。


「一度目がアベリア・アナリーゼ……二度目がアイシャ・シーイングか? だけど、アベリアはともかくアイシャにそれほどの魔力があったようには思えないがねぇ」

 なんにせよ予定が狂わされた。すぐさま563番目の元に戻るはずだったが、弾き飛ばされたとなれば少し手間が掛かる。

「ただ弾き飛ばされただけなら良かったんだけどねぇ。あたしに対して、この結界が特効だったってだけなら構いやしないけど」

 結界は海底街まで及んではいない。これならば計画に支障をきたすほどの遅れにはならないだろう。



「なにをしているの?」



 後方から声がして、振り返る。

「侵攻中、後方から襲撃を受けるかもしれないと思い、警戒しておりました」

「それは助かるわ。けれど、この状況で後ろから別の軍隊がやって来るとは到底、思えないわ」

「ハゥフルの連中ですよ。奴らに船は必要ありません。海中より飛び出し、我々の首をいつ落とすか考えているに違いありません。場合によっては船体に穴が空けられるやもしれません。そういう小ズルいことを平気でやってしまう連中ですよ、奴らは」

「そうね、それは注意が必要だわ。ありがとう」

「いえ、感謝されるほどのことで…………は………」


 そこで目の前に立っている存在が何者なのかを把握して、思考が発狂しそうになる。



「なにか見てはいけない者を見てしまったかのような顔付きをしているじゃない?」

 女性は語り掛けながら近付き、スッと鎗を抜く。

「ところで、さっき進軍と言ったわね? どうにも理解ができないのよ。私たちは侵攻しているのではなくて、援軍に来たはずなんだけど。それも、あなたが口汚く罵ったハゥフルへの救援なんだけど」



 何故、ここにいる。

 混乱が続く。思考が纏まらない。



「情報の伝達が上手くされていなかったようです。先ほどの失言は申し訳ありません」

「謝罪を求めているわけじゃないわ。それに、情報の伝達ってなに? 軍において協調性を高めるためには目標を提示、達成における褒美。常に求めるは最大目標で、最低目標を達成したって褒美は与えない。でないと衣食住に困らないと分かれば集団は談合を行い、いつの間にか腐敗化ばかりか名ばかりの陳腐化も起こしてしまう。だからこそ、目標についての情報は最も大切なことでしょ? それとも、この私の目標提示の宣言が、聞こえなかったとでも言いたいのかしら?」


 この女をここで相手取るつもりはなかった。なにか手違いが起こっている。


「私の国でも悪さをしていたわよね? 人のロジックに寄生してしか生きていけないゴミ虫め!!」

「ちっ! なんだいなんだいなんだい!? ここに来るのはあんたじゃなかったはずなんだがねぇ!」

「ええ、そういう風に仕組まれていたわ。けれど」

 女は鎗を手元で回し、光の力を穂先に集める。事前情報通りなら、この女とはまともに戦ってはならない上に鎗に貫かれることも避けなければならない。

「男が『愛する人のためなら死ねる』と言い切ったのなら、信じてみるのも悪くはないかなと思ったのよ」

「カプリースめ……!!」

 甲板の端にまでジリジリと追いやられ、もう下がることはできない。

「それで、どうする? 泳いで逃げる? まぁ、殺したってあなたが寄生しているロジックは一つじゃないだろうし、無駄なことなんだろうけど」

「あんまり自分に(おご)るんじゃないよ。ここにあんたがいることに驚いてミスっちまっただけなんだからねぇ」

「どこでなにをしたって同じ。あなたみたいな輩は、必ず最期は真っ当な死に方をしない」

「あっははははは、笑わせてくれるじゃないか。あたしだって真っ当に死のうなんて考えちゃいないよ。それよりも……こんなところまで遠出して、あんたが王国から奪った土地が奪い返されていやしないかい?」


「心配してくれてどうもありがとう。けれど、問題ないわ。あなたも知っているでしょう?」

 一瞬、女が隙を見せた。翻って、船から飛び降りる。

「私には、天の御遣い――天使がついているもの」


 海に落ちるまでの重力を体に受ける間際の無重力。秒にも満たない時間に入り込んだ光の鎗が背中から腹まで貫くどころか上下に分かたれてしまう。


「まだ使い道のある体だったってのに……!」

 そう呟きながら、563番目に付き従っていた者の体は光に侵食されていく。だから、あの女の光の力を喰らってはならなかった。恐らくは『冷獄の氷』、『原初の劫火』に連なる力を貸し与えられた者だ。この肉体のロジックは捨てるしかない。

「だけど、お返しはさせてもらうよ。今回は失敗したけれど、あんたたちにあたしが寄生しているかなんて分かりっこないんだからねぇ」

 ケラケラと嗤っている内に肉体は海の藻屑となる前に塵となって消えた。

///


「毎日毎日毎日毎日、どーでもいい話を聞かされて、たまに意味の分からない説教をされて、そのクセ、性欲だけは旺盛で、そんな豚みたいな連中の相手をしているときは生きているのが嫌だったわ。それが私の日常。死にたくなるでしょ?」

 それが一体どうしたと言うのか。『鬼哭』が産まれた村は賊に襲われ、数多の女子供が犯されながら殺された。姉も妹も、幼い『鬼哭』を逃がすためだけの犠牲となった。『鬼哭』は姉と妹の協力がなければ、きっとあの燃える村の中で焼き殺されていた。

