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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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達成と不穏

【穴】

あらゆる異界に通じる可能性に満ちたもの。異界では穴が二種類あるが、世界の穴は空間が歪んで空気を吸い込む形式の一種類である。

捨てられた異界であれば穴の動きも僅かなのだが、異界獣が潜んでいる異界であればその穴は非常によく動く。また、異界獣の性質によって人種を堕とすための手段が異なる。

リオンの場合は『堕とし穴』。そこに導くために鉱石の輝きにも似た光で引き寄せ、堕とす。

 夕刻になり、体調も回復したアレウスはニィナの厚意を押し切って、野営の準備に入った。アベリアは母屋の方へと行ったが、やはり男の自分が行けば精神的な方で彼女の父親に負担を掛けるだろうと思った。ニィナどころかアベリアのことも別にどうとも思っていないのだが、それでも男が突然訪ねて来たら父親は落ち着かないだろう。

 焚き火でチーズをとろけさせて、それを食べながらアレウスはそんなことを思いつつ、しかしながら「そこまで僕が気を遣う理由ってあるんだろうか」と呟きながら、日が落ちるのを待った。


「思った通りにガルムが動いてくれるかどうか」

「貧血で倒れそうだった奴が、今はすっごい元気なのは違和感が大きいわ」

「元々、暗い方が好きなんだよ。明るい時は動きたくもない」

「夜行性なの?」

「良いから木に登って待機していろ」

 ニィナに指示を出して、追い払う。


 アーティファクトである『蛇の目』が夜目に適している……というわけではない。爬虫類の目は特段、夜に強いというわけではない。ただ、蛇だけが保有する熱源を感知する第六感器官をアーティファクト内のフレーバーテキストに内包している。そのテキストが無ければ、この『蛇の目』というアーティファクトはむしろなんの役にも立たない。とは言え、アレウスの右目の代替物となっているのだから正確に“役に立っていない”わけではない。なによりこのアーティファクトを所有していること自体、初対面の人種は気付かない。目はアレウスの瞳と変わらない形状と化し、ロジック内にしか『蛇の目』を嵌めたことは書かれていないのだから。


「まるで吸収……或いは代替物を使っての再生、か」

 だが、アベリアにロジック内の能力の項目を書き出してもらったことはあったが、そのような項目はどこにも見られなかった。つまり、この再生なのか吸収なのかも判然としない能力は、まさに塗り潰されたかのように読むことの出来ていない部分にある、と踏んでいる。そして、それを知る方法は未だ得られてはいない。


 待機して約一時間。野営をしていたことで、暗闇に慣れていたことと熱源を見る目を持つアレウスが、まずガルムを視認する。『オーガの右腕』から滴り落とした血を嫌って、山から出て来るガルムたちは次々と狙い通りの方向へと駆けて行く。


 数えて二十四匹。頃合いとしては充分だろうと判断し、アレウスは短弓に飾矢を掛け、アベリアが待機しているところよりやや離れた位置に射る。鏑矢にしなかったのは、音でガルムが驚き、一斉に退散してしまうことを避けるためだ。飾矢でも数匹は反応していたが、もう遅い。


「“沼に、沈め(スワンプ)”」


 ガルムたちが群れを成して、どこへ行こうかと迷っている平野の一面が沼へと変わり、魔物たちの足はズブズブと沈む。

 アベリアの“沼”の魔法は必ず、目の細かい泥を含んだ沼となる。一度、足が沈んでしまえば相当な力を使わなければ、その足は二度と持ち上がらない。人種でもそうだが、ガルムもまた等しく泥の沼に足を取られ、一切その場から動くことが出来なくなる。


 ニィナの矢が、泥の端――なんとか逃げ出せそうな浅い場所で足掻くガルムを一匹、二匹と射抜いて行く。アレウスは沼の周りを回って、同じように抜け出そうとするガルムを一匹一匹、丁寧に始末して行く。ニィナの矢を受けたガルムはほぼ虫の息であるので、これは放置する。反撃の余地を有しているガルムから切り裂いて行く。アベリアの火球が沼の中心でもがくガルムを焼き払い、ニィナの矢がトドメを刺す。

