成果とレバー
【回復魔法とポーション】
傷の縫合を行う魔法を総じて回復魔法と呼ぶ。砕けた骨を引き寄せ固め、筋繊維を繋ぎ、断たれた皮膚を縫い合わせる。消費した魔力量によって傷の回復速度は上がる。消費する魔力は詠唱者の中で一定の基準を設けている。着ている衣服に魔力を巡らせずとも使う冒険者は多い。
ポーションは薬草などを煮詰め、それをろ過した物で大体は半透明な液体である。回復魔法と異なるのは常に縫合速度が一定であること。薬草の品質や、ろ過の仕方に工夫を凝らしてより高濃度なポーションともなれば大きく改善される。しかしながら、高濃度のポーションは値段が張るために初級冒険者ではなかなか手が届かない。
薬草の品種を変えるとマジックポーションとなるが、こちらも濃度を上げれば上げるほど高価となる。
このようにポーションには幾つか種類が存在するが市場に出回るのは前述した二種類で、他は村だけに伝わっていたり、調合師が公開しているレシピを手に入れるなどして自作しなければならない。
*
アベリアはニィナと一緒に母屋で休み、アレウスは男ということもあって自発的に野宿を選んだ。テイルズワース家に思わぬ男の来訪など、きっとニィナの家族は落ち着かないだろうという面を汲んでのことだ。アーティファクトのおかげでガルムは寄って来ないとは踏んだのだが、想定外のことが起こってしまっては後悔してもし切れないので、村からは少し離れたところで焚き火をしつつ夜を過ごした。
翌朝、三人は血を撒いた農場の様子を探りに出掛ける。
「アレウスが撒いた血の周辺だけは、足跡が極端に少なくなっているわね。そっちはどう?」
ニィナが足跡を調べ、それから柵の方で同じように足跡を調査しているアレウスに声を掛ける。
「こっちには、臭いに気付いて行く方向を仕方無く変えたって感じで複数の足跡が残っているよ」
「決まりね。あなたの血は使える」
「だから言い方が怖いんだよ」
「血を撒くのは百歩譲って良いけど、回復魔法は傷を癒せても血を生産することは出来ない」
「どういうこと?」
「要するに、傷と血は別物なんだ。失った血は魔法でも取り戻せない。どこにも傷は無いのに僕が死んだら、それは失血死ってことになる」
「それは……まぁ、気を付けることだけど、そんなに血を出せとは私、言わないけど?」
「アベリアは僕の体調にはかなり敏感だから。僕がヘマして血を出し過ぎたら、問答無用で休ませるってこと。脅しみたいなものだ」
杖を両手に握って、もう魔法でも唱えそうな勢いのアベリアをどれくらい我慢させられるかが今の課題である。
だが、アレウス一人だけならともかく、ニィナも居るので彼女の衝動を抑え込むのはそう難しくはなかった。大事な血管を傷付けないように注意しつつ、平野へと追い払うように血を零して行った。
「ここまでガルムが来たら次に……」
「アレウス?」
「ちょっと血を流し過ぎた。休んでいればその内、治まって来るから」
フラッとして、そのまま倒れてしまいそうになったが、それよりも三十匹、或いはそれ近くのガルムを退治する方法を纏めるのが先だと思い、アレウスは近場の柵に手を付いて、身を預けながら言葉を続ける。
「アベリアの魔法で足を奪う。使うのは、“沼”か“束縛”のどっちか。複数を足止めできるのはどっちだ?」
「“束縛”は数が増えると掛かりが悪くなるから、“沼”の方が良いと思う」
心配そうにアレウスを見つめながら、アベリアが答える。
「アベリアの“沼”はかなり強い。『泥花』ってギルドで称号の理由がよく分からなくて、ちょっと二人で試したんだけど、魔法を使ったあとの残滓が泥になって、そこから小さな花が咲くんだ。それまで気付いてもいなかったよ。痕跡を残してしまったら魔物に追われやすい。アベリアが魔法で攻撃したあとは注意しなきゃならなくなったんだけど、それが有効になることもある」
立っていられなくなったので、アレウスは柵にもたれ掛かって、その場に座り込む。
「昨日はどこで休んだの?」
「野宿した」
ニィナは深い溜め息をつく。
「馬鹿じゃないの? それで血まで流したら、そりゃ貧血にもなるでしょ」
そして軽くアレウスを罵倒する。
「休ませた方が良い?」
「ええ。アベリアはそこでアレウスが動き出さないように見張っていて」
「まだ肝心なことを伝えていない。足を止めたあとは、」
「私が動けないガルムを弓で射抜いて、あなたは沼の外側で待機して、逃げようとするガルムを仕留める。あとはアベリアにも火の魔法で焼いてもらう。これで三十匹までには行かなくとも、半数以上は狩れる」
「ちゃんと考えてくれる冒険者はありがたいね」
「でもこの作戦は、あなたが万全の状態じゃなきゃ駄目なのよ? ガルムは夜に活動し始める習性があるから、それまではちゃんと休みなさい」
そう言って、彼女は母屋の方へと駆けて行った。
「世話好きなんだな」
「面倒見が良いとも言う」
「どちらにしても、天涯孤独みたいな僕たちを心配してくれるのは心が温まる」
「うん」
だからこそ、この世界のために異界を壊す。ニィナのような理解者が苦しまないように、いつか必ず。
しばらくしてニィナが戻って来て、皿の上には焼いた牛のレバーがあった。
「食べろと?」
「レバーは血を作るのを手伝ってくれるのよ」
「だからってこんなには食べられない」
「レバーが嫌いだったりするのかしら」
「嫌いじゃないけど、好きでもない」
だがアベリアに問答無用で口の中へと放り込まれた。
「半分ぐらいは、食べるけど、せめて水をくれ」
確かにレバーは血を作る手助けをしてくれることで有名ではあるが、口の中の水分という水分を奪われて、パサパサする。そんなイメージが先行しているのでアレウスはあまりレバーは好きではない。現に今、飲み込むのに一苦労している最中である。
「はい、水。もしかして野宿した時も碌な物を食べていなかったんじゃないの?」
水を飲み、口に放り込まれたレバーを食べ終える。
「ドライフルーツと、水を沸かしたお湯を飲んで、あとはチーズを一欠片」
「保存食だけで済まそうとするその生き方が逆に怖い。食べる物を食べないと、力が出ないでしょ。偉丈夫でもないんだし」
「鍛えてはいるんだけど、他の冒険者みたいに分かりやすいくらいの筋肉が付かないんだよ」
「ま、居るわよね。鍛えても鍛えても細身な奴って。でも細い見た目の割に力持ちだったりもするから驚くわけだけど」
その辺りはニィナだって変わらない。確かに薄着で見た時には鍛えられた腹筋が僅かばかり目に付いたが、それ以外の筋肉はさほど目立ってはいない。なのに木登りは慣れた手つきで、そしてどんな体勢からでも弓矢を構えられるバランスと、引き絞った弦を維持出来るだけの筋肉を持っている。
「僕だけじゃなく、アベリアも食べろ」
「私は良い。アレウスが倒れないように食べて」
「いや、こればっかりを食べ続けていたら気持ち悪くなって吐くと思うから」
食べ過ぎは食べ過ぎで体に悪い。レバーも食べて吸収されれば血を作る手助けをしてくれるだろうが、吸収する前に吐いてしまったら元も子もない。
「でも、女性二人に気遣われるのって男としては本望でしょ」
「冗談言っている場合か」
またもアベリアがアレウスの口にレバーを放り込む。この光景はあと三十分ほど続いた。