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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第6章 -守りたいもの-】
294/705

救えるべき命から目を逸らすのか

///


「今、後ろの方で強力な魔法が放出されたのを感じました」

 身に纏っていた“闇”を解きながらセレナが言い、続いて膝を折る。

「やはり反動が……このところ、まともな食事をしていなかったのも響いているようです」

「気にするな。もう誰も残っちゃいない」

 セレナの“闇”が解けるのに呼応してノックスが纏っていた“闇”も消える。妹の調子を心配しつつ、都市の方を見る。

「あれは、結界か?」

「恐らくは……ここまで及んではいないようですね」

「都市の外だからな。魔力の密度を考えれば、ここまで範囲内にしなくてもいいだろ」

「確かにその通りなのですが、触れて大丈夫な物かどうか分からない以上はジブンたちも入れないと思います」

「構わねぇよ。ワタシたちはやることをやった。あとはあいつらがどうするかって話だ」



「あ~あ~、マージで勿体ねぇなぁ」



 襲いかかろうとしていたヒューマンは全て“闇”によって潰したはずだ。なのに、近くの岩には男があぐらを掻いて座っている。それも、交渉の余地もない下劣なことを口にしたことで、ノックスとセレナが真っ先に潰そうと決めた男だ。

「せっかくこの俺様が悪の定義について語ってやったってのに、みんな死んじまったじゃねぇか。悪行を越えた狂乱を起こすには人数が必要なんだ。どいつもこいつも肝っ玉がちいせぇからな。そのための頭数(あたまかず)だったってのに……マージーで、勿体ねぇ。俺様一人で狂ったところでなんにもならねぇじゃねぇか」

「なんで生きている?!」

「俺様はな、元からヒューマンじゃねぇんだ」

 大岩から降りて男は目を見開き、威圧するように二人を睨む。

「っつーかそもそも、人種かどうかも分かんねぇ」

「姉上、下がってください」


「お、良いねぇ。姉を守る妹ってのはそそるもんがある。是非とも妹の前で姉ちゃんを犯してやりたい。その逆もまた然りだ。なんにもできねぇ自分の無力さを感じて、なにもかもを失った姉や妹を眺めて絶望して死ぬ。そういう様も見てみたい」


「頭でもおかしいのか? ついでに貴様は確かに潰れたはずだ」

「ジブンも潰れた瞬間を目の当たりにしました」

「俺様は潰れたって死なない。そういう風に出来ている。そういう体に出来ている。全ては連合国の『聖痕(スティグマ)』持ちのシスター様のお力さ」

 そこで一旦、下劣に嗤う。

「いやいや、お力なんてもんじゃねぇよなぁ。連合国のやっていることは国家間の戦争における禁忌を越えている。連合国の中でのエネルギー革命ってのは別に石炭から別の物に燃料が変わったとか、そういうのが表向きの話じゃねぇんだよ。でもな、お前たちみたいな獣人の頭にも秘匿されていたもう一つのエネルギーってのを分かりやすく教えてやるよ」

 男の片腕が形を変えて刃物になる。

「要は魔力の応用の幅を人体にも変えたって話だ。すると効率的に俺様みてぇな『変異生物(ミュータント)』や『合成生物(キマイラ)』が出てくるようになった」

「あの男は、臭いがどちらかと言えば魔物寄りです」

「でもヒューマンの臭いも残っているぞ?」


「そりゃそうだ。さっきも言ったように俺様は『変異生物』。俺様が元々なにかなんざ、臭い程度で辿れるもんでもねぇ」

 警戒していた二人の後ろを取って、男が刃物になった腕を振るう。間一髪、ノックスが反応し切って骨の短剣で受け止める。

「詳しく知りたければ連合国の『聖痕』のシスターについて調べることだ。俺様を余裕で越える化け物だからなぁ」

 男は容易くノックスとの剣戟を制して、割って入ろうとしたセレナの蹴りすらも反応してかわし、二人まとめて変容した二本の腕で左右に打ち飛ばした。

「そこの都市を襲撃すんのは連合から言われたことなんだが、一人で蹂躙したって面白くもなんともねぇし、誰もいねぇところで獣人女を二人まとめて犯しても高揚も興奮もしねぇし……帰るか。海側からもヤベェのが来ているみたいだしな。あれには関われねぇ」

