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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第6章 -守りたいもの-】
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この先にあるのは


「カプリース? ああ、あのヒューマンの変わり者か。いつからと言われても、かなり以前からクニア・コロル様に仕えている。どうやら王女様のお気に入りらしい。気には喰わないが、クニア・コロル様が笑顔を取り戻せたのは彼のおかげでもある。そうとなれば、国民の一人に過ぎない俺が気に喰わないという理由だけで彼を国から追い出すわけにもいかないだろ」

「当時、かなり問題になったよな? 王女様がヒューマンの男をお傍に付けるなんて、あり得ないと」

「だが、俺たちの不安はただの杞憂だった。ヒューマンが王女様に手を出したなんて噂話はただの一度も流れたことはない。それどころか、俺たちの前で振る舞う彼は礼儀正しさの規範とも呼べる姿だ」

「我々がどういった事情でここまで国を縮めなければならなかったか。それについて語らう気はないが、あれから王女様は笑わなくなった。さっき、あいつが言っていたようにそれを笑わせることができたのがカプリースだ」

「よそでなにをやっているかは問題じゃない。この国で一切、私たちに不穏や不安を与えてこない。それだけで信じようと思う人も少なくないですよ」


「一つ難があるとすれば、水魔法が少しばかり穢れている」


「街中では出来る限り使わないようにしているらしいが、それでも穢れた水は時たま見掛けるな。そのたびにまたカプリ―スが水魔法を使ったんだろうと思って、俺たちが水魔法で穢れを浄化する」

「最初はヒューマンだから、ハゥフルじゃないからと糾弾した奴らもいる。でも、魔法の使用を極力控えるように努めると頭を下げる姿を見たら、誰だって許してしまう。現に以前よりはるかに穢れた水を見掛ける頻度は減った」


 次の日、支度を済ませてからコロール・ポートでの聞き込みを始めたが、ここの人々は他国や過去の歴史について訊ねても大抵は無視されるが、王女とカプリースについては饒舌に語り出す。


 帝国では女癖が悪いと評判で、言動も信用に足るものではないとまで言われていたのに、この国ではカプリースの評判は驚くほどに良い。表の顔と裏の顔を使い分けていただけのことかもしれないが、どちらが表でどちらが裏かも分からない。ひょっとしたらまだ見せていない顔もあるかもしれない。


 どちらにせよ、王女とあの男を誇りに思っているから訊ねられても嫌な顔一つせずに語るのだ。これでどちらかが嫌われていれば、聞き込みをしているアレウスたちに嬉し気に話はしないだろう。

「カプリースが認められているのは王女様に笑顔を取り戻したから……ってところか」

「過去のことを思えば、王女が笑えなくなるのも分かる気がしますわ。ですが、わたくしはトラウマがあっても笑えなくなったことがありませんわ。だから、それがどれほどの苦労だったのか知るよしもなくってよ」

「王女様が未だに女王とならないのは、なにかワケでもあるんだろ? ワタシは父上がまだ健在だから姫であることから逃れられねぇってだけだが」

「考えられるのは、国を継ぐ意思が固まったり、相応の歳になる前に前王や前女王の死かな」


 同情か、それともなにかしら別の感情か。とにかくアベリアは言い辛くとも言葉にする。アレウスも恐らく、彼女の言っていることが事実に近いだろうと推測する。


「危機的状況を立て直すにしてもかなりの国力と王女への忠誠心が必要だ。チグハグながらも一応の安寧を手に掴んでいるのなら、成功したんだろうか」

「なら、どうして女王を継ぐことを宣言しないんですの? 国を立て直したのであれば、誰からも文句を言われる筋合いはありませんことよ?」

「国民がそれを認めてない?」

「いや、ワタシたちが聞いた奴はどいつもこいつも『偉大なるクニア・コロル様』と崇め奉っていたぞ」

「あまりにも声を揃えて言うから、ロジックでも書き換えられているんじゃないかと思いもしたけど、ハゥフルは魔法を使えて当然の種族でエルフと同様にロジックの抵抗力は高いはずだ」