「来たか」

 沼の外――二十四匹のガルムよりも遅くやって来た六匹が、血を嫌ってこちらへとやって来るが、惨状を見て立ち止まる。次にアレウスを見つけ、明らかな敵意を示す。この場合、魔物除けの臭いは使い物にならなくなる。ガルムが臭いを嫌うのは“オーガである”と思い込んでいるため。臭いの主が人種と分かれば、もう怖れない。一度に六匹を相手にせざるを得ないが、さほどの危機感は無い。矢が一匹のガルムの眼球を貫き、呻いた瞬間を狙ってアレウスは突撃し、これを仕留める。五匹が周囲を回り出したので、ここは素直に後退する。


 後退して、そのまま自身を泥の沼へと沈ませる。ガルムは足を沼へ沈めた途端に、入れば二度と出られないことを察知し、ただアレウスに向かって唸るだけだ。だからこそ、続け様に射掛けられる矢と火球が五匹を貫き、そして焼き払う。


「ハマった者同士、仲良くしようか」


 動けずにいるガルムとアレウス。その距離は近く、ただしどちらも攻めるには足りない。アレウスは沼の範囲外へ剣を放り投げ、短弓に矢をつがえる。これだけ近距離であったなら、自身の弓の腕でも外さない。

 動物を傷付けているような感覚は全くない。ガルムは初めて見た時から、根絶、絶滅させたいほどに憎むべき魔物である。矢で目を射抜き、そして脳天を射抜く。ゴブリンやコボルトほどの固い頭骨をしているわけではないらしく、数本の矢で傍のガルムは息絶えた。


「よーし、これで三十匹達成。さすがにこれだけやられたら、残っていたとしても群れごと散って行くわね」

 しばらくガルムを倒し続けることに勤しんだニィナが全てを終わらせた報告と共に木から降りて、アレウスの元にやって来る。

「沼の具合はどんな感じ?」

「入れば分かる」

「入ったら抜け出せないから嫌」

「……アベリア、頼む」

「“軽やか”」

 重量軽減の魔法を掛けてもらい、アレウスはハマった右足を容易く引き抜き、そしてやや苦労はしたが無事に泥の沼から出る。

「魔法が切れたあとの疲労感はきっと大きいだろうな」

 そう呟いた直後に魔法は切れた。ドッとした疲れに、アレウスは思わず膝を付く。

「ねぇ、アベリア? この沼はいつになったら消えるの? ここは牧草地だったから、いつまでもこのままだと色々困るわ」

「明日の朝、くらい。もうちょっと加減しようかとも思ったけど、異界の調子でやったら強くなっちゃった。範囲内の牧草は枯れちゃったかも知れない」

「異界は魔力を多く使わされるんだっけ? でも、朝になれば消えるなら文句は無いわ。ガルムを倒したんだから、多少の牧草の被害ぐらい大目に見るわ」

 ニィナはアレウスに手を差し伸べる。

「お父さんとお祖父ちゃんの依頼を達成してくれて、どうもありがとう」


「……これは、遠くから攻撃できる冒険者が前提の策だった。僕とアベリアだけじゃ、三十匹も倒せちゃいない。だから、お前に助けてもらえて感謝している」


「本当に感謝しているのかしら? その言い方、なんかムカつく」

「アレウスは素直じゃないから」

「だよねぇ。こいつはホント、気に掛けてやらなきゃ駄目な奴よ」


 色々と言いたいことはあったものの、大した怪我もなく無事にガルム退治が終了し、アレウスは一安心した。


///


 翌日、街へ向かう馬車に乗った二人を見送って、ニィナは息を零す。

「まったく……居たら居たで迷惑なのに、こうやって離れると心配しちゃうわ」

 けれど、それが嫌な気持ちかと問われれば、きっとそうではないとニィナは言い切れる。心配するのはそれだけ相手のことを思えているから。思えているということは、気遣えるということ。気遣える相手は信頼できる友人や仲間であるということなのだ。