「陸と海、両方から攻めているんじゃないのか……?」

「海から攻めれる連中を雇えるだけの金があったら、そこらのごろつき連中だけで固めて軍団で襲撃になんて行くわけねぇだろ。悪を解いてようやっと動けるような奴らだぞ? そいつらも俺様と違って再生できるわけでもねぇから全員潰れちまった。俺様がやれと言われたのは霧の魔法が解けたあと、都市のなにもかもを蹂躙することだ。霧に頼っているハゥフルたちはヒューマンが人数差で勝てるように立ち回れば怖くないって話だったからな。それがどうやら予定や聞いていた話と違うから、ここは帰った方が良いって話だ」


「どう…………なった?」

 アレウスは大詠唱によって起こった魔力の光に目が眩み、周りの状況が読み取れずに声を発する。

「大詠唱で周囲一帯を聖なる結界で保護したはず」

 アベリアの返事から数秒後、視界を取り戻したアレウスは魔法陣の中央で杖を構えて仁王立ちを続けているアイシャを捉える。

「この大詠唱には、悪意ある力を弾けるよう調整しました。なので、“昇天”の魔法のようにあのクラゲたちを動けなくすることはできてはいませんが、弾き飛ばすことぐらいはできたはず……です」

 放出する魔力の維持を続けながらアイシャが説明する。

「ですが、あくまで弾き飛ばしただけでクラゲそのものを消し去ったり、動けなくさせたわけではありません。クラゲに取り込まれたハゥフルごと結界の外に追い出しただけに過ぎません。根本的な解決ではなく、都市内でこれ以上のクラゲの発生やクラゲによる被害を出さないようにしただけです。“昇天”の大詠唱を跳ね返された以上、私にできるのはもうこれしか、ありませんでしたから」

「そんなことない。アイシャのおかげで私たちは動きやすくなった」

「……あとを、お願いします。発生源を止めてください。私はここで、結界を維持させるので」


 これ以上、ここで時間を潰さなくていい。アイシャが猶予を作り出したというのなら、それを最大限に活用しなければならない。アレウスたちは部屋を飛び出し、急いでギルドの外に出る。

 都市を我が物顔で徘徊していたクラゲたちの姿は見当たらず、辺りの水溜まりからも触手が伸びる様子はない。


「これなら」

「まだです」

 ハゥフルの女性がアレウスの言葉を遮る。

「この結界の中に、海底街が含まれていません!」


 アイシャはこの都市に来てからアレウスたちと同じで一度も海底街に訪れたことはない。そもそも、その海底街の位置すら知らないのだ。ならばアイシャの出来得る限りの結界は城門を端に、そして港の埠頭を端として展開されている。それがアイシャの知り得るコロール・ポートなのだ。海底街が結界の範囲外になるのも仕方がない。


「僕たちが行きます」

「冒険者は、」

「カプリースがなにも行動を起こしていない理由を調べに行くだけです。情勢に関わりに行くわけじゃありません」

「ですが、やはり私たちは蚊帳の外の人間です」

 リスティに咎められ、アレウスはうつむく。

「ギルドがあのクラゲを魔物と仰るのであれば、その退治に向かっただけ。そういう話にすることもできます。そして、決してクーデターの人々に関わらないようにすれば、多少は救える命もあるでしょう」

「……人命救助が一番大切なことです。ハゥフルを襲う水が、ハゥフルを救う力だと私には到底思えません。大詠唱によって張られた結界で弾き出されたとなれば、もはやあれは軍事力でもなんでもなく、ただの魔物のはずです」

「それをここのギルド長が納得しますか?」

「私が納得させます、絶対に。だって……だって……! 今、この間にも死んでいる命が……救えるべき命が! 奪われているかもしれないんですよ?! 冒険者だとか、よそ者だとか、そんな(くく)りに拘り続けていたら……私たちはなにもできない、なにも……できないんです」


「そうだ、俺たちはなんにも分かっちゃいなかった」「力は人を守るためにある」「その力が間違っていれば人を殺してしまう」」「人を意思を奪って殺す水のなにが力だ」「そんなものを我らは、王女様が言うのならと信じてしまいたくなった」「なんて弱い志だ」「僕たちに必要とされているのは覚悟だったんだ」「国に抗う覚悟。間違っていると断言して、立ち向かう覚悟を持たなきゃならなかったんだ」


「この国の冒険者は、まだ矜持は捨てていらっしゃらなかったようですね」

 リスティがアレウスの頭を軽く叩き、顔を上げさせる。

「ギルドや冒険者が協力してくれるのなら、多少はもみ消すことができます。言っておきますが、多少は、です。行き過ぎればギルドも見捨てることしかできません。それを重々理解して、向かってください。あなたはそこの裁量を間違えないと信じているからこそ、私は今回も担当者らしからぬことをあなたに言っています」