 国民全員が魔の叡智に触れている。それも水魔法を自在に操っている。魔力が高ければそれだけロジックの抵抗力も高い。


 書き換えられた部分が元通りになるのは、自身の歩いている生き様の不自然さへの気付くか否か。国民全員のロジックを書き換えても限界がある。誰か一人の書き換えが解ければ、連鎖的に解ける。国民のロジックに触れたことを知られればクーデターが起こり、クニア・コロルの命に関わる。そんなリスクを冒すことをカプリースが許すだろうか。

 ただ、あの男がこの国に来る前にロジックの書き換えが施されていたならば、彼の(あずか)り知らぬところで起こったことであり、伝えられていなければ知らないままということもあり得る。


「あり得るか?」

 自身の中で出した結論に疑問をぶつける。カプリース・カプリッチオは水魔法での情報収集を得意としている。帝国にスパイとして入った理由は、情勢を知るだけでなく軍隊や冒険者の力がどれほど高められているかを調べるためだ。本人がそう言っていたため、一部に虚偽が交えられている可能性もあるのだが、ここで重要なのは他国の情報を掻き集めるだけの能力を持っているのに、自国の情勢や情報を知らないまま放置するだろうか。アレウスならば絶対にしない。

「カプリースは『産まれ直し』だから、僕やカーネリアンみたいにそもそもロジックが開けないかもしれない……」

 だとすれば、彼自身の認識を変えることは難しい。クニア・コロルがカーネリアンの全てを掌握している可能性は低くなる。


「王女様が普段なにをしているかを国民のほとんどは知らないようでしたわ」

「宰相や大臣が死に物狂いで働いているらしいぞ? ところで宰相と大臣ってなんだ?」

 ノックスにとっては知らない世界の役職だ。

「王女が政治を任せた者が宰相で、宰相が自身の負担を軽減するために様々な方面に特化するように仕事を分けて与えられたのが大臣だったような気がする。で、この人たちの下にも働く人がいて、それでまたその下に働く人がいる」

「特化させつつ細分化させて、責任の負担を和らげたいんですのよ。誰だって、重い一つの仕事をやり遂げられるほど強くはありませんから。ですが、こうやって細分化させると責任逃れも行いやすく、同時に政治の進行が驚くほど停滞しますわ。ただ、劇的な変化よりも緩慢な停滞の方が国は滅びにくい傾向にあるんでしてよ。ただし、決して滅びないわけではありませんわ。政治が滅亡に舵を取っていた場合、停滞をし続ければ緩やかに滅びます。そこを全体的に取りまとめ、更に見据え、早期に舵取りを行って滅亡へ向かわせないようにするのが国王や女王、帝王や女帝のすべきことですわね。誰もがあなた方、獣人のように刹那的に自然の中で生きているわけではないんでしてよ」

「なるほどなぁ……ワタシたちには縁遠い職業だな」

 分かったフリをして分かっていないような反応を示すノックスに、説明したクルタニカが深い溜め息をついた。


「宰相や大臣がグルになって王女を潰そうとしている線はあると思う?」

「それは……さすがに宰相や大臣に会わなきゃ分からない」

 アベリアの質問にアレウスはしっかりとした答えを向けられなかった。なにせ国民から聞いたことしかアレウスも知らない。国民たちが直に宰相や大臣と話し、その内容をそのまま教えてくれているのなら推測も立つが、現状、城で行われている政治については一切合切が耳に入ってきていない。


「これは聞き込みの方向性のミスだな。僕たちはカプリースが怪しいと思って、カプリースについて調べすぎた」

 しかもカプリースと会ったことをわざわざアベリアに打ち明けての聞き込みだ。この行動があの男の許容範囲外であった場合、アレウスたちは壮絶なしっぺ返しを受けると思っているのだが、まだその傾向が見られないのなら問題ないということだろうか。


 自身について調べられていることを許容するというのも変な話だ。誰だって後ろめたいものを隠している。それを探られそうになれば、必死に阻止したり事実から逃げようとするものだ。そこを容認するということは、よっぽど国民からの評判には自信があるのだろう。


