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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第6章 -守りたいもの-】
295/705

狂った宴のためだけに

///


「ああ……あぁ、ああ………ああぁ」

 ハゥフルは、このような行いが許されて良いのかと悲嘆する。


 もはや城内は地獄の様相を呈している。空気の層で覆われていたはずの城の多くは水に浸され、そしてそこから伸びる触手に多くの兵士や大臣たちが捕まり、クラゲのような生物の核にされてしまっている。己自身もいずれはそのような成れの果てと化すのは目に見えているのだが、ハゥフルはそのこと以上に王女を憂う。


 全ては虐殺を受けたあの日から始まった。国王と女王が命を賭して守ったのが王女だ。連合国の暴虐によってコラール・ポートという都市は滅び、自身は側近として王女を連れて未だ開拓の域を出ていなかった港町へと落ち延びた。

 当時は今のように港湾都市と呼べるような街並みはしておらず、なによりもハゥフルの精神的疲労と恐怖が打ち勝ち、混沌とした日々が続いていた。


 それをどうにかしようと考えたのがあやまちの始まりだったのだろう。己自身を含めた側近は王女を――クニア・コロルの血を『水瓶』に捧げることで港町に霧の魔法を発現させた。それはハゥフルたちが陸上で生活する上では必要不可欠な魔法だった。王族の血を捧げることで発動する魔法など聞いたことがない。むしろ国王と女王が生きていた頃には『水瓶』は聖櫃(せいひつ)に納められ、誰一人として手を付けることのない代物だった。『水瓶』もまた国王と女王の血を望みはせず、二人が命じれば逆らうこともせずに霧の魔法を発現させていた。


 しかし、国王と女王が犠牲となった大虐殺の末に『水瓶』は何一つとして叶えることはなく、クニア・コロルの血を捧げてようやく霧の魔法を発現させた。そのときはまだ、彼女に王族としての力がないから。『水瓶』が彼女の血を受けることで、国王と女王の血筋であるクニア・コロルを王族と認識して魔法を発動させているものだと思っていた。


 だが違う。『水瓶』は王族の血を求めていたのではない。クニア・コロルの血を求めていただけなのだ。つまり、『水瓶』は血を捧げてもらうために霧の魔法を発現させていなかったのだ。あの『水瓶』はハゥフルの口から「王家の血が必要なのでは」と、そのように物事が進むことを黙って待ち続けていただけなのだ。なにをしても応じないのであれば、いずれは『王家』や『王族』、『血筋』に固執する。そのように『水瓶』は分かっていた。あの『水瓶』は己にとって得になるかならないかの判断を下す程度の知性があったのだ。


 それを知っていて、現状維持に甘えた。クニア・コロルの血を捧げさえすれば霧の魔法が維持されるのだから、それで良いと。たとえ王女の心が壊れていようとも、その瞳が映す景色から色が落ちてしまっていたとしても、関係ない。ハゥフルの繁栄のために、この国の維持のために犠牲になってもらう。それが、心の壊れた王女に対する側近たちの判断だった。


「クニア・コロルは側近と共に落ち延びた……そういう筋書きにしたのはワシだ。ワシがそのように側近と再会できるように取り計らった。あの日、炎上するコラール・ポートの城の中で」

 自身の周囲を空気の層で守り、水中であっても呼吸を可能としている男が語る。

「そんな、そんな……ことが……」

「ワシが求めているのがなにか分かるか?」

 震え上がるハゥフルはなにも答えることができない。

狂宴(きょうえん)だ。いがみ合い、争い合い、憎み合い、殺し合い、大切な物を奪い奪われ、奪い合う。そのための仕込みだった。禁忌戦役の始まりとなる大虐殺の過程でハゥフルの王女を見つけたとき、いつかこの日、この時が訪れるのだろうと、心が震えたものだ」

「あの日から……」

「そう、あの日からこの小娘はワシの奴隷だった」


 あのとき、随分と都合の良い話があるものだと思った。国王と女王が大虐殺に国軍と共に抵抗し、そして散った中で王女だけが戦禍を免れて側近たちの前に現れるなど、非現実極まりなかった。どのような夢物語の中に生きているのだろうかと思ったほどだ。なのにそのとき、ハゥフルの側近は目を逸らした。都合の良い話だけを受け入れて、目を背けた。いつか起こるであろう二度目の災厄について考えないようにした。