「まぁでも、そんな生き様があったおかげで、どうしようもなく幸福に対して貪欲になっている自分がいるのは確かなことね」

 昔を語ったところでなんの意味もない。常に必要となるのは現在である。


 だが、『鬼哭』は過去に拘っている。過去の『魔剣』に拘っている。あの頃の強さを、また取り戻したときには再び手を組み、しのぎを削るような毎日を送りたいと。


「で? まだやる? 『至高』の冒険者も案外、大したことがないのね……その辺の冒険者もみんなこんな感じなのかしら」


 大量の魔物を体内に飼って、従わせたいときに適度に従わせ、時には盾にも利用する。ぞんざいに扱うことには一切の躊躇いがない。しかし、それは彼女自身が扱う場合に限っており、自身が従わせている魔物を他人が傷付けたならば相応の怒りの感情を向けてくる。まさに歪んだ感情を持ち合わせている。なのに本人にはその自覚がない。


 魔物の使役と本人の魔法。それらはどちらも高度で、どうやっても打ち崩すことができない。狂人や『悪魔』を殺したことは数知れないが、狂っているというのに狂っていることを自覚していない狂人を相手にしたことはない。


「……どうしてそこまで強い?」

「強いか強くないかってそんなに重要? 私にとって重要なのは、あんたのせいでこの結界を解けそうにないってところだけど。外にも別の結界があって、そっちの魔力がどうも私を拒んでる。弾き飛ばされたら、常人じゃきっと死ぬし」

「常人なら?」

「ええ、私は常人だから」


「どこがだ」

 『鬼哭』は(けな)すように笑う。

「貴様のどこに、人間性があると言うんだ?」


「どこって」

 女は辺りを見回し、魔物の頭を撫でる。

「全体的に、かしら」


 その周囲には沢山の魔物の死骸が転がっている。場合によっては娼館内を逃げ惑っていた人々の死体も混じっている。崩壊を女の結界によって阻止されている娼館から逃げることも叶わず無惨に死んでいった女たちを見ていると、『鬼哭』は過去の自分を思い出すようで吐き気を催す。


「邪悪め」

「……まぁ、多少の犠牲は必要でしょ? それともなに? あんたは今までやって来たことに対して申し訳なさやら謝罪の気持ちがあるって言うの?」

 フッと鼻で笑われる。

「くっだらない。正直、ある程度は助けるつもりがあったけど、あんたと戦っている内に気を回せなくなったから死なせるしかなかった。それで私が殺したって言われても困るわ。むしろ、あんたが私に素直に563番目の居場所を教えてさえくれていれば、この子たちも死ぬことがなかった。私の魔物も、こんなに沢山倒されることもなかった。でも魔物が倒されるくらいは別にどうだっていいわ。この子たちは死んでも魔力の残滓がある。従わせる前に消耗した魔力の半分もないくらいの残りカスだけど無いよりはあった方がずっとマシ」


 背中と右肩から伝わる痛みに『鬼哭』は表情を歪め、そして血を吐く。自身の速度に、この女は追い付いてきた。それだけでなく女が従えている魔物すらも追い付いてきた。『悪魔』を『千雨』に憑かせたが、戦力となったのは最初の数分だけだ。十分も経てば、全てが女のペースになってしまった。


「これは……少し、状況を整え直さなければならないか」

「逃げる気?」

「いいやその逆だ」

 『鬼哭』は腰に差していた刀を抜いて、切っ先で床を引っ掻く。火花が起き、同時に三本の電撃が女へと走る。スライムが女を庇い、その核に電撃を浴びて死滅する。

「本気を出すことで、貴様を葬る」


 もはやピクリとも動かない『千雨』の体から『悪魔』を外し、自身へと引き寄せる。

『ここで殺すってことでいいんだな?』

「やるしかない」

『面白い。上手く扱ってみせろ』

 風を纏う『悪魔』の鳥が、稲妻のような鳴き声を発したのち、『鬼哭』の肉体に電撃が宿る。

「『魔剣』と戦うときが二度目と決めていたが……」

 女へと自身に宿った電撃を再度、奔らせる。女は指先を動かし、狭間に作り出した炎で受け流す。

「俺も『超越者』の端くれだ。こんなところで殺されるわけにもいかないのでな」

 だが電撃は炎を抜けて、電撃は女の体を貫く。


「…………ふ、ふふふふ。ふふふふふふ」

 焦げた肉体を動かして、女が笑う。

「すっごい。凄いわ……『超越者』? へぇ、ふぅん……あの子とおんなじ感じかな」

 痛みを物ともせず、指先を動かして生じた水を全身に浴びて焦げた肉体が一瞬で再生を終える。


「なにに笑っている?」

「欲しい。あんたのその力、すっごく欲しい!! 私に頂戴!!」


 強大な力を前にして、その力を浴びて、痛がるのではなく欲しいとねだってくる。


 やはりこの女は狂っている。563番目のことなどお構いなしに、この世に生かし続けていていい存在ではない。


 その感情は、長らく忘れていた『鬼哭』の中にある冒険者の矜持にも近しいものだった。


「グリィ・ガリィだ」

「なに?」

「俺は帝国以外では『天雷』のグリィ・ガリィで通っている」


「……ああ、なに? 死期を悟ったからせめて名前でも覚えてもらおうってこと? 別にいいよ、そういうの。飽きている上につまんない。そんな面白味のないことをしないでよ。私が欲しいのはあんたの力であって、あんたを倒したことで得られる名声や誇りや憎しみはいらないし、背負う気も更々ない。だったら、あんたの名前を知ったところで私になんの得もないじゃない?」

 この女はここで殺さなければならない。野放しにすれば、国どころか世界すらも揺らがす邪悪に成り果てる。

「自分に義があるような素振りは見せないで。563番目に戯れでも関わった時点で、あんたは密偵でもなんでもない、私にとっての邪悪なんだから」

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