「海底街に行く方法を探そう。どこかに気の良いハゥフルがいてくれないと入れないのも、厄介だな」

 アレウスたちにとって海底街はハゥフルたちに秘匿された世界だ。そこに入る手立てを獲得しなければ、この国の全てを見たことにはならない。

「でなきゃ保護したと言っていたノックスの妹に会うことさえできそうにないからな……」


 誘拐されたが保護されている。

 誘拐されて奴隷として隠されている


 その両面で調べなければならないのが、今回の件を更にややこしくさせている。もしあの場に現れたクニア・コロルが情報の混線さえ起こさせての混乱を狙っていたとするのなら、アレウスたちにまさに絶大な効果を及ぼしている。


「別行動を取ろう。僕とアベリアは浜辺の方。クルタニカさ――クルタニカとノックスは港の方。正午過ぎにこの場所で落ち合って、昼食を取ろう」

 なんであんなにも設定を詰め込まれたせいで、外では敬称を略さなければならない。慣れないことをすることが、ここまでもどかしいとは思わなかった。


 大体、彼女たちが考えた設定はどれもこれもアレウスに負担が大きい。彼女たちは普通に振る舞ってもおかしくはないが、アレウスは普通に振る舞うことができないのだ。言動を縛るのは敵だけでなく味方にもいるものなのだなと学んだ。


 クルタニカとノックスが港に向かうのを見届けてからアレウスとアベリアは共に浜辺に向かう。


「ここは……浜辺もあるにはあるけど、ほとんど岩礁地帯だな」

 浜辺と呼べるほどの広さを有してはいるが、そこにハゥフルの姿は見当たらない。

「この霧だから、日光浴はできないのかも」

「本の中では、海棲の動物はそうすることもあるって書いてあったけどな」

 まだ海獣をアレウスたちは見たことがない。そして海獣に近い姿形を取ったハゥフルがいたとしても、日光を浴びれないために浜辺に上がってはこない。ならばこの浜辺は観光客や海路で停泊した船員たちが休めるように整備されているのだ。

「足を滑らすなよ」

 岩礁地帯の調査に乗り出す。どこまでを国境としているかは不明だが、ハゥフルが見当たらないために海底街の聞き込みもままならないのでどうせならば見える範囲まで見てしまおうと考えた。とはいえ、足を滑らせれば剥き出しの岩肌によって大怪我を負ってしまう。アベリアになら治してもらえるが、アベリアが怪我をした場合はアレウスは彼女を担いでクルタニカの元まで走ることになる。別にそれ事態を嫌とは思わないが、彼女の綺麗な素肌に傷痕が残ってしまってはと思うと気が気じゃなくなる。


「こっち」

 先を行くアレウスをアベリアが止めた。振り返る際に危うく転びかけたがどうにか持ち直し、彼女の指さす方を見る。

「ただの岩壁に見えるけど?」

「これ、隠してあるだけ」

 アベリアが触れると、水のように岩肌が流れて洞穴(ほらあな)を覗かせる。中は真っ暗闇――と思いきや、所々に備えられた松明には火が灯されている。

「入る?」

「……入っちゃ駄目そうだけどな」

 それでも好奇心は拭えない。アレウスとアベリアは洞穴に足を踏み入れる。潮の満ち引きの関係か、足元には海水が残っており幾つかの潮溜まりがあった。それらを避けるように奥へ行くと、なにやら祭壇のようなものが見える。


 宙に浮いている水泡の中で、両足を両手で抱えて赤子のように眠るハゥフルの少女の姿があった。


「誰じゃ?」

 恐る恐る近付く二人に気付き、少女は目を見開く。水泡はあっと言う間に水となってバシャバシャと崩壊し、水に濡れた柔肌を水垢離(みずごり)のように白い布で隠す。

「なにゆえ、この場所に辿り着いたかは知らぬが……見たのであれば素直に帰すわけにも行かん……が、これはカプリースの目を盗んでこの場に訪れたわらわのせいでもある」


「クニア・コロル……様?」

「この子が?」


 想定していたことから大きく外れて、二人は王女と顔を合わせることとなった。

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