 それが今、こうして悪意によって利用され、しっぺ返しのように己の命を奪い取ろうとしている。


 だからこそ、ハゥフルは何一つとして、反論することができなかった。

///


「しかし、ワシは見誤った。『服従の紋章』を刻みさえすれば、心神喪失状態の王女がなにかをしでかすことは決してないと決め込んでいた」

 顔の見えないフードを被った男が、這い蹲っているハゥフルに近寄る。剣でその背中を串刺しにし、体の向きを変える。


「だが、カプリース・カプリッチオ。お主はイレギュラーだ」


「……イレギュラー」

 複数の鎗によって壁に(はりつけ)にされているカプリースは呟く。

「は、はははは……そうか、そうか。そういうことなのか。そのイレギュラーって言葉を正しい意味で、魔法でもなんでもなく使えるってことは、貴様もそうなんだな?!」

「なにを言っておるのか理解できんな」

「もしくは、“以前はそうだった”のかも知れないね。でも、以後の貴様は“そうではなくなった”」


「カプリース・カプリッチオ。貴様の中にあるアーティファクトを王女に返還せよ」

「断る。僕は貴様の奴隷じゃないからね」

 磔にされても尚、カプリースの抵抗の意志は強く、唾を男に向けて吐き付ける。

「王女がどうなっても構わないのか?」

「っ、どういう意味だ?」

「あの小娘はワシの掌の上で踊る人形だ。ワシが死ねと言えば、あの小娘は死ぬぞ?」

「そんな馬鹿な」

「いましがた見たことすら忘れたか? ワシが命じて、小娘は国民に嘘を堂々とついた。そうしなければならないと『服従の紋章』が訴え掛けたからだ。ワシの刻む紋章は、呪術すら凌駕した代物でな。これまで刻んできた者の中で歯向かい、逆に違う物へと変質させることができたのはたった一人しかいない。ワシという存在が知る上で、たった一人だ」

「そのたった一人に手こずって、大事な手駒が傍にいないじゃないか」

「あれはワシの想定を越えておる。どこまでもどこまでも追って来る化け物だ。人間の道理で物事を考えるよりも、化け物を相手取っていると思って立ち回った方が幾分かは時間を稼げる」

「ヘイロン・カスピアーナはいないみたいだな。さっきの大詠唱で弾き飛ばされたんだろ?」

「大詠唱の効果はここまで及んではいない。弾き飛ばされたところでいつでも戻ってくることができるはずだ」

「どうだろうな」

「そうであろうとも。陸から連合、海から王国。板挟みにすることで混沌を生み出したのはワシだ。ワシがそうなるように策を講じた。

「なぜ?」

「ワシも国が欲しくなった」

「そんな子供の夢のような言葉で僕を騙せるとでも?」

「子供の頃からの夢を語ってなにが悪いと言う? 誰もが憧れるではないか。あらゆる権力、あらゆる民草、その全てを掌握する絶対的な君臨者。その地位を使わん手はない」

「国民がそれを許すわけがないだろう?」

「この混沌の中、国民は必然的に盲信している王女に救いを求める。その王女が発する言葉が、ハゥフルの未来のためならば、聞かぬ者はほぼほぼおらん。イレギュラー――冒険者という存在を除けばな。しかし冒険者は国のやることに寄与することができない。国民を守れても、国民のやることにまでは逆らえない。なんとも歪な存在ではないか」

「貴様に言われたくはないね」


「そろそろ返す気になってはどうだ? 貴様をそのように磔にしたのは、小娘だろうに。余計な感情が邪魔をして瀕死にさせずに磔にさせるだけに留まっているのは不満ではあるが」


 男の隣に立つクニア・コロルを見てカプリースが卑屈に笑う。


「僕の命は、貴様の言うところの小娘に預けている。いつ死んでも構わないし、どのように殺されたって僕はそれが僕の運命だと受け入れる覚悟ができている」

「違う違う違う、そういうことが聞きたいんじゃない」

 男がクニア・コロルの肌に触れる。

「やめろ!!」

「貴様の心を折ることは容易い。容易いからこそ、まだ怒りの中で冷静さを失わない貴様に言っている。アーティファクトを返還せよ。その力は『水瓶』の力の一端だ。それを返還してようやく『水瓶』は本来の力を取り戻す」

「本来の力、だって? まさか貴様は、このアーティファクトが『原初の劫火』や『冷獄の氷』に匹敵する代物だとでも?」


「世界を股にかけてまで調べ尽くした貴様の頭脳が導き出した答えがそんなものとは、残念だよ。それとも知っていて、口にするのが(はばか)れるのか?」

 男は老人のように笑う。

「アクエリアス。あれはハゥフルがかつてこの世に誘き出して仕留めた異界獣の亡骸だ。そこに長年の魔力――それも自身を殺した者の血を引く小娘の血が捧げられ続けた結果、亡骸は全盛期と言わないまでも、この国を征服するだけの力がある」

 男は王女の背をカプリースに見せる。そこには吸着した『水瓶』があり、不意に触手が飛び出し、王女を囲うようにして漂う。

「服従させている王女を思い通りに動かせるのだ。この国の行く末はワシが握ったも同じ」


 それを耳にしてカプリースが高らかに笑う。

「なにが、『ワシが握ったも同じ』だ。貴様は僕の覚悟を聞いてはいなかったのか?」

 水を収束させ、鎗としてカプリースはその穂先を自身に向ける。

「僕は王女のためなら死ねる」

 鎗はカプリースの胸を刺し貫く。


「はーっはっはっはっはっはっは!! それだ! その答えをワシは待っていた!!」

 王女の触手がカプリースの体に吸着する。

「貴様の意思が飛べば、そのロジックに宿っているアーティファクトを抜き出すことなど異界獣にとっては造作もない。なぜなら、元よりその力は異界にあるべき力だからだ。これより『海より出でる悪魔(リコリス)』は、『注ぎ殺す者(アクエリアス)』となった!」


 心臓を自身の魔力で生み出した鎗で貫いたカプリースが、王女の背中に吸着している『水瓶』の魔力によって蠢き出す。

 その開かれた瞳には光はなく、そしてカプリースの意識もまた存在していなかった。

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