 あの二人はそんなにヤワな奴じゃない。だから、次に街へ訪れる機会があった時には、またあの借家に寄って食料を届けてあげようと、そう思う。場合によってはそのまま手料理を振る舞っても良い。


 そんな誰かのことを考えることを心地良く思いつつ、ニィナは翻って母屋を目指す。


「異端であるか?」


 背筋が凍る、掠れた男の声がしてニィナは前方へ飛び退く。

「誰?」

「何故に怖れる? 何故に身構える? ただ、異端であるか? そう問うただけであるのに」

 神官の外套を纏った男は続けながら、ニィナが開いた距離を詰めるために早足で近付いて来る。

「答えられぬ、拒む、身構える……では、お主は異端であるか?」

 ただの神官ではない。ニィナは本能的に察し、弓矢を構える。


 目の前に立つ「異端か?」と訊ねる神官は、悪に染まった者に違いない。でなければこれほどの悪意に満ちた表情を自身の前に見せるわけがないのだ。


「それ以上近付いたら、射るわ」

「何故睨む? 何故、武器を構える? 何故、脅迫する?」

 神官は呟き、そしてスッと視線がニィナから逸れる。


「さてはお主、異端であるな?」


 歩いたところを、移動したところをニィナは捉えることが出来ていなかった。気付けば神官はニィナの前から消えて、右斜め後ろから声が聞こえたのだ。そして、神官とは別の声も耳に入った。

「一体なにをするつもり!?」


「異端でないのであれば!」


 白骨のように真っ白な肌が外套の下から僅かに見える。掠れた声で高らかに叫び、男はニィナに村娘を投げて寄越す。構えを解いて、ニィナは村娘を抱き留め、周囲の気配を探るが男を感知できない。


「再度言おう! 異端でないのであれば! ここに異界は現れはしないだろう!」


「イカれている」

「それは一体、どちらであろうな?」


 風を感じる。恐る恐る後ろを向けば、そこにはさっきは無かった空気を吸い込み、空間を歪ませる穴があった。

 この距離は駄目だ。ニィナはそう思ったのだが、体が穴へと吸い寄せられているのを感じる。


「どうやらお主は異端であったようだ。異端であるのなら、その命は巡らせてはならない。還らせては! ならない!」

 男がシャンッと錫杖で地面を突いた直後、ニィナと村娘はまとめて穴へと堕ちる。

「異端はこの世より消さねばならない。『異端』は、この世にあってはならない」


 堕ちて行く最中、耳障りな神官の声だけが、妙にハッキリと聞こえ、そして数瞬の間に聞こえなくなった。


「ここは……」

 さっきまでよく見た景色、よく知っている村の風景が広がっていた。しかし今は洞窟の中だ。

「異界……か」

 一緒に堕ちた村娘を見る。恐怖に慄き、立つことさえままならない。顔も青褪めており、今にも叫んでしまいそうだ。そんな村娘に近寄って、ニィナはゆっくりと抱き締める。互いの温度を感じ、互いの心臓の音色を感じ、確かにまだ生きているのだという感情を共有する。

「大丈夫、私は冒険者だから」

 微笑みの下では、無論、ニィナも恐怖と不安で一杯である。けれど、村娘はそれを越えるほどの恐怖と不安を抱いている。戦う力を持たない彼女のためには、戦う力を持つ者が道を示さなければならない。助かるのだ、と。脱出できるのだ、と。その意思を弱々しくとも伝え、勇気を与えなければならない。

「こんなところで、私の人生は終わらない。こんなところで、私の冒険は、終わらない……!」

 唇を噛み締め、彼女に肩を貸して共に立ち上がる。


 異界に堕ちた時、どうすれば良いか。


 パニックになっていた頭の中が冷えて来て、良い具合に記憶が呼び起こされて行く。


「アレウス、アベリア……あなたたちの言っていたことを、私は、信じるから」

 どことなく、虚空に向かってニィナは呟き、そして歩き出す。

「私は、絶対に諦めない」

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