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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第6章 -守りたいもの-】
290/705

クラゲ

///


「魔力の放出に建物が耐えられずに壊れていくとはな」

 『鬼哭』は頭上に落ちてくる瓦礫を剣で切り裂きながら呟く。

「魔物を館内に解き放ったにしては、手元に置きすぎているようにも見えるが」

「そりゃそうでしょ。一番大事なのは自分の命。喰い尽くしていいとは言ったけど、それは余裕があったら食べていいってだけ」

「……さっきの感情の昂ぶりからは考えられない態度だな」

「狂人を演じなきゃ冒険者がいなくなってくれないから。あの人たちって取り敢えず狂った人のフリをしていたらヤバいと思って逃げてくれるじゃない?」

 リゾラはガルムの頭を撫でながら答える。

「冒険者に限らないか……明らかにヤバい奴って分かれば歯向かわずに逃げる。人間だって本能的に敵わない相手からは逃げようとするのが普通だから」

「それに乗って、俺が逃げろと忠告するところまでお見通しだったわけか。全ては俺を確実に殺すために」

「邪魔されたら困るのよ。横にいられるだけで、あんたが隠していることを話してくれなくなるかもしれないじゃない。あと、さっきのは563番目じゃないでしょ?」

「なんのことだか」

「563番目が私を知らないわけがないし、番号で呼ばれたことに対して反応が薄いのもおかしいし、なによりアベリア・アナリーゼを見てどうとも思わないのは偽者で決定なのよ。フードで隠したってこの街じゃフード自体も透けてしまって、銀髪を隠し切ることはできないから。あの子を守ろうとしていた冒険者は怯えて、そんなことさえも分からずにともかくなんとかして隠そうとしていたのだけは伝わったけれど、全くの無駄だった」

「アベリア・アナリーゼがなぜ、偽者と確定させる決定打となる?」

「だって563番目は彼女に御執心だったもの。六年前? それとももう少し前だったかもしれないけど、563番目の手元から逃げた奴隷が彼女よ。逃がしたのはこの私。だから、アベリア・アナリーゼを見て驚嘆しなかったのは変だし、私を見て憎悪を向けることもなかったんだったらもうあれは偽者以外のなにものでもない」

「そんなにペラペラと自身の略歴を語ってどうする? 俺が“念話”の魔法を使っていたらどうするつもりだ?」

「あんたは魔法を使ってない。だって私の魔法が既にこの場を固めているから」

「なに……?」

「地、水、火、風、空の『(くう)』は虚空や空間を意味するのよ? 私は既に空間を支配している。言うなれば空気の層。あなたの声は私の作った結界によって、絶対にこのクソみたいな建物から外までは聞こえないようになっている」

「手の内まで晒すか」

「ええ、だってあんたはここで私が殺すもの。殺したら私の喋ったことは誰にも漏れ聞こえることはない。たとえ今から“念話”で563番目に連絡を取ろうとしたって、私の結界はそれを必ず阻止するわ」

 後方で控えていたコボルトが跳躍してリゾラの頭上に落ちてきた瓦礫に自らぶつかりに行き、軌道を逸らして彼女を守る。

「つまり、放出した魔力もこの崩落しそうな娼館全体を満たしている、か?」

「そういうこと。でなきゃ魔力を放出しただけで建物が壊れるわけないでしょ。結界によって行き場をなくした私の魔力が暴れ回っているから壊れるのよ」

「……この状況なら『至高』だろうと殺せるとでも?」

「『至高』? ああ、拷問した奴も確か冒険者の中では『至高』だとか言っていたような……あんたもなの? それってどれくらい強いの? ってか、強い感じは全然しなかったけど」

「貴様はそうやって淡々と『千雨』を拷問に掛け、そこから得た情報でヘイロンまで殺したんだな?」


「は? なに言ってんの?」


 予想外だったらしく、リゾラの返事に『鬼哭』は思考を一瞬停止していた。


「貴様が殺したんだろう?」

「私があの街のヘイロンについて冒険者に白状させたのは、あの物凄くワケの分かんない結界に囚われた頃よ? さすがに大それた動きができないから潜伏していたけど、大体が片付いたんだろうなってときにヘイロンに会いに行ったら、もう死んでいたわよ。私の知っているヘイロンにしてはあまりにも呆気ないし、顔も違うからそのままにしておいたけど」

「そのまま……? 顔を半分剥いだり、異端者狩りのように見せかけて串刺しにしたのではないのか?」

「私、自分でも趣味が悪い方だと思っているけど、さすがにそこまではしないわよ。いえ、私がちゃんと、私が知っているヘイロンだったならそこまでするかもだけど、違ったし……『千雨』、だったっけ。あいつは冒険者って言っていたから、なら殺しても甦るだろうなって思って殺したけど、ヘイロンはあそこじゃ冒険者ギルドの……えーっと、担当者? でしょ? だったら、殺したら甦らないし、第一……殺したら563番目の居場所を突き止められないじゃない。そんな簡単に私の復讐が済むとでも思ってるの? むしろなんにも上手く行かなくて万策尽きていたところに奴隷商人が海を渡った話を耳にしたから、それを追い掛けてここまで来たわけだし」