「はい」

「ただ一つ問題があるとすれば」

 そこで言葉を切ったのでアレウスはリスティが見ている方向に体を回す。

「私たちとは異なる思考回路を持った冒険者、でしょうか」


 大男が不敵な笑みを浮かべて立っている。


「王女様の言葉は絶対だ。そこを疑ってしまったら、我らはなにを信じて生きればいい? やはり、この国に帝国の軍人を入国させたのがそもそもの間違いだったな。いや、軍人のフリをした冒険者か。身分詐称をしている者を庇うなど、ギルドはどうかしているとしか言いようがない」

 入国審査の際、アレウスたちをスムーズに入国させてくれるように進言してくれた大男だ。背中から抜いた大鎗の穂先がこちらを向いているということは、協力してくれるわけではないらしい。

「貴様らもたるんでいるぞ!! 王女が貴様らにこれまで間違ったことを求め続けてきたか?! そんなことは一度だってなかっただろう!? それを一体どうした?! 混乱が起きようとも、都市が壊れようとも、我らは王女と共にこの国に沈む! そう誓って生きてきたのではなかったのか?!」


「全ての国民が国の滅亡に付き合うことが忠誠心とでも言うのか?」

 張り合う。

「国が滅ぶと?」

「このままだと確実に」

「ならば貴様たちが邪悪を運び入れた原因なのではないか? 貴様たちが入国してから全てがおかしくなった。そうは思わないか、同志たち?!」

 この大男は入国審査にも顔が利いていた。つまり、この国では名の通った人物に違いない。その言葉によって、この場にいる冒険者たちの考えが再び転じてしまったら、二度と協力は得られない。

「さっきの悲痛な叫びを聞いていなかったのか? 力は人を守るためにある。守りたい者を守るための力だ。今、こうしている間にも死人が出ているかもしれない。決して争いとは無関係な生き様を送るはずだった人々が、苦しんでいる。それを助けないで、目で見える範囲にある命を救わないで、見て見ぬフリをして、それでこれから先、後悔しないと言えるのか? 僕は言えない」

 固く、決意は揺るがない。

「僕は後悔し続けている。ここに来てからだけじゃない。力があっても救えない命があって、そこに目を背けて生きられない。だから苦しみながら、この道を歩き続けている。喪われた命の分だけ歩き続けなきゃならないから」


「このお守りは海底街への道しるべになるだけでなく、ハゥフルではないあなた方を一定時間ですが海中で呼吸を可能とします。海底街に入れば、一定の範囲から空気の層があって、そこでは陸上と変わらず呼吸できるのですが、どうにかそこまで至ってください」

「ありがとうございます」

「貴様は異なる者に肩入れすると言うのだな?」

 大鎗が振りかぶられた。

「行ってください!」

 リスティが剣を抜き、大鎗を正面から受け止める。その真横を取ったクルタニカが杖で空気を切って、風の刃を大男に放つ。

「付き合いましてよ、リスティ。わたくしの魔法は水中では不便ですわ。使えたとしても、海を割ってしまいましてよ。そんなことをすれば、この陸地に波が押し寄せてしまいましてよ」

 そして、『冷獄の氷』は海の底で使うべき力ではない。彼女の判断は正しく、アレウスとアベリアはハゥフルの女性から受け取った二つのお守りを手にして大男の横を通り抜ける。

「僕は言われ慣れていますからすぐに返事できますけど」

 アレウスは後ろを振り返って叫ぶ。

「死なないでくださいよ!」

 すぐに翻し、下り坂を走る。


 同じ考えの元で生きているわけではない。たとえ異なる考え方をしている者がいても、それを受け入れる。それが冒険者ギルドだ。ただし、こういった混乱においてはその異なる考えの者たちを受け入れたことによる弊害が露わになる。


「国や人に忠を尽くしてしまうと、自分の志を優先してしまう」

「強すぎる宗教が人を殺すのと同じ。心の拠り所が正しいと言えば正しいんだって考えは、外から否定したところで伝わらないから」

「そして内側から否定したら袋叩きか」

「今回はたまたま、私たちに呼応してくれる冒険者が多かったってだけ。逆だったら、私たちは死んでると思う」

「また肝に銘じておかなきゃならないことが増えたよ」

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