「俺が本物を知っているとでも?」

「でなきゃあんたの前に現れて、563番目のフリをした偽者にカマを掛けないわよ。下手したら自滅するじゃない。こうしてあんたの前に出た理由は、あんたは本物の563番目の居場所を知っているという確証があるから。私の発言にみんなが不思議がっていた中であんただけが眉をちょっとだけ動かしたわ。563番なんてすっごい中途半端な数字なのに反応したってことは言った覚えか、聞いた覚えがあるからでしょ?」

「……ちっ、油断してしまったな」

「私の知っているヘイロンについてなにか教えてくれたら、生かしてあげてもいいけれど」

「さっき確実に殺すと言った輩がなにを言っているんだか……俺は貴様がシンギングリンのヘイロンを殺したんだろうと、ここで気配を感じ取ってから決め付けていたが、アテが外れた以上はなにも知らない」

「ふぅん……なら、私の知っているヘイロンは“罪を擦り付けるために、私がやりそうなことをやった”ってことか。相変わらず、他者に復讐の炎を植え付けるのが好きみたいね。私もそのせいで、あの街のヘイロンを殺したいほど憎んでいたもの」

 次々と落ちてくる瓦礫を互いに華麗にかわしながら距離を取る。


「もはや、なにも語ることはないな」

「ええ、『至高』の冒険者がどんなものか知りたいわ。まぁ……どうせ無駄だろうけど」


「果たして本当に無駄かどうかは分からない」

 リゾラは真後ろに気配を感じ、振り返る。見覚えのある男が虚ろな目で、狂気に溢れた表情を作りながら剣を振りかぶっていた。咄嗟に“中”から飛び出したスライムが剣戟を受け止め、同時に男を跳ね飛ばして事なきを得る。

「……まさか『千雨』まで来ているなんて……甦りってこんな簡単なものなの?」

「いいや、簡単じゃない。今のそいつは甦ってはいるが中身が追い付いていない。だから、俺の悪魔を()かせている。精神衰弱状態なら俺との契約を維持しながら乗っ取るぐらいはできるからな」

「私と同じで手の内を晒すってことは、まだなにか隠しているんでしょ?」

 リゾラの問いに『鬼哭』は答えない。その手に握る剣は簡素な物で、彼の愛用している武器とは思えない。わざと隙を作られてもリゾラは一気に攻めることができない。


「長い付き合いになりそうね」


 そんな皮肉を言いつつ、リゾラは溜め息をつく。563番目を捕まえるには本物の居場所を知っている『鬼哭』の口を割るのが手っ取り早い。だからこそ、ここで時間を掛けることは得策ではないのだが、最善策を取るのならこれしかない。

 だからリゾラは自分のために『鬼哭』を叩きのめすことを決意する。


「海上封鎖されているとカプリースが言っていたのに」

「その海上封鎖をしている輩が強硬派とグルだったんですわ」

 クルタニカが陸と海を睨むように眺め、それからアレウスを見る。

「どちらへ向かいますの?」

「どちら……?」

「分かっているはずですわ。わたくしたちは戦えませんのよ? だったら、より安全にこの国を出るためにどちらへ向かうのかと聞いているんでしてよ。正直、民間の船がわたくしたちを乗せて国外に逃がしてくれるとは思えませんから、陸路を選ぶほかありませんとわたくしは思いますが、アレウスの判断に従いましてよ」

 霧が晴れたコロール・ポートは一面が水浸しになっている。霧が風で流されたり、自然と蒸発して消えたのではなく、霧を構成していた魔法が解けたことで空気中に含有されていた水気という水気が一斉に重力に従って落ち、地面を濡らしたのだ。


 つまり、霧の発生装置――恐らくは魔道具の一種であろう物が、クニア・コロルの意に反して破壊されたか奪われた状態にある。そうなるとアレウスの想定通りであれば、城内から強硬派に寝返った者が王女とカプリースの目を盗んでの凶行だ。


「それにしても、カプリースの目を盗むのは不可能なはずだろ……」

 水魔法に自身の聴覚を宿せる。アレウスはそのようにカプリースの情報収集能力を推理している。他にも実体のない水魔法の人形が見たり聞いたりした景色を共有できるのではないかとも考えているが、それほどまでに索敵や感知に強い男が、一番大事なところを監視しないでいるのは不思議でしかない。そうなると、カプリースの魔法の穴を突いたことになるが、犯人はどうやってそれを知ることができたのだろうか。


 悲鳴が聞こえ、反射的に体がそちらに向く。


 水溜まりを踏んだハゥフルの男が、そこから水の触手が這い出し拘束される。

「スライムか?!」

「コアが見当たりませんわ。もしスライムだとしても、こんな街中に突然現れるものではありませんわ!」

 クルタニカが杖の刃で空を切り、無詠唱の風魔法を放つ。水の触手が切り裂かれ、ハゥフルの男が解放されるが、それは一瞬に過ぎず再び水溜まりから這い出た触手に絡め取られる。それどころか魔法を放ったクルタニカにまで水の触手が迫る。

 アレウスが剣を抜き、(ひら)で受け止めるが、そこに込められている力は凄まじく打ち払うことしかできない。だとしても時間は稼げたため、クルタニカと共に後方へと離脱する。


 触手の感知範囲の外に出たためか触手は緩々と水溜まりへと戻り、捕らえているハゥフルを周辺の水気を掻き集めて作り上げた水の牢獄に閉じ込める。ハゥフルは水中で呼吸できるはずだが、水の内部に捕まっているハゥフルの男からは次第に意識が失われつつあるように見える。


 水の内部では先ほどとは真逆で気泡が生み出した触手が伸びて男の四肢に突き刺さる。そこから血液を吸い出して、なんらかの力を得たのか男を内包したまま水の塊は形を変えて、何本もの触手を生やして蠢き出す。


「クラゲ、でしょうか」

 リスティがその一部始終を見て呟く。

「ここの料理で食べた?」

 娼館から出たことでアベリアも調子を取り戻しつつあるらしく、小さく訊ねてきた。

「人の血を吸うクラゲなんて見たことがありませんわ」

「クラゲもスライムと同様にそのほとんどが水分で出来ています。ただし、あのクラゲはコアの代わりに体内に収めた人間を糧にして活動をしていると見るのが正しいのではないでしょうか」

「なら、地面が濡れているってことは!」

 即座に視線を動かす。水溜まり、泥水に限らず僅かな水滴ですらも蠢き、触手を形成し始めている。そしてどれもが街にいる人々を求めて這い出している。それはアレウスたちも例外ではない。

「固まって動くのは得策ではありません」

 確かに目標を散らした方が逃れられる可能性は高くなる。リスティも担当者ではあるが元冒険者だ。こういったときの立ち回りは理解している。


 だが、今のアベリアが一人で逃げられるかが分からない。


「どうする……」

 考える時間はない。無理やりの突破を試みるためには、『原初の劫火』から貸与された力を用いるのが一番だ。しかし、『原初の劫火』を持っている張本人の調子が悪い状況で炎を噴かせても、一面の水を蒸発させられるかが怪しい。属性で見ても水に対して火は相性が悪い。それを跳ね除けるだけの火力が求められるのなら、アベリア本人の意思も強く求められる。

 失敗すれば触手に捕まってコアにされる。あれが魔物かはまだ定かではないが、捕まらないに越したことはない。だからこそ確実性を取りたい。


「船については考えなくていい。ハゥフルは海中に逃げ込めるはずだから、僕たちはこの意思を持っているような水から逃れるために城門を出よう」

 そうすればノックスとも再会できるかもしれない。ただし、陸地から攻めてくる謎の集団と接敵する可能性も否めない。だとしても、水に捕まるよりはまだ命に猶予が与えられる。アレウスでもできる簡単な判断ならば、聡いクラリエとアイシャも同様に避難する方角を陸地に取るはずだ。

「アベリア」

 だから、この場を乗り切るためにアベリアに無理をさせようとする。


「いいえ、わたくしに任せてくださいませ」


 傍にいたクルタニカの背中から漆黒の氷が翼のように突き出し、続いて凍えるような冷気が風に乗って吹き(すさ)ぶ。以前の暴走状態にあった『冷獄の氷』とは異なり、アレウスたちに冷気が襲い掛からない。水の触手に徐々に包囲されつつあったが、まずその先端が凍っていき、更に根源である水滴や水溜まり、泥水が氷結する。帝国に訪れた冬のように水気を帯びた地面も凍結させたことで、奇襲を受けることもない。

「これで一時的な安全地帯を確保しましたわ。あとは城門まで一気に駆け抜ければ、あの程度の触手に追い付かれることもありませんわよ」

「……なんだかんだで付いて来てくれて助かりました、クルタニカさん」

「ちゃん様でしてよ」

「クルタニカちゃん様」

「よろしい」

 なぜか緊迫した状況で意味のないやり取りをしたのち、アレウスはアベリアを気遣う。

「大丈夫……怖い気配が、遠くに行ったから」

「よし」


 彼女はここでトラウマを克服しようとした。けれど、その覚悟に反して精神は未だ達していなかった。それだけのことだ。ならば、今後もアベリアが諦めない限りは克服の機会はやって来る。


 が、娼館で救えただろう奴隷にされた人々を救えなかったことは悔恨となる。それを怒りに変えたとき、彼女が我を忘れず冷静でいられることを願うばかりだ。


「行こう」

 ハゥフルの小国からの脱出。それが現在の目標で、その次はノックスが妹を見つけられたかの確認。そして状況の整理。


 そしてできることならば、問題の解決。この国に押し寄せている脅威は謎の集団や船団の侵攻だけでなく、“水”による人々への襲撃も伴っているからだ。


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